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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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油断大敵

夢から解放、ひゃっほう!

しょーちゃんのキツネ遣いの力を持ち続けて二週間くらい。

私はあの夢から解放されていた。


今は夢も見ずぐっすり眠れている。手首に傷もつくことはない。

キツネ遣いの力は1日以上は保てないみたいで、私はバイトがなくても毎日『古狐庵』に通っていた。



なんの躊躇いもなく堂々と毎日しょーちゃんとハグできる特権! おいしいっ。怖いのは嫌だけどこれは嬉しいっ。

カイトのいない所では、そのままちゅってしてくれたるする、しょーちゃん。

もうっ。もうっ。もーうっ。好きっ。


私は毎日あんまり期待しないようにしながらも……カイト邪魔だなーと思ったりとかする。



副作用としては、キツネ遣いの力はやはり強い力らしくて、体のダルさは否めない。力を使ってないから腰抜かしたりはないんだけど、運動はかなりきつい。

バレーボール? ムリムリムリ。サーブレシーブして自らそのままスパイク打つ? 何言ってんの? 夏に佐伯莉々香ってのがやってたらしいよ。へー、馬鹿なんじゃない? ……てなくらいの心持ちだ。



カイトの方では私があの夢を見るに至った原因を調べているらしい。だが、異界のことだから情報が集まらない。成果は上がっていないようだった。



今日の私はちゃんとバイトを終え、カイトと共にしょーちゃんを待っている。キツネ遣いの力を補充して帰らないと。



しょーちゃんは高階地区のキツネに呼ばれて出かけていた。近いから自転車で行ってくると、学校帰りにそのまま向かって行った。


風を切ると耳ちぎれそうになるくらい、朝晩は冷えてきている。川越は東京より明らかに寒い。



しょーちゃん、用事済ませて早く帰ってくればいいのに。

相変わらずキツネの大歓迎を受けてるんだろうな。



暖かい紅茶の香りと共に、カイトがカウンターの私の隣に腰掛けた。紅茶はセイロンかな。カイトのいれる紅茶は文句なくおいしい。



「カイト、前に異界の言葉がわかるって、言ってたじゃん」

「ああ」

「あれ、なんでか聞いていい?」


カイトは相変わらずの秀麗な顔でじとっとわたしを眺めていたが、まあいいかと思ったらしい。自分で入れた紅茶をすすった。


「……俺はキツネの頭になる前は、異界とこの世を繋ぐ仕事をしていた」

「何それ。綻び出ただけで大騒ぎしてんのに、異界と繋がる場所あるの?」

「ある。ただし、移動できるのは魂だけだ」


魂だけ。

じゃあ、生きている人は通れない場所か。


「魂しか移動できないから、異界からの影響はない。綻びとは根本的に違う」

「へえええ」

「人の魂は死ぬと黄泉の国へ行くんだがな。時として異界送りになることがあるんだ」

「……なんで? 罰ゲーム?」

「近いな。神の怒りに触れた魂だ。

罰として異界送りになる魂が時々いる」

「うえええ……」

「それを舟で異界に送り届けるのが仕事だった」


カイトは淡々と語ってくれたけど。

それって妖狐の仕事なの?

妖狐って、異界の綻びからこの世の秩序を保つ存在だって思ってた。


私の疑問が顔に出てたんだろう。

カイトは仕方なさそうに笑った。


「妖狐の仕事の一つ、ではあるが。誰もやりたがらない仕事だったな」

「やっぱり、そうなの?」

「まあ、王道の仕事では無いから。俺は断る術を持たなかったから任されてた。当時は随分妖力も弱かったし」

「カイトが?」

「ああ。

黒キツネの妖狐で、妖力も大したことがなければ、与えられる仕事などたかが知れているだろ」



……ヒロさんが言ってたやつだ。

神の遣いは白狐、そういう通念があるって。

黒キツネのカイトは、妖狐の中でも異色。

おそらくだけど、差別を受けやすい対象だ。

だから、みんなの嫌がる仕事を押し付けられた。



「それが約七百年前」

「はあっ?」

「時々交代要員がやってきたが、まあほとんど俺がやっていたようなもんだな」

「そういうのって、断れないの?」

「権限がなかった。だから異界の川を舟で往復し続けた」

「うん」

「しかし、仕事と言っても自給自足が基本だからな。

異界の土地を開墾して畑を作り、狩りをして。異界の空気に触れ続け、異界の物を摂取することで妖力が増し、今の俺ができた」

「うえっ?」

「他のキツネと比べて俺の妖力が異様に高いのは、異界の『橋場守(はしばもり)』だったからだ。昔から、ここまで異界に居続けるような酔狂なキツネはいなかったから、その役得に誰も気づいていなかった。

