その十二 もうひとつの物語
十二話目なのー。このお話が本編最終話なのー。
これはもうひとつの物語。
妖刀マンゴスチンを巡る裏の物語。
ある日ネットオークションで面白いものを見つけた。
妖刀マンゴスチン。
日本刀であるが、抜けないらしい。登録証もある本当の刀剣だけど、抜けないので最低落札価格は千円だった。
すぐにポチったね。
それはもう笑いながらポチったね。
そして僕は妖刀マンゴスチンを手に入れた。
そこから全ては始まった。
うぇーい! 妖刀マンゴスチーン!
ぐへっ!?
妖刀マンゴスチンを手に入れてから、僕は変な夢を見るようになった。夜な夜な同じ場所で同じ面子に出会うようになったのだ。
それは何処かの神社であり。
それは夕焼けが眩しい、物悲しい空だった。
僕と彼らは、そこで出会った。
妖刀卍護朱鎮を名乗る和服の女性。マンゴスチーンと言うとメッチャ怒る。
明らかに人間じゃない風貌と巨躯を誇る鬼。お前、パンツ以外も着ろよ。
そして見るからに鬼婆な鬼婆が出てくるようになった。バアちゃん頼むから下着は着ておくれ。頼むから。
最初こそ和服の女性といざこざになった。女性は自分の事を『違うの! 妖刀マンゴスチンじゃないの! 妖刀卍護朱鎮なの!』と言った。
やーい妖刀マンゴスチーン!
そうからかったら日本刀を振り回しながら追いかけてきた。
こちとら生まれた時から海外で育ってきた戦場経験者である。日本刀なんて棒切れと変わらない。当たらなければどうと言うこともない。銃弾よりは遥かに遅い。
やーい妖刀マンゴスチーン!
日本刀を振り回す和服の女性をおちょくりまくったね。
でも、流石に毎日同じ夢を見るのもおかしいと思って妖刀マンゴスチンを購入したお寺に相談してみた。
住職さんは真っ青になりながらお札をくれた。
とりあえずぺちんと貼って、その夜。
和服の女性は夢の中で地面に突っ伏していた。神社の境内、それも砂利石の上に顔面ダイレクトで倒れていた。仰向けじゃなくてうつ伏せだ。
和服の女性は、あまりにも弱っていた。いつもは目を三角にして日本刀を振り回す人が、別人みたいにしんなりしてた。
なんか可愛いので頭を撫でながら聞いていた。
「お札、止めとく?」
「うん」
お札は剥がす事にした。そして僕と彼女は少し仲良しになった。
それからなんだ。僕と彼女が、特別な関係になっていったのは。
「ね、マンゴス姉さん」
「誰がマンゴス姉さんかっ!」
だってマンゴスチンだもん。
マンゴス姉さんはそんな感じで仲良くなった。
鬼は……なんだろう。神社の社にドカンと座ってて、気付いたら僕のゲーム機で遊んでた。夢の中だから別にいっかと放置。なんとなーく仲良くなった。
バアちゃんは……バアちゃんだ。鬼婆というか山姥というか、ボロの着物を纏った老婦人……いや、バアちゃんだな。普通に仲良くなった。
毎晩彼らと夢の中を過ごす日々。
独り暮らしの僕は、この時間が大切なものになっていった。
そんなある日の事。
「中作ー。あんた死相が出てるわよ」
「へー……しそうって何よ」
「近いうちにお前は死ぬ。そのサインだ」
「へー。そうなんだ。鬼は物知りだね」
「ひゃっひゃっひゃっ! あんたは呑気だねぇ」
「…………ん? 僕、死ぬの!? なんで!?」
このときは死ぬほど驚いたね。文字通り死んだけど。丁度鬼とゲームで対戦してたから死んだ。容赦ないんだよ、鬼の奴。
「中作、あんた女難の相も出てるから……女に刺されるんじゃないの?」
「なぬ!? 犯人はマンゴス姉さんかっ!」
そんな気がする! 激しくね!
