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その四 まきびちゃん、あらわる

 四話目だー。



 ザギンのホテルで行われた会合のあと、妖怪達と人間の間で、新たな『契約』が結ばれることになった。


 妖刀卍護朱鎮。


 これの探索に手を貸すことと引き換えに、現在の陰陽師の家系全ての幼児、児童、赤ちゃんを根こそぎ妖怪に捧げるという、とんでもねぇ契約が人間側から申し込まれたのだ。


 妖怪達はこれを許諾。


 人間達は自分達の子供全てを生け贄にして妖刀卍護朱鎮を手に入れようとしていた。


 無論、妖刀が見つかれば『契約』を破棄する気満々である。妖刀卍護朱鎮で妖怪達を脅して言うことを聞かせる。妖刀さえ見つかればあとは問題ない。


 元陰陽師である大人達は、そう考えていた。



 人間達が下らない事を画策する一方で、京都のとあるお寺で妖怪大連合も集会を開いていた。


 妖怪大連合。


 なんか名前はすごいけど、中身は長老格の妖怪集会である。今の陰陽師を牛耳っているのがここなので……あ、意外とすごい組織かも知れない。


 日本の妖怪達の組合みたいなもので、ここの意思決定が日本の妖怪の総意そのものと言える。あ、すごいじゃん。


 この連合のトップが妖艶な尼である。それはもう、妖艶な尼さんなのである。安倍家のボインちゃんが乳臭い小娘に見えるほど、濃厚な色香を常時垂れ流す色気の化け物である。


 空気に色が付いてんじゃね? と思うほどの色気を周囲に撒き散らす妙齢の尼さんが日本の妖怪のトップなのだ。


 無論、この色気垂れ流しの尼は人間ではない。


 かつて日の本を荒らしに荒らしまくった大妖怪。その本性は獣の如し。なんか尻尾が九本ぐらいある。そんなすごい妖怪なのである。


 今でこそ日がな一日ゲームして遊んでるダメな尼さんだけどね。


 そんな尼さんの他にも、人に姿を変えた妖怪達が寺の本堂に集まり、これからの事を真剣に話していた。ぶっちゃけお年寄りを集めた寄合なのは秘密である。


「……早く完全版が出ないかにゃー。うち、ネットに繋がってにゃーんだもん」


「何の話ですかー!」


 ダメな尼さんは、やはりダメだったようだ。語尾がにゃーだが、猫ではない。尼である。それもエロエロなお姉さん風尼さんである。それが座布団を枕に畳を転がってゴロゴロである。


 寺の本堂で開催された今回の集会。この集会の議事進行を任せられているのはタヌキである。チビッ子陰陽師達を集めた会合で連絡事項を話した、あのタヌキである。


 今は、野性味溢れるタヌキの姿ではなく、ゆるふわ系お姉さんという人の姿を取っている。幼稚園の先生が彼女の表の顔だ。そこは妖怪として外せないよね。


「いや、ほら、ダウンロードコンテンツが一体になったパックの方がお得じゃん? 本体が中々手に入らなかったから買いそびれてさー。いや、難易度高くて泣けてくるから手を出しづらいのもあって」


「だから何の話ですかー!」


 ゆるふわ系のタヌキさん。結構真面目な妖怪であることが判明。そして尼さんは死にゲーが苦手なようだ。あの会社のゲームって基本的に難易度おかしいよね。面白いけどさ。


 ゆるふわお姉さんがぷりぷりと怒っているが、ゴロゴロしている尼さんは気にしない。僧衣の裾が、はだけようが気にしない。なんなら尻が見えても気にしない。すげぇ毛深い尻なので、ご褒美にもなりゃしねぇ! 変化も適当か!


