その七 真理亜ちゃん、本気だす
七話目まで来たー。
「まーちゃん、ごめんなさい。曇天と戦争になりました」
「……は?」
「曇天が本気になったのだ。まーこよ、我らも気を抜くとヤバイ」
「え、ちょっと意味が」
「ちょっとおちょくり過ぎたのだ。まぁそれも脳筋の宿命なので……うぇーい?」
「「うぇーい!」」
「説明しなさいっ!」
「うぇーい……」
かくして安倍家と江別家で妖怪超戦争が開幕した。
片や蹴りで空を割る妖怪。
片や安倍の名を護りし妖怪達。
日本は真っ二つに割れ、数多の死者を出す歴史上稀に見る悲惨な戦いとなった。
「やってくれましたね」
「うぇーい」
「引っ掛かってやんのー」
「ぐぬぬぬ!」
「くっ! やはり人型は器用であるな。だが我はヤカンの誇りに懸けても負けんぞ!」
「食らえバナナー」
「「あーっ!」」
今日び、戦争なんて無益な事はしないのが妖怪である。この恨み、ゲームで果たしてやろうぞ!
そんなノリが妖怪である。
国民的バナナゲーム(レースとも言うか?)で決着をつけることになった安倍家と江別家である。開催場所は安倍家のリビングね。
なお、言い合いの最中でバナナを撒いたのは真理亜ちゃんだ。ゲームになると性格が変わるので安倍家では彼女にゲームを勧めない。今回は彼女からの参戦である。
鬼のバナナ使い。
それが真理亜ちゃんの字である。
「……なんであんたら和気あいあいとしてんのよ」
まきびちゃんも呆れる展開である。しかしここは敵地である。
「黙れ小娘。そのおさげ、むしられたくなくば真剣に戦えぃ!」
「ひぃ!?」
まきびちゃんも何故か参戦。というか安倍家と江別家の戦いなので参加は必須である。
ちなみにー。
「……まーちゃん、超こえー」
まきびちゃんを叱りつけたのは真理亜ちゃんである。
これがあるから安倍家は恐ろしいのだ。
安倍家の陰陽師には二面性がある。代々の陰陽師でまともな人は……まず居ない。誰もが真面目な面とヤバイ面の双方を使いこなしていた。
うん、使いこなしているんだ。振り回されてる訳じゃない。完全にコントロールしてらっしゃるんだよ。
「まきびぃぃぃ! しっかと走らんかぁ!」
「ひぃぃぃぃ!?」
真理亜ちゃんの黒髪が逆立つ。何故逆立つのか妖怪達にもよく分からない。多分静電気的なパワーだとは思う。
そんでもって、まきびちゃんは泣きながらゲームである。
安倍家の後継者には手を出すな。
これは平安の頃から言われ続けてきた鉄則である。
安倍家に手を出すな、ではない。
安倍家の『後継者』がヤバイのだ。
先代の安倍家陰陽師も大暴れして伝説になっている。というか代々の安部家当主が何かしらやらかしている。その多くは消されたり内緒にされてて他家の子供達に伝わっていないのだ。
みんな自分の恥を話すのは恥ずかしいからね。
当然子供達も親と同じ轍を踏む。そして安倍伝説は続くのだ。学習しろや、陰陽師。
「くっ、これが安倍の末裔……」
「ぬるい。ぬるいぞメイド。その程度でメイドを騙るか?」
誰? 武将? 声低くね?
真理亜ちゃんを返して!
みんな大好きボインちゃんを返して! 僕らのボインを返してよ!
