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その九 ようやく始まるマンゴスチン

 九話目ですのー。



 日本には陰陽師がいる。


 日本の夏には陰陽師。


 日本の冬にも陰陽師。


 そんな感じで陰陽師。


 いや、どんな感じ?



 そんなわけで……いや、どんな訳なのかさっぱり分からないが、妖刀マンゴスチンの持ち主、インターネットオークションで妖刀マンゴスチンを落札した少年は狩衣衣装のコスプレチルドレンに囲まれる事態となった。



 妖刀の持ち主である少年の名は『鈴木中作』


 すずき ちゅうさく


 現役男子高校生。高校二年の坊やである。


 甘いマスクと穏やかな気性で誰からも好かれるナイスガイ。顔は普通だけど心はイケメンでナイスガイ。でも、容量はそんなに広くない。完璧超人じゃないからさ。


 そんな坊やに視点は移る。


 物語の主人公がまた変わるのだ。女の子じゃないけど、そこは勘弁してほしい。



「大人しく刀を出せー! この愚民がー!」


「あ、もしもし警察ですか? 今、新手の親父狩りに会ってまして……ええ、コスプレした子供の集団に脅されてるんです。家を出てすぐの所で。刀を出せと…………ええ、僕にもさっぱり分からんわー!」


 これが少年……鈴木中作と陰陽師の最初の出会いだった。


 

 ◇



 少年がすぐに通報したのでコスプレした親父狩りチルドレンは逃げ出した……ということもなく。


 警視庁公安特務六課。通称『対陰陽師部署』所属。


 柊 薫


 ひいらぎ かおる


 年齢は内緒の素敵なお姉さんだ。


 この人と少年は衝撃的な出会いをすることになる。



 少年の通報から二分後。真っ黒なパトカーがドリフトしながらやって来て少年の家の前に止まった。少年は轢かれると思った。そして窓から女の人が飛び出てきた。ドアじゃない。窓なんだ。


 そして地面にバウンドすること三回。顔から行ったね。人間はあんなに背骨が後ろに曲がるのかとビックリした。ビックリしてると女はガバリと起きて、顔面血まみれで叫んだのだ。


「お前ら全員現逮だー!」ってね。


 子供達は逃げ出した。なんなら少年も悲鳴をあげて逃げ出した。一目散に。


「あ、ちょ……逃げんなごらぁぁぁぁぁぁ!」


 柊薫。学生時代は陸上部で国体にも出たカモシカレディである。


「やだぁぁぁぁぁ!」


 辺りに子供達の悲鳴が響き渡った。それはもう泣き声と悲鳴の嵐だった。


 コスプレチルドレンが次々と血まみれレディに捕獲されるなか、少年はなんとか逃げ切ることに成功した。


 子供を贄にしたとも言う。というかそうとしか言えない。少年は罪悪感で胸が張り裂けそうだったが、怖いものは怖いので、すぐに忘れることにした。


 その日は平日である。学校があった。


 ……学校にもコスプレチルドレンが押し掛けてくるとは思わなかったけど。

 


 ◇



「ふぅ。で、なんで逃げたの?」


「逃げますよね? 顔面血まみれで追いかけられたら普通に逃げますよね!?」


 少年は高校で柊薫と二人きりになっていた。生徒指導室に呼び出されて入ってみたら、顔を拭いている柊薫と遭遇。逃げようとしたら外から教師に鍵を掛けられた。

 

 この時既に柊薫以外にも多くの大人が学校に入り込み、これまた校舎内に散らばったコスプレチルドレンとの鬼ごっこを楽しんでいた。


 少年は訳が分からない。


 これはなんのイベントなんだと困惑しかない。まだ授業も二時間目になってないのに朝から大騒ぎである。


「あなたが最初の通報者で良いのよね。私は警視庁の柊薫。年は聞いちゃダメよ?」


 女は微笑みながら手を差し出した。グーではない。パーだった。少年も手を出して握手すると目の前の女性……の首もとに注目した。


「……首の皮を見ると大体の年齢は分かるもんですよ?」


「死にたいのか少年」


 女の手を握る力がアホみたいに増した。


「本当に警察なの!?」


 少年は涙目になるまで許してもらえなかった。というか『かおるたんって呼ぶまで緩めねぇ!』と言われてすぐに屈した。



 ◇



 引き続き進路指導室にて。



「で、通報の時に『刀を出せ』と言われたとか。君、刀を持ってるの?」

 