今や若手の妖狐の人気仕事になってるぞ。手っ取り早く妖力が上がるからな」


俺が開墾した畑と俺が作った家あんだから、あいつら楽でいいよな。

とか言ってるカイト。

いつもの無表情だけど、話してる内容はけっこうヘビーだよ?


いや、あんた。

実は凄い苦労人じゃない?



「じゃあ、異界の言葉を覚えたのはその時?」

「そうだな。異界の住人と取引する必要もあったし、こっちの足元みてふっかけてくる奴もいたしな。

なんにせよ、言葉は必要だ」

「……学校で英語習うよりもさ、その場にいたらすぐ異界語覚えそうだね」

「必要のあるものなら誰だって覚えるさ。

しょーちゃんが学校でやっている学習は、正直な所俺にはほとんどわからん」


しょーちゃんの保護者代理は、しょーちゃんの学習に無頓着だった。

しょーちゃん、あんなに成績いいのにね。

小学生のしょーちゃんが百点のテスト持って帰ってきても、カイトが首を傾げている光景が思い浮かぶ。

ちょっと笑える。



思わずニヤニヤしていたら、カイトが私の左手首に触れてきた。

古い傷跡をなぞっている。

傷跡は白くなってほとんどわからなくなっていた。

カイトは不機嫌そうに綺麗な顔を歪ませていた。


「……跡、残らないだろうな」

「こんな細い傷だよ? 大丈夫じゃない?」

「気にしないのか」

「うーん。気にしても仕方ないというか」

「俺は気にする。異界の異形が原因でお前に傷が残るかと思うと、非常に不快だ」

「ほら、あれから傷が増えることもなくなったしさ」

「もしお前の粗忽さでこれだけ傷を負ったのなら、お前自身を叱ってやる」

「げー、やっぱ怒られんの」

「もう少し自分を大切にしろ」


カイトが私の手首に目を落としたまま言った。長いまつ毛が瞳に影を落としていた。憂いを含んだ表情からは、私を心配する気持ちが伝わってくる。

カイトがしょーちゃん以外でこんなに寄り添ってくるのは珍しい。



カイトは………………もっとキツネで、傍若無人で、人の心が読めないヤツだった。しょーちゃんからも怒られてたし、私もたくさん文句言ってきた。

そう言えば前より、人の話を聞くようになった。気を遣うようになった。しょーちゃんを見ながら誰かに優しくする方法を覚えたし、融通を効かせることも知って、共感する楽しさも知った。


