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演劇少女

作者: ジェンガ

小説本文



「早く、早く…!」

私は、とある部屋へと急いでいた。

「ちわー、相撲部どうっすか」

「だ、大丈夫です!」

今日はこの学校への入学初日。

説明会が終わり、自由時間になった私は、いろんな部活の勧誘を無視して一直線にとある場所へ向かった。


「つ、ついた…」

部室棟の3階、その部屋の前まで到着すると、中はすでに賑やかな雰囲気になっていた。

少し入るのが怖かったけど、私はある人の顔を思い浮かべて勇気を出す。

「…また会えますね、カナコ先輩…!」

私は再びあの人と会うため、演劇部の扉を開いた。


部室の中は、新入生や先輩達でごった返していた。

知ってる顔がいないかと探していると、人混みの中に見覚えのある人がいた。

「タニグチ先輩!」

「…?おお!ノバナ!」

私は先輩の元に駆け寄ると、手を思い切り振り回した。

タニグチ先輩は中学校時代の演劇部の先輩だ。中学の途中から入部したとき、演劇初心者だった私に丁寧に演劇を教えてくれた人で、私にとっての恩人でもある。

「よく来たな、やっぱり演劇部に入ってくれるのか!」

「もちろんです!先輩方と演技できるのが楽しみです!」

「そうかそうか、お前は演技が上手いから、すぐに主役を張れるようになるよ!」

ようやく知ってる人と会えたので、気になることを聞いてみた。

「ところで、カナコ先輩はどこかにいらっしゃいますか?さっきから姿が見えませんが…」

そう聞くと、タニグチ先輩は少し表情を曇らせた。

「あぁ…お前はカナコに憧れてたもんな…」

「そりゃもう!タニグチ先輩とカナコ先輩を追っかけてこの学校を選びましたもん!早く3人で演劇をするのが楽しみです!」

「…?」

それを聞くと、先輩はよくわからなさそうな表情をした。

「先輩…?」

「あー…まぁ…カナコはポスターを貼りに行ってる。戻るとしたらそろそろだと…」

その時、部室の扉が開く音がした。

扉に目を向けると、ポスターを数枚手に持った女子が入ってきていた。

肩まで伸びた髪、あの頃と変わらない黒縁のメガネ。中学の頃より少し大人びていてもわかる。まさしくあの人は─

「…カナコ先輩!!」

私が声を上げると、その人は少し驚いた様子で顔をあげ、私を見るとまた驚いたように口に手を当てた。

「…ノバナちゃん!?」

私はその声を聞いて嬉しくなった。

私の先輩が私を見て、私の名前を呼んでいる。

私はカナコ先輩に向かってズカズカと歩き、猛烈なハグをした。

私より少し小さい先輩が、今この場にいることが嬉しくなり、思わず抱きしめた腕に力が入る。

「の、ノバナちゃん…苦しいかも…」

「あ、ご、ごめんなさい…!」

カナコ先輩に肩を叩かれて、ようやく手を離す。それと同時に、リアクションまでカナコ先輩のままであることがまた嬉しくなった。

「本当にお久しぶりです先輩!ずっと会いたかったです!」

「大袈裟な…たまに会ってるでしょ…?」

「これからは毎日学校で会えるんですよ!」

「ついに先輩と共演できるかもしれないと思うと、本当に楽しみです!」

「…え?あ、あー、えーっと…」

「お前、言ってなかったのか…」

「あ、う、うん…ごめん…」

「…?何がですか?」

私が何のことかわからなくなっていると、カナコ先輩は申し訳なさそうに言った

「ノバナちゃん、私、技術班なの…」

「…技術班?」

「照明とか大道具とかを担当する班、裏方って言えば良いかな…?だから、演技はやらないの…」

「…え?」

カナコ先輩と演劇するためにここに来たのに、技術班…?

タニグチ先輩は演劇班だから一緒に演劇できるけど、それじゃあカナコ先輩と一緒に居れない…?