「……まーこはここからが本番だぞ?」
「マジで!?」
まきびちゃん、絶望に染まる。こっちもな。
こうして日本を真っ二つに割る戦争は回避された。
江別家の惨敗である。
というか鬼バナ様の一人勝ちであった。
バナナって前にも飛ばせるんだね。知らんかったよ。
◇
「これからまきびちゃんはどうするの?」
「ひぃ!? お、お姉さまに従いますぅぅぅ」
まきびちゃんにお姉ちゃんが出来た。ボインに戻った真理亜ちゃんだ。むっつりボインに戻った我らの真理亜ちゃんである。いや、真理亜様か。
そしてこちらは妖怪組。
「曇天はどうするのー?」
「まだ奴に届いてませんからね。目の前で笑ってやろうと思っていましたが……あなた達が動いてないということは動けない、ということですか?」
「ふっ、ビンゴだ。今の持ち主は一般人。我らの関係者なら如何様にも出来るが本当に一般人だ」
「多分一般人な。あれを側に置いてるのに事件を起こしてない。今も様子を見てるが……」
真理亜ちゃんとまきびちゃんが色々と話している横で妖怪達も座談会である。
議題はやはり『妖刀卍護朱鎮』である。
「話によると封印の札を使ってるみたいなんだけど……それでも解せないよね」
「あれは持ち主を狂わせる。例外はない……はずなんだ。やはり解せぬよな」
お椀とスリッパは頭を傾げる。意味不明だからこそ踏み込めない。相手が相手だから慎重にならざるを得ないのを別にしても意味がやっぱり分からない。問題が起きてしまえば対処は簡単だ。しかし何の問題も起きてないのが問題という、不可思議な状況に陥っているのが現在である。
「……九尾に連絡は取りましたか?」
曇天も状況のヤバさに気付いた。これは大連合を動かす案件である。何が起きているのか分からない。実はこれが一番怖いのだ。分かっていれば対処方法を考えられる。もしそれが駄目ならまた別の対処方法を採ればいい。
だからこそ『分からない』という状態は怖いのだ。介入すべきか静観すべきかも分からない。これでもっと小物の妖怪だったら話は簡単だった。力ずくでどうとでもなるから。しかし此度の相手は『妖刀卍護朱鎮』である。下手に手を出すと切られて消滅である。
様子見で手を出すことすら、やぶへびになりかねない。
「まだ九尾に連絡はしていない。あれも切られた側だ。迂闊には話せん。暴走して……海外に逃げられたら、こっちが狸に怒られる」
「あー。逃げるね。きっと逃げるね。その気になったら海を走って逃げると思う」
海の上を爆走する妖艶な尼さんかぁ。それはそれで。うん。
「……このまま様子見ですか? 派手に動いたので他の陰陽師達に気付かれるのは時間の問題かと」
「それならそれで動きようがある。むしろそれ待ちだ」
スリッパはニヤリと嗤った。
「……陰陽師達も嵌めるつもりでしたか」
曇天はため息である。どこまでも手のひらで踊らされる。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、これには敵いそうもない。
「嵌めるなんて人聞きの悪い。やっと正しい関係に戻るだけだよ」
お椀が真理亜ちゃんとまきびちゃんを見る。そこには姉妹のように仲睦まじい二人の姿が……
「まきびぃぃぃ! なんだこの破廉恥な下着は!」
「ひぃぃぃぃ! ごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!」
……お椀は体を反転させて窓を見た。今日も青空が綺麗である。あ、雀さんだー。
「……恐怖で人は従うかな?」
「従ってるな」
「従ってますね」
「従うしかあるまい」
お椀は違う事を言いたかった。しかし髪を逆立てている真理亜ちゃんはマジで怖いのだ。
「人間と妖怪の関係をやり直すには一度終わらないといけないんだ」