「持ってますが」


 少年は素直に答えていた。確かに刀は少し物騒である。それぐらいの常識は普通にある。疑われるのも当然だと少年は感じていた。常識人だよね。


「……登録証はあるんでしょうね?」


 柊薫の目付きがうろん気なものに変わる。蛇が獲物を捕るときの目にも似ていた。少年は少しビビったが、後ろめたい事もないので普通に答えていた。


「モチですよ。所有者変更届も出してますし」


「よーし! 確認するぞー! 君の家に案内したまえ!」


「あの、そろそろ手を離して……」


「嫌よ。生の男子高校生なんて何年も触ってないのよ!? もっと堪能させてちょうだい!」


 少年はこの時、思ったという。ああ、大人になるってこういうことなんだと。柊薫のあまりにも必死な様子に思わずホロリとしてしまう少年であった。



 ◇



 そして学校を出た二人は真っ黒なパトカーに乗って少年の家に向かった。学校は欠席扱いになるそうで少年は皆勤賞を諦めた。


「ねぇ、ねぇ。君のご両親は何してる人なのかな?」


 ハンドルを握りながら、何故か興奮気味の柊薫。これはあれだな、世間話に見せ掛けた事情聴取だなと少年は理解した。警察は疑うのが仕事。ならば最初からきちんと話しておく方が無難だなぁ。そう判断して少年は家庭の事を話し始めた。


「両親は外国に行ってます。僕は独り暮らしですよ。両親の仕事は……なんだろう? 面白いものを見つけては、買い付けて売り払う……貿易商ですかね」


 へんてこなものばかり集めるので売れるのか不安になるが、総合的に見て赤字になったことは一度もないらしい。世界は変人で溢れてるって事だね。


「……ちょっと待て」


 ここで車が急停車した。まだ少年の家には着いてない。何もない道路にいきなり停車である。少年はガクンとした。


「……少年は独り暮らしだと?」


 柊薫はゆっくりと少年の方を向いてから口を開いた。声にドスが効いている。少年は助手席に乗せられていたので逃げられない。ドアロックも最初にされて恐怖したのだ。少年は怯えながらも答えていた。これも事情聴取なのかなぁと淡い希望を持ちながら。


「……わりと綺麗にしているつもりですが」


「…………男子高校生と二人きり……よしっ!」


「何がよしなの!?」


 少年はこの時、マジで危機感を抱いたという。こいつ実は性犯罪者じゃねぇか? と。柊薫の鼻息が荒い。見た目はクール系お姉さんなのに変態度が半端ない。


 それからほどなくして少年の家に着いた。家の前の道路には血の跡が残っていた。柊薫の顔面血である。まるで殺人事件現場の様相に少年は決意する。早く水で洗い流さねばと。


「あ、ここなの? 普通の一軒家なのね……てか、でかくない?」


「一応両親も帰ってくる家なので」


 少年の家は住宅街の外れにあった。近辺の開発が本格的になる前から、この土地に住んでいたらしい。なので他の家よりもやや大きめの家に、少年は一人で住んでいた。


 他の家より大きめとはいえ、豪邸という訳ではない。7、8人が余裕をもって暮らせるぐらいの家である。昭和の頃は学生の下宿先としても使われていた。その名残か、部屋数がやたらと多い。掃除も大変なのだ。


