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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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カイト、みっけ!

カイトを釣るぜ!

釣りの極意!


釣れる場所を見極めること。

獲物の習性を押さえておくこと。

食いつくまで辛抱強く待つこと。



ヤタさんにそう言い渡されたのだが、はあとしか言えない。


いや、獲物はカイトであって、魚じゃないんだよね?


しかもエサとしての私は、そんなに魅力があるかってーと、ただの喧嘩仲間で。普段からお互いに罵詈雑言の語彙力を高めあっていただけで、獲物が食いつくかっていうと甚だ疑問なわけで。

あ、キスはされたけど。むにゃむにゃ。



しょーちゃんが危険はないのか、ヤタさんに何度も念押しをしていた。

ヤタさんいわく、鬼神の姫君は実体への攻撃はものすごく強いけど、魂への干渉はできない、とのこと。

つまり私に与えられたミッションは、私の魂だけを異界へ飛ばしてカイトを釣って帰ってくる、ということだった。


いや、できる気がしないんですが。

前例もないんだよね?

やるしかないんだけどさ。



ヤタさんは魂を分離させることに関しては、他のキツネの追随を許さない腕前なのだそうな。なんでそんな事できるのか聞いたら、そこはいろいろとアレなのよ、という答えだった。

そこは話せない領域らしい。



寒さ対策をバッチリして来て、というのでヒートテック重ね着にダウンとマフラーと手袋にブーツで参戦した。待ち合わせたしょーちゃんも似たような格好である。背は高くなったのに童顔なままだから、印象は可愛い。着膨れしょーちゃんである。

しょーちゃんは会って早々に、貼るホッカイロをくれた。しょーちゃんてホント、時々女子力が高い。なんて細やかな気の使い方。



ヤタさんの車で移動して、すぐに目的地についた。そこは、今ではメインで使われていない異界の入口、なんだそうだ。

目的地、と言っても畑の真ん中に倉庫があるだけ。倉庫の脇に農道が真っ直ぐ走っている。

ここがポイント、っていうことなんだけど。



車から下りて農道の真ん中に立った。

冬晴れの雲ひとつない天気だ。真っ青な空とキンと冷えた空気。

そして真っ直ぐ伸びた道の向こうに、真っ白な富士山が見えた。


川越から見える富士山は、距離があるから大きくはないが、綺麗な山の稜線がハッキリと見える。周りの山並みに比べてあからさまに大きな山は、だれがどう見ても富士山の形をしていた。こんなに綺麗に富士山が見えるのか。



「富士山、きれー!」

「そう? 富士山なんてこんなもんじゃない?」

「だって、建物の影から一部だけ見えるとか、展望デッキ登らないと見えないとか、そういうんじゃないじゃないですかー。

いつでもこんなに綺麗な富士山見れるなんて、贅沢!」

「よく見えるのは寒い冬の日がほとんどだけどね」


しょーちゃんがくすくす笑っている。

川越じゃ当たり前の光景にはしゃぐ私が面白いらしい。

贅沢者だな、川越人は。

凄く綺麗な富士山なのにな。ずっと見てられるのに。

当たり前の光景を、もっと自慢してもいいんだよ?



ヤタさんが倉庫脇の駐車場のブロックに私としょーちゃんを座らせた。

魂が抜けると体が倒れ込んじゃうから、しょーちゃんが支えてくれるのだ。彼氏がその役でよかった。ホクホク。



ヤタさんが、せっかくだから富士山を目に焼き付けて目を閉じてと言った。

言われた通り、真っ白な富士山を目に焼き付ける。

青い空に綺麗な稜線を描く白い富士。


ヤタさんの手がゆっくり背中をなでてくれている。

白い富士山を思い描いて、ヤタさんのゆったりとした手を感じている。

厚着してきたおかげで、寒さはそこまで感じない。

ほんの少し眠い気がして体が斜めに傾いだが、支えてくれる腕があった。


しょーちゃんだ。


私は安心して体を預けた。

目の前の富士山の色が変わったら、目を開けて。

ヤタさんの声が聞こえた気がした――





――赤い富士山が見える。

葛飾北斎の浮世絵よりも濃い赤だ。

少し、禍々しい感じがする。



私はゆっくり目を開いた。

そこは川辺で、葦がたくさん生えていた。

川は随分広い。対岸が見えない。

それでも海ではなくて川だと思った。


辺りを見渡すと、背後は土手のように小高くなっていて、左右にずっと真っ直ぐ続いているようだった。右手奥はさらに丘のようになっていた。


草だらけの土手を登ってみた。

土手の向こうはずっと草地が続いていて、時々木が生えていた。その果ては見えなかった。

左手は川の流れのせいか、くねっと曲がっていた。たっぷりの水を湛えた川が続いている。右手のずっと向こうに、舟を停めておく杭があって、板を繋いで舟に乗れるようにしてあった。そこだけが人工物でできているようだった。



――ここが、異界。橋場か。



改めて見渡すと、人の世のものとは色が少し違う気がした。草の形もそう。時おり聞こえる鳥の鳴き声もそう。

見た事も聞いた事もないもので溢れていた。



私は納得した。

私は人の世でいくつも綻びを見つけてきたのだ。綻びの中身は異界だった。ここは見た事のある違和感で溢れている世界だった。

これが、人の世と同じわけは無い。



……そうだ。カイト。

カイトを探しに来たんだった。


私は辺りを見渡してカイトを探してみた。カイトどころか、人っ子一人いない。時折鳥が飛んでいくくらいである。

これは本当に、釣ってみる、しかないのか?

