思わず恋に落ちました
怖いシーン終わったら、主人公が暴走しました。
私からの電話を受けた加藤くんは、カイトさんと共にこの近辺を探し回ったてくれたらしい。区画が細かく刻まれている地域だから、探すのは骨が折れただろう。
途中で露骨に異形の気配が濃くなって、駆けつけてみたら私が闇に飲み込まれる寸前だったという。
先程の黒い獣は、キツネの姿のカイトさんだった。
本来の姿も普通のキツネより大きいが、加藤くんの加護を受けてさらに大きくなっていたそうだ。
あの綺麗な黒い毛並み。カイトさんの髪みたいだった。
加藤くんはキツネを使役することで、キツネに力を与える能力を持っている。百年に一度ほど人間に現れる能力、『キツネ遣い』と呼ばれる能力者なのだそうだ。
キツネたちは『キツネ遣い』に自ら望んで使役され、本来以上の力と姿を得ることを喜びとする。加藤くんとキツネは主従関係に近いと、加藤くんは語る。
加藤くんに遣われることでキツネとしての能力も上がるため、キツネたちは嬉々として加藤くんに従うそうだ。
だが加藤くんは『キツネ遣い』の力を使うのは必要最小限にとどめている。守護を司るキツネたちは昔ながらの組織で動いているため、序列に厳しい。加藤くんの依怙贔屓で、組織のパワーバランスを崩すようなことはしたくない、ということなんだって。
――緊急事態だったからさっきカイトに力を与えたんだけど、かなり久しぶりのことで。カイトのテンション爆上がってるんだ。
しばらく帰ってこないんじゃないかな。
なんてことを、なんの感慨もなさそうに加藤くんは淡々と話してくれた。私はコンビニで買ったお茶を飲みながら、話を聞いていた。
走り回っていた私の喉は、限界だった。いったい、どれどけ走り回っていたんだろう。もう、辺りは真っ暗だよ。
日常使いのコンビニの前で、現実感の伴わない話を聞かされて、でも現実では起こりえないことを実際に体験した私の頭は、完全に飽和状態だった。
もう、何が正しいとか現実はどうだとか、どうでもよくなってきてしまった。
ただ私の横にいる、私より背の低い男子が、なんだかすごい人なのかもしれない、とは思っていた。そして、誰もが加藤くんの童顔に目を向けがちだが、実は整った顔立ちだってことも確認していた。
「ね、加藤くん。
……さっきのアレは、完全に居なくなったと思う?」
「うん。いちおうカイトが周辺を警戒して見て廻ってるよ。でも、あれだけ真っ二つになれば、何も残らないだろうね」
「カイトさん、すごく大きかったね」
「僕から力を与えられてるからだけど。
うっかり人目につかなければいいね。見つかったら大騒ぎだ」
「私はアレから解放されたと思っていい?」
「いいと思うよ。
佐伯さんは、あんなに強力な異形相手に、一人でよく耐えられたね」
「……!」
「人を闇に、力ずくで引きずり込もうとする異形なんて、滅多にいないよ。佐伯さんが必死に抵抗していたから助かったんだ」
「………………」
「理解者もいないのに、一人で辛くて長かったよね。
僕は、佐伯さんが頑張ったことを知ってるよ」
よく頑張ったねと、にこーっと笑う加藤くんが神々しい。
おお、幼い笑顔が光ってるよ。優しさが溢れ返ってるよ。すごい沁みる、その笑顔。
なんだろ。私、胸がバクバクしてきた。
加藤くんから目が離せない。
未だかつてなかったくらい、きゅんが凄い。
あれ? どうした?
何で、きゅんだ?
どこがきゅんポイントだ?
加藤くんが自分をガン見してる私を、訝しげに見ているよ。眼鏡越しだけどすごく綺麗な目だよ。
加藤くんに見られていることに、今更ながら緊張してきたよ。
ていうか、なんで緊張とかするんだよ!
