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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第一章 小江戸のキツネが護る街

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追いかけられたその先は。

立ち尽くした私の周りを喧騒が囲んでいた。

逃げ回っていた時には、何も聞こえてなかった。

ひっきりなしに通る、車の音がしていた。



私は車道の音から逃れるようにその場を離れ、周りを見渡しながらゆっくり歩き出した。

車の通りのない方へ。


カバンからスマホを取り出して、SNSの電話マークを押した。指が震えていて、なかなか押せなかった。



加藤くん。

加藤くんに、連絡しなきゃ。



今も加藤くんのハンカチを握っている。

加藤くんは三コールで出てくれた。


『……もしもし。佐伯さん?』

「加藤くん。……あいつ、来た。

今、着物に追いかけられて」

『……!

佐伯さん、今どこ?』

「岸町。酒屋さんの近くの交差点から歩いてる。

コンビニが見える」

『セブンかな?』

「うん、そう」

『そこで落ち合おう。すぐ行く』

「うん…………あっ」



………………視線だ。

すごく、近い。

私を凝視する、痛いくらいの視線が刺さってくる。

なんで?

私今、加藤くんのハンカチ持ってる。

加藤くんと電話だってしてるのに!

なんでまた視線が来るの?

加藤くんの力が守ってくれるはずじゃ、なかったの?!



「……やだ。

もうやだ」

『佐伯さん?』

「なんで見てくるの? なんで私なの?」

『佐伯さん! 視線、だね?

気を確かに持って! すぐ行くから!』

「もう、やめてよ。つきまとわないで。どっか行って!」

『佐伯さん!

……カイト、急げ!』



スマホから加藤くんの大声が聞こえた。

だけど、私はそれどころじゃない。

視線から逃げるように走り出した。





小さな橋を超えて、交差点を渡った。

走行する車はきちんと、確認する。また事故に巻き込まれるかもしれない。走る車に突っ込む訳にはいかない。ヤツの思うツボになんかならない。

とにかく走った。右に曲がって左に曲がって、闇雲に走って。


息がつまる。最近運動してないことを悔やんだ。足がもつれないように必死だ。

視線の先に小さな公園があった。砂場やブランコのある児童公園だ。


――小さな子供が遊ぶような場所は、きっと安全なはず。


私は暗くなった公園に逃げ込んでいた。






ぜいぜいと息をつき、膝に手をついた。

バレー部の現役の時でも、こんなに走らなかったってば。

とにかく早く息を整えて、加藤くんに電話しなきゃ。


加藤くんなら、きっとなんとかしてくれる。愛想のない、妖怪みたいなキツネもいるし。

公園の名前とか告げれば、すぐに来てくれるかもしれない。

この公園の名前、どこかに書いてないかな。

ふと目をあげた先。



目が、合った。



砂場の忘れ物だ。

ピンク色の小さなバケツの暗がりに、一対の目。

生々しい人間の目だった。

街灯に照らされて、反射して光る目。少し充血しているような人間の目だ。瞬きをしながら、ずっと私を見ていた。

視線は他からもやって来ていた。

ベンチの下に、目。椿の影に、目。パンダの遊具の片隅に、目。ブランコの隙間に、目。欅の葉の間から、目



目、目、目、目、目。



影を落とした暗闇に、無数の人間の目があった。

全て私を向いていた。じっと私を刺していた。



気持ち悪くて恐ろしくて、言葉にならなかった。

どこを向いても、感情のない人間の目が私に刺さる。ただ、執拗に見ている。私の動作をただ見ている。次にどう動くかを見続けている。

何百という数の、対になった目だけが、私を凝視していた。


思わず後退る私の腕を、何かが掴んだ。



牡丹柄の、着物の袖だ。



ひぃっと喉の奥で声が出た。

袖がくるくると腕に絡みついてきた。

離すまいとするように、腕を締め付けてくる。

そのすぐ先には蠢く闇色の着物。

腕が引かれる。

牡丹の袖が、私を闇に引き摺り込もうとしている。



耳元で、可笑しげに笑う声がした。嘲笑うかのような女の声だった。



「……逃がさない」

「………………やだ」

「一緒に逝くんだよ」




いや――――――――!!!!!!


すさまじい力で腕が引きずられた。

私は目の前で、蠢く闇が私を飲み込もうとするのを見た。

――いやだ。そっちはいやだ。

助けて。

お願い。

誰か、助けて!!!




突然、光が弾けた気がした。

瞬きしたその瞬間に、巨大な黒い獣が牡丹柄の着物を噛みちぎり、引き裂いていくのが見えた。

ワゴン車ほどもあるその黒い獣は、キツネのような姿をしていた。首には光る鎖があった。



ぎゃあああああああという、断末魔が聞こえた気がしたが、現実のものかどうか定かではなかった。

噛みちぎられた牡丹の着物の下半分が、重力に従ってへにゃりと地面に落ち、そのまま消えていった。


夢でも見ているかのような、呆気なさだった。



確実に現実なのは、着物がいたであろう地面のすぐ側で、へたりこんで呆然としている私がいる。という事だけだった。




「……大丈夫?」


心配そうな声で話しかけてくれたのは、加藤くんだ。

傍らには先程の巨大な黒いキツネが控えていた。全身艶やかな黒い毛に覆われたキツネは、見ている分には美しい。でも、着物を噛みちぎったのは、あの口だ。

キツネは加藤くんに甘えるように頭をこすりつけている。

加藤くんはそんなキツネの黒い艶やかな毛並みを撫でた。もっと、と催促するような素振りのキツネに、加藤くんは何事かを囁いた。加藤くんが首をぽんぽんと叩くと、キツネは軽やかな足取りで公園から姿を消した。



もう一度、大丈夫? と加藤くんが声をかけてくれた。

私を案じてくれる童顔が、これほど優しく見えたことは無い。


……優しい。

加藤くんは優しい。

私を心底いたわってくれる声と表情に、私の思考は停止した。自分でも思ってもみなかった声が出た。


「………………ふにゃあ」




助かった。

やっと一息。

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