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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
最終章

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恋する乙女と守護者と妖狐

これにておしまい。

お疲れ様でした!

キッチンでお鍋の中身をかき混ぜていたら、後ろからキュッと抱きしめられた。

お玉が鍋の縁に当たってコツンと鳴った。

彼が私の肩に顎を乗せてくる。


「何作ってんの?」

「ミネストローネ。

熱いんだから、急に抱きしめるとか危ないよ」

「大丈夫だよ。優しくしてるもん」

「そういう問題じゃ……」


私は振り返って、自分の彼氏を見上げた。

私より目線が上になったしょーちゃんは、大学生になっても童顔のままだった。眼鏡にちょっとだけ度が入るようになったのは、受験勉強のせいだろうか。

身長百八十近い童顔て、おいしすぎる……。


「……しょーちゃん、でかくなったね」

「もう一回言って」

「でかくなったね……って、それだけ伸びてまだ言って欲しいの?」

「何度でもっ。僕の耳がまだ聞きたいって」

「根深いな、コンプレックス」

「ねえ、もう一回言って、りーり」


しょーちゃんが私にスリスリしてくる。

甘えてくるしょーちゃん、可愛いっ。


私だって女子なのにでかいっていうコンプレックス持ってたから、コンプレックスの呪縛は分かるけどね。

しょーちゃんを好きになって、背が低い彼氏でもいいじゃん、と思い続けてきた私だけど。彼氏は私より大きい方がいいなっていう憧れみたいなのは、根強くずっと持っていた。

憧れが現実になってしまった。

くう、でかいしょーちゃん、いい。かっこ可愛い。



キツネの研究機関で、しょーちゃんの身長がなかなか伸びなかったのは、キツネ遣いの力が強すぎたせい、という結論が下りた。私にキツネ遣いの力を渡すようになったら、ぐんぐん身長が伸びてきたのだ。

今でも私は時々、しょーちゃんの力を預かっている。しょーちゃん曰く、虫避けだそうだ。



しょーちゃんは高校卒業と同時に一人暮らしを始めた。今は川越駅からほど近いマンションに暮らしている。

頭のいいしょーちゃんは現役で某有名大学に合格して、今は東京の大学に通っている。私は埼玉の某大学で、東京の実家から通うより楽だから、と言い訳をして、相変わらず川越の叔母さんの家で居候していた。

しょーちゃんのいる川越から離れたくなかった、というのはナイショにしておこう。



「しょーちゃあん」という声が隣の部屋から聞こえてきた。今日は小学生になったキツネの三つ子が宿題持って遊びに来ていた。宿題はさっさと終わらせて、今はゲームをしている。ああなると、長期戦の構えになる事が多い。


しょーちゃんがちっと舌打ちした。

普段キツネには見せない、イライラしょーちゃんである。こんなところ、私にしか見せてないんだろうなあ。


「……あいつら、邪魔」

「キツネの守護者は人気者だもん。ずっと前からそうじゃん。仕方ないじゃん」

「毎日来なくていいのに」

「しょーちゃん、すんごい慕われてるんだよ?」

「あいつらいると、りーりとイチャイチャできない」

「えーと……」

「もっとイチャイチャしたいのに」



……しょーちゃんは、背が低くて童顔で、いつも幼く見られがちだった。高校時代は、顔だけ見たら中学生、というポジションをきっちり守って卒業した。

キツネの守護者としては、かつてないほどの強い力を軸に多くのキツネを従えている。しょーちゃんを中心に川越のキツネは動き、護りを今まで以上に固めていた。



そんな、今でも幼い風情なのに強い力を持つ、他に並び立つ者が無いほどの男なのだが。



しょーちゃんは、ごく一般的で平均的などこにでもいる、少しエッチな男の子だった。

今も背後から、伸ばし始めた私の髪をよけて私の首すじに唇を当てている。ハムハムと私の首すじを確認しているしょーちゃんは確実に確信犯だ。でかくなったらこんな技も身につけてきた。

