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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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変わらないカイトは、もういない

あと三話で完結です。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

姫の御前でも、やはり頭は下げ続けなくてはならない。

私はもう一度平伏した。時代劇の役者のようだよ。

そして、姫の声を聞いて確信を得た。


……夢の中で聞いていた、あの声だ。



私を貶めた張本人が目の前に立っている。

悪意でもって私を追い詰め、傷付けてきた本人だ。

緊張で目の前が真っ白になった。


ヤタさんの言葉を反芻する。

――鬼神の姫は、魂には干渉できない。

だから、大丈夫。

魂だけである今の私を、姫は傷付けることはできない。



「カイよ、キツネになって逃げぬのか」

「……降臨の岩場では、逃げ場などございません」

「ヌシ一人ならなんとかなろう。それほどその小娘に執着するか」

「執着と仰るのなら、私への執着をお控えください、姫様。この度は鬼神様へその旨お伝えに参りました」


カイトが平伏したまま硬い声で答えた。

横目で見ると、緊張したカイトが冷や汗をかいていた。

……反論なんて、してはいけない相手なんだよね?



姫の方から黒い霧のようなものが立ち上った気がした。見ればわかるほどの、怒りの具現化だった。



「けはっ、かっ……」


カイトが体を丸めて咳き込み始めた。

ピシピシと音がする度に、カイトの皮膚が割れ、血が吹き出した。着物が黒くカイトの血で染まっていく。

口からも血が流れている。内側からも傷付けているのだろうか。

しばらくして、霧が消えた。

血塗れのカイトが平伏していた。



鬼神の姫の、これが力だった。

すごい妖力を持つカイトですら、全く太刀打ちできない。手も足も出ない。ひたすら暴力が通り過ぎるのを待つしかない。

圧倒的な力の前で、カイトはそれでも平伏の形を崩さず耐え続けた。


私がカイトに近付こうとするのを、カイトが目で制した。

こんな、傷だらけなのに……。



「妾は変化を望まぬ。

ヌシは櫓を漕ぎ異界と人の世を繋げ」

「……私は今や、川越のキツネの頭です。私が指示を致しませんと、人の世が混乱いたします」

「役など他に回せ。ヌシは橋場を守れ」

「姫様、キツネの世代が変わったのです」

「妾は、変わることを望まぬと申しておる」



豪奢な下駄が私の方向を向いた。

衣擦れの音がした。


……鬼神の姫が、こっち見てる……。


「小娘、去れ。魂だけとはいえ、存在自体が不快じゃ」

「……」

「カイさえ戻れば小娘などに用はない。捨ておいてくれるわ」

「……」

「カイは橋場守が嫌ならば、妾の庭で飼うてやろうか。ヌシは黒キツネの姿も美しい」


カイトの背中がビクリと震えた。

姫の提案は、カイトが一番恐れている未来だ。

……一生、飼い殺される……。



鬼神の姫がカイトに手を伸ばした。

煌びやかな袖から伸びる白い手は、長く鋭い爪を持っていた。

私は息を飲んだ。

夢で見た、私を傷つけた指だった。



あの手ははマズイ。カイトを害する手だ。



私は隣のカイトに体当たりしてつき飛ばした。

カイトが驚愕の顔で私を見た。

だって、このままじゃ、絶対マズイ!



私はそのまま、鬼神の姫の前で平伏した。


「は、発言してもよろしいですかっ?」

「小娘、何を……」

「よろしいですかっ?」


鬼神の姫の怒りがこちらに向いたのがわかった。

どす黒い霧が見えた。

さっきカイトを傷つけた、霧だ。

カイトみたいに傷付けられる!



覚悟して歯を食いしばった時、「許す」という低い声が聞こえた。

姫様からじゃない。

場を見守っていた鬼神様だった。



「父上、なにゆえ……」

「我が、人間に発言を許すと言うた。姫は下がれ」

「なっ……」

「下がれ」


鬼神の姫様は渋々といった体で、少しだけ後ろへ下がった。

鬼神に向けて、私はもう一度平伏した。


「……発言の許可を、ありがとうございます」

「申せ」

「はい。あのっ。

姫様は変わるのがお嫌ということでしたが、カイトはすでに、随分変わってしまいました!」


隣で私が突き飛ばした男は、もう一度平伏の姿勢を取りながら、かなり焦った顔で私を見ていた。何言い出しやがるんだこいつ、とその目が言っている。


でも、ホントのことだもん。


「私とカイトが出会ったのは約一年前ですけど、一年前と今では、カイトは全然違います。別人です」

「詳しく」

「はい。

カイトは十三年前にしょーちゃ……キツネの守護者を得て、キツネの頭になりました」

「……あの忌々しいガキのことだな」


鬼神の姫様が低い声で呟いた。

姫様にとっては触れただけで体を溶かされる天敵のような相手だ。忌々しいガキ呼ばわりにもなるだろう。


「七百年橋場守をしていたカイトが、急に人の世で何百というキツネのトップになったんです。

たぶん、必死で勉強して修行して、橋場守からキツネの頭へ変わっていったんです」

「……」


沈黙を続けていいと捉えて、私は息を整えた。


「私がカイトと会った一年前は、たぶんキツネの仕事が軌道に乗ってきた頃だと思います。今の時代に即してITなんか使って、キツネの仕事の効率化を進めて、安定してきた頃じゃないでしょうか。

……初めて会ったカイトは尊大で気が利かなくて、キツネとキツネの守護者のこと以外どうでもよくて、絶対こいつ性格悪いと思いました」


今でも性格は悪いけどね。


「人間と長く過ごしたことがなかったんだと思います。

それが、私がカイトの店で働きだしてから、どんどん人との関わり合いの仕方を覚えていったんです。

自分の意見をゴリ押しするだけじゃなくて、仕事してくれてありがとうとか、悪いことしたらごめんなさいとか。気持ちを伝えるっていう、基本的なことと。

初めて会った人の緊張をほぐすとか、共感すると楽しいとか、そんなことまで」


カイトの、こういうとこダメなんだよなあ、って思わなくなってきたもんな。


「カイトは一年前のカイトより、人として気持ちのいい奴になりました。

だから、変わらないカイトなんていないんです。姫様の望む、昔のカイトはいないんです」


だから、と私はもう一度深深と頭を下げた。


「カイトのことは諦めてください。

今のカイトは、すっかり変わってしまったカイトです。

川越を綻びから守る仕事もカイト中心に回っていて、今はそれが滞っているんです。人の世が綻びにより、混乱を招く事態も考えられます」

「……人の世の神からも、申し伝えをいただいております。人の世への干渉を遠慮いただきたいと」


カイトが私の後に続けた。


あ、人の世の神様からも、そんな依頼きてるんだ。

知らなかった。



降臨の岩が眩しく光り出した。

岩ではない、鬼神が強く光ったのだ。

目を焼くほど鬼神は白く光り、ふいに光は消えた。

袖を払う音が聞こえ、鬼神が歩き出す音がした。


「委細、聞き届けた」



声と共に鬼神の気配が消えた。

降臨の岩の上には、光り輝く鬼神はもういなかった。





鬼神様に聞き届けていただきました。ほっ。

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