「おばか! なんで私があんたを殺すのよ!」
「ならバアちゃんか!」
そんな気もする! だって鬼婆だもんね。
「ひゃっひゃっひゃっ! あんたにガールフレンドはいないのかい」
「そんなもんは居ない! というか……マジ? 僕、刺されて死ぬの?」
「……中作。せめてゲーム機は遺して逝ってくれ」
「逝ってたまるか!」
そこから僕の戦いは始まった。死の定めを覆すための戦いだ。
なんか知らんが、このままだとまず間違いなく死ぬらしい。
それも『女に殺される』事が確定。
マンゴス姉さんに殺されるならそれもまあ、いいんだけど。本人にそう言ったら真っ赤になって、ぽこぽこ叩かれた。
彼女は妖刀なんだけど、普通に可愛い人だと思う。最初は鬼の奥さんかと思ったんだけど全然違った。バアちゃんの娘でもないみたいだし。バアちゃんの息子は鬼なんだけどね。なんだこの関係。
鬼は鬼で鬼なんだってさ。バアちゃんもバアちゃんで鬼婆とのこと。妖刀マンゴスチンはマンゴス姉さんってことらしい。良く分からんが、マンゴス姉さんが本体で、鬼とバアちゃんは付属品扱いなんだってさ。
なおさら分からんわ!
とりあえず三人は仲良しで、夕日の差す神社で一緒に暮らしてる。僕の夢の中だけどね。
ここは僕の夢の中なんだけど、なんか不思議な空間である。何故か僕のゲーム機が置いてあったりネットが繋がったり冷蔵庫の中身が落ちてたりと、不思議で満ちている。
鬼はゲームで遊んでるし、マンゴス姉さんは恋愛ドラマとか映画を見てはズビズビと涙と鼻水を垂らしてる。勿論箱ティッシュも完備ね。
神社の壁に映像が投影されるミニシアター状態で結構本格的。本当に謎の空間だと思う。
毎晩ここで鬼とゲームして遊んだりマンゴス姉さんと恋愛映画を見てイチャイチャしたりするのが最近のマイブームだ。バアちゃんはそんな僕らを優しく見守ってる感じかな。酒を飲みながら。
そんな素敵な日々が壊れようとしていた。それも『僕の死』という形で。
「僕を殺す女の子か……ボインなの?」
まずはそこが気になった。
「知るか!」
マンゴス姉さんがキレた。姉さんはボインじゃないのでキレたと思われる。
「ひゃっひゃっひゃっ。女の子かどうかは分からないねぇ。ここまではっきり死相が出てるんだ。ゆきずりの犯行じゃないねぇ。それなりの仲になった女に殺される。男冥利に尽きるねぇ。ひゃっひゃっひゃっ」
バアちゃんは愉快そうに笑って酒を飲む。何故か現実の家にあるお酒が夢にも出てきて、朝になると綺麗に無くなっているのだ。中身だけ。
お酒なら別によし!
他にも甘味やジュースも消えるけど、まぁ害は無いから良しとしてる。鬼はポテチを食うときにお箸を使うし。ゲーマーの鑑か!
「これから中作が親密になる女が暗殺者ということだな」
「なんだその映画みたいな話は」
「何を今更言ってるのよ」
そうでした。鬼と鬼婆と妖刀と夢の中で遊んでる僕が言えることではなかった。
「これから出会う女に気を付ければ回避は可能だ。多分」
「多分かぁ……これから出会う女の人と親密になって、それに嫉妬したマンゴス姉さんに刺されるって可能性は?」
「ばっ! バッカじゃないの!」
姉さんが僕の脛を蹴ってきた。顔は真っ赤だ。なにこの可愛いマンゴスチン。
「……否定できないねぇ」
「……うむ」
こうしてわりと綱渡りでもある『僕の生存大作戦』が始まることになったのだ。
犯人は姉さん!
そんな気がするけどね。
◇
僕に死相が出てきてからすぐ。僕は陰陽師に襲われる事になった。
正確には陰陽師のコスプレをした子供達に『刀をよこせー!』と恐喝されたのだ。
まさか小学生くらいの子供達にカツアゲされることになるとは。
すぐさま警察を呼んだ僕は、ここで運命の人と出会うことになる。
その人は柊薫。
クール系お姉さんに見えて、ものすごい変態な三十代の女性だった。
出会いがまず最悪だった。地面にバウンドして顔面血だらけとかさ、なんだこの出会い。
「お前ら全員現逮だー!」と血まみれで叫んでたし。なんだこの出会い。
こいつが僕の死神か!
