外伝その二
あの人のお話なのー。
「くかかかかか! くかかかかか!」
「おーおー。すげぇな。恨み買いすぎだろ藤原さんよぉ。これが全部政敵たちの怨念かよ」
「呑気な事を言ってる場合か! どうする晴明。あれを祓うのは無理があるぞ」
「そーだそーだ! だから逃げよう。めっさ怖い。五重の塔より大きなドクロとかめっさ怖いぃぃぃ!」
「……俺、この戦いが終わったら幼馴染みと結婚するんだ」
「やめろぉぉぉ! この命の瀬戸際でそんな事を言い出すんじゃねぇぇぇ!」
「くかかかかか! くかかかかか!」
「きたー! なんかむっちゃ怒ってるしー!?」
「真面目にやりたまえ。諸君」
「「それはお前だ晴明ー!」」
それは遠い遠い昔の思い出。
夜の闇が本当の暗闇だった頃の懐かしき出会いの記憶。
まだ人と妖怪が共に在った時代。まだ人の生活に妖怪が関わっていた時代。
一人の男と、その友である妖達と初めて邂逅したその時の記憶。
人の友が出来た。
妖の友も出来た。
それは宝物になった。
千年経ってもそれは変わらない。
◇
平安の時。当時の権力者は藤原家であった。彼らは一族で権力を集約し権勢を欲しいままにした。
その政敵がその屋敷には住んでいた。一族郎党全てが住んでいた。そして失脚し、全てが殺された。赤子も含め、全てが藤原の手の者に殺された。屋敷は死体もそのままに放置され荒れ果てた。
いつしか側を通る市井の者たちが姿を消すようになった。
屋敷に住まう妖異に喰われたのだ。
「俺ってさー、結構頭脳派なんだよねー。だから刀とか振り回すのは、ちょっと」
「んなこと言ってないで戦えー!」
「ちぇー」
「くかかかかか! くかかかかか!」
それは恨みを晴らさんとする想いが縒り集まり、打ち捨てられた亡骸に宿ったもの、巨大なガイコツの妖異だった。
殺された恨み。死体を打ち捨てられた恨み。一族を滅ぼされた恨み。それらが亡骸を核にして集まり巨大な妖異と化していた。そこらの寺よりも巨大なガイコツである。
「なんか剣とか生えてきたぁぁぁぁ! 晴明の盾、発動っ!」
「いや、俺を盾にすんなし」
「ううっ……なんでこんなの単独討伐しろなんて命じられてんの?」
「……俺、もしかして上司に嫌われてる?」
「「気付いてなかった!?」」
手に七星剣を携えし狩衣姿の男は安倍晴明といった。
その男は妖異を引き連れてその屋敷にやって来た。
目的は屋敷に巣くう妖異の排除。
「まぁいいや。ぬえりんは雷で援護。こんきちは狐火で……骨だから燃えないか。なんか嫌がらせっぽいの、よろー」
男は剣を持ってない手をひらひらさせて指示を出す。そこに死闘の緊張感は無い。
「適当!?」
「くかかかかか!」
「来るぞ!」
「めんどいなー」
そして……そして妖異は討伐された。
男は強かった。飄々としながらも、その太刀筋は鍛え上げた武士のそれ。ガイコツの妖異はあっという間にバラバラにされた。
そして崩れ落ちた骸の中心。そこで怨嗟の声を上げ続ける妖異の核……赤子のシャレコウベに男は剣を突き付けながら言った。
「……おい、これを斬るの嫌なんだけど」
男は心底、嫌そうな顔をしていた。
「核なんだから仕方ないだろ。ほれ、さっさと斬っちまえ」
「これさえ無ければ普通の妖異で済んだんだよー。もー、傍迷惑な怨霊だなー」
「怨霊ってーか、これも妖怪だろうに」
「「こんな怖いの妖怪じゃない!」」
妖怪達は泣いていた。
「……眼窩から血の涙を流す赤子のシャレコウベだもんなぁ」
「ひぃぃぃ! 詳しく描写すんなー!」
「ま、いいや。これも妖怪だろ。お前……生きたいか?」
男は……優しい声だった。
◇
安部家リビング。時刻は午後3時。
「……ぬ」
「あ、起きたー? 妖気が漏れてるから夢でも見てたのー?」
「……我は寝てたのか」
「今日も良いお天気だからねぇ」