「……加点」


 ぼそりと聞こえたハンターの呟きは努めて聞かないようにして少年は家に入る。


「はふ! はふぅぅぅ!」


 背後にいる変態の呼吸が怖い。警察を呼ぼうかと少年はガチで悩んだ。


 そこからの記憶は残っていない。


 最終的に土下座までして男子高校生の下着をねだった変態クール系レディの記憶なんて少年の頭にはこれっぽっちも残っていない。


 刀の現物と登録証。これを確認して変態レディはご機嫌で帰っていった。


 何故か刀から距離を取っているようにも見えたが、多分気のせいだろう。少年の枕も抱えてご機嫌であったのだから。


「シャツが変態に盗られちった。枕も」


 嵐が去ったあと、少年は一人、家の前の道路を洗うのであった。



 ◇



「……情報通り妖刀だった。間違いない。全員あれに近寄るな。近付くだけで呑まれるぞ。対象は無事だが体質的なものだと思われる」


「柊隊長、その小脇に抱えてる枕はなんでしょうか」


「何って……枕だよ? 貰ったの。私の家宝にするんだー」


「可愛く言ってもダメです。返してきなさい」


「これは私の枕だぁぁぁ!」


「総員抜刀! 隊長をぶちのめせ! 一人だけいい思いしやがったゲス女に天誅である!」


「やれるもんならやってみな!」


 という事が日本のどこかであったそうだ。これは噂なんだけどさ、あの『新撰組』が現代にも形を変えて残ってるみたいなんだよね。


 昔は男しか居なかったムサイ組織だったけど、今は女性のみの華やかな秘密組織らしい。隊員は基本的に抜刀術の達人。かっちょいいよね、日本刀。


 ロマンだよねぇ。きっと歌ったり踊ったりもしちゃうんだろうね。顔から地面にバウンド三回とは絶対にしないんだろうね。うん。そうに決まってる。


 きっと劇場に秘密基地とかあるんだよ。そんでもって巨大ロボとか乗っちゃうんだろうなぁ。

 

 行くんだロボ! 戦えロボ! やめろ! 海には入るんじゃない! 錆びる! 鉄臭い!


 そんな事を考えながら少年は地面をブラシで擦ってた。血は乾くとまず落ちない。血液用の洗剤なんてスーパーに売ってたかなぁと黄昏ながらその日は暮れていった。カラスの鳴き声が背中に沁みたね。


 

 ◇



 そして次の日。


「黙って刀を寄越せー! この下級民めー!」


「あ、もしもし? 今日も親父狩りに遭ってまして……いえ、自分は高校生なんでカツアゲと言った方が的確かも知れないんですけどね。柊さんは来なくていいです」


 その日は別の女の人が来た。二分もしないでスピンしながらやって来た。今度はチビッ子達も轢かれそうになってた。超あぶねぇ。その人も車の窓から飛び出て地面にバウンドしてた。なんで窓やねん。早急に血液を落とせる洗剤が必要になった。


 無論、子供達は泣き叫びながら逃げ回った。僕もだけど。


 なんで連日こんな目に遭ってんだろうと本気で思った。



 ちなみに。


 この日来た女性はすごく美人な人でした。和風美人と言えば良いのか。現代風大和撫子さんでした。お名前はこんな感じ。



 椿 桜姫


 つばき おうひ



 なんかキラキラしてんなぁと思いました。唐揚げ食べたくなっちゃったし。


 美人だったんです。地面にバウンドしてましたけど。年齢は柊さんよりも年下とだけ教えてくれました。はにかむ姿は可愛かったです。小脇に泣き叫ぶ子供を抱えてましたけど。


 なんだろうねぇ、今は年齢も自己紹介に必須なんですかね。そのわりに具体的な数字は隠してたけど。あと、独身って事も熱く語ってくれました。


 家事は一切出来ないけど『人斬り』は得意って言ってました。首を一刀で落とすのが得意だと。


 おしとやかに、はにかんでました。


 きっと冗談だと思って笑い流しておきました。


 ……。


 ……冗談だと思いたい。


 小脇に抱えられたままの子供はガチで泣いてたよ。というか漏らしてた。

 

 この日も少年は朝から襲撃されてしまったので学校は自主休講とした。次のテストが少し心配になったが、それよりも今は『すぐそこにある危機』の方が問題であった。


「少年……君は年上の女性が好きだよね」


「言い切られてるぅ!?」


 少年は『年上好き』の属性を付与された。強制である。今朝襲撃してきた子供達は十人以上いた。椿さんの手で半分以上が捕獲されたが、その他の逃げ損ねたチビッ子達も腰を抜かして動けぬ状態。それをパトカーに運んだりしてたらそう言われたのだ。いつのまにか来ていた柊さんに。