と直感したね。
そしてそれは当たっていた。
彼女は僕を追ってきた。学校にまで追いかけてきた。それはチビッ子達も同様なんだけど。
だから分かった。
何か異常が起きてるって。
いや、気付くよね。そりゃ気付きますってば。陰陽師コスプレを着た子供達がワラワラ現れて、明らかに警察とは思えない女の人達が捕獲していくんだもん。
まさに映画の世界だ。
フィクションの世界だよ。
僕は普通に生きてきた普通の高校生。それがいきなりそんな世界に放り込まれたんだ。
だから柊薫と二人きりになったときは死を覚悟した。
『まだ仲良くなってねぇのに暗殺かよ!』とね。
でもその時は平気だった。
柊薫は、まずは話を聞いてきたのだ。出会いの割に、まともでびっくり。
彼女は『刀』をやたら気にしていた。手に豆があったので彼女は『刀使い』なのかなぁとも思ったが違った。
全然違った。
枕を盗られた。シャツも盗られた。柊薫は変態のお姉さんだったのだ。美人だったので少し嬉しかったのは、やっぱり内緒にしておこう。
んで、その日の夢の中はこうなった。
「中作の節操なしっ! あんな女にデレデレしちゃってさ! なにさ! ふん!」
マンゴス姉さんが嫉妬した。すごくプリプリしてた。なんだこの可愛いマンゴスチンは。
「……僕、やっぱりマンゴス姉さんに刺される気がする」
「……うむ」
「否定できないねぇ」
柊薫に出会った日がこれだった。姉さんを宥めるのに大変苦労した。本当に大変だったんだよ。姉さん拗ねちゃうし。鎮めるために頭をなでなでしまくったし、僕の太ももは姉さんにつねられまくった。
この日は、なんとか姉さんの機嫌を取れたけど、本当の戦いはここからだったんだ。
そこからの一週間、僕は何故か年上のお姉さん達に囲まれる事になった。それも僕に好意を抱いてくれる変態なお姉さん達にだ。お風呂も平気で覗いてくる変態お姉さん達にね。
これ、やっぱり姉さんが犯人だ。
そんな風に思った。太ももの肉をつねられながらさ。
バアちゃんは笑ってた。
◇
コスプレした子供達にカツアゲされてから、僕は学校を休んでいた。先生や学校は僕を助けるつもりはないようで、自主休講扱いになった。つまり普通に欠席だね。話も聞いてくれなかったよ。
学校に行ってる間に家に侵入されて妖刀マンゴスチンを盗まれるのも困るので仕方ないとは思ったが、それでも薄情だなと感じた。
実際は教育委員会が学校に圧力を掛けてたそうだけど、そんなん知るかい。
家に居ても呑気に遊んでる訳にはいかなかった。なんせ監視がすごかったから。
公安部特務六課。柊薫は自分の事をそう紹介した。家のパソコンで調べてみたけど、そんな課は存在しなかった。怪しい掲示板で調べたら『陰陽師に特化した部署』と、あっさり分かった。
陰陽師。調べてみたけど全容はさっぱり。あんまり家のパソコンで調べていると不審がられる思い、調査は夢の中で行う事にした。現実では常に監視があるので迂闊に動けなくなったのもこの辺り。
公安六課というのは人の家にも平気で侵入する『超法規組織』らしい。なるほどー。僕はこいつらに殺られるな、と普通に理解した。
なんで自分が殺されるのかは分からない。そしてなんで僕のベットで彼女達が寝ているのかも分からない。匂いでバレますからな。いい匂いでした。はい。
美人の匂いって大興奮しちゃうよね。
だが特務六課のお姉さん達が、ただ者でないのも分かっていた。彼女達は全員、手にタコが出来ていた。オクトパース! ではなくて『剣ダコ』である。それも尋常じゃない修練の先に出来るタコだ。
おいおい、こいつらまさかの日本刀ブンブン丸かよ。時代遅れも甚だしいな。時代は飛び道具ぜよ。
なんて思ったが飛び道具を出されると本当に死ぬので活路はそこに見えた気がする。
でも、お風呂を平気で覗くは本当にやめてほしいと思った。
あとパンツは盗まないで。ノーパンで生活するのは恥ずかしいので。
夢の中のマンゴス姉さんは、日を経るごとに不機嫌になっていった。やさぐれていったとも言う。
モテ期だったんだよ。間違いなく僕に訪れた最初で最後のモテ期だったんだ。
少しぐらい浮かれても仕方ないじゃん!