安部家は今日も妖怪日和。天気が良かろうが悪かろうが、日中だろうが夜中だろうが関係ない。
安部家のリビング。お日様が差し込むぬくぬくポイントで、お椀とヤカンは並んで寛いでいた。ヤカンのメタリックボディに日差しが反射して天井に不思議な模様を映し出している。
骸骨のような模様だ。
……仕様である。
「古い……記憶を見ていた」
「そっかー」
リビングは静かである。今日も安部家のラスボス『ゆりたん』は近所のスーパーでパートである。妖怪達も頼まれていた家事を終えて、のんびりタイムなこの時間。
お日様を浴びながら、お昼寝するのが妖怪達のマイブーム。
スリッパは『太陽を浴びると匂いが飛ぶ!』として日の当たらない所でひっくり返って寝ていた。スリッパが転がってるだけに見えるが……事実そんな感じである。
「色々あったよねぇ」
「……ああ。本当に色々あったものだ」
ボディが少しへこんでいるお洒落なヤカン。それが神妙な空気を出している。隣には体育座りをするお椀もいる。しかも二人はぽかぽか陽気で日光浴中。遠くにはひっくり返ったスリッパも見える。
安部家は今日も平和だ。
この日は『妖刀卍護朱鎮』を巡る騒動が、ようやく一段落した日であった。
『陰陽師妖刀暴走事件』
陰陽師が妖刀を手に入れんとして、暴走を起こしたこの事件。日本にいた陰陽師、元陰陽師がほぼ全員逮捕され刑務所に収監された裏の世界の大事件である。
この事件によって日本の闇そのものであった『陰陽師』という組織は解体された。無論それは安部家も無関係ではなかった。
安部権蔵。
懲役800年。これは執行猶予付きの判決が下された。現在が一般人でも、かつて罪を犯した罪人である。執行猶予は『死ぬまで』
それが権蔵個人に下された裁きであった。既に実家とは絶縁関係であったから温情裁判となった。
日常生活にはなんの影響もないので今日も普通に出社した。
安部悠里。
これは無罪となった。若い頃はかなりのお転婆で違法な事の常習犯である。しかし『陰陽師』として悪事を働いた事は皆無だったので無罪となった。
一般人としてのあれやこれやは全て時効として無罪である。納得いかない者は沢山いたが、それが法である。ゆりたん高笑い。
そして安部真理亜。
警察組織に新たに出来た『妖怪部署』、通称『ボイン課』の課長に任命される。彼女はまだ高校生なので実質的にはお飾りであるが、おっぱい好きな妖怪達のアイドル、もしくは所員達の女神として今日も崇められている。
ここは妖怪を取り締まる部署ではなく、所員に妖怪が含まれている人妖混合部署となる。試験的な運用ということで妖怪に詳しい人間が課長に据えられた。課長が警察の制服を着ると高確率で胸のボタンが弾け飛ぶ。その取れたボタンを持つことが『ボイン課』職員の証しとなりつつある。というかボイン課の職員なら必ず持っている。
時代は確かに動いていた。
それが良いことなのか、まだ分からない。
だが、誰もが不幸になるような歪な関係は、おおよそ無くなったと見られている。
完璧じゃない。でも、それで良い。
「長かったねぇ」
「……そうだな。あの男の夢が形になるまで千年……か」
お椀とヤカンは窓の外に広がる青空を見る。それは窓枠に切り取られた小さな空だ。昔に比べて空は狭くなったし、くすんで見える。だがあのときもこうして青空の下で、あの男と下らない話に盛り上がったのだ。
「……むにゃむにゃ……幼女の靴下……あせくさーい……ぐー」
スリッパが寝言を言いながらひっくり返った。つまり裏返しだったのが普通の状態になった事になるのだが……まぁいいや。
「……こんきちは変わらないよね。まーちゃんの前だと格好つけるけど」
「つけすぎであるがな」
