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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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『古狐庵』に戻ろう

なんとか、解決。


姫様の気配が消えて。

川の波の音と、鳥の声だけがしばらく聞こえていた。



私はカイトと手を繋いだまま起き上がった。カイトも身を起こしてきた。

空は青いような紫のような、不思議な色をしていた。

異界の空は、目には優しい。

赤い富士山が遠くに見えていた。



「……カイト、私たち、やった?」

「なんとかなった」

「カイト、戻ってこれる?」

「ああ。『古狐庵』に戻る」



カイト、戻って来るんだ……。

白シャツに黒いエプロンしたカイトの『古狐庵』の姿が思い浮かべられた。私に無表情で指示を飛ばす、あのカイトが戻ってくる。腹が立つ物言いだけど確かな仕事をする店長のカイトに、もう会えないという恐怖がずいぶん私を圧迫していたのだと思い知った。


ホッとした矢先に、カイトが崩れ落ちた。

そう言えば、カイトって怪我人……!

慌てて立ち上がろうとした私の膝を、カイトが押しとどめた。にじり寄って、私の膝に乱れた頭を預けた。


くっ。膝枕だ。

しょーちゃんにだってしたことないのにっ。


ただ、傷だらけのカイトを振り払うのも鬼畜だし。

でもこいつ、絶対確信犯だよね?



傷だらけのカイトはうつ伏せで、私の膝に頬をすりつけた。手は腰に回っている。私の腰を抱きしめている風情。おおおい!



「……しんどい」

「そうだろうね! あんた傷だらけだからね!

手当てするから膝からどきな」

「血は止まってる。目眩の方がヤバい。

……だが、助かった。駄目かと思った」


カイトが青い顔でキュッと眉を寄せている。

本当に危うかったんだと、ジワッと実感が湧いてきた。


「……私も生きた心地しなかったわ」

「りーがいたからなんとかなったな」

「カイト、勝てる見込みで鬼神様の所に行ったんだよね?」

「姫が来た時点で勝率がかなり下がった」

「まじかー」

「でも生き延びた。りーのおかげだ」


ありがとう、とカイトが力を込めて私の腰をキュッと抱きしめた。

そういえば、カイトが私に甘えてくるなんて、珍しい。というか、初めてか!

本当に、気が張ってたんだなあ。



特別に今だけだからねっ、と心に決めて、私はカイトの好きにさせた。乱れた髪を梳いてやった。姫様に鷲掴みにされてぐしゃぐしゃだ。でもこの髪、手触りいいな、男のくせに。

カイトの横顔は疲労で青ざめていた。もともと白いから酷い顔色だ。顔色悪くても相変わらずのイケメンではある。



「……異界の言葉で話してたのは、人の世に干渉しないっていう規定の話だったの?」

「そう。俺は人の世の神からの全権代理だと言って」

「そんなの、いつの間に取り付けてたの?」

「取り付けてない。今もない。ハッタリ」

「嘘ーっ!」

「さっき、りーと話をした木の所で、キツネにメッセージを残しておいた。なんとかして全権代理をもぎ取ってこいと。おそらく今、交渉中」

「か、カイト……」

「そうでもしないと姫の暴走が止まらんと思って。まずは鬼神様との約定が第一だった」


神は嘘はつけないから、とカイトは眠そうな声で言った。

カイトの顔に目を移すと、とろりと眠そうな無防備な美形がいた。

うわ、ヤバい。卑怯なくらい。女子脳がやられるヤツだ!

普段見せない顔ここぞとばかりに見せてくんな!