だって大和撫子な美人のお姉さんなんだよ!? あ、椿さんね。柊さんは大和撫子じゃねぇな。
そんなことを思ってたら、姉さんはジト目で抜き身の刀を肩に背負うようになった。これはヤバイ。特大剣の両手持ちモーションだ。
ヤバすぎるので掲示板に助けを求めてみた。
『惚れた女が嫉妬の鬼となり、刀を振り回してます。どうしたらいいですか』
夢の中のネットは少し不思議である。掲示板もなんか不思議なのだ。
『ボインですか?』
『切られちまえ』
『日本刀、格好いいですよね』
反応がへんてこだけど、夢の中の掲示板は大体こんな感じだった。バアちゃん曰く、夢の中は幽世と繋がっているらしい。掲示板も『人でなきもの』が運営するものが表示されるんだとか。普通の掲示板も表示されるからお得だね、と答えておいた。バアちゃんは笑ってた。
ま、それはともかく。
『好きな人に殺されるのは構わない。でもこれからも一緒に暮らしていきたいんだ』
恥ずかしいけどポチポチ打ち込んだ。なんか遠くでマンゴス姉さんが大暴れしている音も聞こえる。なんだろう。
『ボインですか?』
『かーっ! のろけか!』
『初々しいですねぇ。うちの家内も最初はそんな感じでして……いや、今はちょっとね』
掲示板にはボイン好きがいる。どんだけボインが気になるんだよ。仕方ないなぁ。
『和服なんで胸は控えめ。いずれビキニを着てもらうつもり。無論マイクロね』
ぐふふ。マンゴス姉さんとビーチできゃっきゃっうふふをするのだ。なんか遠くで姉さんの悲鳴も聞こえるな。なにしてんだ姉さん。
『ちっちゃいのかー。まぁ、それもおっぱいだよね』
『エロ男爵か、貴様!』
『和服も良いですよねぇ。サキュバスでビキニとか見飽きてしまったので、むしろ露出の少ない方が興奮するんですよ』
……サキュバスっすか。
『おばあちゃんのサキュバスとかもいるんですか?』
なんか気になったので聞いてみた。姉さんは急に静かになったな。落ち着いたのかな。
『垂れてそー』
『なによ、婆専なの?』
『普段は若い姿に化けてますが普通に年を召した感じになりますねぇ。尻尾とか、しなやかさが無くなるのでそれが目安ですか』
ほー。ファンタジーだねぇ。そして間違いなくこの掲示板は人間の掲示板じゃないな。ならこれも聞いとこう。
『今、陰陽師に追われてるんですけど、なんか助言とかありますかね。その絡みで毎日女性達に監視されてるんです。自分、死相が出てるみたいなんで、そのうち暗殺されるみたいです。その女性達に』
ポチポチと。
『……まじ?』
『うわぁ』
『すごいですねぇ』
『感心してないで助けてー!』
感心してなくていいから助言とかプリーズ!
こうして僕は夢の中で頼れる……かどうかは微妙な仲間を見つけるのであった。
ハンドルネーム『おっぱい』
おっぱいがとにかく好き。
ハンドルネーム『辛口』
コメントが手厳しい。多分女性。
ハンドルネーム『紳士』
すごくまともな人。いや、多分人じゃないけど。
この三人に出会えた事が、後の僕の未来を大きく変えることになっていく。
彼らに話を聞いて、僕はこの世に『陰陽師』が依然として残っている事を初めて知った。あと、妖怪の存在もね。
鬼とかバアちゃんで今更な感じはあるけど、僕らが会えるのは夢の中だけ。だから現実に妖怪とかがいると知って興奮するのも仕方ないよね。
『河童もいるの!? 尻こだま引っこ抜くの!?』
『河童は基本ボインなんだよねー。実はメスしかいない種族だし』
『イケメンの尻こだまを引っこ抜くのが夢らしいわよ』
『……河童怖い河童怖い』
……紳士さんは、河童に抜かれたのかな。いや、自分で聞いててなんだけど、尻こだまってなによ。
彼らには自分が人間であることをすぐに話した。世界には僕みたいな『変わった人』がそれなりに存在するらしい。人だけど、ちょっと枠を外れてしまった人達がね。
いや、僕はまともっすよ。
そう返したら笑われた。特に辛口さんは酷い事を言ってきた。
『まともな奴が大概変態なのよ』と。
うん。反論できないので、その日はお開きとなった。
あ、バアちゃんが『妖刀マンゴスチン』の事は言わん方が良いって言ってたから彼らにもマンゴス姉さんの事は言ってない。僕は陰陽師に追われてる一般人で、しかも女性達に監視されてて暗殺されそうな……ごく普通の一般人だと説明した。
……確かに一般人じゃねぇな。
◇
そして日々は過ぎていく。僕の命が狩られるまで、あと何日?