やめっ、ぞくぞくするっ。


「りーり、今日は泊まっていく?」

「……そのつもりで、来たけど」

「じゃあ、早くあいつら追い出そうね!」

「……しょーちゃんのそのわくわく顔、私にはすごいツボで非常に麗しく思ってはいるんだけどね」

「けど?」

「その顔が百パーセント下心しかないっていう裏事情を加味すると純真に楽しめないというか本来の清純派乙女が否定に走ってくるというか……」

「何言ってんの?」


相変わらず言語が不明だねりーり、としょーちゃんが笑った。


くそ、可愛い顔め。

その可愛い顔して私をさわさわしている、その手はなんなんだ? 顔と行動が一致してないぞ。

料理中だからと、私はぺしっとしょーちゃんの手を叩いた。

熱いお鍋の前なんだから、危ないからね。



「しょーちゃん。

今日の川越祭り、今年こそ二人で過ごせるかな」

「過ごしたい」

「毎年なんだかんだで誰かいるんだよね」

「うーん……」

「三つ子は川越祭り楽しみにしてるし。どうせそろそろ遊びに行っちゃうよね」

「すぐに行けばいいのに。

さっき、お小遣いあげたしさ」

「お、三つ子はお金の出処を分かってるね。私にたかったって、たかが知れてるもんね」

「僕のお金なんて、出処は自分の親なのに。ホントに分かってんのかな」


しょーちゃんは小金持ちだ。

なんせキツネの収入の一部はしょーちゃん個人に回って来る。それを分配し、管理してるのがカイトだ。

しょーちゃん個人で使える額を興味本位で聞いたら、聞いた私を殴りたくなった。

働かなくても生きていける金額なんて、大学生が持ってちゃダメでしょ……。


その割に、しょーちゃんの暮らしは質素だよなあ。マンションも駅近とはいえ中古の賃貸だし、お部屋に物は少ないし。

着々と増えているのはカップラーメンの在庫くらいだ。新商品が出ると条件反射で買ってしまうという。「僕は一人暮らしを満喫しているっ」と蒼く輝く瞳で宣言されたが、随分ちっさい満喫の仕方だとは思っている。


しょーちゃんがコンロの火を消した。

私を仰向かせてキスしてきた。

料理中がダメなら止めればいいじゃん、てこと?

強引! ……だけど、ちょっといい。

しょーちゃんの強引さは無理がなくて、抵抗できなくていつも流される。

今日のキスは柔らかいところから始まって、徐々に深いキスになりそうなカンジだったのだが……



「……ラブラブ」

「ラブラブだ」

「ママが見ちゃだめって言ってたよ」


三人の小キツネがドアの隙間から私たちを覗いていた。

……いつから? どっから見てたの、あなたたち!


「エイタコウタシュウタ!