出会った頃に比べたら、随分違うカイトになっていた。この性悪キツネ! って思うこと、いつの間にか減ったんだな。



「ねえ、カイト。カイトってば、出会った頃より一皮剥けたんだね」

「? 冬毛に生えかわることか?」

「! どうして、そこはキツネの生態の話なのよっ」

「俺はキツネだしな」

「そうだけどっ」

「りーは無茶が過ぎる、と俺は思う」



カイトが私の手首をそっと握った。カイトの大きな手に包まれて、私の傷跡は見えなくなった。

いつも思う。カイトの手はごつくて大きい。カフェ店員の手じゃないみたいだ。


「今となっては、俺もりーには無茶させ過ぎたとは思っているが」

「あ、自覚あったの? 過去に戻って過去のカイト殴って来ようか?」

「できるもんならそうしてくれ。

あの頃はしょーちゃん以外の事はどうでもよかったからな」

「しょーちゃんも危険にさらしたことあったけどね!」

「返す言葉はないな」


カイトが苦笑した。いつもは鋭い目が柔和に細められる。

不覚にもドキリとしてしまった。

……この超絶美形、変化付けると気を持っていかれそうになる。不意打ちはやめて。

普段無表情なくせに、急に笑うなよな。



「しょーちゃんのキツネ遣いの力を己の体に借り受けるなど、正気の沙汰じゃないんだぞ」

「しょーちゃんの炎を取り込むこと? 練習してうまくなってきたじゃん。今はそれで助かってるんだし」

「キツネ遣いの力は恐ろしい。りーこそ実感しているだろう」

「使うと、体がガタガタになるもんね。力持ってるだけでダルいし」

「それだけ強い力なんだ。

キツネとしては、与えられた時の喜びは大きいが、同時に恐怖も感じている。あの力を奪う方向で振るわれたら、俺たちは為す術もない」

「カイトはすごく強い妖狐なんでしょ? それでも適わないの?」

「適うわけがない」



カイトが私を見た。

黒い瞳が優しく揺れていた。

こんな顔、見たことない。

あれ?

でも、あるのかな……。

時々、あった気がする。



「りーにも、もうやってほしくない」

「そうなの?」

「当たり前だ。もっと根本から解決出来る策があればいいのにな。

……りーを恐ろしく思う日など来なくていい」

「お? てことは、しょーちゃんから力もらってる時は、私のことも怖いんだ?」

「お前が恐ろしいんじゃない。キツネ遣いの力を恐れている」

「わかってるって。

じゃあさ。今みたいにキツネ遣いの力切れちゃった私の事は、どう見てるの?」

「阿呆」

「あ……うん。わかった」

「愚か者」

「……もういいよ。悪口しか出ないじゃん」



カイトが楽しそうに目を細めた。

なんか、悪口言いながら綺麗なオーラが出てる。無駄にきらきらしてる。


ほらー、私の中の女子がその無駄な部分に反応しそうだから、やめよ? イケメンはそれだけでパワーあるからね。笑いかけるな、こっち見るな。


どきんどきんとか、するのやめようね。

ね、私の心臓!



「大胆な不器用」

「ほ、ほら、やっぱ悪口」

「目の離せない適当行動」

「もういいって……」

「目を離したくない個性」

「だから………………あれ?」

「唯一気を抜ける存在」



……あれ、悪口じゃない?


カイトを見ると。



カイトは今まで見せたことの無い顔で笑っていた。

壮絶な美貌は取り繕わない素の顔が一番綺麗だった。心の底から楽しげな表情で、私を見つめていた。


「手を伸ばせば届くのか……」


……こんなの見たことない。

すごく、綺麗な顔。

目が離せない。ずっと見てたい。


きれい…………。



だからカイトが急に近づいてきても、そのまま受け入れてしまったんだ。



カイトが自然体で私に口付けてきた。

初めはそっと。次に激しく。

カイトの腕が私の背中に回っていた。大きな手が私に触れている。その間も唇が止まることなく何度も求められていた。

キスの合間のカイトの息遣いが分かる。気持ちを伝えてくる。

言葉にしなくても分かる。


私が欲しいと、そう言っていた。



私はただ硬直するしかなかった。

あれ?

あれー?



「………………え?」


唇が離れた瞬間に、私が漏らした一言でカイトは我に返ったようだった。



驚愕の表情で目を見開き、自分の唇に触れた。

すぐに私から離れていった。



嫌な沈黙が流れた。

私はドキンドキンと痛む心臓を押さえたまま、椅子から立ち上がれないでいた。

……なんだ、今の。


カイトは私に背を向けて、まだ口を抑えている。



暫くして、ボソリとカイトが言葉を漏らした。


「……しまった。油断した」


……油断?

油断て、何?



カイトが私からさらに一歩後ずさった。

先程の顔から一変して、整った顔には余裕のない表情が張り付いていた。


カイトは私から目を離さなかった。

後悔した目で、ずっと私を見ていた。

私はカイトの瞳の前で立ちすくんでいた。


「すまない」


そう聞こえた気がした。



気づいたら目の前には大きな黒いキツネがいて、私を見上げていた。傍にはカイトの着ていた服が散らばっていた。



カイトによく似た黒い毛並みのキツネは、潤んだ目で私を一瞥すると、するりと店から出ていった。


カイト、逃げた!

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