現実では家に籠って料理を作るか、お買い物に出掛けてチビッ子達にカツアゲされる、そんな事が続いた。特務六課のお姉さん達は普通に家の中で過ごすようにもなった。
だからお風呂を覗くのは、やめて。
あと婚姻届をそこらじゅうに仕込まないで。
対陰陽師部署に勤めてると、まともな男との出会いが無くなるそうで、僕みたいな『普通』の男の子にも『きゅん!』としてしまうそうなんだよね。
知りたくなかったよ、そんな知識。辛口さんめ、僕は知りたくなかったよ!
でも、それで納得した部分はある。柊さんは変態だ。それはもう確定だね。でも、本当は子供が好きな優しくて素敵な女性でもあるんだ。
だからそこを利用する。
掲示板の頼れる味方、紳士さんの情報によると、特務六課というのは国家の敵を討ち滅ぼす役目も担っているそうだ。それは物理的に排除する事も含まれてる。つまり暗殺だね。
この情報を知ったことで僕はすべてを理解したよ。
柊さんは僕を監視し、国の敵となりうると判断したらすぐさまに僕を殺すのだと。
そのために彼女は……彼女達は僕の側にいた。好意があろうが関係ない。彼女達は『国家の刀』そのものなのだから。それが特務六課というものなんだ。
僕自身は普通の人間。そんな国を揺るがすほどの危険人物じゃない。でもここで陰陽師達が最後のピースになった。
妖刀卍護朱鎮。
なんか闇の業界で話題沸騰中の刀らしい。ネットの情報で知ったけど妖怪を殺しまくった、とんでもない妖怪とのこと。最近封印が解かれて妖怪達も戦々恐々なんだってさ。
人間達もこれには注目してるみたいで、陰陽師達がなんとしても手に入れようと躍起になっている、そうニュースになっていた。妖怪ニュースでね。
……妖刀卍護朱鎮っすか。
「マンゴス姉さん。あやかしがたな、まんじ、まもりて、しゅにて、しずめん。これって姉さんの事だっけ?」
「そうよ? それがどうしたの? 今は中作が私の所有者なんだから、ちゃんと覚えておいてよね」
「……おーけーおーけー」
僕はすべてを理解したよ。
やはり僕は姉さんに殺される。姉さんが原因でね。まぁ分かっていたさ。
ぜってぇに死んでやらねぇけどな!