三人そろってハウスっ! お部屋戻りなさいっ!」

「りーが真っ赤」

「りー、なんで真っ赤?」

「なんでか、(かしら)に聞いてみる?」

「なんでそこでカイトに聞こうとすんの! やめろっ、絶対ダメ!」


しょーちゃんが仕方なさそうに三つ子の元へ歩いて行った。三つ子はしょーちゃんを取り囲む。

キツネはしょーちゃんが大好きだ。すっごい嬉しそうにいつもしょーちゃんにまとわりついている。


「しょーちゃん、この先進めない! どこ行っていいかわかわない!」

「なんか、イベント飛ばしてるんじゃない?」

「コウタがこれで行けるって、言ったもん」

「アルマの砦は行った?」

「シュウタが、鍵がないから入れないって」

「おれ、この前取ったよ」

「エイタ! 先に言えよ! しかも勝手に進めんなよ!」


……ゲームの話ね。

三つ子は家でママからゲーム禁止をくらって、二週間。毎日のようにしょーちゃんちでゲームを進めている。そして毎日のように喧嘩してる。


しょーちゃんもゲーマーだ。

カイトにゲームを買ってもらわなかったしょーちゃんは、一人暮らししてどっぷりとゲームにハマりこんだ。朝遊びに行ったら、完徹でゲームしてたなんてザラだった。

この人、難関大学の大学生のはずなのに、いつ勉強してんだろ。



玄関のチャイムが鳴った。

モニターを見ると、壮絶に綺麗な仏頂面のカイトが映っていた。モニター越しでも相変わらずのイケメンだ。

あれ? カイトは今日は出掛る予定のはず……。



玄関ドアを開けると、藍色の着物に羽織を羽織った和装のカイトがいた。モニターのままの綺麗な仏頂面で私を見下ろしてくる。少し前に短く切った黒髪が額に落ちていた。

……恐ろしく似合うな、その姿。


「いたのか、りー」

「いたよ。悪い?」

「悪い」


即答したカイトの脇を、紅い華やかなワンピースの少女がすり抜けた。くるんとした紅毛はハーフアップにして高めのお団子に纏めている。たぶん、角を隠してるんだ。金色の目は分かりにくいように、少し色のついた眼鏡をかけて……


「わあ、姫様っ」

「りー、来たぞ。今年は雨が降らんでよかったのう」

「そのワンピース、お似合いですっ」

「今日のために作ったのじゃ。和装よりも楽でよいの」


鬼神の姫様、ご降臨だ。

あれから毎年川越祭りの二日間、姫様は川越にやって来るようになった。今日もカイトを共にして出歩いていると思っていたのだが。


「りー、さっき会った山車でな。ひょっとこが妾に手を振ってきたのじゃ」

「あー、山車の踊り手ですね。踊り手の中には、手を振ってくれる人いますよね」

「おかめもよいな。あんな顔だが可愛らしい。恥ずかしげに手を振る様が、なんともいい」

「姫様、踊り手に手を振りまくってますね……」

「白狐はいかん。迫力はあるが愛想がない」

「……川越祭りの看板ですよ、白い天狐」

「手を振る妾を無視するような天狐は知らん。己のことしか考えてない。どっかの妖狐ように」


姫様が傍らの背の高い妖狐を見上げた。

カイトはしれっと無表情を保っている。



カイトは祭りを一緒に楽しむ相手として見ると、見事なまでに最悪な奴だった。

カイトにとっては演奏も踊りも一切興味がない。興味を持つのは山車の行程だ。


神の力を備えた山車が市内を巡って歩くことで、護りの力が上がるのだ。川越祭りの後は、綻びが出にくくなるという。

山車が何処を何度通ったか。護りの厚さはどれほどになったか。今もキツネたちは市内を調査に走っているはずだ。


どちらかというと、それをデータ化して地図に投影し、パトロール範囲を決定していく作業してるカイトは、ものすごく楽しそうだった。ノーパソ打ち込みながら、秀麗な顔が笑みを作っていく様は見応えがある。時々含み笑いも聞こえる。気色悪さも含めてこの時期しか見られない光景である。



姫様が可愛い顔を傾げて私を見てきた。


「しょーはいるか?」

「え……今年もしょーちゃんがお供ですか?」

「カイは今日明日共に、カフェで仕事させる。

カイは連れ歩いてもつまらん男だ。こやつは仕事させねば使えない」

「あ。姫様正解」


カイトの本領発揮は仕事してなんぼだから。

ワーカーホリックを地で行く男は、祭りを楽しむとか無縁だから。



私たちの声に気づいたしょーちゃんが、奥から出てきた。姫様の姿を認めて、にこりと微笑んだ。

鬼神の姫様はすかさずしょーちゃんに抱きついた。



……姫様、しょーちゃんに触れても溶けなくなったのだ。



異界でしょーちゃんに指輪をはめられた姫は、指輪に力を奪われながら、指輪の加護を手に入れた、らしい。

『FUMIO TO LI』と刻まれた指輪、実は姫様の本名に『LI』の文字が入るらしく、しょーちゃんが触れても平気になってしまったという……。

あんなに、天敵だなんだ言ってたのに、今や一番懐いているのがしょーちゃんだ。優しくて丁寧なしょーちゃんは、川越祭りを楽しみたい姫様にはうってつけの存在で、姫様はすっかり味をしめてしまったのだが……。