こんな広いところで、狙った獲物(カイト)が釣れるのか?



ヤタさんが伝授してくれた釣りの極意を思い出してみた。


なんだっけ?

釣れる場所見極めて、釣る奴の習性を思いながら、釣れるまで待つんだっけ。



……なんだそれ。わっかんねえな。



釣れる場所って言っても、そもそも釣りしたことないし。釣るのカイトだし。

釣る対象の習性を掴むったって、対象の習性知らないし。釣るのカイトだし。

釣れるまで待つ、とういのが一番難しいやつだ。私に待てを強要するのか。しかも待つ相手はカイトかよ。



なんだか色々考えるのが鬱陶しくなってきた。

手っ取り早いのが、いちばん良くない?

カイトを捕まえればいいんだから。



私は土手の上で、大きく息を吸った。

空は広く、川も広い。どこまで届くかわかんないけど。

とにかく、川に向かって叫び出してみた。



「カイトーーーーーーーーっ!!!」

「カイト、どこだーーーーーーーっ!!!」

「カイトーーーーーーーーっ!!!」

「カイトの、ばーーーーーーーーか……」



怒鳴り散らしていたら背後から口を塞がれ、強引に薮に引きずり込まれた。おおっ。

私の口を塞ぐ大きな手を辿ってみれば、焦った顔した壮絶な美形がそこにいた。


カイトだ。

見慣れない着物姿で、私を押さえつけていた。

私はカイトの手から顔を引きずり出して、にぱっと笑った。


「……カイト、みっけ」

「何やってんだ、お前はっ!」

「何って。カイト探しに来た」

「それにしたって、やり方があるだろうが!」

「でも、一発で見つかったじゃん」


カイトが嫌そうな顔で私を見た。

それがすごくいつも通りで、笑えてくる。

カイトって、いっつもこういう顔で私のこと見てるよね。心底嫌なんだけどしょうがない、って分かりやすい顔。


「カイト、その顔」

「あ?」

「嫌なこと隠そうとしない本音ダダ漏れの顔」

「お前な……」

「その顔で私に発情とか、ないわ」

「……」

「ヤタさんに、妖狐のイロイロ聞いたよ?」

「……あれは、悪かったとは思っている」


カイトがバツの悪そうな顔して目をそらせた。

反省はしてるらしい。

私を押さえていた手もすっと引いた。


「……もうコントロールできている。あの時は唐突だった」

「唐突っていっても、いきなりキスとかする?

しかもなんで私なんだか、よくわかんないけど」

「知らんでいい」

「カイトはそれでいいのね」

「ああ」


カイトがふと優しい目をした。

時々だけど、カイトはそんな目でも私を見ていた。

途端に私の中の女子が蠢こうとする。

ざわざわした感覚を私は必死に抑え込んだ。


ダメダメ! 美形のその目は反則だから!

優しいカイトなんて、幻でしかないから!



カイトは優しい目をしたまま、少し寂しげに微笑んだ。


「りーの心がどこを向いているのかなんて、俺はとっくに知っているから」



………………ああ。

そうだね。


私はカイトのすぐ側で、ずっとしょーちゃんを見続けてきたもんね。

カイトはそんな私を、ずっと見てきたんだもんね。

ブレない私を見続けてきたのは、カイトだけなんだよね。


「……私は、しょーちゃんが好き」

「ああ」

「ずっと好きだった。これからもずっと好き。

だから、カイトは私のこと応援してよ」

「りーを応援、か……」



カイトは素晴らしく華やかな顔で私を振り返った。

芸術作品のような美しい顔が、にこやかに私を見つめてきている。そのまま額縁に入れて美術館で展示できそうだ。

眩しいくらいの美貌の彼は、心の籠った声で私に答えた。



「応援なんぞ、誰がするか、阿呆」


川越から見る冬の富士山、本当に綺麗です。

富士山のない他県民からしたら、あれが毎日見れるなんて贅沢の極みです。

川越人たちは……ものすごくドライに「富士山だねー」と言ってます。ギャップ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 富士山は地元の市の名前になるぐらい子供の頃はよく見えましたが、今は建物も増えて見える場所も減ってきました。 冬の富士山は空気が澄んでる分、よく映えますよね。
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