その三 真理亜ちゃん、会合に出て妖刀を知る
三話目だー。
世に妖刀の類いは数多かれど、真に妖刀なるは稀有である。
妖刀村正って聞いたことある? あれも実は普通の刀なんだよね。あれってさ、刀の売買価格を吊り上げる為に逸話を捏造したんだって。
人間って汚いよねー。
そんなわけで妖刀、魔剣の類いは滅多にあるもんじゃない。もし、そんなものがあるとしたら……とんでもない事になるんだって。
大虐殺事件とか謎の大量死とか。
妖刀ってのはそれぐらいヤバイ存在なんだってさー。
ちょっと眉唾だよねー。あははははは。
ま、そんなわけで『ボイン物語』の続きといこう。
真理亜ちゃんは高校生。ボインだけど高校生。陰陽師だけど高校生。
なので朝はそれなりに忙しい。
妖怪達がガタブルと震えていても、学校は休みにはならない。権蔵の会社も同様である。
なので二人はおかしくなった妖怪を気にしながらも出社、通学することにした。家には、ゆりたんが残っているから多分大丈夫。そんな風に考えたのだ。
そして普通にその日は過ぎて、真理亜ちゃんが家に帰宅。時刻は4時過ぎになろうか。その頃には妖怪達も少しだけ落ち着いていた。
だが本当の始まりはここからだった。
人間と妖怪と『妖刀卍護朱鎮』を巡る大騒動は、既に始まっていたのである。
「まーちゃん。今夜陰陽師の会合があるってさ」
学校から帰宅してすぐ。まだ制服姿の真理亜ちゃんはお椀に言われた。真理亜ちゃんの部屋で、ベットの上にスタンバイしているお椀に、である。
何故真理亜ちゃんの部屋にお椀がいるのかというと、真理亜ちゃんがこれからお洋服をお着替えするからである。
つまりお椀の目的は、ボイン鑑賞だ。制服から着替える時にボインは必ず解放される。制服に包まれたボインがボインと自由になるのだ。その奇跡の光景を見るためにお椀はここにいる。
物心ついたときからお椀は彼女の着替えに同行していたので真理亜ちゃんも気にしない。
「出てけぇ!」
いや、めっちゃ気にしてた。真理亜ちゃんは思春期で羞恥心に目覚めたようだ。お椀は、ぐわしと掴まれ部屋から放り出された。
木のボディが壁と床にぶつかり軽い音が何度も響き渡る。ややバイオレンスであるが、お椀なので大丈夫。むしろすぐに体勢を立て直して走り出す始末。閉められてしまった部屋のドアを何とかして開けようとするが、なんせドアノブが高い。お椀がぴょんぴょんとジャンプしても届かない。
終いにはドアの前でお椀が崩れ落ちた。ガチ泣きである。その背中に悲壮感がすごい。
この扉の向こうにボインがある。決して厚くはない木の板の向こうに桃源郷があるのだ。お椀は絶望した。床に涙を溢して絶望である。
さて、ここで少し解説が入る。
真理亜ちゃんは年頃の女の子。ぬいぐるみ作りが趣味という現代では珍しいクラフト系女子である。なので彼女の部屋には大量のぬいぐるみが置かれている。自作したもの以外にも、おもちゃ屋で一目惚れしたぬいぐるみが多数在籍。部屋の至るところに山のように並べられているのだ。
乙女だねぇ。知り合いの老婆は酒瓶でそれをしてるってーのに。
そんなわけで……実は依り代だらけなんだよね、真理亜ちゃんの部屋って。
今も扉の前に転がってるお椀であるが、そのボディから手と足が消えていた。どこか別のところにある手頃な依り代に憑依しに行ったと思われる。妖怪はこういうときに強いのだ。
ずるいよね。それはずるいよ。
でもここは現役陰陽師の暮らす家。そんな簡単に覗きは出来ないのだ。いざ、天誅!