……面白くない。



私は全然面白くない。

それを分かっている鬼神の姫は、しょーちゃんに抱きつきながら、可愛らしいお顔をにやーりと歪めて私を見た。


「りー、まだしょーと別れてなかったのか」

「絶対別れないって、前から言ってるじゃないですか!」

「だがな。妾はしょーから、左手の薬指に指輪をはめられたのだぞ。

どこぞの国の習慣で、左手の薬指の指輪は、結婚の証とされているのだろ?」

「ちがーう! 姫様のは、意味がちがーう!」

「りーはそう言っておるが

しょー。妾のこと好きではないのか?」

「好きですよ。だからりーりをからかうのはその辺にしておきましょうね」

「大人じゃのう。しょーは大人の男じゃのう。幼い顔して洗練された大人の対応じゃのう。

……りーとは雲泥の差」

「ぐはっ」


鬼神の姫が言葉の暴力を振るう。

しかも自然体で振るう。

鋭利な刃物でバスバス切り裂かれた感じがする。


そして、背の高いキレイな顔立ちの童顔なしょーちゃんと、華やかな雰囲気の紅毛の少女は、傍から見るとそれはそれはお似合いで。

見てるだけで、うっとり。


……やめてー。

ビジュアル攻撃もやめてー。

自尊心が、パキッポキッと折れていく。



しょーちゃんが、再びにっこりと姫様に笑いかけた。

今日は私と二人で過ごすという野望を、姫様登場の時点で奈落の底にぶん投げたしょーちゃんが、爽やかに姫をエスコートした。ほんのりヤケクソ感があった。


「姫、では参りましょう」

「よし、行くぞ」

「キツネの三つ子もいいですか?」

「三つ子か」

「おれ、チョコバナナ美味しい店知ってる!」

「おれ、祭り限定チュロス売ってる店知ってる!」

「おれ、綿あめ一番安い店知ってる!」

「よし、付いてこい。奢ってやる」

「「「姫様、大好き!」」」


三つ子、いい仕事するわー。

三つ子に抱きつかれて、姫様はにっこにこの満面の笑みだ。

これで姫様のご機嫌はかなり上がっただろう。



靴を履いていたしょーちゃんが、カイトと呼びかけた。じめっとカイトをねめつけている。


「……連絡してから来いよ」

「急だったんだ。仕方ない」

「どうせ確信犯なんだろ」

「さあ」


カイトはすました顔で、私の頭を鷲掴みにした。

しょーちゃんに向けてニヤリと笑った。


「りーは借り受ける。この後姫のお付が異界からやって来て、『古狐庵』はこれから貸切だ」

「仕事ならいい。りーりから手を離せ」

「やだね」


しょーちゃんが苛ぁっと頬を歪めた。

カイトの髪が長かったら、その束ねた髪を引っ張っていただろう。

カイトが髪を切った理由は、あまりにも頻繁にしょーちゃんに引っ張られたからだ。それだけ私にちょっかい出す機会があったということだが。



カイトは…………私を好きだと公言したカイトは、しょーちゃんの目を全く気にしなくなっていた。



隙あらば私を手に入れよう、というカイトの意図は見え見えで、どうやらしょーちゃんの反応を楽しんでいるようだった。

私としてもやめて欲しい。キツネのスキンシップは近すぎて、心臓に悪い。しかもカイトの綺麗な顔近づけられると、一瞬思考が停止する。私の中の女子が硬直してしまうのだ。

イケメンは節度を守るべきだと思う。


しょーちゃんのイライラもだいぶ溜まっているようなのだが、キツネの組織運営は完全にカイトありきになっていた。私が絡むこと以外は非常に優秀な仕事の右腕なので、しょーちゃんとしてもカイトを切り離すわけにいかない。

何度か大激突しているのよ、とヤタさんが情報を流してくれた。

それって、私のせいですか……?