「…ところで、ノバナはどっちにするんだ?」

「えっ」

「演劇班か技術班。アタシとしては、中学でも演技してたから是非演劇班に来てほしいと思ってるんだが…」

タニグチ先輩とカナコ先輩、演者と裏方。

思いがけず2人を天秤にかける形となってしまい、どうすればいいかわからなくなってしまった。

思わずカナコ先輩を見ると、先輩は「どっちでもいいよ」というように笑いかけてきた。

その笑顔を見た時、中学の頃に見たカナコ先輩の演技を思い出した。

文化祭の日、何気なく立ち寄った演劇部の出し物を見た時に、カナコ先輩を初めて見た。

あのときの声の抑揚、体の動き、表情を見たから、私は演劇を志した。

あの時のカナコ先輩みたいになりたいから、私はここにいる。だから─

「…え、演劇班、で…」

私は演劇班を選んだ。かろうじて。


「あめんぼあかいなあいうえお!かきのきくりのきかきくけこ!」

演劇班を選んでから数日後、6月の文化祭に向けて、私たち演劇班は準備を進めていた。

演劇でやる演目は「鏡の少女」と言う演目で、不登校になった少女が人との関わりをきっかけに、学校へと勇気を出していく物語だ。

私は中学からやっていたこともあり、主役を貰うことができた。

今日は演技を通しで行い、それを技術班にも見てもらうことで照明や道具のタイミングの調整を行う日だったけれども…

「何?アマレット役が来れない?」

アマレットは劇中で主人公を導く役割を持つ人だ。

役としての出番は少ないけど、立場としてはとても重要な位置にあるので、アマレット役が来れないのは少し痛手だ。

誰かが代役としてアマレットを演じる必要があった。

カナコ先輩に演技を見てもらうため、私が立候補しようとした時、

「カナコ、お前がアマレットをやれ」

「…え?」

わたしはつい自分の耳を疑った。いま、カナコ先輩を指名した?

演劇班の誰かではなく、技術班のカナコ先輩?

「…私、技術班だし、練習してないんだけども…」

「セリフは覚えているだろう。まさか技術班班長なのに台本を読んでないわけじゃないよな?少し読み直してもいいからやってみろ」

若干無理矢理にも聞こえる無茶振りだったが、

「…わかった…」

カナコ先輩は気後れしながらも了承した。


久々のカナコ先輩の演技が見れる機会ではあったけど、とっても不安だった。

カナコ先輩はここ数週間、ずっと道具を作っていたり照明のチェックをしていたから演技をする暇なんてなかったから、いい演技なんて出来るわけがない。

タニグチ先輩はカナコ先輩に恥をかかせようとしているのかな…?

そう思っていると、台本を確認し終えたカナコ先輩が舞台袖に向かった。

「うん…始めて大丈夫です」

「…ではアマレットのセリフ、『そこは片道道路だ、決して戻れない』から!始め!」

パンッとタニグチ先輩が手を叩き、カナコ先輩の演劇が始まった。

その瞬間、先輩の目つきが変わり、纏う雰囲気が変わった。

腰は曲がり、杖に体重を預けながらも決して倒れずに歩くその姿はアマレットそのものだった。アマレットは主人公の前まで行くと、警告を行う。

「『…そこは片道道路だ。決して戻れない…!』」

声を聞いてゾッとする。いつものカナコ先輩の優しくか細い話し方ではなく、年老いながらも大樹のように折れない老人のような話し声が聞こえた。

技術班にいながら、これほどの演技力。

上手くいくとは思っていなかったためか、誰もが先輩に目を奪われているのを感じる。皆が先輩に魅了されている。

私がカナコ先輩に感動していたとき、ふと横を見ると、タニグチ先輩が手を強く握りしめ、悔しそうに眉間に皺を寄せているのが見えた。

やっぱり、タニグチ先輩はカナコ先輩を貶めようとしたのだろうか…?

少なくとも中学の時は仲が良かったはずの2人なのに、何があったのかな…?

「…『…ならば、そのまま進め…』……って感じです…」

「…良し、当日はこんな感じで進行するぞ!では次のシーンの準備を始めろ!」

カナコ先輩のシーンが終わると、皆が拍手する間もなく次のシーンの準備に取り掛かった。

ふとカナコ先輩を見ると、先輩はいつものカ 先輩に戻っていた。

すごい切り替わり様だった。

先輩は中学の頃よりも、演者としてより一層の進化を遂げているのを感じた。

でも、何故先輩はこれほどの演技力があって演劇班を選ばなかったのだろう?