「うぉりゃ!」
勇ましい掛け声と共にドアが開けられ、ぬいぐるみが乙女の部屋から放り出された。部屋から投げ出されたのは、サメのぬいぐるみに生っ白い手足が生えた変なぬいぐるみである。
「おっぱいぃぃぃぃぃ!」
サメのぬいぐるみは雄叫びを上げながら、きりもみ状態で飛んでいく。空中で白い手足がわちゃわちゃ動くのも気持ち悪し。
「ふんっ!」
鼻息荒い乙女は廊下を飛んでいくぬいぐるみに満足したのか、ドアをバタンと閉めた。ドアの隙間からチラリと見えたその御姿は上着を脱いだブラウス姿のボインである。その破壊力はメガトンクラス。とんでもない破壊力だよ。
ゆりたんは控えめなのに、なんで娘はボインなんだろね。突然変異かな。
こうして時間稼ぎをしている間に急いでボインちゃんは着替えるのだ。制服ってすぐにシワになるからねぇ。
そして時は少し経って、リビングに場面は移る。服を着替えたボインちゃんがリビングで椅子に座り、疲れた顔を見せている。大体いつもの事らしい。
「会合って何処でやるの?」
部屋着に着替えたお疲れモードの真理亜ちゃんがテーブルの上で踊るお椀に尋ねた。彼女も一応陰陽師である。会合があれば必ず参加する義務があるのだ。たとえそれが嫌味だらけの会合であっても。疲れた顔なのはそのせいか。きっとそうだ。目の前で踊るお椀を見て、げんなりしている訳では……多分ない。
「銀座のホテルの宴会場を貸しきりだってさ。僕らも行っていいよね? まだ見ぬメイドおっぱいが、そこにはあるかもしれない!」
しゅば! そんな感じでお椀が締めのポーズを取る。キレキレだ。
ぬいぐるみからお椀に戻ったお椀は目を輝かせていた。まるで少年のような純粋な瞳である。いや、お椀に目は付いて無いけどね。何となくそんなイメージで。
そんなおっぱいを夢見るお椀であるが……まぁ、こうなった。
「却下」
当然、氷のボインは許さない。ジト目をし、腕を組んでる真理亜ちゃん。見下ろす視線は氷点下。まさに氷のボインである。柔らかさと冷たさが奇跡の共演だ。
「何故に!?」
お椀は本気で聞いていた。ガチで疑問である。なんせ陰陽師の会合である。式を連れていくのが当たり前の会合なのだ。
まぁ、安倍家の妖怪三人衆は基本的に出禁なのでおかしくもないのだが。過去にこいつらが色々とやらかしたので、そうなった。それが為に今も安倍家は他家の陰陽師から恐れられているのだ。没落し、先が無い家なのに、未だ真理亜ちゃんが陰陽師をしていられるのもそれが原因だ。いや、原因というと悪いイメージだな。うーむ。
「まーこよ。今回は我らも同席せねばならん。それだけの事態が起きている」
「うむ。マリィよ。そういうわけなので今回の衣装は黒のラバースーツを……」
「却下ですっ!」
スリッパとヤカン。こいつらも実はテーブルに乗っていた。踊ってはいなかったが、真理亜ちゃんの視界の隅には入ってた。使い古しのスリッパがテーブルに乗ってることに忌避感がありそうだが、謎の妖怪パワーでスリッパの汚れは他のものに着かないのだ。不思議だねぇ。
それはともかく黒のラバースーツである。真理亜ちゃんのラバースーツ姿、超見たいんですけど。
「今回は臨時の会合だからご飯は出ないみたいだよ」