「りーり、わかってるね? カイトに近づくんじゃないよ」

「わかってます! 私だって身の安全は大事です!」

「念の為……」


しょーちゃんが私を抱きしめた。

キツネ遣いの炎が燃え上がった。体内をぐるりと燃やし尽くし、やがて収まる。熱のない炎がちりちりとまとわりつく感じ。

……キツネ遣いの力、授かりました。


(カイト)避けはしっかりしておかないと」

「ひどいな、しょーちゃん」

「りーり、カイトが手出してきたら、容赦なくぶっ放すんだよ?」

「は、はい」

「カイトがりーりの隙を狙ってることはわかってるから。油断はしない」

「そうか」


カイトが素早くしょーちゃんに近づいた。

そのまましょーちゃんに抱きついた。

カイトの顔がデレデレに溶けている。

しょーちゃんは久々のカイトのハグに「ぐはあっ」となっていた。



「……うっわ、これは見もの。

イケメン同士の、極上BLシーン」

「りーり、君は僕のカノジョじゃなかったの?!」

「しょーちゃん、俺はいまだにしょーちゃんのことも大好きだぞ」

「くっそ、油断したっ!」


くやしげなしょーちゃんの背後のドアから、「早くせい」と姫様の催促が入った。マズイ、姫様待たせてる。

後ろ髪引かれまくりの顔をしながら、しょーちゃんが私のほっぺにちゅーをした。私の髪をくしゃっとしてから出かけて行った。


……きゃん。しょーちゃん、好き。



ほっぺを押さえてきゅんきゅんしてると、カイトがシラケたように鼻を鳴らした。嫌そうな顔は今日も健在だ。


「……相変わらず、腹立つくらい仲良いな」

「当たり前! 仲悪くなる要素ないもん」

「さっさと別れればよいものを」

「そういう呪いみたいな言葉かけるの、やめてくれる? 言霊って知ってる?」

「しょーちゃんとりーが別れて、りーが俺のものになればいい。

……言霊が本当になったら便利だな」

「言うなって言ってんのよ! あんた、わざと言ったね!」

「りーが俺のものになったら、そうだな。

まずは抱きしめてキスをする。それから……」

「それ以上言うな! 絶対エロい事言おうとしてんでしょ! 全力で引くぞ!」

「りー……」


カイトが真面目な顔して私を覗き込んできた。

綺麗で真摯な視線が私を射抜いた。


……ドキンとするな、私の中の乙女。

ただ見られてるだけだからね。



「りー。……今の、凄くいい」

「? 何が?」

「お前の罵倒」

「……本当にただの変態じゃないの!