そこだけがずっと疑問に思っていた。


文化祭まであと一週間といったところ、演劇班は演技の表現に苦労し、帰りが遅くなることが多くなった。

特にやり直しが多いところはアマレットのシーンで、このシーンを見る時のサキグチ先輩は何かに執着している様だった。

一方、技術班の方は順調に進んでいる様で、既に殆どの道具の作成が終わり、細部の調整に入っている様だった。そのため、特に事情がない人は早々に帰宅する人も多く、カナコ先輩もそうしていた。


「…違う!だからそれじゃセリフを読んでるだけだ!それに立ち方もお前のままだ!もっとアマレットが話しているということを意識できないのか!」

土曜日、タニグチ先輩は午前中からアマレットのシーンを指導しており、それが昼前まで続いた頃、部室の端でカナコ先輩が帰る準備を進めていた。

タニグチ先輩がその姿を見ると、表情がより険しくなり、露骨に空気が悪くなるのを感じた。

「…お疲れ様です…」

それを感じてか、カナコ先輩が申し訳なさそうな帰ろうとした時、タニグチ先輩がそれを止めた。

「待て、お前アタシ達がこんなにしているのに、お前達技術班はどうしてのうのうと帰るんだ?」

「…えっ」

突然怒りの矛先を向けられたカナコ先輩は怯えた様子を見せたが、同時に何故怒られているのか分からないと言った様子でもあった。

「わ、私たちは仕事が終わって、もうやることがないから…」

「仕事があるかも聞かずに何故やることがないと決めつける?演技を見てアドバイスをしたり、自分の作業のタイミングが合ってたり確認しようとは思わないのか?」

「あ…」

確かに間違ったことは言ってない様に感じるけど、タニグチ先輩の言い分はやや言いがかりに近い気がした。

しかしカナコ先輩は萎縮してしまい、何も言い返せなかった。

「…ごめん、勝手に決めちゃって…」

「そもそも!お前が!…っ!」

そこでなにかを言いかけて、タニグチ先輩は口を閉じ、言葉を飲み込んだ。

「…もういい!今日は終了だ!帰りたければ帰れ!」

「先輩…!」

タニグチ先輩は荷物を持って部室を出て行ってしまった。

静まり返っていた部室だったが、しばらくすると残された部員達はざわつき始め、帰ろうとするもの、

「カナコ先輩、大丈夫ですか…?」

「…うん…」

「気にしないでください、先輩のせいじゃないですよ」

「ありがとう、でも私が怒らせちゃったからね…」

カナコ先輩は顔を上げずに答えた。自分のせいで練習が出来なくなったと思い、合わせる顔がないのかもしれない…。

どうすればカナコ先輩を慰められるだろうか、

そう考えていたとき

「ノバナちゃん」

「っはい!」

「ちょっと付き合ってくれない?」

「…?わ、分かりました!」

気分転換への誘いは、意外にもカナコ先輩の方からだった。


『You lose』

「あちゃー、また負けちゃった…」

「す、すみません!」

「いいのいいの、手加減しないでくれて嬉しいから。あと一回分あるし、次は負けないよ?」

私たちは今、ゲームセンターで対戦をしていた。

戦績は4対0で私の圧勝、というか、先輩が弱すぎる…

決して操作ができてないわけじゃないけど、戦況が混乱してくると…

「わ〜!あぶない!きゃ〜〜!」

「先輩、焦りすぎです…」

こんなふうに混乱してはちゃめちゃな動きをして、自滅する。

『You lose』

ほぼ何もしてない気がするけど、5勝目、パーフェクトゲームだった。

「あぁ…ついに一回も勝てなかったな…」

「ごめんなさい…」

「大丈夫だって〜。来てくれてありがとうね、すっごい楽しかったよ?」

「ほ、ほんとですか?」

「もちろん!」

先輩の役に立てたことが嬉しい

でも正直意外だった。先輩がゲーセンに来ることもそうだし、その、ゲームがこんなに下手なことも…

「先輩」

「うん?」

「タニグチ先輩と、何かあったんですか?」

「…うーん…」

中学の頃、タニグチ先輩とカナコ先輩はよく話す仲に見えた。

でも今のタニグチ先輩はカナコ先輩に八つ当たりをしている様に感じる。

「…きっと、タニグチちゃんは私が技術班に入ったことを怒ってると思うの」

カナコ先輩はポツポツと、自分の考えを話し始めた。

「私が技術班に入るって言った時、サキグチちゃんすごい止めてきたの。中学で演技してたのにどうして、お前の演技力があれば全国に行けるのに勿体無い、って」

「それでもタニグチちゃんの言うことを聞かず、無理矢理に技術班に入ってからは、気まずくてあまり話さなくなっちゃったな…」

「…カナコ先輩…」

過去のことを話す時の先輩は本当に悲しそうで、タニグチ先輩と距離ができたことを本当に憂いているようだった。

ただ、分からないことがあった。

「…カナコ先輩は、どうして技術班に入ったんですか?」

カナコ先輩がそこまでして技術班を選んだ理由。

「カナコ先輩は中学の頃、本当に演技が上手かったですし、とても楽しそうでした。アマレットの代役をやった時も、全く衰えてない、むしろ進化してると思いました。」

私は素直な考えを口をした。

「あれほどの演技力があって、どうして演劇班を選ばなかったんですか?」

「…うぅん…」

カナコ先輩は眉を下げて、気まずそうな顔をした。あまり言いたくないことなのだろうか

「言いづらいことだったら大丈夫です。すみません…」

「いや、いいの。なんでって思うよね。うーんと…」

先輩の目が泳いでる。言おうとしているけれど、どう言おうかを迷っている様だった。

私はギュッと先輩の手を握る

「…ノバナちゃん…?」

「大丈夫です、先輩。私に聞かせてください。どんな言い方でもしっかり聞きます。」

その言葉を聞いた先輩は、少し息を吐くと、ゆっくりと話し始めた。

「…ノバナちゃん。私はね、特別な人間じゃないの」

先輩の手に力が入るのを感じた。

「私は成績が良いわけではないし、ゲームも全然上手くない、大したことない人間なの。さっきもコテンパンにやられちゃったしね」

アハハ、と少し笑うと、先輩は話を続ける

「でもね、私の演技をみた人はみんな、私が特別な人だと言うの…」

「あ…」

心当たりがあった

「だけどね、別に私はそんな人じゃないから…その期待?みたいなのが、がっかりされたりするのが怖くて…分相応な普通の人間になりたくて、演技を、演劇班を選ばなかったの…かな」

