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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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りーが好きだ

落ち着いてお話し合いをしましょう。

川沿いをずっと移動して、大きな木のある所へ辿り着いた。

根が地面にまでせり上げているような大きな木だ。ある程度死角のない場所なのだそうだ。

その根本に二人で腰を下ろした。


カイトは濃いグレーの着物に草履という姿だ。黒い長い髪はいつものように後ろに束ねている。見慣れない格好だが、恐ろしく似合っていた。



「……なんで逃げたのよ」


私の言葉に、カイトは決まりが悪そうに横を向いた。


「……居たたまれなかった」

「そりゃそうだ。急すぎんのよ、あんた」

「とにかく頭冷やすつもりで橋場に来てみたら、狙ったかのように鬼神の姫がやって来た。

それで繋がったんだ。一連の騒動は鬼神の姫の仕業だと」

「そっか」

「捕まったら、最後だ。一生飼い殺されるだろう。

それから本気で逃げ続けている」


私はじとっと、カイトをねめつけた。


「私たちに連絡取れなかったの? みんなすっごい心配してんだからね」

「異界と人の世の境に、姫の目がついている。俺が出入りすればすぐにバレる」

「何それ」

「以前、『キツネの目』の事件があっただろう。対象に目を付けて追うことができる代物。

あれはもともと異界の道具だ。キツネが人の世でアレンジしたんだ」

「『キツネの目』って、キツネのこと操ったやつだよね!」

「姫の目は異界の出入口についている。何かを操るようなことはないが、性能としては防犯カメラより優秀だ」


だから俺が異界に入ったことがすぐバレた。

と、カイトがげんなりして言った。

カイトは鬼神の姫のことが苦手そうだった。



「カイトは依然から姫に好かれてたの?」

「好かれていた、とは違うな。姫が川に目をやった時に、俺が舟を漕いでいる姿がなければいけないと物足りない。その程度のことだ」

「……その程度のことで、しょーちゃんを襲ったり、私の命を狙ったりするの?」

「異界の住人に(ことわり)はほぼ通用しない。特に、姫は」


……そんな相手から、どうやってカイトを取り戻すのよ。

カイトは片膝に肘をつけて頬杖をついている。白皙の頬に憂いが漂っていた。着物姿だと、やたらと無駄に色っぽい。

カイトは否定したけど、異界の姫様はこの姿にやられちゃったのかもなあ。性格には難がありまくりだけど、見かけだけなら非の打ち所がない。それがカイトだ。


「なりふり構わず人の世に戻ってくれば、なんとかなったんじゃないの? 人の世にはキツネ、みんながいるしさ」

「鬼神の力は恐ろしい。キツネ総出でも策を練らなければ、交渉すら難しいだろう。

……しかも、鬼神の姫が今執拗に狙ってるのが、俺が惚れた女なもんで」

「うっ」

「俺が人の世に戻れば、恐らく目をつけているりーを狙う。それこそすぐに命を狙いにくる可能性がある。

そんな危険な目に晒すわけにはいかないし」


……こっちも見ずにさらっと「惚れた女」とか言うな!

私としては、なかったことにしようと、必死で努力してるとこなんだからね! こいつ、人の努力を遠慮なく叩き潰しにくる気かよ!


……平静を保て。無になるのよ、りーり。

カイトの言葉に踊らされるな。



「た、例えば、今の橋場守してるキツネを頼るとかは」

「橋場守の仕事中は、必ず異界の目付けが付くんだが」

「こっそり手紙渡してもらうとかさっ」

「タイミング悪く、今の橋場守はど新人だ。異界の目付けの前で堂々裏工作は無理だろうな」

「テレパシーとかないの? キツネテレパシー!」

「あるか、そんなもん」

「カイト、大体のことできんじゃん。試してみたら鯨井のじーさんとかに繋がるかもよ?」

「……よりによって、鯨井か? できたとしても積極的に気分としてやりたくないな」


カイトが目を半目にして遠くを見た。限りなく嫌そうだった。

なんだよ。八方塞がりじゃん。



カイトがふいに私の顔をぐいっと掴んできた。

ちょっ、痛いんだけど!

私、魂だけのくせに、この辺リアルじゃない?


「痛いよ、カイトっ」

「へえ。夢じゃない」

「夢か現実か計るなら自分のほっぺ使いなさい、私を使わないのっ。

なんなの、突然!」

「この反応は、本当にりーだな。魂だけでも、りーはりーだ」

「カイト、変だよ。そういう事言わないやつだったよね?」

「来るはずのないりーが来て、俺はおかしくなっている。

もう会えない……会えたとしてもりーとは壁ができると思っていたから」

「今現在も、壁はきっちりあるんですけどね!