 妖怪大連合。その実態は意外なほどに緩かった。いや、意外でもないか。しかし、ここが日本の妖怪の元締めでもあるのだ。少しは真面目な所もあるんだよ? こんな風に。


「いや、だってさー……これからどうなるか、大体読めてんでしょ? あんたにも」


「読めてますけどー……それより奴の方ですよー。なんで封印が解けてるんですか。あれは簡単に封印が解けるような代物じゃないですよね?」


「……しらん! だから捜索するんでしょうが。もし面倒な奴の手にあるようなら……分かってるわよね?」


「……普通の人間なら大量殺人を犯したあとに自殺ですかねぇ。警察に押収されたあとに管轄の警察署に忍び込んで回収ですか」


「うんうん。じゃ、そんな感じでよろしくね」


「……え、私がですか? 嫌ですよ。だって奴なんですよ? 私も切られちゃいますってば」


「あたしは既に尻尾を落とされてんだよ! 怖くて近寄れねーよ!」


「私だって怖いですよ! 無理に決まってるじゃないですか!」


 ゴロゴロする尼と、ぷりぷりするゆるふわが本気で口論していた。まるで子供の喧嘩である。あれ? 真面目な所は?


 他にも集会に参加している妖怪はいるが、みんな黙って下を見ている。自分達に矛先が向かないように。


 これが酒盛りだとみんなで騒ぐのだが、今回はヤバすぎる。相手が相手である。だから長老格の妖怪達も黙ってる。ここはトップが体を張るところだ。頑張れ大将。頑張れ副将。俺らは頑張りたくないです。


 そんな想いが通じたのか、任務の押し付け合いは佳境に入っていた。


「嫌にゃー! あいつ、マジでキレるから嫌にゃー!」


「顔見知りなんだから手加減してもらえますよ、きっと」


「尻尾二本切られてんだよ! それも一息で二本だよ! あたしの尻尾が一気に二本も減ったんだっつーの! 新しいのが生えてくるまで三百年も掛かってんだよ!」


「大丈夫ですよー。あと九本ありますし」


「お前が行けぇぇぇぇ!」


「嫌ですぅぅぅぅ!」


 妖怪大連合。ここは妖怪達を統べる大妖が集まるところ。しかし妖怪は妖怪なのだ。大妖であれ、古参であれ、妖怪は妖怪なのである。


 妖刀卍護朱鎮を巡る騒動は、人間と妖怪、互いの思惑が交錯する狂想曲の様相を描いていく。


 はてさて、この騒ぎに勝者というものが現れるのだろうか。


 んじゃ、今回の『ボイン物語』を始めるとしようか。真面目にね。


 あ、尼さんの尻毛は狐色だったよ。本体は柴犬なのかねぇ。





 真理亜ちゃんが『妖刀卍護朱鎮』を知った翌日。この日は平日ということもあり普通に学校に行った彼女であるが、帰宅すると客が家に来ていた。


 彼女も予想だにしない客である。


 それは真理亜ちゃんと同い年の陰陽師。


 招かれざる客の名は『江別まきび』


 特殊な薬物の摂取により肉体の成長を止めて子供体型を維持している現代最強の陰陽師である。


 性別は女。年は十六なれど、見た目は小学生の女の子である。


 彼女は紛れもなく現代最強の陰陽師であるが、彼女の能力が優れているから最強なのではない。彼女の式がアホみたいに強いから最強なのである。


 彼女の式の名は『曇天』


 銀髪のメイドである。


 ……うん。メイド。


 日本最強の式が銀髪のメイド。


 名前は和風なんだけどね。


 メイドさんなのに物理系最強の式となる。え、脳筋なの? と、侮るなかれ。たとえ炎であれ雷であれ、彼女は蹴りひとつで消し飛ばす。雷雲すら蹴りで割る。そして太陽が顔を出す。もはやギャグである。

 

 太陽すら彼女に恐怖し、雲に隠れる。しかし蹴りで空は割れる。太陽丸見え。


『呑天』


 それが彼女に付けられた字。天すら呑み込む大妖である。しかし、あまりにも危険として字を変えて呼ばれるようになった。


 それが故に『曇天』である。


 彼女に付けられたこの『曇天』という名は、彼女を縛る鎖でもある。晴天の日には調子が出なくなり、雪の日は基本的に炬燵から出れなくなった。


 ……単にモノグサなだけだよね?