「…」

私は、先輩悩みの種になってしまっていた。

先輩の演技を見て、彼女を特別な人間だと思った。そして、そう思ったまま先輩と関わっていたかもしれない

「…すみません、私、先輩の負担になってたなんて…」

「あ…ご、ごめんね!責めるつもりじゃなかったの。ノバナちゃんを嫌に思ってるわけじゃないんだよ?」

先輩は慌てて言葉を返した。

「あの、ノバナちゃんには知ってほしいなって思ったの。私が特別じゃないってことを」

「え…?」

「ノバナちゃんだけじゃなくて、タニグチちゃんとも…本当はもっと仲良くなりたい。サキグチちゃんとはまだ話せてないけど…、まずはノバナちゃんに知って欲しかったの」

「演技が上手くなりたくて頑張ってる人がいるのに、こんな理由で演技をやらないなんて、いえないから…」


「今日はありがとね、付き合ってくれて」

「こちらこそ、ゲーム楽しかったです!」

「またゲームやろうね」

「はい!」

私はカナコ先輩と別れ、帰路についていた。

タニグチ先輩は本当にカナコ先輩のことを怒っているのだろうか。

あの人がカナコ先輩に演技をさせた日のことを思い出した。確かに、あの時先輩は悔しそうに睨んで…

「いや、ちがう…?」

あの時のタニグチ先輩は、確かに悔しそうにしてたけど、睨んでなんかいなかった。

むしろ、あの時の目は…

「…!」

私はスマホを取り出して、タニグチ先輩とのトーク画面を開く

『お疲れ様です。

今日先輩の家の前の公園で会えませんか。

待ってます。』

そう打ち込み、私は公園へと急いだ。


公園のベンチで待つこと1時間

先輩は息を切らせて現れた

「は、走ってきたんですか?」

「あぁ、はぁ、ず、ずっと待ってたのか…?」

「えぇと、まぁ…はい」

「ああ、すまない、もっと早くスマホを見るべきだった、はぁ…」

先輩は息を整えると、隣に座った。

「…今日は本当にすまなかった」

「え?」

「感情を人にぶつけてしまうなんて、部長、いや人として最低な行為だった」

「い、いや!部長は誰より頑張ってるのは知っています!」

部長は項垂れたまま、難しい顔をしている。

「きっと、みんなもわかってくれますよ。部長が疲れていたこと」

「…そうだと良いな」

短い沈黙の後、私は気になる話題について切り出した

「…先輩が、カナコ先輩に代役をやらせた日のことを覚えていますか」

「ん…あぁ、あの時か」

「あの時も酷かったな…技術班のカナコに演技をやらせるなんて、何を考えていたんだか…」

「私、先輩がなぜカナコ先輩に代役をやらせたか、わかる気がします」

タニグチ先輩が顔を上げる

「先輩は、カナコ先輩の演技が見たかったんじゃないですか?」

カナコ先輩の演技、それを見ている時のタニグチ先輩の目。

あれは悔しさや憎しみで塗れた目ではなく、ただ純粋に演技を楽しみ感動している、私と同じ目をしていた。

「カナコ先輩の演技がもう一度見たくて、無理矢理にでもやらせたんじゃないでしょうか?」

「…」

タニグチ先輩は、ゆっくりと話し始めた。

「…カナコは、高校に入ってから演技をしなくなったんだ」

先輩の手が硬く握られる。

「理由は分からない、何度聞いてもはっきりとした答えを言わなかったんだ。演技ができなくなったのか、嫌いになったのか、人前が怖くなったのか…」

「だけど、あの時見たカナコの演技は、そのどれでもない様に感じた。あの頃みたいに、いや、それ以上に進化した演技をみて、感動した。」

カナコ先輩のことを話す先輩の目は、輝いていた。

「アイツは、特別なんだ。だからこそ分からない、アイツが演技をしなくなった理由が。それを知りたくて、カナコに辛く当たってしまった…」