「なら、ゆりちゃんに夕飯を取っておくよう伝えとくか。帰りは遅くなりそうだし」
「ふむ。ではレオタード……黄色にしよう。マリィって妹っぽいし」
「普通に狩衣を着て行きますからっ!」
こうして望まぬ会合に参加することになった真理亜ちゃん。なお、現代で狩衣を着ると完全にコスプレイヤーなので迎えの車が家まで来てくれる手筈になっている。
陰陽師は国家公務員。
それも裏の世界を担当する公務員である。公務員とは、こういうところにお金と権力を使うのだ。なんせ目立つしねぇ。なんで狩衣なんて着るんだか。
……あ、ヤカンの性癖が少し見えてきたかも。まぁどうでもいいか。
そんなこんなで、やって来ましたザギンのホテル。銀座をザギンと言い換えるのが最近の流行りらしいんだけど……本当なのかなぁ。まあ、いいや。
陰陽師コスプレの真理亜ちゃんが着いたのは、とあるホテルの宴会場。真理亜ちゃんが到着したとき、既に宴会場はチビッ子陰陽師達で溢れかえっていた。
現代でも陰陽師の数はそれなりに多い。それが闇の仕事の多さを象徴するひとつの指標にもなっていたりする。世知辛いが陰陽師とはそういうものなのだ。本当に世知辛いけどね。
たとえチビッ子であっても、ここに純真な子供は一人として存在しない。みんな邪悪な子供達である。
そんな邪悪なチビッ子達も例外なく狩衣を着ているので、この会場は完全に小学生対象のコスプレイベントにしか見えない集まりとなっていた。傍目には、おもしろイベントである。
そんな所にボインが侵入である。目立つ。とかく目立つ。一人だけボイン。それはもうボインボインだ。
陰陽師の旬は中学生まで。
この『まで』というのは本当に限界点を示している。大体の陰陽師は中学生になるときに廃業する。つまりは小学生が実際のリミットだ。
妖怪の『チビッ子判定』は、とても厳格なのだ。発育の遅い子、もしくは妖怪が自発的に式として残ってくれる場合を除き、陰陽師で居られるのは小学生が限界となる。
その例外中の例外が安倍家の真理亜ちゃんなのだ。彼女の場合、明らかにボインな大人なので他家の陰陽師(チビッ子)達は、マジで化け物を見るような目で彼女を見るのだ。
『なんであんな大人なのに陰陽師なんだよ!』
チビッ子にはボインの良さが分からないのさ、坊やだからね。
いや、坊やの方がボインに惹かれると思うんだけどねぇ。うーむ。
そういうわけで、一人お姉さんである真理亜ちゃんは、チビッ子達から距離を取られてしまう残念なお姉さんでもあった。彼女も子供が嫌いって訳ではないみたいなんだけどね。
小学生の群れにボインが一人紛れていれば嫌でも目立つ。しかし、この会場には大人の姿もそれなりに混ざっていた。スーツ姿の男性や女性。狩衣姿ではない青年の姿もある。
なんだよ、大人もいるじゃねぇか。そう思うのは、まだ早い。
それらは全員、人ではないのだ。
会場内で狩衣を着ていないもの、それらは全てが妖怪が人に化けたもの、『式』なのである。
妖怪達の今のトレンドは人型なんだってさ。それで主人(チビッ子)とお風呂に入ったり添い寝したりするんだって。
なんか犯罪臭がすごそうだけど、妖怪だから大丈夫って事らしい。
……本当に大丈夫か?