 彼女は、メイドだけど式でもある。つまりは妖怪だ。妖怪に勤勉さを求めちゃダメなんだ。きっと。


 そんな最強の式を連れて脱法ロリが安倍家にやってきた。


 いや、体の成長を止める薬って違法薬物だからさ。脱法ロリータなんだよ。合法じゃなくてさ。



 ◇



 その少女は、さも当然のように部屋の主のベットに腰掛けていた。


「真理亜ちゃ~ん! まきびと妖刀探ししよー?」


 あざといくらいの上目使い。


 最強の陰陽師の見た目は小学生であるが、言動も小学生だった。


 それは言うなれば子供が友達を遊びに誘うような、そんなニュアンス。小学生が小学生を誘って公園に行く、そんなノリだ。


 実際誘っているのは小学生にしか見えない女の子なので……おかしくはないのかなぁ。内容がおかしいだけで。


 ベットに腰掛け、足をプラプラとさせている少女は、アニメに出てくるキャラクターのような外見をしていた。


 まず頭が紫色である。


 薬の影響で紫色になった髪を、少女はツインテールにしていた。頭の両脇に紫の尻尾が二刀流である。どぎつい紫ではなく淡い紫なので、おばあちゃんっぽくもある。


 なんにせよ人間では有り得ない色味である。おばあちゃん……人間ちゃうんか。


 そして服装も少し変わっている。今は制服に身を包んでいるが、一応彼女は高校生である。着ているのは高校の制服なのに、幼稚園の制服に見えるのはなんでだろう。マジでコスプレにしか見えない。頭は紫なのに眼が黒いからコスプレにしか見えない。眉毛も黒だし。


 そして外見よりもすごいのが、彼女の中身である。


 内臓じゃなくて性格の事ね。


 薬で成長を止めてるだけで、彼女が十六才であることは間違いない。しかし小学生ムーブを見事に乗りこなし演じきるのは……すごい神経してないと無理だよね。


 女は演技するもの。女の子はそういう面も持つ生き物である……って母ちゃんが言ってた。


 見た目は小学生。中身は高校生。それが現代最強の陰陽師、江別まきびである。


 彼女は真理亜ちゃんの友達……というわけではない。少なくとも真理亜ちゃんは友達だとは思っていない。むしろ付き合いたくない人間だと思っている。


 それがなんで真理亜ちゃんの部屋、それもベッドに腰掛けているのか。


 まきびちゃんは、見た目こそ小学生の少女であるが、中身は普通の『陰陽師』である。


 陰陽師は基本的に『ゲス』である。


 普通のモラルや常識は通用しない相手である。相手の事など微塵も考えない。それが陰陽師というものだ。


 彼女も高校生であるが、それは他の陰陽師と変わらない。むしろ、より酷いからこそ彼女は『最強の陰陽師』なのである。


 安倍家に押し掛け真理亜ちゃんの部屋に居座るのも、まきびちゃんからすれば別段おかしなことではない。


 薬を飲んでまで体を子供の状態に保っている彼女である。『陰陽師』としての矜持は他の誰よりも強い。


 つまりは『ゲス オブ ゲス』である。『クイーン オブ ゲス』とも言える。すごいな、まきびちゃん。


「お嬢様。安倍家の真理亜さんが困っておられます。物を頼むにしてもお嬢様では、あまりにも関係性が薄すぎます」


「だよねー。分を弁えろよ、江別家の陰陽師」


「この偽装ロリめ」


「……ツインテールはスタイリッシュではあるが……うーむ」


「うっせー! いいから手伝えー! このまきびちゃんが手伝わせてやるって言ってんのよ!」


 真理亜ちゃんの部屋は賑やかだった。賑やかというか、ギスギス感が半端ない。


 安倍家の式だけでなく自分の式からも辛辣な物言いをされるまきびちゃん。


 しかし、彼女は怯まない。


 つーか、お椀が一番辛辣だ。お前、そんなキャラだっけ?



「……えっと……江別さんは妖刀を探してどうするつもりなのかな」


 ここで部屋の主が……カーペットの上に乙女座りしている制服姿のボインちゃんが躊躇いながらも口を開いた。

 

 学校から帰ったら脱法ロリが部屋に居た。真理亜ちゃんもびっくりしたのだ。それはもうびっくり仰天である。


 目の前で寛ぐ脱法ロリを家に上げたのは母である。彼女は説得が無駄と心得ているので大人しく脱法ロリとその式を家に上げたのである。何か問題を起こしたら江別家に賠償金をたんまりと請求する気満々なので、ゆりたんはルンルンであったという。