「先輩…」

「アイツにも、本当に申し訳ないことをしてしまったな…」

先輩は、頭を抱えてしまった。

「…カナコ先輩は、先輩ともっと仲良くなりたいと言っていました」

「ここに来る前、カナコ先輩と話していたんです。あの人は、先輩と話すのが気まずくなったと言ってましたが、それでも昔の様に仲良くなることを望んでいました」

「あの人は臆病ですが、先輩と向き合おうとしています。だから、もう少し待ってあげてください」

先輩は顔を覆い、ため息をついた。

「…私も、カナコ自身とは向き合ってなかったかもな…」

そういうと、先輩は立ち上がった

「今日はありがとう、謝る勇気ができたよ」

「先輩…」

「駅まで送るよ」

そうして、私は先輩に送られて家へと帰った。


次の日、

「文化祭前という重要な時期に、私の八つ当たりで邪魔をして本当に申し訳なかった」

部活が始まるや否や、サキグチ先輩が皆を集めて謝罪した。

「特にカナコ」

カナコ先輩は緊張し、肩に力が入る

「昨日は怒りを一方的にぶつけてしまって申し訳なかった。本当に酷いことをした」

「い、良いんだよ。サキグチちゃんの言うとおり、怠けてたところもあったから…」

「だとしても、感情任せに言うことじゃなかった」

「そんなことないよ、タニグチちゃん頑張ってるし…」

「いや、私が…」

「だって私が…」

そんなやりとりが数回続き、最終的にカナコ先輩がサキグチ先輩の謝罪を受け入れて事は収まり、部員達は作業の準備に入った。

ただ、

「タ、タニグチちゃん。この座布団の配置なんだけど…」

「ん?あ、あぁ、そこはAの配置から…」

2人の間にはまだ解消されない若干の気まずさがある様だった。


そして、文化祭当日

「…うん、とりあえず大丈夫だ」

本番前のリハーサルを終えて、タニグチ先輩は頷いた

「あとは今まで通りの動きができれば良い!」

「絶対成功させるぞ!」

部員達が準備にかかる

「ノバナ、頼むぞ」

「はい!!」

「カナコ先輩!照明、お願いします!」

「うん、ノバナちゃんも頑張ってね…!」

本番を前に、お互いを励まし合った。


やがて本番が始まった。

「…『どうしてそうなるの!?私はただ普通に生きたいだけなのに!』」

セリフを言い終わると、私は舞台袖へと逃げてゆく。

「ふー…」

「お疲れ、順調だな。」

「タニグチ先輩、ありがとうございます…」

水を一口のみ、息を整える。

「次のシーンはしばらく先だ、休んでろ」

「はい、そうします」

椅子に座り、上を見ると照明を操作しているカナコ先輩が見えた。

演劇をやってないカナコ先輩は特別ではないかもしれないけれど、真面目に一生懸命やっているのがわかる。

「…よし!」

私は台本を読み直し、次のシーンに備えていた。

そうしてしばらく順調に進んでいた。

しかし、劇の中盤、体育館の扉が空いた時に風が通り

「あッ…!?」

「…!」

「…鏡が…!」

舞台袖にあった大きな鏡の大道具が風に煽られ、壊れてしまった。

この姿見は主人公が自分を見つめ直し、自分を知るキッカケに必要な道具で、物語の核になるものだった。

タニグチ先輩は、出来るだけシーンを長引かせる様に演者に指示を出し、どうリカバリするかを相談した。

部員はまだ一年生。拙いアドリブで劇を進めているが、しばらくすれば主人公のシーンになってしまう。

暗転を入れるには早すぎる

だからと言って主人公に持って出させられるものでもない。

どうやっても観客に違和感を抱かせてしまい、芝居が壊れる、そんな考えが頭をよぎった。

「このシーン、下手しもてからもう一人ノバナちゃんの鏡となる人を出して、その人がノバナちゃんの動きを真似すれば、鏡のシーンとして成り立つと思う」