カイト、あんた……私が誰を好きなのか、さっきちゃんとお話したよね?」

「だから?」

「だから、じゃないでしょう! 私はしょーちゃんのものなの! その手、離して」

「やだね」


甘やかな声でわがまま小僧のような受け答えをする。

カイトってこういう奴だっけ?

カイトは掴んでいた私の頬を大きな手で包んだ。目の前に甘さ全開の美貌が迫る。ひいいい。



「獣はさ、本能に忠実だ。己の欲望を優先する」

「け、けものって……」

「りーのことは潔く諦めようと思っていた。

が、今やめた」

「はあ?」

「やはり本物が近くにいると違うな。簡単に理性を破壊してくる。

俺は本能に従う」

「ちょっと待って」

「りーが好きだ」


カイトが私に顔を近づけてきた。

明らかにキス目的な近づき方をする綺麗な顔を、私は渾身の力で押し返した。やめんかいっ。


「そ、それ以上したら、カイトのこと今度こそ嫌いになるからねっ」

「……ほう」

「カイトは知らないことだけど、私としょーちゃんは付き合ってるから!

お互いすっごく好きって、確認したばっかりなんだからね!

邪魔しないで、悪キツネ!」

「……」

「でもって、この手離しなさいよ、バカ力っ」

「……それは初耳だ」



カイトの静かな声がした。

私の頬から手がすっと離れていった。

……もしかして、ショックだった?



恐る恐るカイトを見ると、カイトは物凄く楽しそうに笑っていた。

心の底から楽しそうだ。目がきらきらしている。楽しい遊びを見つけた子供みたいな笑い方だった。


さすがの私もポカンとした。

どういうことか、訳がわからない。



なんでそこで、笑うの? 笑うポイント、あった?



カイトは喜色に溢れた美貌を私に向けた。


「……しょーちゃんはあまりにも幼くてオクテで、心配はしてたんだ。あの見かけだから、こちらも子供扱いし過ぎたかもな」

「それは、そうかも」

「まさか選んだ相手がりーだとは思わなかった」

「……私の猛烈なアプローチあってのことですよ」

「だろうな。りーってそういう奴だよな。

はは、面白くなってきた」


カイトが私を抱き寄せた。

近いっ! 前から思ってたけど、キツネの距離感て近すぎなのよ!

突っぱねてるけど、カイトのバカ力はしょーちゃんのお墨付き。

この、キツネ。やめろってば!



「何が面白いっての!」

「自分の主から女を奪うスリル。

しょーちゃんに向いているりーの心を、俺に向かせるんだろ。たまんねえな。

こんな試みは、八百年生きてきて初めてだ」

「!!!

できるわけないと、思わないのっ?」

「やって見なきゃわからんだろう。

獣は己の本能に忠実だって言っただろうが。欲しいものは手に入れる」

「この………………キツネっ!」

「その通り、俺はキツネだ。

よし、さっさと人の世に戻ろう。算段はつけてある」

「ちょっと、カイト……!」


カイトの腕にぐっと力が入るのがわかった。

有無を言わさずキスしてきた。

カイトの唇が私の唇を挟み込む。私の口の中にカイトが侵入してくる。絡め取られる。こんな荒々しいキス、したことない。

カイトは執拗に何度もキスして、音を立てて唇を離した。秀麗な甘い顔が私に微笑みかけている。

カイトの荒っぽいキスに、私は抵抗もできずなすがままだった。


……今、なんだか、局地的に嵐みたいのが通り過ぎたみたいだ。唇が熱い。



見上げると、生き生きとしたした目のカイトは、惚れ惚れするほど男前だった。

こんな時だけど、なんなのよ、この綺麗な顔っ。

反則だよ。その顔は存在自体が反則なんだよっ!



そして私は隙だらけ。またしても私、隙だらけっ。

なんでまた唇奪われてんのよっ。

……でもって、そんなに嫌じゃなかった、とか。

ないから! そんなことないよ! 否定しかしないよ!

今のカイトは、ひじょーーーーに危険だから、常に警戒しなさい、りーり!




今度キスしたら店のグラス全部叩き割るぞ、と宣言して、私はカイトをいったん黙らせた。物凄く嫌そうな顔でカイトに見られた。


途端にいつものカイトになって、私は正直ホッとした。



さっきのカイト、異界の別カイトじゃない?

私、カイト釣り間違えてないかな?




カイトが腹括っちまった!

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