◇
そんな訳で僕は大人しく『その時』が来るのを待った。
今度の情報提供者は、おっぱいさん。
元陰陽師達が妖刀卍護朱鎮を確保するために派手に動く。
妖刀の持ち主を強襲し、刀を奪うつもりだと。実行部隊は凡そ100人。
大切なのはここからだ。
特務六課はそれを静観し、妖刀の持ち主が『妖刀卍護朱鎮』を以て、元陰陽師達を斬殺したところで陰陽師もろとも討ち果たす予定である、とのことだ。
つまり僕はこの時に殺される。死相はこれを示していたのだ。
その後、特務六課は合法的に妖刀を確保する。『妖刀』を危険物として国が保管するには理由がいる。人殺しをした者が持っていた『妖刀』である。説得力は十分にあるだろう。
本音は『妖怪を滅ぼす妖異、それが妖怪の手に渡るのを防ぐため』である。妖怪に対する『戦力』を国が確保しておくために。
そのための茶番だ。
元陰陽師達は餌。
本人達は踊らされてる事に気付かない。
僕は……殺されるだけの一般人かな。
おっぱいさんはこう言っていた。
『国に妖刀マンゴスチンを渡すのは正直、気に食わないんだよね。妖怪は自由が一番なんだよ。それに人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるべきだしねー』
おっぱいさんは多分気付いている。気付いていて助けてくれる。
辛口さんもなんだかんだで多分気付いてる。気付いていて……ちょっと怯えている。
紳士さんも気付いてる。なんなら自分の国に亡命しないかとまで言ってくれた。
みんながこんなに助けてくれた。
だったらこの鈴木中作。
一世一代の男道を魅せてやるのが筋ってもんだよね。
元陰陽師達が妖刀の持ち主を襲撃するその日。
特務六課の『刀』達が妖刀の持ち主を殺して妖刀を確保するという下衆な作戦。
大人達が望むそんな下らねぇ未来全てを。
この鈴木中作がひっくり返してやろうじゃないか。くるんとね。
◇
そして時は移ろい、現在に戻る。病院で寝ている今にね。
「中作。あんた、どうしてそこまでして一般人を装ったのよ。私は、この国を出ても良かったのに」
僕は少し考える。そして口を開いた。
「桜舞い散る春の日に、惚れたあの子と連れだって、花見したいと思ってる。by中作」
病院で入院している時も、何故か僕は夕焼けの眩しい神社に飛んでいた。夢の中はいつも夕日に照らされる神社である。
今は頭に木刀を受けたので検査入院含めて二週間の強制入院中。あれから本当に柊さんとは会ってない。というか警察の事情聴取すら僕の元には来なかった。
木刀で頭を殴られたんですけどねぇ。頭もへこんだし。
「中作……今度あのメーカーから大作が出る」
「鬼、僕もやりたいからちょっと待て」
「ひゃっひゃっひゃっ! まさか本当に死を乗り越えちまうとはねぇ」
夜になるとみんなで集まって反省会が始まる。お社の中で車座になっての作戦会議。ここ一週間はずっとこうして作戦会議をしながら本番に備えていた。
鬼とバアちゃんは基本的に現世には手出し出来ないみたいで今回は見守ることしか出来なかったんだって。
鬼、ずっとゲームしてたもんなぁ。
まぁその分掲示板の人達には助けられた。感謝である。なんかお礼もしなきゃなー。ま、それは後で考えるとしよう。
「いつか姉さんと現実世界を二人でデートする。そのために僕は頑張ったんだよ……姉さん?」
マンゴス姉さんは静かに正座したまま固まっていた。夕焼けがその顔を照らして…………うわぁ。
「……気絶してるな」
「うぶな小娘でもあるまいし……なんて顔して気絶してるんだい」
マンゴス姉さんは白目を剥いたまま気絶していた。ホラーだ。顔が笑ってるようにも見える。すっごいホラーだ。
でもこれだけは言っておきたい。いや、今でない方が良いとは思うんだけどね? でもほら、今を逃すと恥ずかしくて言えなくなりそうだから。
「これで……これでずっと一緒に居られるよね?」
僕はその為に頑張った。愛する人と離れたくないから。
「……くひ」
姉さんが嗤った。白目で笑いながら更にそこから嗤ったのだ。
ホラーだぁぁぁぁぁ! ぎゃぁぁぁぁぁ!
姉さん美人なのに、台無しだぁぁぁぁぁ!
「中作。本当にこれで良いのか? あの女達の方がこれよりも幾分かマシ……」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
僕の夢は今日も賑やかだ。
きっと明日も賑やかで、ずっと、ずっと……賑やかなんだろう。
陰陽師異聞録 完
あれ? ボインちゃんは? そう思うあなた! まだ外伝があるんですよ、げへへのへ。まぁ外伝にボインちゃんは出てきませんけどね。
これで一応本編はお仕舞いです。
なんか物足りないし、何でボインちゃんで締めないの?
そう思われるかと思います。なんせ私もそうなので。しかしです。しかしなのです!
この物語はまだ続くのです!
いや、作品としては終わるんですけどね?
そんなわけで外伝もどうぞ。外伝ですけど本編と変わりませんのでな。