振り向くと、カナコ先輩が照明を一年生に任せ、降りてきていた。

「カナコ…!?」

「そうすれば自分を見るシーンとしての矛盾は無くなると思う」

確かに先輩の言う通りではある。だけど、

「確かにそうかもしれないが…ノバナの演技をコピー、それも鏡合わせでやることになるんだぞ…全く設定にないアドリブをすることになる。誰がそんな代役なんて…」

「わたしがやる」

「いつもノバナちゃんのこと見てるから、絶対できる」

「わたしと、ノバナちゃんならやれるよ」


舞台袖で控えてる間、ずっと心臓がバクバクしていた。

練習では、些細なミスは何度もあったし、アドリブで乗り越えたこともあった。

でも、本番でこれほどの事故、そして大掛かりなアドリブは初めてで、上手くいくか心配だった。

そうしているうちに、急いで反対側に回った先輩が舞台袖に到着する。

先輩は少し息を整えると、私に向かって笑顔を見せた。

大丈夫、出来るよ。

そう言ってくれている。

今更になって気づいたけど、

ようやく、夢にまで見た先輩との共演だった。

「よし、出ろ!」

タニグチ先輩が背中を押してくれて、私はステージへと歩き始めた。

スポットライトがステージの中央に当たっている

光が眩しく、周りは見えない。

ステージの中央へと近づくと、やがて先輩と私が同時に光に照らされた

「…!」

もはやそこにいたのは先輩ではなく、もう一人の私だった。

先輩が主人公ではなく、主人公を演じる私を演じているのが分かる。

まさに鏡を見ている様だった。

客席からの感嘆の声が聞こえる。

人が二人出ているのではなく、主人公が鏡を見ていると言うことが観客に一瞬で伝わるほど、先輩の演技は完璧だった。

「…『もう、どうしたらいいのか、分からないよ…』」

項垂れ、鏡に手をつくシーン。

私が手をゆっくり差し出すと、先輩はそれに手をあわせくれて、そしてお互いに頭をくっつける

「…もっと、私に気遣わないで演技していいよ」

「…!はい…!」

先輩から小声で指示を受ける。

「…『…でも、みんなが助けようとしてくれてるんだ』」

今度はフラフラと、不規則なリズムで立ち上がる。先輩は遅れることなく同じタイミング、同じ動きで立ち上がる。

「…『だから、私は変わらなきゃ』」

そして、私は私向かって手を伸ばす。

「…『もう一度、私を好きになるために』」

鏡、そしてカナコ先輩に手を合わせる

私はアドリブで指先を絡ませると、先輩は少し驚き、少しだけ笑った後、ギュッと握り返してくれた。

そして主人公が鏡に背を向け、歩き出すところで舞台が暗転する。

私は急いで舞台袖に戻ると、膝から静かに崩れ落ちた。

頭の中は先輩と共演できたことの喜び、困難を乗り越えた安堵、謎に入れてしまったアドリブに対する困惑でめちゃくちゃだった。

「よくやった、お疲れ、すごく良かったぞ…!」

小声ながら力強く激励してくれるタニグチ先輩の目には涙が浮かんでいた。

「二人とも、まだ終わってないよ」

照明に戻るために準備をしていたカナコ先輩が声をかけてきた。

よく見ると、前髪の雰囲気が違う

「先輩、前髪切ったんですか…!?」

「ノバナちゃんに合わせるために少しだけね」

「それより、まだ演技があるから気を抜かないように、頑張ってね…!」

そういうと、カナコ先輩は照明へと戻っていった。

確かにその通りだ。まだ終わってない。

私は立ち上がって、タニグチ先輩の手を握る

「サポート、お願いします」

「…あぁ!」

そうして私は、次のシーンの準備に入った


「はぁ〜…」

「いつまでため息ついてるんだ…」

「ノバナちゃんずっとその調子だね〜」