スリッパ。これの本性は狐の妖怪である。安部晴明は彼を『こんきち』と名付けた。昔と口調が全然違うのは『自分も成長したからだ』と本人は言っている。本性は小さな狐のままなんだが……まぁいい。
「ぬえりんは……逆に、こんきちみたいになったな」
「好感度って大切だからねー」
お椀。今でこそ安部家のマスコット的な存在であるが、その本性は獣。頭が猿で、体が獅子。おまけに尻尾が蛇というトンデモ妖怪だ。
かつては鵺と呼ばれ、雷を操る暴れん坊であった。妖怪としての性質は、ずる賢く残忍。あの晴明も『こいつぁ、斬るしかねぇか』と半ば諦めていたという。
晴明は『ぬえりん』と名付けて性質を変えようとした。それとは別の理由でこいつは丸くなったので……まぁ結果良ければ全てよし、だろう。極度のおっぱい好きなのは母乳をもらってる赤子の側に長く居たため、おっぱいに目覚めた、と以前本人が言っていた。晴明も一緒になって『おっぱい! おっぱい!』と叫んで妻にぶん殴られていたのも懐かしい。
「ほねほねは……まぁほねほねだねぇ」
「相変わらず酷い名だ」
「もう、くかかかかか! って笑わないの?」
「……子供が泣くからな」
ボディの一部がへこんだヤカン。その本性は『怨霊』
無惨に殺された者達の怨みが凝り固まったもの。憎悪と殺意しかなかったそれを晴明が救ってくれた。消滅という定めから救ってくれたのだ。でもその後で名付けた名前が酷いと思う。
『ほねほね』
本体は巨大なガイコツの姿を取るが、今はヤカンで満足している。いや、海外ブランドのケトルも興味はある。お湯の出るところが細い管のやつとかお洒落だと思う。
自分も変わったと思う。いや、今も藤原の姓を聞くと妖気が思わず漏れるくらいには怨みが残っているが、それでも変わったものだと思う。
あれから千年。
あの男と出会って……千年だ。
「……やつは本当に成仏出来たと思うか?」
お椀に聞いた。千年である。千年。やつならば化けて出ない方がおかしいのに千年も……何もなかった。何となく不安な気持ちになるのは何故だろう。
「なんか妖怪仙人とかになっててもおかしくないけど……一応看取ったじゃん」
「そうではあるが……未だにあれが人間だったのか自信がない」
看取った。そう、確かにあの男は我らの前で幽世に旅立った。笑いながら逝くあいつに、我は心底恐れたものだ。
死んで変わった我と、死ぬ時までも変わらなかった、あの男。
今も我はあの男の背中を見ているのだろう。
「……ほねほねは晴明が大好きだったよね」
「……そうなるのだろうな」
晴明と共に平安の京を駆け抜けた日々。それは今でも宝物である。阿鼻叫喚の光景であったが、それも楽しい思い出だ。
「……あのさ、もしかしたらになるんだけどね? 話だけでも聞いてみる?」
「なんだ? やけにまだるっこしい言い方だが」
「……晴明の血は馬鹿みたいに濃い。確実にまーちゃんにも遺伝している。だから安部家にいずれ現れると期待してたのは否定しない」
「……何が言いたい」
ぬえりんが……お椀が声を潜めていた。こいつがこうなるときは頭脳をフル活用しているとき。『本気』の時だ。
「あの晴明がわざわざ安倍家に転生すると思う? まぁ自分もそう思ってたけどさ。あの男だよ? なんなら妖怪に転生してフルチ○特攻バズーカ! とか山奥でこっそり修行しててもおかしくない奴なんだよ?」
「……まぁそうだな」
それは否定しないし、出来ない。というか普通にやってた気もする。
「……ちょっとさ、京都に遊びに行かない?」
「……ほぅ?」
京都へのお誘い。それはとても意外なものだった。あそこには想い出がありすぎる。だからぬえりんも京都に行くのは嫌がっていたというのに。
「オフ会をやろっかなーって」
こうして我らの物語はひとまず終わり、新たな物語へと、その道を繋げていく。
終わりは始まりであり、それもまた、いずれ終わりを迎える。そして始まるのだ。
