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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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対抗策を探せ

夢を思い出したか、りーり。


カイトがいてくれたおかげが、私は夢の内容を覚えていた。

今まで起きてから夢の内容を思い出したことなんかないのに。



優しい女性の声。

だけど最後に見たのは、恐ろしく尖った長い爪。


あれは同一人物? でも印象が噛み合わない……。



カイトがお茶を入れてくれた。

私でも一度も失敗したことの無い、ただただ熱いお湯を入れればできるお茶。

ほうじ茶だ。

ふうふうしながら飲めばとても落ち着く。



「それで。夢か記憶か探るまでもなくりーりは簡単に夢に落ちてったわけだけど、狙い通りの夢だったのかな?」


……しょーちゃん、まだちょっと刺があるね?

うちの彼氏は根に持つタイプなのね。

覚えておくよ。


「最近よく見ている夢、だと思う。いつもは起きると忘れちゃうんだけど、カイトの術が効いているせいかな。覚えてる」

「どんな夢?」

「優しい女性の声がするの。言葉はわからないんだけど、優しくて私に気を配ってくれて安心させてくれようとしている。

どんな人なのか見てみたいんだけど、眠くて瞼が開かなくて、見たことがない」

「うん」

「そのうち優しく左手首を撫でてくれる。やっぱり何か言いながら、大丈夫だよーって言ってくれている気がしてる。最後に、ふふってその女性が笑う気配がすると、左手首にぴりっとした刺激が走る。いつもそこで夢は終わるの」


しょーちゃんがわたしの左手首に目をやっている。何度もここにぴりっとした痛みが走った。


「その夢を見た朝には、傷がついてるの?」

「それがねえ、私の性格上、あんまり気にしてなくて覚えてない」

「うーん…………」

「今日みたいに後から傷が増えることもあるのかな。偶然なのか、何かの力が働いてるのかは分からないけど」

「……今日見た夢は、違う結末だったな」


カイトが私に目を流した。

うん、と私は頷いた。


「カイトいるのがわかったから、違うことしてみようと思って。

女性が笑ったタイミングで手を引っ込めてみたんだ。いつも痛い目に会うわけだしさ」

「それで?」

「引っ込めた瞬間に瞼が少しだけ上げることができて。私の手を追うように手が伸びてきてるのが見えた。

……爪が長くて鋭い、女の人の手だった」


あの手は、怖そうなんだよね。



しょーちゃんが腕を組んで唸った。

カイトを見上げた。


「カイトは? 何か気付いた?」

「……あまり詳しくは話せないんだが」


カイトが難しい顔をして私を見た。

少しだけ躊躇うように話し出した。


「りーが言う夢の中の女性が扱う言葉は、異界で使われている言葉だ」

「「異界っ?」」


私はしょーちゃんと目を見交わした。

異界には、この世にはない言葉がある……?


「他のキツネもあまり知らないだろう。俺はたまたま知る機会があったから」

「異界からりーりに接触している何かがいるのか」

「綻びなんて周りにないよ! 私が見てんだから間違いない!」


キツネよりタヌキより、綻び探しに関してはプロの私だ。誰よりも小さな綻びを見つけ出している実績がある。


「分かっているのは、あの女性が異界の言葉を扱いりーに接近しているということだけだ」

「女性が何を言っているかは、聞き取れたか」


しょーちゃんの問いに、カイトはやはり躊躇う様子を見せた。言い渋る様子にしょーちゃんがカイト、と促した。


「……りーは、あの女性は優しい印象なんだよな」

「そうだね。優しく気遣ってくれているような感じ」

「だとしたら、それはタチの悪い、侮蔑に満ちた目でりーを見下していると者だと思われる」

「どういうこと?」

「優しげな口調は形だけだ。りーには意味が伝わらないことを分かって口にしている。

『死ね』『堕ちろ』『愚か者』『淫婦』『浮かれ女』」

「……何、それ」

「あの女性が口にしていた言葉だ」



……あんなに優しい口調で、『死ね』『堕ちろ』と囁かれていたの。


ゾッとした。

私の見ていた優しい夢は、私を貶める夢だった。

言葉には悪意しかなかった。

私を積極的に傷つける夢だった。


唐突に冷水を浴びせられたような気がした。

ヤバい。

マズイ。

これは…………怖いな。



しょーちゃんが強い目でカイトを見上げた。

蒼みを帯びた黒い目がキツく光っていた。


「夢からりーりを守る手段は」

「異界の住人であるとすると、(ことわり)が効かない」

「何かないのか」

「……神の力」

「神の力っ?」

「異界住人が最も嫌う力だ。

……それ以上は言えない。規約に反する」


カイトが限界、というように首を振った。



カイトは妖狐として、神様の遣いを勤めているとしょーちゃんが言っていた。人には言えない部分もたくさんあるんだろう。



……神の力を異界住人は嫌う、って言われても。

神の力なんて、どうやって手に入れるのよ。

神社のお守りで身を守れるなんて気がしない。お祓いを受けたらどうにかなる?

全てがプラシーボ効果な気がしてならない。


私は頭を抱えた。

神の力なんてそんな特別な力、身近に扱えるわけないじゃない。神様なんて会ったことないし。神様の特別な力だって見たことないし。

特別な力………………



………………特別な力?



私はしょーちゃんを振り向いた。

同じタイミングでしょーちゃんも私を振り向いた。

見開いた目が、同じことを考えてると思った。



「りーり。りーりも思った?」

「あるじゃんね。特別な力、持ってるじゃんね」

「異形は僕に近付かない」

「しょーちゃんの力、嫌がってるって、ことだよね」

「ある程度、留めおける?」

「私、この前特訓したから!」

「どのくらい保持できるか、また試さなきゃだけど」


カイトが少し引いた目で私たちを見ていた。

まさか、と自分の首のネックレスを掴んだ。



私たちは申し合わせたようにその場で抱き合った。


しょーちゃんのキツネ遣いの力が私を覆った。熱のない炎が全身を取り巻く。体内へ侵入し焼き払う。ごうごうと荒れ狂い燃やし尽くして、ふいに沈静化した。


私がしょーちゃんからキツネ遣いの力を貰い受け、貯えた状態だ。

このままこの力を行使すれば、私は腰が抜ける。

使わなければ、このまま持ち続けられる……と思う。

まだ試したことないけど。


体の中で熾火のように炎がチラチラしている感覚はある。これを維持すれば、異界からの夢に対抗できないか。



「……しょーちゃん、これは何もしなければ維持できると思う?」

「力を扱う感覚は覚えたよね。絶対にそれをしないこと」

「わかった! ……けど。なんだかトレイに水の入ったグラス満載に乗っけて、歩いてる感じがする」

「慣れだから! そのトレイ持ったまま坂道ダッシュできるくらいの気持ちでいて」

「うん。

カイトー」

「来るな!

危なっかしいから俺に近づくな!」

「えー、つれない」

「あれ、カイトビビってる」


確かにカイトがビビってる。

蒼白になって私から距離を置こうとしていた。

……キツネ遣いの力は、妖狐の力を奪いもするからね。



私は私の左手首を見た。

キツネ遣いの炎が体の中を焼いたせいか、傷がほとんど治っていた。茶色く残っていた傷跡が白い薄らとした線になっている。

あからさまに効果が出てる。


しょーちゃんに腕を見せると、しょーちゃんも力強く頷いた。ちゃんと私たちで対抗できるかもしれない。



このキツネ遣いの力で、夢が撃退できればいい。

あとは、なぜこんなことが起こりだしたのか、理由が分かればいいんだけど。

対抗策、みっけ!

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