もしかして……。
いや、ちょっと待って。本当に?
ひょっとしたらひょっとして、これは間違いなく、私ってば確実に…………
落ちたな。
たった今、落ちた。
まさかの、出会って二日で落ちるなんて。そんなことが自分史に起こるなんて、思ってなかった。
もう完全に胸が痛いですから。締め付けられてぎゅうぎゅうですから。
痛いのに甘いとかいう矛盾が成立するの、これしかないですから!
恋に落ちました。
知らなかった。
恋ってこんなに簡単に落ちちゃうものなのね。
恋の落とし穴って、どこに掘られてるか、わかったもんじゃないんだね!
「……あー、おー、えーっと。
かかかか加藤くん?」
「佐伯さん、どうしたの? 挙動が不審だよ?」
「きょ、きょどーふしん!
いや、ちょっと待って。
あのね、加藤くん」
「何?」
「……私も加藤くんのこと、しょーちゃんて呼んでいいかな?」
加藤くんがビックリしたように私を見た。
思わぬことを言われたみたいだ。
「えっ? なんで?」
「だめかな?」
「……まあ別に、いいけど」
「やったあ」
「変わった人だね、佐伯さんて」
「たまに言われます。
まあ、その延長線でね、しょーちゃん」
「うん?」
「……私たち、付き合わない?」
「はいっ?!」
加藤くん……しょーちゃんは、さっきよりすごい勢いで私を振り返った。信じられないという顔で目を見張っている。
そんなに驚くの?
驚くか。
昨日が、初会話の私たちだ。
私がそう切り出されたら驚くわ。
「しょーちゃんは私が今まで出会った人の中で、優しさレベルが断トツで、レベルMAXなわけですよ。
こんな人、今まで会ったことないの。ここまで優しさでできてる人知らないの。超、優良物件なの」
「えー………………」
「そんな人がそばにいたら、好きになるじゃん。なっちゃうじゃん。
乙女心は止められないじゃん?」
「…………」
「優しいけど、優しいだけじゃない所も見たし。今日なんかすごく頼りになったし、助けてくれたし」
「………………」
「……?
あれ? あれれ?
ダメですか?
しょーちゃんは、私みたいなの、ダメな人、ですか?」
しょーちゃんを見ると、彼はボーゼンとしているようだった。目の前の女子が何を言っているのか分からない、という顔である。脳に酸素が行ってなさそうである。
あっれえ? おかしいな。
伝わってない?
ちゃんと言ったつもりだけど、伝わらなかった?
それなら、伝わるまで、言うよ。
私はそこを躊躇わないよ。
「好き、なのね」
「……!!!」
「しょーちゃんのこと、好き」
「……いや、待った。待って。
僕のこと、からかってる?」
「なんでだよー。
好きだから好きって、言ったんだもん。真面目に話してるもん。これ以上真剣になんかできないもん」
「おかしい。そんなはずない。
だって、佐伯さんは……」
しょーちゃんは私を軽く見上げた。
身長差があるから、どうしてもこうなっちゃうのだ。
しょーちゃんの視線が、私の頭のテッペンを向いていた。
「……僕より、かなり背が高いじゃん」
「それは、好きにならない理由に、ならない」
「背が低い上に僕、こんな顔だし。私服だと小学生に見られることもあるくらいだし」
「とても可愛くて、よいことです」
「男が可愛いって言われても、少しも喜べないからねっ!」
「私はちゃんと、拝めることができるよ」
「?
君は、何を言ってるの?」
「うん。やっぱり好き。好きなの。
しょーちゃんと付き合いたい。
私じゃ、ダメ?」
しょーちゃんは片手で口を覆って、固まってしまっている。じんわり顔が赤いので、ちゃんと伝わったみたいだ。
私がしょーちゃんを好き、ってのは伝わったね。
よし、第一関門突破!
