第2夜 異人・I
その言葉にラムソスは漸く落ち着きを取り戻した。
そんな師だからこそ、今の自分がここにいられる。
でも、だからこそ死なせたくはない。
生きて、もっと自分のような子供たちを助けて欲しい…。
「…お師匠様、ラムソスも僕もお師匠様が大好きなんです。目標、なんです」
俯くラムソスを察して、代わりにザムザが口を開いた。
「貴方がいなくなったら、僕達はどうすればいいのでしょう?」
「……しかし…」
弟子の言いたいこともわかる。
何よりここまで言ってくれて、自分の傍にいてくれるのが嬉しい。
自分だってこの2人の弟子を愛している。
だけれども…。
「…しかし、私があの方を見放してしまったら…あの方はどうなるのでしょう?」
「……」
「…もう、知った顔が焼かれる姿は見たくありませんよ」
その言葉が放たれると、2人はほんの少し俯き、
そして黙って手を動かした。
牧師もつられて手を動かす。
折角気を使ってくれたのに悪いことをしただろうか、
と牧師は少し悩んでしまったが、それとは裏腹に2人の弟子の心は
少しの恐怖とそれよりも大きな安心感で
言葉を発することが出来なくなっていた。
外はあんなにも恐怖でも、自分達には暖かいスープが飲める食卓があるのだな、と。
その後3人は彼女を一時かくまうことに話を決めると、先ずは起きた時のための水とあの外見をなんとかしなくてはということで、ビンに詰めた井戸水と祭壇に置いてある聖水と教会の人間の衣服を用意することにした。
聖水と衣服は弟子2人に任せると牧師は井戸水と新しいタオルを用意して彼女の寝ている部屋の扉をノックした。
「入りますよ」
と声と共に扉を開けようとノブを回すが、開いてくれない。
(---?おかしいな…簡単に開く筈なのに---)
牧師はそんなはずはない、とノブを何度も何度も回してみた。
そう牧師が頑張っている扉の向こうでは、妖精達が焦りを見せていた。
「あーちゃぁー、ヤバイよ。標的来た、標的」
「標的…?」
「ああ、ここの牧師のことよ。次の〝生贄〟として狙われてるのよね、だから〝標的〟」
「え…ええ!?生贄……って…!?それに…牧師??」
と、紗生が驚きを見せた途端ノブをガチャガチャ回す音は途絶えた。
「あ…あれ?や…やだ…。話…聞かれた?」
「それはないよー。ここには結界が張られてんだから」
「け…結界??」
「妖精と人間っていうのは、そもそも異種族で相容れない存在だからね。あたし達妖精の体は、あんた達人間が一定領内に近づくと反射的に結界が張られるようになってるみたいなの。だから、会話は聞こえてないわよ。ついでにノブが回らないのはそのせいね」
「へ…へー…。あ…あたしは…大丈夫みたいだよ…?」
「おめー馬っ鹿じゃねーの?それあたしらがアンタと話すために結界解いてるに決まってんじゃん!」
「え…!?あ…そっか…ごめん…」
「スミレぇぇぇぇぇ! ……ごめんね、本当に…」
「ううん…、何かむしろ元気になってきた……」
「へ…へぇ…変わってるね…」
「あ、あたしんち大家族で…弟達がうるさかったから…」
そう言う紗生の目には、嫌なことを思い出したのかうっすらと涙が滲んでいた。
それを察し、エナはおどけてみせた。
「あ、なるほど納得! Mかと思って焦ったよ~」
「あたしバリバリSだよー!」
鈍感なスミレはどうやらそんな彼女の涙に気づいてないらしい。
だが、それが逆に俯いていた彼女の顔を再び上げさせた。
どうやら2人は相性が合うようだ。
「…うん、なんかわかる」
「あはは…まあそれは置いといて、さてどうするか…。牧師サマはお弟子ちゃん達を呼びに行ったみたいね」
と、エナは話の流れを元に戻した。
あ、うん。それでさっきのに話戻るんだけど……牧師?ここは教会なの…?私なんでここにいるの…あたしの弟達は?」
どうやら彼女は兄弟達と別れてしまったらしい。
それも、無意識に。
「そうよ、ここは清レオナ教会ダヂオ支部。あなたはあなたの家からその……全く別の世界に引きずり込まれた……の」
「弟達は見てないよー。ババアからはアンタを連れてくるよーにしか言われてないし」
瞬間、彼女の瞳孔が異常に開いてみせた。
「別の…………世界に…………引きずり込まれた……??」
「そうそう」
「……え………:何?あたし…………死んだ…………の??」
どうやら彼女は、死んでいわゆる〝霊界〟にでも引きずり込まれたと勘違いしたらしい。
「違ぇーっつの!生きてんじゃん!ほっぺた引っ張ってみ、引っ張ってみ!」
「え…え……?あ、痛ぇっ!!……あ、生きてる」
「きゃはは!」
「あはは……スミレもたまには役に立つんだねぇ…」
紗生の緩んだ表情を確認すると、エナはホッと胸を撫で下ろした。
「たまにって何だよ、たまにって。役に立ちまくりっしょ?いつでも」
「あはは、立ちそーにねーね」
「立つよ!例えば…………あれ、あたし何したっけ。ありすぎてむしろ出てこない」
「それ………役に立ってねーから出てこねーんだって、馬鹿スミレ」
「んだとくそアマぁ!!」
「あははは!………面白いけどさ、さて……どうするの?正体見られるとヤバイんじゃない?あんた達」
と、元気を取り戻した紗生が今度は話の主軸を握った。
「そーだねぇ…本当はアンタを連れ帰って治療したいのよ」
「そーそー」
「急に言われてもねえ…。それに、その牧師さんとお弟子さんにもお礼言いたいし…ここまで運んでくれて…」
「そうよね。あたしも話をしたいわ、次の標的なわけだし。対策を立てたい」
「あたしどっちでもいーや」
流石に時間がないようで、エナはスミレの進言を無視した。
「……とりあえず、牧師は弟子を呼んでくるだろうね。足音が近づいてきた。サキ、ここは小さな教会で牧師が1人と弟子が2人しかいない。2度と会えないわけじゃないから…いいえ、私たちは結界を外して窓の外であいつらが出てくのを待ってることにする。いいよな、スミレ?」
「んー…いいけど退屈しそうじゃね?」
「お前何しに来たんだ本当に。まあそういうことで、自分のやりたいようにやって。あたし達のことは話題に出さないこと。魔女に疑われたくなかったらね…」
「わかった……え?妖精と話をすると……何で魔女に…??」
「……説明できない。時間ない。とにかく、魔女と思われないようにしな、わかったね?それじゃ、来るわよ」
「またねー」
「え…え?わ……わかった……」
それだけ言い残すと、2人の妖精は窓の外に姿を消した。
紗生は迫る足音に息を飲む。
どういう体勢で3人を迎えようか悩んだが、体が思うように動かないのでこのまま待つことにした。
命の恩人との〝涙の再開〟が近づいている。
瞬間、気を失う前のことをちらりと思い起こす。
…………禍々しい、炎がちらつくと軽く眩暈を起こし、そして息が少しだけ上がる。
つ、と汗がひとすじ右のこめかみに浮き出た。
その時荒い足音が近づいたかと思うと、扉はようやっとカチャリと音を立てることを許された。