FUMIO TO LI
カイト、どこだー?
「りーちゃんを守りたい。けど、私たちの力で鬼神の姫君相手では正直守りきれない」
ヤタさんの言葉に、周りのキツネの重鎮たちが頷いた。
一人の重鎮が私にコーヒーのおかわりを所望してきた。あ、美味しいですか? ありがとございまーす、おかわりよろこんで!
「なんとか、カイトを探し出せんかの」
「そうだな。カイトが見つかればまだ交渉の余地は生まれるかもしれないな」
「川越市内はキツネ総出で探しているが、まったく痕跡がない」
「カイトの出入りしそうなところはしらみ潰しに当たっているんだよな」
「だが、どこからも連絡は来ていない」
「川越から出ているのか?」
「わからん。出るとしたら、川島か、狭山か、上福岡か、大宮か?
カイトとて、川越から外はそれほど土地勘はないだろう。頭になりたての頃は川越すら細部は把握できてなかったからな」
「そう考えると、あやつは勉強家よの。今のカイトは川越のことなら知らぬところはほぼないだろう」
「この十数年の間でなあ」
私は入れ直したコーヒーを重鎮に持って行った。
ふと思った事を口にしてみた。
「ここ十数年で知った土地より、七百年くらい過ごした場所の方が、土地勘あるんじゃないですか?」
「………………何?」
「だってカイトって、ずっと橋場守だったんでしょ?魂捕らえに来る以外はこの世にはいないわけで。
異界の、橋場? そこの方が馴染みがいいですよね」
「!!!」
「身を潜めるなら、よく知った土地の方が動きやすいと思うんですけど。そこは探してみたんですか?」
重鎮たちが黙って顔を見交わせていた。
その後、誰も口をきこうとしない。
……うん。つまりそれって、異界の橋場ノーマーク的な?
しょーちゃんがじとっと重鎮たちを見回した。
「……誰も可能性を考えてなかった、ってことだね」
「いや、しょーちゃん! キツネと言えども、異界への渡りは上からの許可がないと渡れない仕組みになっていてな!」
「カイトは元橋場守だ。
橋場守は異界送りの魂を捕らえ、橋場へ連行する際もいちいち許可を得て行っているのか?」
「…………」
「七百年の間に、正規のルート以外で異界へ出入りできる道が、全くないと言い切れるのか?」
「………………」
「もう一度洗い直せ。己の常識が常に正しいと思い込むな」
しょーちゃんが冷徹な守護者の顔で重鎮たちをねめつけた。
こういう時のしょーちゃんは物凄く威厳があって、キツネたちは萎縮する。普段の可愛い童顔は、何の気休めにもならない。重鎮たちはこぞって青い顔をしていた。
キツネたちは少し時間をくれと言う。
それこそ、キツネたちの上の方へお伺いが必要なのだそうだ。人間の私たちが触れられない部分だね。
しょーちゃんが私を家まで送ってくれた。
隣を歩くしょーちゃんとは、そんなに身長差を感じなくなっていた。少しだけ低いかな? と言ったところで。そういえば、去年の服がほとんど着れなくなったって、言ってた。
背、伸びたねえ。
でも顔はいつも通り幼くて。その顔が曇ってたりするとこちらが居たたまれなくなるんだよなあ。どうしても気になる。
「……しょーちゃん、カイトのこと、心配?」
「君のことも心配」
「あ、そうだった。そういえば私、結構な当事者だったわ」
「そういう、うっかりな所が、物凄く心配」
「……ごめん」
「しっかり自覚してくれないと、僕の心臓がもたない」
「うー」
「だから、これを渡しておきたい」
おばさんちの前で、しょーちゃんが自分の首からネックレスを外した。というか、しょーちゃんてネックレスなんてしてたっけ?
