対抗策を探せ
夢を思い出したか、りーり。
カイトがいてくれたおかげが、私は夢の内容を覚えていた。
今まで起きてから夢の内容を思い出したことなんかないのに。
優しい女性の声。
だけど最後に見たのは、恐ろしく尖った長い爪。
あれは同一人物? でも印象が噛み合わない……。
カイトがお茶を入れてくれた。
私でも一度も失敗したことの無い、ただただ熱いお湯を入れればできるお茶。
ほうじ茶だ。
ふうふうしながら飲めばとても落ち着く。
「それで。夢か記憶か探るまでもなくりーりは簡単に夢に落ちてったわけだけど、狙い通りの夢だったのかな?」
……しょーちゃん、まだちょっと刺があるね?
うちの彼氏は根に持つタイプなのね。
覚えておくよ。
「最近よく見ている夢、だと思う。いつもは起きると忘れちゃうんだけど、カイトの術が効いているせいかな。覚えてる」
「どんな夢?」
「優しい女性の声がするの。言葉はわからないんだけど、優しくて私に気を配ってくれて安心させてくれようとしている。
どんな人なのか見てみたいんだけど、眠くて瞼が開かなくて、見たことがない」
「うん」
「そのうち優しく左手首を撫でてくれる。やっぱり何か言いながら、大丈夫だよーって言ってくれている気がしてる。最後に、ふふってその女性が笑う気配がすると、左手首にぴりっとした刺激が走る。いつもそこで夢は終わるの」
しょーちゃんがわたしの左手首に目をやっている。何度もここにぴりっとした痛みが走った。
「その夢を見た朝には、傷がついてるの?」
「それがねえ、私の性格上、あんまり気にしてなくて覚えてない」
「うーん…………」
「今日みたいに後から傷が増えることもあるのかな。偶然なのか、何かの力が働いてるのかは分からないけど」
「……今日見た夢は、違う結末だったな」
カイトが私に目を流した。
うん、と私は頷いた。
「カイトいるのがわかったから、違うことしてみようと思って。
女性が笑ったタイミングで手を引っ込めてみたんだ。いつも痛い目に会うわけだしさ」
「それで?」
「引っ込めた瞬間に瞼が少しだけ上げることができて。私の手を追うように手が伸びてきてるのが見えた。
……爪が長くて鋭い、女の人の手だった」
あの手は、怖そうなんだよね。
しょーちゃんが腕を組んで唸った。
カイトを見上げた。
「カイトは? 何か気付いた?」
「……あまり詳しくは話せないんだが」
カイトが難しい顔をして私を見た。
少しだけ躊躇うように話し出した。
「りーが言う夢の中の女性が扱う言葉は、異界で使われている言葉だ」
「「異界っ?」」
私はしょーちゃんと目を見交わした。
異界には、この世にはない言葉がある……?
「他のキツネもあまり知らないだろう。俺はたまたま知る機会があったから」
「異界からりーりに接触している何かがいるのか」
「綻びなんて周りにないよ! 私が見てんだから間違いない!」
キツネよりタヌキより、綻び探しに関してはプロの私だ。誰よりも小さな綻びを見つけ出している実績がある。
「分かっているのは、あの女性が異界の言葉を扱いりーに接近しているということだけだ」
「女性が何を言っているかは、聞き取れたか」
しょーちゃんの問いに、カイトはやはり躊躇う様子を見せた。言い渋る様子にしょーちゃんがカイト、と促した。
「……りーは、あの女性は優しい印象なんだよな」
「そうだね。優しく気遣ってくれているような感じ」
「だとしたら、それはタチの悪い、侮蔑に満ちた目でりーを見下していると者だと思われる」
「どういうこと?」
「優しげな口調は形だけだ。りーには意味が伝わらないことを分かって口にしている。
『死ね』『堕ちろ』『愚か者』『淫婦』『浮かれ女』」
「……何、それ」
「あの女性が口にしていた言葉だ」
……あんなに優しい口調で、『死ね』『堕ちろ』と囁かれていたの。
ゾッとした。
私の見ていた優しい夢は、私を貶める夢だった。
言葉には悪意しかなかった。
私を積極的に傷つける夢だった。
唐突に冷水を浴びせられたような気がした。
ヤバい。
マズイ。
これは…………怖いな。
しょーちゃんが強い目でカイトを見上げた。
蒼みを帯びた黒い目がキツく光っていた。
「夢からりーりを守る手段は」
「異界の住人であるとすると、理が効かない」
「何かないのか」
「……神の力」
「神の力っ?」
「異界住人が最も嫌う力だ。
……それ以上は言えない。規約に反する」
カイトが限界、というように首を振った。
カイトは妖狐として、神様の遣いを勤めているとしょーちゃんが言っていた。人には言えない部分もたくさんあるんだろう。
……神の力を異界住人は嫌う、って言われても。
神の力なんて、どうやって手に入れるのよ。
神社のお守りで身を守れるなんて気がしない。お祓いを受けたらどうにかなる?
全てがプラシーボ効果な気がしてならない。
私は頭を抱えた。
神の力なんてそんな特別な力、身近に扱えるわけないじゃない。神様なんて会ったことないし。神様の特別な力だって見たことないし。
特別な力………………
………………特別な力?
私はしょーちゃんを振り向いた。
同じタイミングでしょーちゃんも私を振り向いた。
見開いた目が、同じことを考えてると思った。
「りーり。りーりも思った?」
「あるじゃんね。特別な力、持ってるじゃんね」
「異形は僕に近付かない」
「しょーちゃんの力、嫌がってるって、ことだよね」
「ある程度、留めおける?」
「私、この前特訓したから!」
「どのくらい保持できるか、また試さなきゃだけど」
カイトが少し引いた目で私たちを見ていた。
まさか、と自分の首のネックレスを掴んだ。
私たちは申し合わせたようにその場で抱き合った。
しょーちゃんのキツネ遣いの力が私を覆った。熱のない炎が全身を取り巻く。体内へ侵入し焼き払う。ごうごうと荒れ狂い燃やし尽くして、ふいに沈静化した。
私がしょーちゃんからキツネ遣いの力を貰い受け、貯えた状態だ。
このままこの力を行使すれば、私は腰が抜ける。
使わなければ、このまま持ち続けられる……と思う。
まだ試したことないけど。
体の中で熾火のように炎がチラチラしている感覚はある。これを維持すれば、異界からの夢に対抗できないか。
「……しょーちゃん、これは何もしなければ維持できると思う?」
「力を扱う感覚は覚えたよね。絶対にそれをしないこと」
「わかった! ……けど。なんだかトレイに水の入ったグラス満載に乗っけて、歩いてる感じがする」
「慣れだから! そのトレイ持ったまま坂道ダッシュできるくらいの気持ちでいて」
「うん。
カイトー」
「来るな!
危なっかしいから俺に近づくな!」
「えー、つれない」
「あれ、カイトビビってる」
確かにカイトがビビってる。
蒼白になって私から距離を置こうとしていた。
……キツネ遣いの力は、妖狐の力を奪いもするからね。
私は私の左手首を見た。
キツネ遣いの炎が体の中を焼いたせいか、傷がほとんど治っていた。茶色く残っていた傷跡が白い薄らとした線になっている。
あからさまに効果が出てる。
しょーちゃんに腕を見せると、しょーちゃんも力強く頷いた。ちゃんと私たちで対抗できるかもしれない。
このキツネ遣いの力で、夢が撃退できればいい。
あとは、なぜこんなことが起こりだしたのか、理由が分かればいいんだけど。
対抗策、みっけ!




