その十 ハーレムウィーク
十話目なのー。拾と表した方がそれっぽい?
「少年よ、結婚してくれ」
「ノーサンキュー、サー」
なんくるないさー。そんな感じさー。
「ならば婚約だな」
「なんでさー!?」
そんな事があった。家に軟禁されてた一週間。その一幕だ。実は少しだけ嬉しかったのは内緒。
多分僕……少年に訪れた、最初で最後の『モテ期』だったんだろう。今なら分かる。ぱんむんじょん。
いや、ぱんむんじょんが何か分からないけど、この時の少年は確かにモテていたのだ。それも年上のお姉さん達に。
ハーレムドリームワンウィークだね。モッテモテだよ、中作君。
でもさ、顔面バウンドお姉さんは、ちょっと遠慮したいよね。
贅沢を言ってるのは分かってる。少年も悩んだんだよ。それこそ本気で役所に書類を取りに行こうか迷ったさ。でもさ。
『わたくし、バッファローの背骨も一刀両断出来ますの、うふふ。結婚を前提にしたお付き合いを……お頼み申す!』
なんて血走った眼で言われてみろ。それがいくら美人だろうがボインだろうが膝が震えてくるんだよ!
それが一人と思うなよ!
何人も現れてみろ!
美人だからこそ、より怖いんだよ!
コスプレしたチビッ子達が毎日遊びに来るせいで、少年の家は、そんなお姉さん達が頻繁に立ち寄る『飯屋』になっていた。
うん、『お食事処、鈴木』だね。
お昼になるとご飯を作るよね。お姉さん達が何処からか現れてじーっと見つめてくるのだ。少年のご飯をな。
台所だよ? 玄関と窓には鍵を閉めてるんだよ? 招いてないんだよ? つまりは不法侵入なんだよ!
一応警護の名目で家の周辺に待機してもらってる身からすれば『……食べますか?』と言わざるを得ない。
「ごちー!」
そんな感じで近くのスーパーに買い出しに行く頻度が増えた。
そうなると次はこうなる。
「金目のものと刀を寄越せー! この引きこもりニートがー!」
ギャング襲来。
この時ばかりは、膝から崩れ落ちたね。日本はここまで治安が悪くなったのかと。ま、いきなり発砲されないだけ、まだ平和なんだろう。陰陽師みたいなコスプレしたチビッ子ギャングが徘徊する日本になっちまったけどな、へへっ。
「お前ら全員現逮だー!」
「ぎゃー!」
ここまでが大体お約束。
今更だけど『現逮』って『現行犯逮捕』の略らしいね。なんだろう、恐喝なのか窃盗未遂なのか。とりあえず子供のギャングは沢山いた。三日で百人は越えた。こんなに居て大丈夫かと不安になるが、お姉さん(こう言わないと怒るの)達は『まだまだいるから注意してね』と言っていた。
……日本の明日が心配になる。しかしとりあえずは買い出しだ。お姉さん達は何でも食べる。和食も洋食も中華もイタリアンも。そして食べる量がすごいんです。
……僕、学校に行かずに、ずっとご飯を作ってます。朝から夜までずっとです。家に引きこもって料理作ってます。今夜はカルボナーラ。
これはニートですか?
◇
「……検査結果はどうなった?」
「まだ妊娠はしてません」
「そうじゃない。いや、私も検査したが陰性だ。いや、そうではなくてな」
「肉体は普通の人と変わりません。特異体質とも言えないと思います。遺伝子検査もしましたが得異な異常は認められず。本当に普通の一般人ですね」
「なら何故狂わない」
「分かりません。妖刀が彼を主と定めたか……彼自身が既に妖刀に乗っ取られているのか」
「……『専門家』の意見はどうだ?」
「ここに近寄る事も出来ませんね。なので件の妖刀なのは間違いないです」
「妖異を滅ぼす妖刀……ねぇ」
「話を聞いたときは私も欲しかったものですが……現物を見ると」
「……あれに触るのも無理だな。少年は目を輝かして鞘だけ磨いていたが」
「本人は抜けないと言っていましたが……どう思われますか」
「さてな。抜いたら本性を現すのか、それとも本当に抜けないのか。なんにせよ監視は続行。今夜はカルボナーラだそうだ」
「また妊娠検査薬を用意しないといけませんね」
「そうだな。経費で五ダース仕入れとけ」
「了解です」
そんなー、話がー、あったー、となー。あ、そりゃ、そりゃ。
現実は常に残酷である。少年が『モテ期』と思っていたのは全て少年の痛い思い込みであったのだ。なんてこったい。
初めから『年上のお姉さん達』は少年を監視するために側に近付いて来たのだ。
なんだとー!
……うん。逆に安心したわ。急なモテ期は怖すぎるわ。でも、妊娠検査薬って何に使うのよ。僕、男の子だよ? 妖刀持ってると妊娠すんの? 男でも妊娠すんの? マジでー?