無事文化祭が終わり、その打ち上げの後、私と先輩二人は公園でジュースを飲みながら駄弁っていた。

「いや〜、だってカナコ先輩とまさか共演できると思っていませんでしたし、あんな危機を乗り越えちゃうなんて、やっぱりカナコ先輩は凄いです…」

「もー言い過ぎだってぇ」

「いや、実際あれはお前がいなかったらどうなってたか…」

しばらく文化祭の感想を話し合い、会話が落ち着いた頃、

「…カナコの演技が久々に見れて、嬉しかった」

タニグチ先輩がポツリと漏らした。

「私はお前に理想ばっかを押し付けて、酷い態度を取ってしまってたな…」

「タニグチちゃん…」

カナコ先輩は頭を振る。

「ううん、私もちゃんと説明出来なくてごめん。ちゃんと話すよ」

そうして、カナコ先輩はタニグチ先輩に説明した。凄いと言われることが苦痛であったこと。普通になりたかったこと。そしてタニグチ先輩ともっと仲良くなりたいことを。

全てを聞いたタニグチ先輩は空を仰いでいた。

「…そうだったのか…すまなかった…」

「私達、お互い本音で話し合うことができなかったから上手く出来なかったんだと思うの」

カナコ先輩はタニグチ先輩の手を握る

「だからこれからは、もっとお互い本心で語り合えるようになろうね」

「…そうだな、分かったよ…」

タニグチ先輩もそれを握り返す。


私達は夏の地区大会に向けて準備を始めた。

いつもと変わらず忙しい日々だけど

「タニグチちゃん、この演出だけど、こう言うのはどうかな」

「いや、それだと難易度が高いから、もっとこうして…」

前と違い、二人の大切な人同士が、お互いの意見を交わしている様子があった

もう前とは違い、お互いにリラックスして話しているのが表情から伝わる

私はその様子を見てウキウキしながら、小走りで近づいた

「先輩方!何の話ですか!私も混ぜてください!」

先輩方、そう呼ぶことにむず痒さを覚えながら、私も会話に混ざった。

ずっと、こんな日が続けば良いと思った。


「ククク…ついにカナコが演劇を行ったらしいな…」

あるステージ上に作られた舞台セットの上に、その者達はいた

「ほんと!?またカナコちゃんの演技が見れるの!?」

「アー、アイツの演技腹立つんだよなァ!『自分が一番上手いですが何か?』みてぇなツラしやがってよォ!」

その場にいる3人だけにスポットライトが当たっており、他は全て闇に包まれていた。

「大体あんたの演技が下手なのが悪いんじゃないの?ただ大きい声出すだけでさ!」

「ククク…演技は声だけではないぞ…?」

「アァ!?」

バカにされた大男が憤り、立ち上がる

「テメェら…今ここで演るか…?」

「クク…望むところだ…」

「おもしろそー!はやく演ろうよ!」

一触即発の雰囲気が流れていたその時

「静かに」

突如舞台袖から出てきたもう一人にスポットライトが当たる。

「フ…」

「はーい…」

「チッ…」

3人は不満そうながらも、逆らうことなく従った。

「カナコが本当に演技を再開したのかはまだ確認中だ」

「だからよォ!今からもう演っちまおうぜ!!生かしとくと碌なことにならねぇ!!」

「まぁ待て、演者以外に演技バトル(アクトバトル)を挑むのは重大な協定違反だ。」

「…チッ分かったよ…」

「だが、もし本当に演技を再開してしまったのなら…」

リーダー格の音がステージの中央へと移動する。

指を鳴らす音がすると、3人に当たっていた光が全てその者へと注がれる

「我々闇の演劇団がお相手しよう…!フハハハハハ!!!」

密かに、また別の物語が始まろうとしていた。

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