ちなみにー。
妖怪達は大人が嫌いなので、こういった集まりに人間の大人の姿は基本的に無い。大人達は別室で盗聴げふんげふん。
別室で待機して会合の内容を予想するのだ。そして会合が終わると自分達の子供から議題を聞く。そして初めて会合の中身を知るのである。家にいる妖怪や式に聞いても大人だと知らんぷりされるのだ。かつては彼らも陰陽師だったはずなのにね。大人になった陰陽師って妖怪達からそこまで毛嫌いされてるんだってさ。毛? 毛がダメなのかなぁ。
さてさて、これで何となく分かったと思うけど、陰陽師のあれやこれやを実質的に取り仕切っているのは……実は人間ではない。
実は妖怪が陰陽師の組織を牛耳っているのである。
じゃないと暴走するからね、普通に。というか、過去に暴走したからこういう形に落ち着いたらしい。人間の大人に任せておくと、ろくなことにならないって事だね。お馬鹿が基本の妖怪達が真剣にお仕事するほどである。人間すげぇ。
この辺で妖怪と人間の微妙な関係性が見えてきたと思う。
妖怪からすると陰陽師との関係は『契約』に基づくだけの関係になる。
それは奴隷でもなければ部下でもない。『報酬』を貰うかぎりは言うことを聞くが、盲目的に従うわけでもない。
あくまで『対等』なのだ。
妖怪のスタンスは『対等』
しかし人間側は、そうは思っていない。
彼らの考える『式』とは『道具』である。
面倒を見てるんだから言うことを聞いて当然。むしろ命を捨ててでも『家』に仕えろ。それが陰陽師と式の正しい在り方だ。
と、マジで思ってる。チビッ子陰陽師達も、そう教育されて育ってきた。
陰陽師側のスタンスは『服従』もしくは『隷属』
このズレは大昔からあった。
現代に至るまでに致命的な大きさにまで拡がってしまった認識のズレである。
これが為に陰陽師は子供しかいない。
妖怪の妥協点と人間の思惑。それらが組合わさった結果、今の『歪んだ関係性』が生み出されたのだ。
妖怪が陰陽師の子供の式となる。だが決して大人には従わない。子供のうちは側にいるけど、それもずっとじゃない。子供の言うことはそれなりに聞くけど、我が儘全てを聞くわけでもない。そして陰陽師全体を実質的に取り仕切るのは人間ではなく妖怪。
主と従が入り乱れて交錯する歪な関係。絡まった糸にしても酷いな、おい。
なんか真面目な話っぽいけど、お互いの主張は大したものではないんだよね。
妖怪からすると。
自分達は基本的に子供が好き。でも陰陽師の子供は子供らしくなくて微妙。でも子供だしなぁ。まぁ毛が生えるまでは面倒見てやんよ。暴走されると面倒だしな。
なんか大人だよね。いや、わりとまともだな!?
で、人間達はこう思う。
馬車馬の如く働け。お前らみたいな変態をこっちは嫌々使ってやってるんだ。感謝しながら死ぬまで仕えろ。
ゲスゥゥ!? すごく下衆だよ!?
これではいつまでも平行線。人間側に妖怪を従わせる切り札でも無い限り、この関係は破綻する。既に『子供』という人間と妖怪を結ぶ紐は、磨耗し限界に来ている。
破綻は、すぐそこ。陰陽師は早晩、歴史の闇に消え去るのみ。
丁度、そんな時だったのだ。この事件が起きた時期が。
「まーちゃん、まーちゃん。あの式……胸にパッド入れてるよ。ちょっと絞めていい?」
「だめ! 大人しくしてなさい! 逃げてー! そこの式、逃げてー!」
「あの幼女……中々に汗かきと見た……脱がすぞ、まーこ! そして匂いを嗅ぐ!」
「脱がしませんっ! そこの女の子も逃げてー! 早く逃げないと嗅がれちゃうからー!」
「マリィ……どうして狩衣ってのはスタイリッシュじゃないんだろう。そこは赤いコートと二丁拳銃でさ、ジャックポットって……」
「世界観が壊れますっ!」
背中にスリッパとヤカンとお椀をぶら下げた真理亜ちゃんが一人で突っ込みの嵐である。
真面目な話をしてたんだけどなぁ。
安倍家の陰陽師と、その式達。彼らを見ていると、普通の陰陽師と式の関係とはまるで違う『友達』のような間柄が透けて見えてくる。
そう書くと素晴らしいものに見えてくるから不思議だなぁ。実際は真理亜ちゃんが三体の式に振り回されてるだけだけど。
しかし、その様子を見ているチビッ子達は、そう思わない。
『やっぱり安倍家の式は、ヤバイ』
元々遠巻きにしていたチビッ子陰陽師達がチーム安倍から更に距離を取る。特にスリッパにロックオンされた幼女は式が抱えて逃げ出す事態に。必死である。
悪ふざけと思う勿れ。安倍家の妖怪達は本気である。
他の家の式、妖怪達も、それなりにフリーダムな生活をしているが、安倍家の式ほどは、はっちゃけていない。わりと常識的な妖怪が多いのだ。
同類であっても『安倍家の式』は特別である。色々な意味で特別なのだ。
会場の空気が明らかに変わり、チビッ子達のみならず、式達にも恐怖が伝播する、そう思われた矢先。
「これ以上騒ぐと、お小遣いを半分にします!」
真理亜ちゃんの一声が会場に響いた。凛として、それでいて澄み渡るような鈴声である。
「大人しくします!」
「うむ」
「まあ我慢だな」
三人衆は大人しくなった。
……それでいいの?