銀色のネックレスは銀色の指輪のチャームが付いていた。しょーちゃんが、んっと私にそのまま渡してきた。
細いチェーンは繊細で、指輪はとてもシンプルだった。
指輪には文字が彫られていた。
『FUMIO TO LI』
――史生からりーへ。
……史生くんから私への、プレゼントだった。
「……しばらく僕が身につけていたから、厄除けくらいの効果はあると思うんだけど」
「……」
「本当はりーりの誕生日に渡したかったんだ。三月が誕生日でしょ」
「…………」
「今は少しでも君を守る物を増やしたい。学校は無理だろうけど、普段はいつも身につけていてほしい。僕の名前が入ってるし、異形から絡まれることはないと思う」
「……しょーちゃん」
「りーりは僕のものだから。
誰にも傷つけられたくないし、誰にも渡さない」
「!」
「それがカイトであってもね」
私はチャームごとネックレスを握りしめた。
……嬉しい。
凄く嬉しいよ、しょーちゃん。
私のために用意してくれて、私を守るために動いてくれる。
しょーちゃんの気持ちが、凄く嬉しい。
「しょーちゃん、ありがとう」
「……お礼を言われるようなものではないよ」
「でも、高そうだし。文字を入れるって、専門の所じゃないとできないでしょ? 私、お返しなんてできないよ?」
「必要ないよ。もう貰ってるし。これからも貰うし」
「?」
「りーりを束縛すると言っているんだ。君を僕に縛り付けておく。
ただの僕の、エゴの象徴だよ」
機嫌の悪そうなしかめ面で、しょーちゃんが私から目をそらせている。……怒ってる? わけではなさそうだけど、はたから見たらケンカしてるみたいに見えるかな。
私はしょーちゃんの手を引いておばさんちの庭に入った。立木が往来から私たちの姿を隠してくれた。
「しょーちゃん?」
「……僕は僕の小ささが嫌になる。
背が伸びても、デカくなっても、僕はいつまでも小心者のままなんだ」
「どこが?」
「君を物で縛って安心しようとしている。
ガキで弱気でそのくせ独占欲だけは人一倍強い。それが僕だ」
「しょーちゃん?」
「りーりは本当の僕を知らない」
「…………」
「本当の僕は、君がいつも過大に評価しているような、大層な男じゃないよ」
背が伸びて大きくなったはずのしょーちゃんが、小さく見えた。俯いたしょーちゃんの目が見えない。蒼みがかった綺麗な目が見えない。
……しょーちゃん。
あのね、しょーちゃん。
ていうか、しょーちゃん。
困る。
そんなんじゃ困る。
見くびってもらっちゃ、困る。
…………大層な男じゃないなんて。
そんなはずがないじゃない。
私はずっと見つめてきたんだから!
私から目を背け続けているしょーちゃんの両頬を、私は両手でバチンと挟み打ちした。
びっくりしているしょーちゃんをキッと見つめる。
そのまま強く唇を押し付けた。
しょーちゃんが、んーっとか言ってるが、気にしない。唇が痛くなるくらい押し付け続けて、手を離してしょーちゃんを睨みつけた。
「私を舐めんな! 私はしょーちゃんの小さい所も弱い所も狡いところも、みんな見てる!」
「りーり……」
「私はスーパーマンを好きになったんじゃないし、聖人君子を好きになったんじゃない。
加藤史生って男を好きになったの!」
「……」
「ちゃんと見てきた。今も見てる。
たった今情けないとこ晒したしょーちゃんだって、やっぱり好き」
「なんで……」
「理由なんかないし。束縛上等だし」
わかってもらえないのかな。
しょーちゃんの欠点なんて些細なもの。今までずっと好きの方が大きく勝ってきたのに。
そしたら、私に出来ることなんて、全力で好きを伝え続けるしかないじゃん!
「しょーちゃんが、好き」
「……」
「私は普通の人ならドン引くくらいの重たい愛を、ガンガンぶつけていくんだから。
これからもずっとしょーちゃんに重たくのしかかっていくんだから」
「りーり……」
「その辺、覚悟してよね」
「うん」
「これから、もっと長く、続くんだからね」
「……覚悟してるよ」
しょーちゃんがようやく顔を上げた。
覚悟を決めた顔はやっぱり幼いけど、ケジメをつけた男の人の顔だった。
……私たちはキスをした。
求め合うキスを繰り返した。
しょーちゃんはいつもみたいに優しくなくて、私はそれについていくのが精一杯だった。
しょーちゃんは本気だった。
だから私も本気で返した。夢中で返すしかできなかった。
思いが止められる気がしなかった。
しょーちゃんが真剣な目をして私の頬を両手で包んだ。いつもより男っぽいしょーちゃんがそこにいた。しょーちゃんの手は暖かくて、私の冷たい頬に優しかった。
きゅんなんて可愛いものじゃなくて。どきゅんも超えて、ぎゅんぎゅん内蔵が絞られる。
私の中の女子が、溺れる寸前で。
いや、とっくに溺れていたんだけどね。
しょーちゃんもそうなのかなと、もう一度キスしてきた時に思った。
りーり、溺れたね。