悲しい想いもあるだろう。辛い想いもするだろう。しかし想いは『受け継がれる』のだ。
マリィがゆりたんの物語を継いだように。
歴代の後継者が晴明の想いを継いできたように。
陰陽師異聞録外伝 完
そして。
新陰陽師異聞録 始動。
「新たなおっぱいフェチにネットで出会ってね。なんか修学旅行で京都に行くんだって。案内頼まれちった」
「……そうか」
ぬえりんは変わったと思う。本当に。
「うーん……幼女……せめて中学生まで……うーん……いや、高学年もギリ……すぴー」
こいつは変わらなくて安心する。是非ともそのままのお前で居てくれ。
「最近の京都にはおっぱいパブってのがあるらしいんだよねー」
「……修学旅行で行くなら年齢的に不味かろう」
これで自分も京都に行く事が決定した。ぬえりんを止めねばならん。
「やっぱりダメかー。そうなると無難にお寺巡りかなぁ。それだと退屈だしー」
「……マリィはどうする」
「まーちゃんも京都に行くよ。ほら、連合と挨拶というか、会合開くじゃん。それと日程が被ってるんだよねー」
「……被せたか」
「なんのことかなー?」
こうして新たな物語は、始まった。
はい、というわけで次回作に続きます。今回の作品は『イントロ』に相当する作品になりますね。わりと壮大な物語なのですよ、ふふふ。なんか『シリーズ設定』とかもしてみましたのでな。ぐふふふふ。
さてさて、一応これが最終話なのでちゃんとした後書きを書かねばなりません。めんどいですー。
この『陰陽師異聞録』は短編『妖刀マンゴスチン』から生まれた長編小説となります。何となくノリで書いた短編を元に生まれた長編ですね。その為に構成が特殊な形になってます。
本当の主人公は『妖刀マンゴスチン』
つまりマンゴス姉さんが真なるヒロインです。出番ほとんど無いけどね。そして本当の姿は『ラブコメ』なのです! 全くラブラブしてないけどね!
そんなわけで本編が変な終わり方になってしまったのです。
ちょっとこの辺は反省ですね。真理亜ちゃんで締めたほうが物語として締まった気がします。まぁその辺は外伝があるので良いかなと。むしろ綺麗に締めると続編に続かんか? そんな風にも思ってます。
実はその辺の感想とか聞きたいんですよねー。評価ポイントよりも感想の方がマジで欲しいです。感想というか指摘ですかね。
この辺が納得出来ないー! とか。
何で話の流れがそんな流れになるの? とか。
多分実際に言われたら凹むこと間違い無しですが……それでも作品の質向上を考えると第三者の視点はどうしても欲しいんですよね。自分とは異なる視点というものが。
もっとボインを! ボインを寄越せ! とか。いや、ボインは沢山出したのでむしろお腹いっぱいかな。
自分では『今出来る最高のもの』のつもりで書いてますが、書いてるときは『ああ、なんて酷いものしか書けんのだ』と嘆きながら書いてます。大体ね。
いや、愚痴を書いてもしょうがないか。
ここが面白くて、ここが下らない。それだけの感想でも『なるへそー』となります。別に無理して褒める必要も無いです。つまらなければ『ここがつまらん!』と書いてくれれば泣きながら次回作で頑張る……かも知れないのです。
きっと泣きますけど。トイレにこもって泣きますね。
感想を書くのも覚悟が必要な時代になりました。これも時代なのでしょう。私も怖くて感想が書けません。なのでそれを他人に求めるのもおかしいですよね。
でもなー。
レビューとかなー。いつか貰いたいなー。
いや、催促はしてませんよ。自分だったらレビュー書くのに物凄い悩むと思うので。それにレビュー書いてもらえるほどの作品でもないので。まだね。まだ『妖刀マンゴスチン』はこれからが本番ですからな。
そんなわけで次回作を匂わせた所でお仕舞いとしておきましょう。
それでは、あでゅー!