◇
少年がお姉さん達の好感度をもりもり上げているその時、この人達もまた、もりもりと憎しみと怒りを募らせていた。
「だからガキどもに任せるのは反対だったんだ!」
「うるさい! お前も賛成していただろうが!」
「公安が出張って来るなんて聞いてないぞ!」
「どうしてくれる! うちまで家宅捜索されたんだぞ!」
ここは今まで話には出てきたけど実際には出てこなかった『大人になった陰陽師達』の会合現場である。
一応『陰陽師』という組織をまとめているのは人間の大人達である。これの上位に『妖怪大連合』がいて、諸々の差配をしているのだ。
なので……うーん。こいつらは中間管理職になるのかな。
陰陽師は子供しかいない。でも子供だけでは組織として成り立たない。だから大人が口を出す。というか支配、管理する。
式である妖怪がそれを監視しているのでそこまで無茶な事にはならない。
そんな仕組みで『陰陽師』というのは動いている。奇跡のバランスだねぇ。
実際の現場は子供陰陽師が出張るが、作戦立案は大人達がしている。ま、そうなるよね、普通に考えて。
なのでここ最近の『陰陽師コスプレの子供が高校生の男の子をピンポイントでカツアゲ事件』の筋書きを書いたのは大人達になる。
大人達もここまで事態が混迷を来たすとは思っていなかった。いくら違法な手段が採れないとはいえ妖怪を式とする陰陽師(チビッ子)が群れで動いたのだ。ガキに期待はしてないが、妖怪ならば役に立つし、なんとかするだろう、そう考えていたのである。
「なんで式どもは動かんのだ!」
それが大人達の醍醐さん。じゃねえや、大誤算だ。
妖刀卍護朱鎮、これは妖怪の天敵みたいなものである。
あの妖怪大連合のボス、妖艶なる尼さん(尻毛きつね色)が尻巻くって逃げるような相手である。
そんなの相手にしたくないよね。近寄りたくもないよね。子供ラブの妖怪達ですら命は惜しいのだ。
そういうわけで妖怪達は、ものすごーく遠くから見守るだけにした。元々自分達は動けない。頑張れチビッ子。俺らは見守ってる。頑張るんだ!
まるで運動会を見守る父兄である。
たとえ警察に『現逮だー!』されても、それは人として生きる上で当然受けてしかるべき罰である。なんせ恐喝と強盗未遂だし。いくら未成年でも『陰陽師』だから逮捕されるし、親も共犯者で一族郎党逮捕になっても、それが法律だもんね。
きゅうきゅうしとけや。陰陽師なら。
それが妖怪達のスタンスである。チビッ子達が顔面から血を流す女に追われているときは本当に助けに入りたかったが、彼らも我慢したのだ。
それがチビッ子達に必要と信じて。それが彼らの成長になると信じて。
という事にして妖怪達はひっそりと見守り続けているのだ。
顔面流血女は妖怪から見てもドン引き対象である。なんだ、地面にバウンドって。新手の妖怪か。テケテケの親戚か。
怖すぎるわ! 本当に人間か!
意外と怖がりなのも妖怪の特徴である。グロテスクが駄目な妖怪は意外と多い。ま、それはどうでもいいか。
今回忘れてはならぬのは、こっちの方。
「くそっ! 誰も当てにならんではないか! 役立たずどもめ!」
「貴様もその一人だ! この役立たずが!」
「なんだとこの野郎!」
「やんのかこの野郎!」
大人達の醜い争いはいつまでも続く。殴りあいのケンカに発展するのも当然だよね。
これを機に人間達の陰陽師組織は分裂。本当にあっさりと分裂した。元々そんなにまとまりがある組織ではなかったが、妖怪大連合が今回静観した事で見事に空中分解した。
元々個人主義というか『家』ごとに権力を主張していた大人陰陽師である。こと、ここに来て妖怪大連合からも離脱した『はぐれ陰陽師』達の暴挙が始まった。
妖怪を従えていない自称陰陽師達は仲間を募り作戦を開始した。まずはなんとしても『妖刀卍護朱鎮』を手に入れる。
そして妖怪を従えてこの日本を支配するのだ。ぐわははははは!
と、なると思うよね。普通はそう思う。というかそれが正解だよ。
でも陰陽師とはこういうものなのだ。
俺が大将だ。
いやいや、俺が大将だ。
いやいやいやいや、俺が大将だ。
…………死ねやぁぁぁぁぁ!
いつの時代の原始人だよ。
仲間内で争いあう『はぐれ陰陽師』は如何に同業者を出し抜くか、これに気を取られる事になる。いや、なにしてんの?
