第0話 プロローグ
久しぶりの投稿ですが書きたい物をここに詰め込みました。
どうかご一読いただけると幸いです。
森を見守るように静かにそびえる大樹の根本。そこに少年の人影が一つ映る。
誰かに見つかることを恐れているかのように慎重な足取りで影は大樹に近づくと、大樹目掛けて勢い良く駆け出した。
風を切る音を耳に聴きながら疾走する影は少年の姿をしていた。少年は助走でつけた勢いのままほぼ直角にまっすぐ伸びている木の幹を駆け上がっていく。
そうして、ものの数秒の内に無数の枝葉が伸びる高さに到達した彼は太い枝の上を器用に歩いて先端部分に腰掛ける。
「ふぅ……ここなら誰にもバレないはず。」
腰掛けた枝の上から遠く離れた地上を見つめ、少年はそう呟く。
「まだ終わってないと良いけど……。」
腰に引っかけておいた双眼鏡を覗いて彼が見つめる先。
そこでは激しい土煙を立てながら戦う巨人と怪物の姿があった。
「やっぱりカッコいいな……騎魔人は……。」
騎魔人。今怪物と対峙している騎士の鎧をそのまま巨大化させた姿をしている巨人のことを人はそう呼ぶ。搭乗者である魔導騎士が機体の精霊と魔力を同調させることで初めて扱える唯一かつ最強の剣の名だ。
そしてもう一方の怪物は骸獣と呼ばれる平和を害する骸を担いだ獣。奴等は突如として空から現れては人間を危険に晒す人類が倒すべき敵だ。
騎魔人の全長は骸獣のその巨大な体躯にこそ及ばないが、持ち前の小回りと機動性を活かし敵を翻弄しながら弱点を探すように立ち回っている。
「あれが父さんの戦い方」
少年はそう父が駆るその機体の動きに羨望の眼差しを向ける。少年の父はこの村唯一の魔導騎士で一人でこの村を何年も護り続けてくれている正しく英雄に等しい存在だ。少年の持つ飛び抜けた身体能力もいつか父の様になりたいという一心で鍛えた結果だった。
そして何度かの攻撃と回避を繰り返した後、騎魔人が急所を見極めたのか目の前の骸獣に向かって一直線に駆け、剣を突き出す。
急所を確実に捉えるべく繰り出されたその刺突。しかしその攻撃は余りにも命を見据えすぎてしまっていた。
命の危険を感じた亀の様な姿の骸獣はその巨躯からは考えが付かない程俊敏に、そして正確に背部の固い甲羅を構え、自らの命を奪うはずだった攻撃をいなしてみせた。
その完璧な防衛行動により騎魔人の持つ剣は砕け、機体は大きくバランスを崩し前方へ倒れこむ。
敵が倒れこんだその瞬間を骸獣は見逃しはしなかった。骸獣は自らのその巨躯を勢い任せに旋回させ体当たりを食らわせる。
鉄の塊である為に相当な重量がある筈の騎魔人がまるで小石のように吹き飛ぶ。
視界に映る土煙に遅れて騎魔人が地面に打ち付けられる音が聞こえた。
「父さん?!……父さん?」
少年のその呼びかけ虚しく舞い上がった土煙が薄くなった後も倒れた騎魔人が立ち上がることはなかった。
まさか死んでしまったのか。村の英雄が。父が。と少年は息を飲む。バクバクと心臓が酷く早鐘を打ち、みるみる内に喉が渇いていくのを感じる。
震える手で双眼鏡をもう一度構え視線を先程まで見ていた位置に合わせる。
「あ。」
目が合った。骸獣の赤く虚ろな目が少年を見ていた。
正しくは少年の背後にある村を見ていたのだろうが、幼い少年はそんなことを考えられる程成熟していなかったし、少年の思考は心から溢れ出る絶望感で手一杯だった。
いつの間にか鳥肌が立っていた肌の上を冷や汗が滑り、全身が怖気る感覚に襲われる。
少年のそんな絶望など知る由もない骸獣は少年の居る方向へ歩を進めている。あんなに遠くで聞こえていたはずの足音が地面の振動を伴い伝わって来たことでそれを少年は実感する。
このままここに居たら殺されてしまう。そう理解はしていても少年の体は大樹に登った時の軽やかさがまるで噓の様に重たく動かない。
気がつけば骸獣はもう大樹の目と鼻の先にまで迫ってきてしまっていた。
双眼鏡を通さずに裸眼で見た骸獣は想像していた数倍巨大で少年から最早恐怖という感情すらも奪い去っていった。
きっとこれは村の掟を破って戦場を見に来た自分への罰なのだ。だからもう諦めるしかないのだ。少年は自罰的な感情を抱えながら堅く目を瞑る。
その時だった。
『させるかぁあああ!』
その声と共に鋼鉄同士がぶつかり合ったような音が轟き少年の耳を劈いた。
あまりのその音量に少年は驚きながら目を開くと眼前にはボロボロになった父の騎魔人が立っていた。その姿は正しく御伽噺の英雄のように少年の目に映る。
骸獣は、まだ死んでいなかったのか、といったような視線を騎魔人に向ける。
「父さん……!良かった!生きてた……!」
『……っ?!その声……まさかアルか?!どうしてこんな所に?』