お椀は頑張って言い切った。バックミュージックでまきびちゃんの悲鳴と泣き声がすごい。真理亜ちゃんの怒声もすごい。お椀もガタガタ震えてる。
「……あの、この状態はいつまで?」
さしもの曇天もビビリ始めていた。いつもの真理亜とあまりにも違いすぎるのだ。豹変なんて生温い表現ではない。変身もしくは別人との入れ換えである。
「本気になったまーこは……三日続く」
「……今代の噂が出てこないのはこういうことでしたか」
曇天は嘆息しながら窓を見る。青空が綺麗である。あ、カラスさんだー。
「ヤバすぎて表に出せぬのだ、うちのマリィはな」
安倍家の式が護っているのは厳密に言うと安倍家ではない。安倍家の後継者による被害を最小限に抑えるために彼らは選ばれたのだ。
いずれ暴走するかもしれない子孫を止める為の安全装置。そして守るべきは安部家ではなく人類そのもの。
つまりは人類側のガーディアンとなる。
安倍家の式なのに守るのは他所の人なのだ。
それは『罰』であり『楔』である。
かつて大暴れした妖怪達を安倍晴明は封印することなく共存することで活かそうとした。
どんなに悪い妖怪でも、その本質は『自然』である。自然の一部が彼らならば、それを封印することは自然を歪めてしまうことに他ならない。
晴明は考えた。考えても分からないから、とりあえず一緒に暮らしてみた。
お椀も最初こそツンツンしていたが、晴明の子供、孫と触れあうことで信じられないくらいに丸くなっていった。
そこに晴明は可能性を見たのである。完全に行き当たりばったりであるが、上手くいったので良いのである。
安倍家の式を続けるのは彼らに課された『罰』である。今も彼らが安倍家にいるのは契約ではなく『罰』なのだ。人類を守るのは彼らに課された『刑』なのだ。
でもそれは既に形骸化していて意味を成していない。ぶっちゃけ、いつでも辞められるのだ。それはもう『刑』ではないのだから。
最初こそ三人は文句たらたらで人間達を助けていた。どうして安倍家以外の人間を助けねばならんのかと。でも、内心では違った。お椀もスリッパもヤカンも最初から『罰』とは思っていなかったのだ。
彼らは晴明、安倍家の人々と共に生きる事で知った。
それは『絆』もしくは『感謝』だろうか。
他者を攻撃することで自己を保つ。そんな悲しい生き方をしていたお椀達に、共に生きるということを教えてくれた。他者と手を携えるという『道』を示してくれた。
建前では『罰』であり、彼らは人類を守る義務を負った。嫌々他人を助けるうちに彼らも分かってきたのだ。助け合って生きる、その本当の意味を。みんなが他者と交わって生きる、その理由を。
いつしか彼らは安倍家の人間以外にも優しい想いを抱けるようになった。すごく時間は掛かったけど。というか安倍家の人間にはダダ甘だったので晴明は全く心配していなかった。甘やかしすぎは少し心配してたけど。
人間と妖怪が共に生きる。それは簡単なのに難しくて、あの晴明ですら悩み抜いて今の形にしたのだ。
まるで反抗期の子供みたいで面倒臭い存在。それが妖怪。
みんな、素直じゃない。つっぱって反抗して、それでも心の底では求めてる。
認めてほしい。受け入れてほしい。側にいてほしい。
こんな自分達だけど、愛してほしい。他人の温もりが欲しい。一人は寂しいんだと心の底で叫んでる。
本音と建前。それが反転するには長い年月と信頼関係が必要になるだろう。それはもう長い年月が。なんせ妖怪は長生きだ。反抗期も長かろう。
だから晴明は子孫にそれを託した。こいつも素直じゃない男だった。分かりにくい形で友を未来に託したのである。
そして今。それは花咲こうとしている。
「スリッパァァァァァ! お前はいつまでそれに宿ってるつもりだぁ!」
「これは可愛いかったまーこの唯一の形見だ! 俺は退かん! 一歩も退かんぞぉぉぉぉぉ!」
