夢を覗く
夢の正体を暴きたい。
しょーちゃんのアドバイスの元、私は床にクッションを置いてそこに座った。
カイトが私の背後から首を出してきた。
こんなに大きな動物がそばにいるのに、怖い感じはしなかった。
私はちゃんと、この大きな黒いキツネをカイトだと認識できてるんだな、と思った。
そうしたら、ふっと楽になった。
なんだ、カイトじゃん。
「……カイト、ヒゲがこそばゆい。なんとかなんないの?」
「……」
カイトは黙って頭突きしてきた。
キツネの姿では人の言葉を話せないって、前に聞いた。でも言葉は通じると。
てか、行動もカイトのままじゃん。
変わんないじゃん。
しょーちゃんが苦笑いしている。
「カイトの本来の姿にビビらないどころか、いつものように悪態つくりーりは、さすがだね」
「何がー? だってあからさまに、こいつカイトじゃん」
黒キツネは私の背中に体当たりをかましてきた。
痛ったーい!
ほら、性格悪いキツネ!
しょーちゃんが落ち着かせるようにカイトの首を撫でると、カイトは途端に大人しくなった。喉の奥で「くぅ」とか言ってる。しょーちゃんの手に顔を擦り付けてもっと撫でろと催促している。
くそう、カイトのくせにかわいい。
なんだよ、本性晒すとあざとかわいい方向に振ってくるのか?
「りーり、顔が怖いよ?」
「……私は今、カイトのくせにかわいいとか思った私を深く反省してんの」
「これをかわいいと表現できる感性もなかなかだけどね……」
普通は怖がるんだよ? としょーちゃんが常識的な所を提案してきた。
巨大なキツネ、大きな口と鋭い牙。闇を纏ったかのような黒い毛並み。全てを見通すような黒く光る二つの目。
……いや、これはかわいいだろ。
しょーちゃんにしか懐かない黒い大きな獣。
威圧的な外見から転じて、しょーちゃんにだけは甘える妖しい獣。
絶対かわいいだろ。
カイトが私の顔に黒い顔を寄せてきた。
なんとなく今までの行動から察する。
今までカイトは、私の目をカイトの大きな手で塞いで不思議な術を使ってきた。
それで、記憶を追ったり目を借りたりしていた。
私の目に近づきたいんだ。
私はカイトの首を抱いて、額をカイトの顔に押し付けた。
これでカイトはやりやすいかな。
私は目を閉じて、なるべく頭を空っぽにした。
キツネのカイトはほんの少しだけ、獣の臭いがしていた。
――声がしている。
優しい女性の声がする。
私を気遣い、私に手を差し伸べようとしてくれている。
それなのに私は眠くて眠くて。
瞼が上げられない。暗い闇の中にずっといた。
女性の声がしている。
大丈夫、そのままで、と言ってくれている気がする。
私は安心してその声に委ねている。
どこの国の言葉なんだろう。聞いた事のない言葉だ。
女性は左手首を優しく撫でてくれた。
滑らかな肌が私の手首を愛おしそうに撫でてくれているのがわかる。
こんなに優しくしてくれるのは、一体誰なんだろう。
見てみたい、という好奇心は常にあった。
でもどうしても瞼が上がらないんだ。この時の瞼は本当に重くて、張り付いたように閉じられたままなんだ。何度挑戦しても、瞼は少しも上げられない。
……私は、この夢を、何度も見ている……?
うっとりと安堵に塗れた心に、ほんの少しだけ冷静さが混じった。
いつもこの夢の中で、同じように女性に優しくされて、手首を撫でられて、気持ちのいい夢を見ている。
このままいつものように、夢から覚めるのだろう。
……それでは、いつもと違うことをしてみたら?
何ができるか。
目は開けられない。体も思うようには動かせる気がしない。
それでも、瞼を上げるより動ける気はする。
……少しだけ、獣の臭いがした気がする。
カイトだ。
カイトがそばにいる。
大丈夫、カイトも見ている。
ふふ、と女性が笑った気配がした。
知ってる。
これもいつもの夢だ。
この後ピリッと左手首が痛むんだ。
だから私は、思い切って左手を引っ込めた。
痛みが走る前に腕を引っ込めた途端、ほんの少し瞼が開いて。
恐ろしく鋭い爪を持った五本の指が、私の腕を求めて突き出して来るのを、私は見た。
ふと顔を上げると、私はカイトの首を抱いたままうたた寝していたらしい。
目が覚めた感覚がする。
するりとカイトが私の腕の中から抜け出した。
黒いキツネは私を一瞥して、カウンターの中へ入って行った。
……人間、寝不足だとあんな体勢でも寝られるのね。
りーり、としょーちゃんが心配そうな顔で私を見ていた。床にちょこんと正座してるのが可愛い。
……いやいや、床に正座はよくないよ。この店ウォークインだから。
カウンターに座ろうかとしょーちゃんを促そうとしたら、わしっと両手で顔を掴まれた。
「振り向かないで。まだカイト着替えてる」
「しょーちゃん、別にいいぞ。減るもんじゃなし」
「カイトはさっさとパンツ履くっ! 解放され過ぎだろっ」
「人間て面倒だよなー、とこういう時いつも思う」
「カイト、真っ裸? な、なんでっ?」
「りー、裸の俺に抱きついてきて何言ってんだ?」
「キツネの姿は裸にカウントされませんっ!」
しょーちゃんがぶんむくれている。
その様子で、私がカイトに抱きついたまま寝ちゃったことがお気に召していないと察せられた。
しょーちゃん、カイトって言っても、キツネだったよ? サラサラ毛並みの動物だったよ?
しょーちゃんの機嫌を損ねてしまった。
私はうーんとない知恵を振り絞った。ご機嫌ナナメしょーちゃんは可愛いけど、割と尾を引くからね。よろしくないよね。
私は私の顔を押さえていたしょーちゃんの手を掴んで、そこに唇を押し付けた。悪戯心で軽く歯も当ててみた。
カイト、着替え中だから、見てないよね?
「……しょーちゃん、もういいぞ」
「う、うん」
「? しょーちゃんどうかしたか? もしかして熱か?」
「ない! 熱なんかない!」
「顔が少し赤い気はするんだが」
カイトがいつものようにしょーちゃんの額に手を当てている。もちろん熱はなく、カイトも首を傾げて手を離していたのだが。
私はこっそりほくそ笑んでいた。
……しょーちゃんにも、不意打ちは有効である。
ゲリラ攻撃、成功。
りーりは一つ、レベルが上がった……気がした。
ゲリラ攻撃のお返しだね、りーり。