こうして急遽行われる事になった会合は、再度安倍家の式達が暴れぬうちに突貫で開かれる事になったのである。
◇
「みなさーん。古参の妖怪なら既に分かってると思いますが、妖刀卍護朱鎮の封印が解かれましたー。斬り殺されないように節度ある行動を心掛けてくださいねー」
「「はーい」」
「じゃ、会合終わりまーす。おつかれー」
「「おつー」」
会合は終わった。なんと十秒で終いである。随分とフランクで軽いが、元々妖怪に真面目さを求めてはならない。というか連絡を告げた妖怪がタヌキだから真面目さを求める方が、難しいと思う。ぽんぽこだよ、ぽんぽこ。
どう見ても普通のタヌキが二足立ちして会場の壇上に上がったのだ。そしてマイクを握って喋った。メルヘンである。
いくら妖怪が主導する会合とはいえ、メルヘンに過ぎる。素敵だけどね。ぽんぽこぽーん!
だが、チビッ子陰陽師達は一様にポカンとした顔つきで固まっていた。真理亜ちゃんも同じように固まった。タヌキのもふもふが素敵過ぎて固まった、というわけではない。陰陽師がそんな感性では生きていけない。
壇上に上がったタヌキは、実は妖怪の中でもかなり地位が高い大妖である。フランクで親しみやすい口調だが、古参も古参。長老格である。すごいもふもふだし。
それが出てきた。普通に出てきた。
つまりは、それだけヤバイ事が起きている、ということに他ならない。重鎮が出てくるのは重大事態が起きたとき。いや、式達もそうじゃないと真面目に受け取らないからね。本当に大変な事が起きると重役が出勤するのだ。タヌキだけど。式達の返事も軽かったけど。
「やばいねー。なんで今頃封印が解けたんだろ」
「誰かが解いたのだろう。かなりの術者か……いや、現代にそんなものが残っているとは思えんし」
「……日本刀か。懐かしい……ふむ。最近のトレンドでは日本刀もスタイリッシュだな」
会合が終わると、真理亜ちゃんの背中で妖怪座談会が開かれていた。ほのぼのした空気が醸されているが、三人衆は今朝醜態を繰り広げたばかりである。
「……ねぇ、あのタヌキさんが話してたアヤカシガタナってなんなの?」
真理亜ちゃん、気になったので聞いてみた。
急遽会合を開いてまで連絡するような事柄。しかも重鎮が出てくる重大案件。現代ではメールで粗方の連絡を済ますのがトレンディ。
真理亜ちゃんとしては、気になるというか、聞いておかないと危険と感じたのだ。陰陽師としての勘か、それともボインとしての勘なのか。彼女のボインな胸に暗雲が渦巻き始めていた。
そんな彼女のボインに……疑問に答えたのはお椀であった。
「妖刀卍護朱鎮は妖異を滅ぼす為に生まれた妖異だよ。平安の末期に封印された筈なんだけどね」
「奴は、京都の寺か神社に封印されていたのだが明治辺りで行方不明になっていてな。それならそれで良かったのだが……」
だが?
