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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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鬼神との対峙

カイトは職業柄、尻っぱしょりしてるはず。

でも、現代の感覚だとなんかかっこ悪いんですよね。

橋場でキツネたちがカイトを探している、ということにカイトは気付いていなかった。

気配がしたら即座に場所を改める、ということをひたすら繰り返していたらしい。鬼神の姫から姿を隠すには、身の置き所を変え続ける必要があったのだ。

橋場はかなり広くて、だからこそカイトが身を潜める場所が多数あった訳だ。



キツネが多数いるのならば、とカイトは何やら木に細工をしたようだった。

鬼神の姫に見つからないような、人の世のキツネだけが気づけるようなメッセージを残したという。キツネの特殊な力の範囲だから、私には見てもよく分からなかった。



カイトはそのまま私を連れて水辺へ移動した。葦に隠されるようにして、小さな木製の舟があった。カイト曰く、旧型の舟を廃棄するのが惜しくて、取っておいたものらしい。

エンジンなんかもついていない、船の後ろに竿のようなものが刺さった手漕ぎの舟である。竿のことは櫓と呼ぶのだそうだ。


私は舟の真ん中に乗り、カイトが後ろで櫓を漕ぎ始めた。するりと滑らかに舟が動き出した。


黒い被り笠に着物姿で櫓を漕ぐカイト。時代劇のワンシーンのようだ。

櫓を操る手を見て、だからカイトの手はごつくて大きいのかと納得した。力仕事をする男の手だった。

七百年続けていた仕事の姿だ。異様に様になっていた。


「カイト、カッコイイね」

「あ?」

「その姿、すごく絵になる。鬼神の姫様が気に入るわけだ」

「……見かけで仕事してるんじゃない。しかも罪人を送る仕事だぞ」

「そうだけど。『古狐庵』で難しい顔してタブレット睨んでるより、よっぽど芸術的」

「今、タブレットの中身を想像した。

……帰りたくねえな」

「あはははは、多分想像通りだよ。しょーちゃんが仕事溜まってるって言ってたもん」

「……少しの間、ここで二人で暮らさないか、りー」

「やーなこった」


私、ここじゃ魂だけだしね。

その割には、体はそのまま服を着た状態で見えるんだな。カイトも触れるし。不思議。



暫く滑らかに動く舟の動きに身を任せた。

水の色は蒼く深くて、底は見えない。

川の対岸も見えないのだが、川の真ん中に島のようになっている部分があった。中洲だ。

砂利が堆積してそこだけが陸地になっていた。

カイトの目的地は、そこだった。


ゆっくりと舟が付けられた。

カイトが舟から浅瀬に下りて、舟から繋いだ縄を手頃な岩に結びつけた。

カイトが手を伸ばして、私を舟から降ろしてくれた。


そのまま私の手を握ってカイトは歩き出した。

いや、手を繋ぐ必要なくない?

一人で歩けるけど?


見上げると、無表情なくせに口元だけ綻んでいるカイトがいて、手を振りほどくのも申し訳ない気分になってしまった。なんて、楽しそうにしてんのさ。

……今だけだからね。


浮気じゃない。断じてない。

ただ、私は押しに弱いのかもしれない。

と、脳内で反省しておくことにした。



中洲の真ん中には砂地と、巨大な岩があった。地面と平行にスッパリと切り取られたような岩だった。

降臨の岩棚と呼ぶ、とカイトが言った。


「俺が被っている黒い笠は人の世からの使者の印なんだ。先触れも出しておいたから、間もなく降臨される」

「先触れって?」

「格が上の相手にお会いする場合、事前に連絡を入れておくんだ。別に俺も、ただ鬼神の姫から逃げ回っていただけではないからな」

「降臨、て。誰が来るの?」

「神だ。異界の神。

鬼神がお出でになる」


異界の神様。鬼神。

多分、すごーく偉いんだろうけど、想像がつかない。

りーはひたすら頭下げて黙ってろ、とカイトは言った。



唐突に風が吹いた。

人の世は真冬だが、異界は季節がないのか適温だった。そこにぬるい風が吹いた。


カイトが笠を取って平伏した。

私も慌てて隣で同じようにする。



岩の上に、何者かの濃厚な気配を感じた。





何者か、カイトによれば鬼神は、私のわからない言葉を紡いだ。低い重たい声だった。

カイトは流暢にそれに答えている。

私はそれを聞きながら、あの夢を思い出していた。


――鬼神の姫が、私の左手首を傷付けていたときの言葉だ。


イントネーションが似ている。

あの時は私を貶める言葉が投げかけられていた。

そうとは思わず、私は優しくされていたと思い込んでいた。どす黒い悪意だった。

知らないというのは、情けない。



しばらく鬼神とカイトがやり取りを続けた。

鬼神がしばらく沈黙を守り、言葉を紡いだ。


「言語はこれか」

「……左様でございます」

「娘、面をあげよ」


カイトが息を飲んでいる。

鬼神が人に合わせて言葉を選ぶどころか、声をかけるとは思っていなかったようだ。

目を合わせるな、とだけ小声で囁かれた。


私は頭を上げて降臨の岩棚だけを見るようにした。

岩棚の上がほのかに光っている気がする。草履ばきの2本の足が見えた。

それより上は見ない方がいい。たぶん。


「名は」

「佐伯、莉々香です」

「ふむ。

大義であった」


カイトが私の袖を引いたので、もう一回頭を下げた。たぶん、そういう儀礼的なものなんだろう。



上手くいった? よくわかんないけど、なんとかなったの?



そう横目でカイトに聞こうとした時だ。


頭を下げてるその真ん前に、女物の派手な下駄が私の前に現れた。絢爛豪華な着物の裾も見て取れる。

……これ、もしかして……。


「……妾の邪魔をする小娘が、ようのこのこ現れたものじゃの」



鬼神の姫様の登場だった。

鬼神の姫様、キター!

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