 そんな事とは露と知らず、傍若無人、絶対無敵のまきびちゃんは、真理亜ちゃんの疑問に胸を張って答えてくれた。まきびちゃんの胸は勿論、ボインではなく絶壁である。


「妖刀を手に入れたら、まきびちゃんが王になるに決まってんじゃん。ジジイどもを排除して私が全ての陰陽師を支配するの。なんかそんな力があるんでしょ? 妖刀って言うくらいだし」


 真理亜ちゃんは、顔が引きつるのを自覚した。端整なお顔を引きつらせながらも真理亜ちゃんは高校生であるはずの同業者を見た。


 そう。自分のベットを占拠する紫頭な脱法ロリを。


 その顔は冗談を言っているようには見えない。見た目と同じ馬鹿丸出しげふんげふん。


 ……あまりにも浅はかな考えに高校生の真理亜ちゃんはドン引きしたのである。こいつの紫頭は中身まで小学生かと。


「やっぱり酒池肉林は基本としてイケメンを侍らしたいわよね。あ、真理亜ちゃんは男がダメだったっけー? あららー。それは女としてどうなのかなー?」


 高校生だけど体と頭が小学生の女がボインの女神にマウント勝負を仕掛けてきた。無謀だよ、まきびちゃん。本人がマウントを取ってるつもりでも周囲は生暖かい視線で見てるから。


 というか痛い。痛いから。


「曇天。こいつ大丈夫なの?」


「大丈夫であれば私は着いてきてません」


「そりゃそうか」


 銀髪メイドと妖怪達も、これには呆れていた。


 実はこの江別まきびは、人間側が送り込んだ刺客である。没落したとはいえ、安倍家は歴史が深いので侮れない家である。今の陰陽師(大人達の事ね)達が知らないことも、この家の式ならば何か知っているに違いない。


 自分の家の式に聞いても答えてくれないし、子供達が聞いても、はぐらかされている状態である。


 妖怪達も本当に『妖刀の行方』を知らないので答えようがないのだが、人間達はそれを『秘匿』していると感じていた。


 後ろめたい人間は、どんな事も穿って見るようになる。陰陽師は、子供から大人まで皆が真っ黒だったのだ。


 そんなわけでスパイとして送り込まれたのが、当代最強の『江別まきび』だったのだ。何か情報を持ち帰れればそれでよし。もし安倍家に妖刀が保管されていれば、その奪還もまきびちゃんには命じられている。


 勿論悪事を実際に働くのは『曇天』である。


 ここで最強の式が出番となるのだ。


 真理亜ちゃんの部屋で寛ぐメイドさんのな。


「それにしても真理亜さんのお部屋は……普通にファンシーですね。まさに年頃の女の子のお部屋です。良いですねぇ」


 そう語る銀髪メイドはぬいぐるみの山に埋もれていた。彼女は可愛い物が好き。真理亜ちゃんの部屋に鎮座するぬいぐるみの山は、彼女にとって炬燵と同等の癒しスポットであった。


