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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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鬼神の姫の怒り

鬼神が去ったのを確認して、私とカイトはおずおずと顔を見合わせた。

『委細、聞き届けた』と鬼神は言った。ということは、カイトは橋場守に戻らず、人の世のキツネの頭を務める、ということでいいんだよね。


私はその場に突っ伏した。平伏よりも緩い形で地面にしなだれた。


……よかった。これでカイト連れて帰れる。


そう思ったんだけど。



鬼神の姫様は納得していなかった。

全く納得していなかった。


姫様はカイトに近づいて髪を鷲掴みにした。

そのままでかいカイトを持ち上げている。すごい力だった。


見てはいけないとカイトに言われていたけど、思わず見てしまった。

鬼神の姫は妖艶な美女だった。

緩くウエーブを描いた長く紅い髪と、金色の瞳。さらに二本の真珠色の角を持っていた。艶やかな着物に負けない美女が、壮絶な美貌を持つ男の頭を片手で鷲掴みにしていた。


「妾は許しておらぬぞ」

「……鬼神様の決定です、姫」

「黙りゃ! ヌシは妾の言葉を蔑ろにするか!」

「姫、お聞き届けください」

「煩いっ! 妾に意見するな!」


鬼神の姫がカイトを岩場に投げつけた。

ゴキッと嫌な音がして、カイトがその場に蹲った。苦悶の表情で動こうとしない。


カイトっ!


カイトに駆け寄ろうとした私の前に、鬼神の姫が立ち塞がった。

爛々とした怒りの目をぶつけてくる。金色の目が燃えるようだ。

美女の憤怒、怖すぎだよ。


「……お前のような小娘が。

ヌシはカイのなんだ」

「こ、雇用主と被雇用者です……」

「何を言うとるかわからんわ! なぜカイはヌシのような小娘に執着する!」

「わ、分かりませんっ」

「キツネの守護者は百歩譲って理解しよう。だが小娘、ヌシはなんだ? 理解できぬ」

「……同感です」

「黙れ! 腹の立つ!」


姫は私を憎々しげに睨みつけてくる。その金色の視線だけで殺されそうだ。

……だが、手は出してこない。


違う、手が出せないんだ。

私が魂だけだから。

ヤタさんが鬼神の姫様は魂には干渉できないって、言ってたのはこういうことか。



鬼神の姫様は、私を射殺す勢いで睨みつけた。

そのまま長い爪が空間を引き裂いた。

CGを見ているようだった。

姫の爪で、空間が破り切られていく。

中洲の岩と砂と川の風景が、びりびりと紙を破るように切り裂かれていった。



空間の隙間の向こうに、ぼんやりと人物が見えた。

ぐったりしている女子と、それを支える男子。女子の背中に手を当てている女性。


私としょーちゃんと、ヤタさんじゃん。



鬼神の姫様の考えることは一目瞭然だった。

姫は綻びを作り出し、実体のある私を刺し殺そうとしたのだ。

空間の隙間に手を突っ込んで、そのまま鋭い爪で私の胸を一突きにするつもりなんだろう。



カイトが鬼神の姫に飛びついた。

必死の形相で綻びから姫の腕を抜こうとしている。

そのカイトを、姫は軽く振り払った。


「お鎮まりください、姫!」

「邪魔だては許さぬ」

「姫っ!」

「ん? なん……。

…………ぎゃ、ぎゃあああああああっっっ!」


途端に姫の口から悲鳴がほとばしった。

姫が綻びから手を抜き出すと、姫の手首を強く掴む手が付いてきた。繊細そうな男の手だ。

姫の手首が煙を出して溶けだしていた。

人の世から異界へ繋がっている、その手。



しょーちゃんだ。

その手、知ってる。よく知ってる。

しょーちゃんの右手だ。

私と恋人繋ぎしてくれる手だった。



「やめろ、離せ!」


鬼神の姫はしょーちゃんの手から逃れようと、必死に振りほどこうとしている。カイトを軽々持ち上げた姫の力は、しょーちゃんには全く通用しないようだった。


しょーちゃんの左手が新たに綻びから現れた。指に銀色の何かをつまんでいる。

……指輪?