言葉を濁らせるヤカンに、真理亜ちゃんの不安は増すばかり。背中にぶら下がるお椀とスリッパとヤカンは、いつもと変わりないように見えて、どことなく緊張しているように真理亜ちゃんには思えた。
そもそも『妖異を滅ぼす妖異』というのを彼女は聞いたことがない。
妖異、妖怪の類いは、基本的に滅ぼせないし、殺せない。一時的にぶち殺……消滅させる事が出来ても、すぐに復活してしまうのだ。この辺は母親から実話として聞いたので真理亜ちゃんの知識は間違ってない。
ゆりたんの木刀はそういうことだったのか。ん? お椀とか殺られてるの? 殺られてるよね?
お椀とヤカンの説明に真理亜ちゃんは驚愕である。驚きのあまり、息を呑む。そしてボインが震えるのだ。お椀はそれを背中越しに真上から見つめ、幸福に包まれる。やはりいつものお椀か。
ボインちゃんは驚いていた。でも、それ以上に驚愕している者達がいた。
それは盗聴機で会場の音声を聞いていた大人達であった。
彼らもお椀の話を聞いていた。妖怪の声も盗聴機で聞けんの? と思われるだろうが、盗聴機と称しているもの、その実態は機械ではなく糸電話である。それも妖怪から採った糸で作った特別製。何故か紙コップ限定ですごい力を発揮する妖怪糸電話である。
会場の壁に糸を張って、それが繋がる紙コップに聞き耳を立てる。
いい大人が雁首揃えて紙コップの前に整列である。これがチビッ子陰陽師の成長した姿となる。すごいな陰陽師。
元陰陽師である大人達は大概、会合の盗み聞きをする。妖怪達もそれを分かっていてスルーする。どのみち会合の中身は子供を通して大人に伝わるのだ。早いか遅いかの違いでしかない。
そして本当に秘密にしたいことは妖怪達もチビッ子達に話さない。
そう、タヌキが細かい説明を全くしなかったように。
悪い大人達は、それが分かっている。分かっているから盗み聞きしてこう考えた。
『これは……チャンスではないか?』
宴会場の隣室にいる悪い大人達は顔を見合わせた。安倍家の妖怪はアンポンタン。巷でも指折りの馬鹿として有名である。情報源としてこれほど頼りにならないものもないが、今回は逆である。むしろ信憑性がぶっちぎりである。よくぞポロったと。
妖刀卍護朱鎮。
これがあれば……これを使えば妖怪を本当の意味で『使役』出来るのではないか。
妖異を滅ぼす妖異。それは刀らしい。つまりは『物品』となる。それならば人でも扱える。
つまりは大人でもその刀を使えば……妖怪を脅迫し『使役』出来るのではないか。
今回のような注意喚起の会合が開かれるのは異常である。それだけ妖異にとって妖刀卍護朱鎮とは危険な存在なのではないか?
妖異を滅ぼす力があれば、自分達は『陰陽師』として復帰できる。それも絶対的な力を持った、新たな陰陽師として。
元陰陽師達は憶測だけで考えをまとめていく。
そしてすぐに答えは出た。
『妖刀を確保せよ』
そんな流れで妖刀探しが陰陽師の総力を挙げて行われる事になる。それが妖怪達の罠であると人間達は微塵も気付かぬままに。
タヌキは化かすもの。騙すことに掛けては一流である。もふもふも一流である。もっふもふやでー。
安倍家のボインちゃんも、この騒動に当然の如く巻き込まれていくのであった。
次回へと続く。
あ、今更だけどさ、ちゃんと『妖刀卍護朱鎮』のことは『妖刀卍護朱鎮』って呼んであげてほしいな。『妖刀』なんて省略しちゃダメだと思うんだ。
ちゃんとこう呼ばなきゃ。
やーい、妖刀マンゴスチーン!
ってね。がふっ!?
お椀が良い仕事してますねぇ。