「最近、この部屋も女臭さがすごくてな。ちょっと汗臭いくらいが幼女っぽいんだが」


「相変わらず変態ですね」


「うるせー! お前も人のこと言えないだろうが!」


 ぬいぐるみの山に埋もれる銀髪メイドの曇天と、幼女の使い古したスリッパが舌戦を繰り広げる。


 メイドとスリッパという、すごい組み合わせであるが、彼らは知己であった。


 親友というよりは悪友。強敵と書いて友と呼ぶ。そんな関係である。遠慮なんて既にない。気心知れた腐れ縁。


 だから陰陽師側の思惑は初めから破綻してるんだけど、全てが疑心暗鬼な人間側には、それが分からない。


『ぷーくすくす。こいつらケンカしてやんの。あー、手っ取り早く殺し合いでもしてくんないかなー』


 まきびちゃんは、二人の口論を見て、そんな風に思っている。


 曇天が負けるとはちっとも思っていないし、そもそも曇天が自分の命令に従うと本気で思い込んでいる。


 安倍家の式は三体。


 対して曇天は一人である。


 普通に負けるってばよ。


 そもそも戦うことをしない間柄なので実際に戦闘になることは絶対にないが、安倍家の式は元来戦闘に特化した血の気の多い妖怪達である。


 今でこそ変態丸出しのお馬鹿三人衆であるが、あの安倍晴明をして『こいつは封印した方が良いな』と本気で言わしめた荒くれ妖怪達なのである。


 ぶっちゃけ、実力は各々が曇天と互角。


 互角の相手が三倍の戦力で来たらねぇ? そら、負けますがな。


 というか日本が滅ぶ。戦闘の余波で。


 今でこそ皆、丸くなってお椀になってたりスリッパになってたりメイドになってたりするけれど、本来は『人ならざる存在』であることを忘れてはならない。


「紫の髪……スタイリッシュ……いや、大阪のオバンだな。お洒落ではあるが」


 ……存在感の薄いヤカンの事も忘れてはならない。こいつは何かとスタイリッシュに拘るなぁ。変態ではないけど変人だ。


「誰がオバンかー!」


「ぬごぉ!?」


 ……変人ヤカンが蹴られた。不憫だが仕方ない。頭が小学生とはいえ実年齢が高校生の女の子に『オバン』はない。


 こうして安倍家の『ボインのぬいぐるみ部屋』を荒らすだけ荒らして江別まきびは去っていった。最終的に真理亜ちゃんの部屋の壁にヤカンが突き刺さっていたが、修繕費は江別家に請求である。勿論値段ましましで。


 何しに来たのか今一分からないまきびちゃんであるが、なんでも、この日は夕食にお呼ばれしていたらしい。有名企業のお偉方からのお誘いで一流シェフのいるレストランでディナーとのこと。


 それを散々自慢してマウントを取ってから、まきびちゃんはルンルンで去っていった。


 ……お偉方……重度のロリコンだよね? 曇天も付いていくので多分大丈夫……だと思う。というか思いたい。


 こうして人間の闇を露呈した現代最強の陰陽師はヤカンを蹴り飛ばして安倍家を後にした。無論盗聴機を真理亜ちゃんの部屋に設置することも忘れていない。


 お椀がそれに気付き、近所でも有名な筋トレ愛好家の家に再設置して大変な事になるのだが……まぁそれは別の物語になる。


 安倍家マッチョ疑惑とか外伝にしときたいよね。


 