そしてこの流れ、このうねりは妖怪大連合に残っていた他家の陰陽師(大人組)も取り込んで混沌としていく。
全てはこの想いゆえに。
『俺が大将だ!』
バカじゃねぇの。
でも、これが現実であり、世界を動かす真理でもあるんだよね。世界各地で起こる戦争の全ては同じ理由で起こってる。
全くもって……妖怪の方がまだマシだよ。『おっぱーい!』って叫んでる方が万倍マシってもんだよ。
下らないとは思うけど、制御を失った人間達の行き着くところは、どの世界でも一緒という事になるのだろう。
程なくして大人陰陽師主催のイベントが開かれることになった。
『妖刀の持ち主を痛め付けて金目のものと刀を奪う作戦(早い者勝ち)』が決行される事になったのである。
普通にギャングやん。
◇
『妖刀強奪作戦』
その作戦は誰かが主導したものではなかった。それは例えるならプールの中を縁に沿って、ぐるぐる歩くようなもの。
一人のぐるぐるでは何も起きなくても、十人、二十人でやれば大きな流れを生み出していく。
つまり『赤信号、みんなで渡って奪い合い』である。
杜撰だよねぇ。
作戦と言えない作戦であるが、いつも式に頼っていた陰陽師からすると、それでも十分な作戦と言えた。いつもフォローに回る妖怪達の苦労がここに見えてくる。
ここに来てもまだ、大人陰陽師達は、たかを括っていた。
妖刀さえ手にすれば問題ない。妖刀で妖怪を脅せばいい。妖怪を従える事が出来れば法なんて関係無くなる。この国の支配者になれるのだ。
確かに妖怪の力を使えば、それは可能だろう。江別家の曇天ならば日本を更地に変えることも造作無い。
それは確かに完全な夢物語ではないのだ。
『妖刀卍護朱鎮を使いこなす事が出来るのなら』
その夢物語は夢で終わらない。
銀髪メイドもおっぱい好きのお椀も幼女の使い古したスリッパもちょっとへこんでるヤカンも自分の意のままに出来るのだ。
いやっふー!
メイドさんとデートとかしちゃうぜー!
お椀とおっぱい探しの旅に出れるぜー!
スリッパと幼女談義出来ちゃうぜー!
……ちょっとへこんでるヤカンとはどうしたらいいんだろうか。うーむ。
ま、それはともかくとして。
ここに妖怪達も首を傾げる重要ポイントがある。大人陰陽師の誰もが気付いていないポイントが。
『なんで持ち主は狂ってないの?』
元々狂ってるからさ! ははは!
なんて訳無い。
男、鈴木中作は実にまともなおのこである! イケメンにしてナイスガイ! 心はそこまで広くない!
大人陰陽師達はすっかり忘れているのだ。妖刀卍護朱鎮が正真正銘の『妖刀』であることを。持ち主が何も問題を起こしていないから『妖刀』を『安全』な物であると思っているのだ。
なまじ『妖異を滅ぼす妖異』なんて肩書きを聞いてしまったが為に彼らは妖刀卍護朱鎮を『妖怪』扱いしていた。
そう!
子供大好き妖怪さん!
ショタが大好き妖怪さん!
ロリも大好き妖怪さーん!
……そりゃ見くびるよね。何百年も一緒にいるんだもん。そりゃ妖怪の評価は低いわな。
妖刀は、妖刀だから、妖刀にゃん。
世の中にそんな出回る事が無いのが『妖刀』である。陰陽師にしても都市伝説レベルのレアアイテムなのだ。
これもちゃんと調べればすぐに分かったのだ。だが調べなかった。というか妖怪達が黙っていた。
それは何故か。
嫌がらせ、というわけではない。
妖刀卍護朱鎮に対して人間はどう動くのか。
これは妖怪から人間に対する最後の試金石であったのだ。
妖刀卍護朱鎮は妖怪にとって、本当に天敵となりうる存在だ。それを人間達がどう扱うのか。妖怪大連合はそれを見極めんとした。
いつも逃げ腰でゲームばっかやってる尻丸出しの妖艶なる尼さんも、やるときは真面目にやってるのだ。
そして今、答えは出つつある。
「少年……やっぱり結婚しない?」
「それは肉ですか。この唐揚げが目当てなんですか!」
この日のお昼は唐揚げ。絶対にお姉さん達が現れるとして五キロの肉を使った唐揚げの山である。少年はスーパーで肉をドカ買いした。
悪い大人達が木刀とかスタンガンを集めている裏で、鈴木家の食卓では、そんなことが起きていた。
「このキャベツの千切りも食べなさい! お肉だけは許しません! レモンは個人で! 食に関するケンカも許しません!」
「「はーい!」」
何だかんだで少年は『年上のお姉さん達』のオカンになっていた。うーむ、何故だ。
次回に続く。
ぬ? まきびちゃんはどうしたって?
今、何してるか知りたいの?
彼女はただいま学校で補習を受けてます。アホの子なのに一週間も学校を無断欠席したのでガチの補習を受けてます。
真理亜ちゃんは品行方正なので大丈夫でした。
やっぱり日頃の行いって大事なんだねぇ。
曇天さんは暇なので真理亜ちゃんのお部屋に遊びに来てます。ここだけ平和だねぇ。
……説明がないと話がぽんぽん進むんですね。文字数も少ないし。
いや、でも説明がないと、ほら。話が分からないよね。きっと。妖怪が子供好きとかさ。陰陽師がチビッ子だけとかさ。
……ね!