しょーちゃんの左手は手探りするように鬼神の姫様の指を確かめた。探り当てた指に銀色の指輪をはめ込んだ。

遠い世界から、しょーちゃんの声が聞こえた気がした。


「史生の名において命ず。

『吸収』」

「あああ、あああぁぁぁ………………!」


指輪がどくんと波打った気がした。

鬼神の姫様はその場に崩れ落ちた。



人の世から飛び出した二本の腕は、すっと元の世界へ戻っていった。戻った途端に、綻びは向こうの世界から何かで埋められ、跡形もなくなった。

私はその時、異界から綻びが埋まる瞬間を見たのだった。





しょーちゃんが使った指輪は、私がしょーちゃんから貰って首から下げていたネックレスのチャームだった。『FUMIO TO LI』と刻まれたあれだ。

今も鬼神の姫様の指に嵌っている。そして、取れない。ぴったり吸い付くように嵌っていて、姫の指から抜けなかった。


鬼神の姫は、自身の力を指輪に吸われてしまったようだった。姿まで変わっている。

妖艶な美女は、中学生くらいの綺麗な少女の姿になっていた。身体もひと回り小さくなったようで、着物がダブっとしていた。

しかし、しょーちゃんに触られて溶けた皮膚は見事に再生していた。そこんとこはさすが鬼神の姫様だと思った。



鬼神の姫様は崩れ落ちたまま動かない。指輪を見つめたまま動こうとしなかった。

私は姫におずおずと話しかけた。


「……あの、だいじょぶ?」

「大丈夫なわけあるか! どうしてくれるんじゃ!」

「でも、指輪抜けないですしね」

「これが、妾の力を吸っておる! 妾の力を奪うなど、あって良いわけがないわ!」

「……規約違反が発動されました、姫様」


カイトが姫様を前に座った。

姫に傷つけられたカイトの傷は、乾いて固まり始めていた。白皙の頬に張り付いた血が痛々しい。姫のようにすぐに治るようなものではないのだ。


「人の世にこれ以上干渉しない、という規約が人の世の神と鬼神様の間で結ばれていたのです。

その約定が破られたため、罰を与えることが許された」

「……父上も、承知の上か」

「左様です」

「妾がしたことは、罰を受けるほどのことであったか?

妾はカイ。ヌシを見ていたかっただけではないか」


……私を殺そうとしたことは、罪だと思いますよー。

という言葉は飲み込んでおいて。


完全に意気消沈した鬼神の姫様の傍に、私はぺたんと座った。落ち込み方が激しくて可哀想に思えてきてしまう。涙目の金色の目は、ただ綺麗だった。



「姫様あのね。カイトのことが見たいとか、知りたいなら、川越に遊びに来たらいいんじゃないですか?」

「………………川越」

「今、カイトが一生懸命守っている町ですよ。キツネの仲間と協力して、たまにはタヌキとも連携して、綻びが出ないように守ってくれてるんです」

「…………」

「姫様は、カイトの仕事姿を見るのがお好きなんですよね。カイトはカフェの店長もやってますよ。

爽やか完璧スマイルで、女性客のハート掴みまくってます。でもお茶もスイーツも料理も間違いなく美味しいです。いい仕事してます」

「……ほう」

「川越って、川越祭りっていう大きなお祭りがあります。たくさん山車が出てたくさんの人が集まって神様をお祝いします。山車は祭囃子の演奏と踊り手がいて、見てるだけで楽しいです。

カイトに案内してもらうのもいいんじゃないですか?」

「……妾、行ってもいいのか?」


姫様が上目遣いで私を見上げてきた。

……私にはその判断はつきかねるが。

カイトを見ると、なんでもない事のように頷いた。


「鬼神様と人の世の神の了解さえ降りれば、可能でしょう」

「妾、父上に頼んでみるぞ!」

「人の世の神には、私からもお言添えをお願い致します」

「毎日行っていいのかっ?」

「姫様が頻繁に人の世に出入りされますと、綻びが出やすくなる恐れがあります。一年に一度ほどがよろしいかと」

「一年か……」

「なんだー。()()()()()()じゃないですか、姫様! では、毎年川越祭りの時にいらしたらいいですよ!」


私がそう言うと、姫様はみるみる顔を輝かせた。

そうじゃ、たったの一年じゃ、と満面の笑みを浮かべている。



カイトが橋場守七百年やったんでしょ。異界の住人はとんでもなく長生きなはず。

だったら、一年なんてあっという間よね。



しかし姫は、その顔をすぐに曇らせた。

あれ、どうしたのかな?


「一つ、問題があるな」

「な、なんでしょう……?」

「川越には、妾の天敵がおろう。あれは危険じゃ」

「あ」

「あれのいる所では休まらない」


あー………………しょーちゃんね。

確かに姫様の天敵だもんね。

偶然でも合わせちゃマズイ気がする。


でもね。


そこんとこは任せとけ、姫様っ!



「しょーちゃんは私が抑えとくから、大丈夫!」

「しょーちゃん?」

「姫の天敵はしょーちゃんて呼ばれてまして。

私の彼氏なんですっ」

「彼氏?」

「えーと、恋人同士? 想い人?」

「ああ、情人か。

ヌシの情人は、カイではないのか?」

「違いますっ。私、性格悪いのNGなんでっ」

「それで、肌を溶かす男を選ぶのか。

ヌシ、趣味悪いのう」

「私は触られても溶けたりしませんから!

姫様が来る川越祭りの日は、しょーちゃんが出歩かないように見張ってます」

「ふむ。それならばよい。

……それまでに、妾の天敵と別れるなよ」

「なんつーこと言ってくれてんすか、姫様! 別れるわけ無いでしょう!」

「どうだかな」

「カイト、てめー、そこは味方せいよ!」



姫様にはできないから、カイトの肩をガクンガクン揺らしてやった。カイトは傷の痛みに顔を顰めながら、私の手を取った。

そして姫に向かって平伏した。

私もそれに倣った。


詳細は後ほど、というカイトの言葉に、姫様はふんの一言で踵を返した。



そのまま姫様の気配は消えた。



助かった……。

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