そこで初めて息子の存在に気が付いた父のダグラスは呆気にとられて声を上げる。
しかし、考える間もなくすぐに目の前の敵に意識を戻して言う。
『……説教は後だ。アル。耳を塞いでいなさい。』
「っ!はい!」
『我が半身の聖霊よ。我が力の全てを以て願う。悪を滅す火炎の能を我に与え賜え』
そう魔導騎士の詠唱が聞こえると同時に騎魔人がけたたましい吸気音を立て始める。騎魔人の胸部装甲が開きその前に大型の魔法陣が何重にも出現する。それに合わせて段階的にその音が高くなっていく。
その様子に危険を感じたのか骸獣は目の前の敵を排除するべく飛び掛かる。しかし、少し反応が遅れたその行動は既に手遅れだったようだ。
『<魔導炎砲>!』
瞬間。フレームに刻まれた魔導回路が悲鳴を上げる甲高い音が周囲に響く。
騎魔人から衝撃波と共に放たれた蒼い魔力の奔流は見事骸獣の急所を貫き、骸獣の体が空中でみるみる内に膨れていき、まるで花火の様に弾けた。
「……すごい。」
その圧巻の光景に思わず感嘆の言葉が漏れた。
あそこまで巨大な骸獣を一撃の魔法で葬り去ってしまう。これが騎魔人。人類最強の剣の力。
そして間もなく全ての魔力を使い果たした騎魔人もその場に崩れ落ちるように膝を付く。
平和は守られた、と少年がそう実感すると自らを縛り付けていた緊張の糸が緩んだようで、少年は意識をそこで手放した。
◆ ◇ ◇
少年が目を覚ますとそこはまだあの大樹の上で、しかし、だいぶ長く意識を失っていたようで日はすっかり落ち始めていた。
体を起こしてから間もなく、下の方から聞き馴染みのある声が聞こえた。
「あ~!アル!ここにいた!」
「……ッ?!リリ?!なんでここに?」
「それはこっちの台詞!戦闘が終わったと思ったらアルが村に居ない~!って皆大騒ぎだったんだから!」
そう怒った顔をしている彼女の名はリリアーナ・レイズフォルト。村長の娘で少年の幼馴染だ。
「すぐにそっちへ行くから!待ってなさい!」
「はい……。」
これは相当怒られるな、という気持ちとこんな時間まで探してもらっていた申し訳の無さに少年は反省しながら肩をすくめる。
「風の聖霊よ、我に空駆ける能を授け賜え<飛行>」
リリはそう唱えると、ふわふわと少し不安定な軌跡を描きながらも少年の元に"飛んで"来た。
そうしてリリはアルの隣に腰掛け、少し溜息をついた後、口を開く。
「で、なんでこんなところに居たの?」
「……怒らないの?」
第一声の前にげんこつが飛んでくることを覚悟していた少年は呆気にとられた様子でそう聞き返す。
「勿論、怒るわよ。村の皆が。」
「……そうだろうな。」
「でも、私はアルがこんなところに一人で来るのには絶対理由があるってそうわかってる。だから聞いてるのよ。」
そうリリは可愛らしい年相応の笑顔をアルに向ける。そうだ、彼女は優しい娘なのだ、とそれを見た少年は再認識する。
そして正直に話し出す。
「見てたんだ、騎魔人を。」
少年の視線の先には膝を付いた状態から動いていない騎魔人の姿があった。機体の搭乗口が開けられている所を見るに父は無事に救出されたことを悟り、少年は安堵する。
リリは騎魔人へ羨望の眼差しを向ける少年の横顔を見て言う。
「……そうだろうと思ってたけど。アルの夢、その象徴だもんね。」
「うん。そう僕のたった一つの叶わない夢。」
その一言にリリはどこか悲し気な表情を浮かべつつ続ける。
「……叶うかもしれないじゃない?」
「いいや。きっと叶わない。だって僕には魔力が無いんだから。」
騎魔人は魔導騎士の魔力を機体の精霊と同調させることで初めて動かせる人類最強の剣。そもそも魔力を持たずして生まれた少年はそれを操る為のスタートラインにすら立てないのだ。
夢を見る前に叶わないことを先に告げられていた少年はそう悲しげもなく言い切って微笑んだ。少年のその笑顔は誰が見ても余りにも痛々しく映ることだろう。だからその顔をリリは見ない。きっと彼自身は見て欲しくはないだろうから。
「アル、帰ろう。村に。」
「うん。」
「村の皆からの説教は覚悟しておきなさいね。」
「うぐっ……。」
そんな会話をして少年は幹を伝って器用に、リリは魔法を使って華麗に大樹の枝から下りた。
全く違う方法を用いて下りても帰るときは共に隣に並んで歩いた。少年にとってはそれが何とも心地が良かった。
少年の名はアル……フルネーム、アルベルト・ダーストン。それはこの世で唯一魔力を持たずして生まれ夢を絶たれた不幸な少年、そしてこれからこの世界で異端児と呼ばれることになる少年の名である。
読んでいただきありがとうございます。
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