「しばらく同じような事が続くと思われるので少年と同棲して既成事実を作りたい。良いだろうか、寿退社」


「よくねーよ!」


 そんなことも真顔で言われた。キリッとして言うことか? 椿さんも似たような事を言っていたので『年上のお姉さんジョーク』として流しておくことにした。流石に笑い飛ばすのは無理だった。警棒でチャンバラを始めてて無理だった。火花が綺麗でした。

 

 とりあえず子供のイタズラ……にしては手が込みすぎてる気はしてたんだけど、相手は子供ということで厳重注意と保護観察処分がコスプレチルドレンに下された。それを聞かされた少年は胸を撫で下ろした。


 ああ、生きてるならそれでいい。


 多分トラウマにはなるだろうが、それも自業自得。少年はそう思った。


 しかしである。


 少年は同時に思うのだ。


 なんで自分は子供にカツアゲされてるんだろうと。しかも目的は『刀』である。確かに日本刀はカッチョいい。それはもう、ロマンの塊だ。巨大ロボや改造キャンピングカーと並ぶ、男のロマンシリーズだろう。今は女性も刀剣にメロメロらしいし、やっぱり日本刀って良いよね。


 だけど、何故自分の所にわざわざコスプレした子供達が現れるのか。


 それもピンポイントで『刀』を求めて。


 少年の家には諸外国を巡る両親からの土産物、その多くはガラクタ達が多数置かれている。家は大きいのだが空き部屋の多くが両親の送ってきたガラクタで埋まっているのだ。


 そのガラクタの中には刀剣の類いも含まれている。振ると音が鳴ったり光ったり。つまりは、おもちゃばっかだ。じゃないと税関を抜けないもん。当たり前じゃん!


 武器という観点で見ると中国で仕入れたという『狼牙棒』が一番ヤバイと少年は思っている。これは鉄製のドリアンを鉄の棒の先に付けたような古代中国の武器である。少ない力で相手を粉砕出来ちゃうエグい武器なのだ。


 両親は、なんか安かったから買ってみたらしい。多分レプリカか偽物だとは思うが超重いので地下室にぶちこんである。


 少年の見立てでは、その『狼牙棒』が彼の家で一番ヤバイものと認識されている。なんか血の錆びっぽいのが浮かんでるんですよね。全体に。きっとそれっぽい加工して値段をあげるためなんでしょう。うん。きっとね。あの国はそういう国ですし。


 だから分からない。なんで『刀』なんてものをチビッ子ギャング達が欲しがったのか。


 彼も一応本物の『刀』を所有しているが、それは抜けない刀であり、彼の中では『パチモーン!』と思ってる素敵な刀なのだ。刀としての価値も利用価値もない刀。だからこそロマンとして彼はその『刀』……。


『妖刀マンゴスチン』を購入したのだから。

 

 まさかチビッ子ギャング達の目的がそれとは思わないだろう。だって抜けないもん。マンゴスチンだもん。千円で買えたんだもん。



 そしてここから一週間。少年は朝昼晩とコスプレチルドレンの襲撃を受け続ける事になる。


 あ、いや、昼と晩は『年上のお姉さん達』にも襲われる事になったのであった。

 

 

 次回に続く。



 今回の補足説明は……いや、疲れてるから止めとこう。うん。


 あ、狼牙棒は『鉄製のドリアン』として税関を潜り抜けてきたんだよ。鉄の棒は『鉄の棒』としてね。組み合わせると武器になるんだけど……まぁこんなん現代人に分かるわけないよね。まんまドリアンだもん。トゲトゲー。


 ……狼成分どこよ。


 鈍器最強説。私はこれを信じてます。遠距離攻撃は反則だと思います。いや、ゲームでは普通に遠距離で戦いますけどね。接近戦って怖くないのかなぁ。


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