しょーちゃんはぼそぼそっと話し出した。
「……僕の人生で、女の子と付き合うなんてイベントが、起こると思ってなかったんで」
「なんで? 普通に同い年じゃん。
しょーちゃんの周りでも、誰と誰が付き合ったとか、いっぱいいるでしょ?」
「僕は見た目がこれだよ。チビで童顔な男のコンプレックス舐めるなよ。
オマケに僕には、キツネというやっかいな存在がいるし」
「そうねー。カイトさんはやっかいだね」
「客観的に見て僕みたいなのは、優良物件どころか、お金もらってでも避けたい、超・瑕疵物件だと思うんだけど」
「お、ライバルが不在ってことだよね。
いいねいいね。私だけが好きって、レアだよね」
「佐伯さん……メチャクチャ、ポジティブ……」
あんなに危険度の高い異形に取り憑かれて、一年耐えきった理由はここにあるのかも……としょーちゃんがぶつぶつ言っている。
はい、全部、スルー。
私はしょーちゃんの正面に立った。
途方に暮れているようなしょーちゃんの表情は、いい。
うー、いい。好き。
多分滅多にお目にかかれないだろう、いいお顔。けど我慢する。
九十度に身体を折り曲げて片手を突き出した。
うわ、緊張するー!
「しょーちゃん、好きです。
付き合ってください!」
「………………」
「……レッツ、ワンモアトライ!
私と、付き合ってください!!!」
「………………あの。
……。
僕でよければ」
しょーちゃんがおずおずといった感じで、私の手を取った。
私は思わず反対の手で渾身のガッツポーズを決めた。バレーで三枚ブロック抜いてスパイク決めたくらい、嬉しい。
やった。
やったやったやったやったやった、ひゃっはー!!!
しょーちゃんが、私の彼氏になりました。
しょーちゃんは呆れたような顔して私のガッツポーズを見ていた。ちょっと力入りすぎたかな。動き派手だったかなー。
遠巻きに缶ビール片手で一部始終を見ていたサラリーマンが、私たちに拍手をくれた。なんせここ、コンビニ前ですし! 不特定多数の方に見られていたね。私はもちろん、笑顔で手を振り返したよ。
しょーちゃんがほんの少し引いている気もした。
「……佐伯さん、体育会系女子?」
「うん、元バレー部」
「あー、そんなカンジするわ……」
「ねー、しょーちゃん。私の事も、名前で呼んで欲しいんだけど」
「えー? ああ、はい。
……えーと、莉々香さん?」
「もうっ。固いっ。お固いわっ!
学級委員長の点呼かっ!」
「……僕に、どうしろと」
「友達は、りっちゃんとかりーりーとか呼んだりするよ」
「りーり?」
「うん、いいね! りーりで」
「わかった」
「あとね、すり合わせておきたい事がある」
私は至極真面目な顔して、しょーちゃんに顔を寄せた。深刻な事態に陥らないよう、ここはちゃんとしておかないと。
しょーちゃんも何事かと息を飲んでいる。
そりゃもう、大事なことなんで。
下手したら命に関わるんで。
「……カイトさんには、内緒の方向で」
「ぶっ……」
いや、マジで。
付き合ってるなんてバレたら、あの大きくて黒いキツネに、食い殺される気がするんだよ。あれはシャレにならない化けキツネだって。
しょーちゃんが喉の奥でくつくつ笑いながらOKサインを出した。しょーちゃんだって、バレたら面倒だって分かってるんだろう。だって……あの過保護キツネだもん。邪魔でしかないもん。
キツネには秘密のお付き合いが決定した。
私はしょーちゃんが触れた自分の指を、きゅっと握った。
明日から学校が、めちゃくちゃ楽しみになってきた。
まずは、そうだな……明日の登校時間、揃えようかな。
これにて、第一章完結です。
初めてホラーを書いたので、怖く書けたかドキドキです。ちゃんと怖かったかなー?
りーりとしょーちゃんと呼ぶ関係にまで漕ぎ着けたので、次からは日常会話が楽になります。
第二章も頑張ります!