「でもさ、規約違反があったって、カイト言ってたよね! だから罪が発動されたって」

「うまいことハマったな。しょーちゃんの報復は過激だから」

「それも、ハッタリか!」

「しかも指輪を媒体に継続して姫の力を奪うなんて、エゲツないセンスだよな。よくあの短時間で思いついたもんだ」

「計画性とかチームワークとか、皆無か……」

「ん? しょーちゃんと姫のタイマンならしょーちゃんの圧勝だとは思っていたぞ。そのフィールドに、どうやって持ち込むかだけが問題なだけで」


だから、とカイトが私の手を取った。

カイトの大きくてゴツイ手だ。

そのゴツイ手が、優しく私の指を撫でた。

ゴツイのに、私に触れるその手はいつも優しい。


「姫が綻びを作ってからの、あの一撃は肝が冷えた。人の世のりーが死んだと思った。俺は間に合わなかったかと」

「……カイト、姫を止めようと必死だったね」

「りーが生きていてよかった。恐ろしい思いをさせて、すまない」

「いいよ。なんともなかったし。

……あ、でも。今度賄いでデザートつけてよ。パンナコッタがいい」

「は? 何言ってんだ?

……やなこった」

「ちょっとー、命の危機の代償くらい払えよ、けちー」

「……そこでそのセリフが出るのが、りーだよな」

「え?」


カイトが声を上げて笑いだした。

心底楽しそうに私を見上げてきた。


「一切気を使わなくていい。何を言ってもへこたれん。湿度の低い返事が来る。

……だからお前が好きなんだ、りー」

「うう」

「ちゃんと聞いてるのか。

俺はお前が好きだ、りー」


……そこで、しっかり告ってきますか。

カイトを見るとうっとりと幸せそうで、なんとも言えなくなる。

悪態つかれてうっとりとか、本当にヤバい奴だな。見かけだけは極上なのが非常に残念だ。


話を逸らそう。このままじゃ気まずい。



「……ねえ、姫様がカイトとのことカイって呼んでたのは、なんで?」

「もともと俺はカイと呼ばれていた。橋場守のカイと言えば、あの黒キツネのことかと思われるくらい」

「へえ」

「……しょーちゃんを発見してすぐの頃、しょーちゃんが俺に異様に懐く時期があってな。「カイと一緒がいい」「カイと行く」「カイとがいい」ってすべてそんな調子で」


カイトの顔が一瞬でデレた。

そりゃ、可愛かったでしょうよ、カイトにしか懐かない、幼いしょーちゃん。


「「カイと」が口癖のようになって、いつの間にかしょーちゃんに「カイト」と呼ばれるようになっていた。

キツネの代表として名前を登記しなくてはならなくなった時、「橋場界人」で登記した」

「へえええ」

「しょーちゃんが付けた俺の名前が「カイト」だ。気に入っている」

「そうなんだ」

「……りーに「カイト」と呼ばれるのも、いい。特別な感じがする」

「と、特別って。しょーちゃんが呼んでるからそうなっただけで……」

「……」

「カイト!」

「うん。いい……」



カイトが私の手を引き寄せてキスをした。

そのまま指を軽く噛んできた。

ドキンと、心臓が高鳴った。


……これ、この前私がしょーちゃんにやったヤツ!

カイト、見てたのっ?

見てたんなら、私たちが付き合ってんのもその時点でバレてないかっ?



そんで、私の膝にいる疑惑の男は、そのままガチ寝入りますか!



私の手を握り、私の膝を枕にして、カイトは熟睡に入った。



視線の先に、何艘かの舟が見えるんだが。こちらに向かってきてるんだが、あれってキツネだよね? だって見たことある顔がいくつかあるもん!

この状況を理性的に説明するって、ものすごく大変そうなんだけど! 私、顔真っ赤なはずなんだけど! 誤解しか生まない気がするんだけど!



上陸したキツネたちにしっかりと誤解を産み付けたこの状況は、私の「違うからそうじゃないから誤解だから!」なんて軽い言葉ではなかなか払拭されなかった。

キツネたちの、「わかってるわかってる何も言うなへえ頭とりーがね」的な態度で接してくる。根本的なところが間違ってるって、どうやったら伝わるのよっ。


この熟睡キツネ、殴って叩き起こしてもいいかな?


次回、最終話です!

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