 ◇




 んで、その日の夜の事である。


「まーちゃん。真面目なお話があります」


「……私、もう疲れたんだけど」


 十六才の乙女には過酷すぎるイベントをこなした真理亜ちゃん。いくら彼女が若くても疲労困憊で、ぐったりである。


 しかし、疲れたとは言いつつも、その白くて可憐な手は、ぬいぐるみを作り続けている。


 真理亜ちゃんの趣味、彼女のストレス解消法でもある『ぬいぐるみ作成』である。


 ほぼ無意識でぬいぐるみを作ってしまうほどに、彼女はストレスに日々晒されていた。


 今は型紙から生地に図案を転写して、切り抜き作業の真っ最中である。裁ち台を床に置いての本格派。机ではなく床に座って作るのが真理亜流。


「今回は真面目な話だぞ。妖刀関連の話だ」


「うむむぅ。ボディが少し凹んでしまったか。これは……ふむ。これはこれでお洒落か」


 真理亜ちゃんの手は止まらない。生地にナンバリングしてパーツの過不足をチェック。淀みない手つきである。


 妖怪達に囲まれながらも彼女の手は止まらない。


 お椀とスリッパとヤカンに囲まれながらも彼女の手は止まらないのだ。


 ……そりゃ、趣味に没頭もするよね。うん。机だと危ないよね、うん。落ちるもん。


「妖刀がどこにあるのか僕らも分かんないの」


「無理して探しても多分見つからんだろう。あれは特殊な存在だ」


「だから気にしなくていいんだよ」


 そうですか。元より気にしてません。


 真理亜ちゃんは、手を動かしながらも、そう思っている。


 あの紫頭の同業者の愚かさには不安しかないが、真理亜ちゃんは元々妖刀に近付くつもりがない。


 女の勘か、それとも陰陽師としての勘なのか。


『件の刀に近付くのは危険』


 真理亜ちゃんの本能は、そう警告していた。


 既に妖怪達はいつもの妖怪達である。昨日、醜態を晒した時の影響や片鱗はどこにも残っていない。


 だからこそ危険。


 安倍家に残された式はただの式ではない。それは安倍家代々の陰陽師に伝えられてきた警句である。


 式を軽んずなかれ。


「あ、針に黒の糸を通しといて。一番細いやつね」


「あいあーい」


 真理亜ちゃん、手慣れた様子でお椀に指示を出した。ある意味、完全な陰陽師である。


 明らかに式の扱いが軽いが関係性は良好なので……良いのかなぁ。


「またぬいぐるみが増えるか」


「曇天もこっちに来そうであるな。まぁ賑やかなのは良いことだ」


「まぁそうだが……幼女も増えんかなぁ」


 増えてたまるか。


 そんな思いを抱きつつ真理亜ちゃんの手は動く。今夜は三体ぐらい増えそうだ。


 その様子を見ている妖怪達は内心微笑みながら思うのだ。


『我らの主はこれでいい』


 妖怪達は子供が好きである。それは共にいて、心休まるから。邪念や邪気は側にいる妖怪にも作用する。


 それは凶暴化するとか邪悪に目覚めるとか、そんな特別な話ではない。人間と同じで『嫌な奴といると胸糞が悪くなる』程度である。


 だからこそ妖怪達は側にいる相手、共に居たい存在を選ぶのだ。


 無論、性癖を最優先にするのは忘れないが。


「まーちゃんもそろそろおっぱい丸出しで生活してくんないかなぁ」


「平安は丸出しが多かったな、そう言えば」


「クーラーなんて無かったから仕方なかろう。男も女も丸出しの時代だった。流石に冬は着込んでいたが」


「まーちゃん! いざ、平安レディだよ! 紫式部も清少納言も乳丸出しだったからおかしくない!」


「……聞きたくなかったよ。そんな事実」


 げんなりしながらも真理亜ちゃんの手の中で新たなぬいぐるみが形を成していく。今回は……い、犬だろうか。多分犬だ。うん。多分ね。ペンギンにも見えるけど。


 こうして真理亜ちゃんの新たな『式』が、またひとつ誕生した。


 真理亜ちゃんは気付いていないが、真理亜ちゃんの部屋に鎮座するぬいぐるみの山。


 これも全部『式』だったりする。


 動かないし、喋らないので安倍家の住人は誰も気付いてないが、安倍家は膨大な数の妖怪達が住まう『妖怪屋敷』となっていた。というか、昔妖怪が家にいた頃と、実は何も変わってない。


 作者本人も、まさか自分の作ったぬいぐるみが出来上がる側から妖怪達に憑依されてるとは夢にも思わない。


 人間と妖怪達の関係が悪化の一途を辿るなか、妖怪達も妖怪達で現状を打破するために水面下で動いてきた。


『みんなでお引っ越し計画』


 それは初め、軽い考えで考案された。考案したのは、きつね色の尻毛を生やした尼である。


 お酒が入った状態でのノリと勢い。

 

 そこから生まれた計画は『あれ? これ……いけるんじゃね?』と気付いてしまった安倍家三人衆と先代安倍家陰陽師である『安倍悠里』によって実行に移されていった。


 つまり権蔵は婿養子なのだ。総白髪なのは……いや、なんでもないです。


 それは二世代に渡る壮大な……そんなに壮大でもない計画だった。生まれてくる子供に『ぬいぐるみ好き』という嗜好を持たせるのに苦心したくらいで、その後は、ほぼ放置である。


 なので実行犯であるゆりたんも完全に忘れてたりする。


『なんかまたぬいぐるみが増えたわねぇ』


 そんな感じで。


 だが、妖怪達の計画は順調に進行中である。ゆくゆくは万を越えるぬいぐるみ屋敷となる。


『安倍家ぬいぐるみ屋敷計画』


 素案が適当だったからちょくちょく名前が変わる妖怪達の未来を築く作戦は今日もうまいこと進んでいる。


「マリィ……たまには金髪ボインのぬいぐるみも……」


「却下ですっ!」


 ヤカンの野望は阻止された。多分赤い人の相棒が欲しかったのだろう。そこはカマボコさんでも良かったと思う。


 


 きりが良いのでここでおしまい。次回に続く。



 ちょこちょこゲームの話が入ります。特に伏線とかありませんので気にしなくても大丈夫。

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