真性のバカなんじゃないの?」

「りー、もっとバイト入れよ。週三じゃ物足りん」

「カイトの変態欲求解消のために、バイト増やすわけないでしょうが!」



そう。

私はまだ『古狐庵』でバイトを続けている。

もちろん、川越の護りの綻び探しも続けている。

生活の基盤が川越になっていて、川越から離れられなくなっているのは事実だ。知り合いも沢山増えたしね。



カイトが部屋の時計をちらりと見た。


「さ、急ぐぞ。今回は三十名様だ」

「『古狐庵』のキャパ超えてんじゃん! そんな人数入るの?」

「椅子を片付けて立食形式にする。

去年まで来ていた姫のお付が、メシと酒が美味いと吹聴したらしい」

「うちは飲み屋じゃなくて、カフェだっての。

その噂のせいで人数増えたの? 来年からは人数制限かけなよ」

「そうするつもりだが。

りーが手伝えばなんとかなるんだよな」



お前それなりに仕事早くなったしな、とカイトが私を見てにっこりと顔を綻ばせた。

裏表のない、ただ嬉しげな笑顔。

最近、カイトはこういう顔をする。

そして私はこの顔に弱い。



取り繕ってない。そのままのカイトのような。

私が見た中では、これが一番綺麗なカイトだ。

とても綺麗で、ぽーっとしてしまう。

私の中の女子が警戒心を失ってしまう。



ぽーっとした私を抱き寄せて、カイトがほっぺにキスしてきた。

ちょっと、そこって……。

……さっき、しょーちゃんがちゅーしてくれた所!

狙い撃ちしてきた!



「……上書き、なんだろ?」

「!

これ! 前にヒロさんにやられた時、しょーちゃんが上書きしてくれたのと、同じっ」

「しょーちゃんの気配は消した。

りー、俺だけを見ろ」

「カイトあんた、どんだけ前から私たちのこと察してたのよ!」

「どうだろうな」

「こいつっ……」

「俺の顔はりーには通用しないと思っていたんだが。

使える顔を覚えた」

「!!!

カイトその顔……今後、自由自在に出してくるってこと?」

「俺がこの顔をすると、りーがやけにぼーっと見てくるから覚えたんだ。

キツネ遣いの力持っていること忘れるくらい、気に入ってるんだろ?」


カイトが再びにっこりと笑いかけてきた。

きれー……じゃなくて!


そうじゃん、私!

今、キツネ遣いの力預かってるじゃん!

使う前に気を抜かれた!

くそー、カイトめ……!!!



さすがに時間がヤバくなったのか、カイトは行くぞと言ってしょーちゃんの家を出た。

私がその後を追って合鍵で鍵をかけると、カイトは無表情のくせに嫌そうな顔で「合鍵ムカつく」と呟いた。


ふん。何を仕掛けてこようが、リア充の勝ち。

私としょーちゃんの仲は、絶対割けないからね!



「……今度、その鍵入らないように折り曲げておこう」

「最低! 鬼畜、カイトっ。

しかも金属曲げられるんかい!」

「それくらいの力はある。

……もちろんりーを触る時は、優しくするが」

「!!!

いらんわっ! そもそも私を触るとか……!」

「こんなふうにな」

「ちょっ……」


カイトが私の頬をそっと撫でてきた。

冷たくて硬い手が、触れた瞬間にドキンとした。

ゴツくてデカい手なのに、大切そうに私に触れる時は本当に優しくて。

器用なくせに私に対しては不器用な素振りして。

私を好きだといつも伝えてきて。

ぎゅっと心臓が締め付られる気がした。


この黒狐、どこまでも卑怯者め…………。




本当にいつまでたっても。


小江戸のキツネが、人の恋路を邪魔してくる!





〈終〉

川越祭りは毎年十月の第三週の土日に行われます。ユネスコ無形文化遺産に指定されています。


見た事ない人が想像してるより、すんごい祭りです。文字であーだこーだ言っても伝えられないので、見に来てねとしか言えません。

曳っかわせが見どころだの、江戸の天下祭りの影響が色濃いだの、そんなこたどうでもいいです。(個人の感想です)

神がかったように踊る踊り手と、絶対に途切れない太鼓と笛と鐘と、合図の拍子木と曳き手たちの「そおおおれっ」の掛け声と。それが市内中心部至るところで見られます。


近隣にお住いで見たことがない方は、ぜひおすすめします。すげー混みますが。

あと、土日どちらかは雨なんだよねー、というのも、川越市民の中では定説です。



以上、今日も災害級猛暑予報の灼熱の川越より、愛を込めてお送り致しました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無事にタイトル回収! お疲れ様でした。 最後は美味しいところを全部カイトが持って行ってしまったような……。 [気になる点] たぬきサイドの話をもっと見てみたかったです。 [一言] 川越まつ…
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