「たわけぇぇぇ! 私は今も可愛いだろうがぁぁぁぁぁ!」
……晴明さん。あなたの子孫は多分あなたにそっくりです。
どうしてくれる。このやろう。
◇
京都、とあるお寺。妖怪大連合の集会にて。
「首領。動きましたよ」
「よしっ。私はちょっとヨーロッパの方に視察に行く。帰ってくるのは事態が落ち着いてからになるからそれまでは君が首領だ!」
「私は昨日からお休みを頂いてますのでお断りしますー。一年の有給を貰ってますのでー」
「……許さぬ! そんな事は、このあたしが許さねぇ!」
「知りませんよ! 私は切られたくないんですよ!」
「あたしだって二回目は嫌だよ!」
「尻尾が九本もあるから残機10じゃないですか! 私は一本しかないんですぅ!」
「残機10って本体も切られる前提じゃねぇか!」
「今も悪いことしてるから間違いなく切られると思いますよ?」
「……とぅ!」
「逃がすかぁ!」
このあと寺の半分が壊滅する妖怪バトルが繰り広げられた。タヌキとキツネの取っ組み合いである。
トップの二人は共に大怪我をして入院することになったが、共に妖怪なのですぐに治った。そしてまた取っ組み合いのケンカをするのであった。病院なのでめっさ怒られたけどな。
トップの二人が不在となったが、それでも妖怪大連合は問題なく動いている。トップがアレなので下に優秀なのが揃ってるんだよね。
そんなわけで。
何としても妖刀卍護朱鎮を手に入れたい人間達がここで大きく動き出す。
物語は佳境へと向かって行くのだった。
次回に……もうちょい話をしとく?
キリは良いけど今回は短いもんね。
えっとー。何にするかなー。
晴明の目指した『人と妖怪の未来』について補足説明しとくね。ちょっと分かりにくいし。
安倍晴明はこう考えた。
妖怪の本質は子供! だから反抗期バリバリ!
千年ぐらい経ったら流石に落ち着くと思うからその時に改めてうまいこと関係を築くのだ! 我が子孫達よ!
あ、世界は滅ぼすなよ?
まとめるとこうなる。丸投げか晴明。でも、当時の妖怪は荒れてるのが多かったから仕方ない、のかな?
実際は三百年もすると妖怪達も落ち着きをみせていくんだけど、人間側が暴走し続けたって感じなんだよね。だからおかしな事になり続けた。
平安辺りでは妖怪を以て悪い妖怪を倒すという事が普通に行われていた。反抗期の妖怪達がヒーハーしてたんだよ。だから陰陽師の地位は高かった。本物のヒーハーだからね。
……ヒーハー? ヒーローじゃね?
そんな荒れた時代がしばらく続いちゃったのが良くなかったのかな。
妖異と人は相容れない関係。安倍晴明はそんなことないと確信してたけど、他の人間、普通の人間はそこまで強くなかった。
妖異の排斥、排除を人間達が目指してしまうのもむべなるかな。
お椀達は晴明の意思を継いでる感じかな。共存共栄。そこまで言うと大袈裟っぽい。みんな仲良し! 晴明が目指したのは、この辺。そこまで欲張りじゃなかったんだね。
妖怪達も今の関係をどうにかせんといかーん! と考えているので今回の騒動は渡りに船となるのだ。大人になったねぇ。
妖怪達は一度契約を終わらせてから新たな関係を構築すれば良いと考え、しかし人間達は今の歪な関係の更なる強化を求めている。
この物語の肝はこの辺りなのかなぁ。思惑のせめぎあい?
なんか妖怪達が、やたら大人に見えてくるけど、年齢的に千年を越えてるからね。
そもそも人間達がもっとまともならすぐに仲良くなれたんだよ。陰陽師のバカー!
……あ、この物語のコアってそれやん。
あ! 物語のタイトルが『陰陽師異聞録』じゃん!
あー、そゆこと。
『ボイン物語』じゃなかったんだ。
この辺で『安倍家の式』は『式』じゃないということが判明ですね。いや、わりと最初からそんな感じでしたか? いやいや、そんな訳は……いやいや……うん。