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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第七章 変化とへんげと、変革と

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黒キツネ

原因、究明。

「お前また変なのに憑かれてないか?」


……なんて言われたところで、そんなもんに心当たりなどない。

事件性もない至って平穏な日々である。



この前「加藤より俺の方が」って、堂々としょーちゃんもいる所で告ってきた三年生がいたけど、「しょーちゃんをバカにする奴は先輩だろうとぶっ飛ばす」と拳を振りかざして殴りかかろうとした私を、しょーちゃん本人が抱き止めた。「先輩、逃げてっ」としょーちゃんも必死に叫んで、ガチだと思った先輩は蒼白になって走って逃げて行った。


茶番である。



その後二人で「迫真の演技だったねー」「僕たち俳優になれるねー」「次来たら一発くらい入れてもいいかなー」「停学にならないといいねー」などと話しながら仲良く帰ってきた。

とても平穏な日々なのである。



他になんか変わったことあったか?

悩んでたらちょうどタイミングよくしょーちゃんが帰ってきた。今日は福原地区に呼び出されていたらしい。しょーちゃんを車で送ってきてくれたキツネは、コンテナいっぱいの里芋も持ってきた。カイトが礼を言いながら若いキツネの肩を叩く。キツネは「うす」といいながら、名残りおしそうにしょーちゃんを見て帰って行った。

相変わらずしょーちゃんはモテること。


しょーちゃんはマフラーを取ってクルクル巻きながらテーブルに置いている。時計を見てからカイトに目をやった。


「お店閉めるの早いよね」

「ああ。しょーちゃんに見てほしいことがある。

りー」


う。しょーちゃんにも見せるのか。

別に自分でやったわけじゃないけど、リスカの跡に見えると言われると、とても抵抗がある。


恐る恐る左手首をしょーちゃんに見せた。

しょーちゃんは私の手を見て、ぎょっとしたように目を見開いた。


「……何、これ」

「わかってるとは思うけど、自分でやったんじゃないから。

絆創膏は今日グラス割っちゃってついた傷。カイトに絆創膏貼って貰った時にカイトがおかしい事に気づいたの」

「りーりは今まで気付かなかったの?」

「やけに左手に怪我が多いなーとは思ってたんだけどね」

「制服着てるとわからない所だね。ちょっと前に変な所に赤い線入ってるなって思ったんだけど」


……しょーちゃん、私の制服の袖をくるくる巻いていたことありましたね。

あれは……約三週間前。

あれからどんどん傷が増えている、ってことか。



「しょーちゃん、眼鏡取って見てくれるか」

「異形絡みなのかな」

「少なくとも、この数は異常だろう」

「……確かに」


しょーちゃんが眼鏡を取ってテーブルに置いた。

じっと私を見つめてくる。

少し蒼い綺麗な瞳が私を見てる。

私は平静を装ってはいるが……



……きゃー! しょーちゃんに見られてるっ。

超綺麗な目で見られてるっ!

内臓絞られそうなくらいキュンキュンなんだけどっ。マジで背中汗やばいんだけどっ。

多分しょーちゃんにはバレバレだよねっ。

後ですっごいからかわれるんだろうねっ。

でもいい。幸せ。好きっ。



………………なんて思ってることはカイトには内緒かな!



「……気配はない。異形ではない?」

「りー、最近変わったことは起きてないか」


カイトの言葉に、私は首を捻った。


「変わったこと?

……課金しないと心に決めていたからもうにっちもさっちもいかなくなって心を鬼にして別れを告げたのは一昨日のことだよ?」

「ネトゲの話かっ」

「りーり、まだやってたの……」

「SSRが出ないんだよう。一体や二体持ってても結局勝てねえんだよう」

「それで最近寝不足だったんじゃないのか?」

「それもある。

だけど眠りも浅いんだよね」


ここ最近熟睡した感じないもんなー。

今度ランニングとかして、がっつり疲れてから寝ようかな。



しょーちゃんが私の傷跡にそっと触れた。


「……夢見が悪い、とか?」

「嫌な夢を見てる気はしないけど。

あんまり夢を覚えてるタイプでもないしね」

「眠るのが怖い、とか」

「ないよー。夏の暑い時期に比べたら今なんて快眠でしょ」

「でも、眠りは浅いの」

「そうだね。変な話だね」


しょーちゃんがカイトを振り返った。

カイトがしょーちゃんの視線を受けて、眉を寄せた。ちょっと難しそうな顔をしていた。


「……しょーちゃん、記憶を辿れってことか?」

「できる? しかも夢の記憶」

「難しいだろうな」

「カイトが見て夢か現実かの判断はつくの?」

「それもわからない。そもそもやってみた事がない」

「……僕の力を利用しても?」


カイトがしょーちゃんを見返した。

綺麗な顔がすっと引き締まった。

しょーちゃんも真剣な顔をする。


「カイトに力を与えれば、可能だろうか」

「……妖力を最大に上げて、見る。それで駄目なら諦めてくれ」

「わかった」



カイトがカウンターに入って行った。

カウンター内でシャツのボタンを外し始めた。

……て、おいおいおい!

なんで脱ぎ始めるっ。


「カイトっ? なんなのっ? 何やってんのっ?」

「りーは黙っとけ」

「だって、おかしいって! 唐突に脱ぎ始めるって変態だって!」

「絡まりやすいんだよ。仕方ないだろ」

「絡まりやすいって……」


……何?

問いかける間もなく、カイトの姿がふっと縮んだ気がした。

目を瞬いて、カウンターを見る。


カイトがいない。

たった今話してたのに。


さっと何かが動く気配がした。

しょーちゃんの傍に、大きな黒い動物が。



――黒キツネだった。



初めて見たのは、私をつけ狙っていた異形の着物を食いちぎった姿だ。あの時はワゴン車ほどもある大きさだったが、今はそれよりは小さい。小さいと言っても大型犬より大きい。二メートル以上はあるだろう。

カイトの髪のように、艶やかな黒い毛並み。

理性的な光を宿した黒い瞳。


これが、カイトの本来の姿だった。



カイトはしょーちょんに甘えるように顔を擦り付けていた。しょーちゃんが首を抱くようにする。ポンポンと首筋を叩くと気持ちよさそうに目を細めていた。白金のチェーンがきらりと光っていた。


「妖狐の妖力を最大に上げるには、本来の姿に戻るのが手っ取り早いんだよ。

カイト、頼む。

……史生(ふみお)の名において力を授ける。

夢を追え」


しょーちゃんがキツネ遣いの力を手のひらに生み出し、カイトのチェーンに触れた。


チェーンに熱のない炎が一瞬まとわりつき、すぐに消えた。ほんの一瞬のことだった。

それでしょーちゃんの力が授かったようだった。



カイトは一度全身を振るい、更に首を振った。

音もなく私の元へ近づいてきた。



力を得た黒いキツネが、真っ直ぐに私を見据えていた。



黒キツネの登場です。

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