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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第六章 小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる

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思い出して

りーり、大混乱中



加藤くんの家の一階『古狐庵』は、私のバイト先だ。丁寧な仕事をするカイトが切り盛りしているカフェである。

今日はもう店仕舞いをしてしまったらしい。私が倒れたからか。すまないねえ。

小キツネたちもカイトに追い出されたようで、今はとても静かであった。



私はお湯を沸かしてお茶を入れ始めた。落ち着きたいから、緑茶にしよう。

棚から緑茶を出して茶匙二杯分を急須に入れた。

湯のみに沸かしたお湯を注いでしばらく待つ。

本当は湯冷ましを使うんだけど、ちょっと手抜きだ。

カフェに緑茶は珍しいけど、『古狐庵』では芋菓子付きでメニューにある。たまに出るくらいだけど、緑茶はきちんといれるから割と好評だ。

こんなんカイトにバレたら大目玉くらうな。今だけー。



私の手元を見ながら、加藤くんはため息混じりにボヤいた。


「……カフェ仕事はちゃんと覚えてるのにね」

「そりゃ覚えてるよ。もう半年近くやってるんだよ」

「じゃあ、バイトすることになったきっかけとかは?」

「カイトにスカウトされたから」

「綻びを見つけた時だね。

じゃあ、どうして僕たちはあそこにいた?」


あそこ……運動公園の近くだね。

運動公園お散歩したなー。

その前に神社でおいしいかんぴょう巻き食べた。

なんかキュンキュンしてた。


……あれ。

誰にキュンキュンしたんだ?

あそこへは誰と行ったんだっけ。

絶対好きな人と行ったと思ったんだけど。

キュンキュンするくらいだし。



目の前でお茶を入れる私を見ている加藤くん。

あの時加藤くんがいたような気もする。

いたよね?

あれ?

好きな人と行ったんじゃなかったっけ?


気持ちと過去の映像がつながらない。



何か、大切なことが抜けている気がする。

なんだか、私の大事な部分がごっそり無くなっているような。



……背筋が冷える感覚がした。



不安が唐突にのしかかってきた。

私は、何か大事なことを忘れてる。

絶対忘れちゃいけない何かを忘れてしまってる。



「りーり。座って話そう」


お茶が入ったのを見計らって、加藤くんが声を掛けてきた。

なんだか頭の中にモヤがかかっている。

私の知りたい部分が白く濁っている感じがする。

この薄ら寒い感覚は、一体何だ?



加藤くんの言われるままに、私はカウンターの椅子に腰掛けた。目の前にお茶を置くと、緑茶の香りが爽やかに広がった。

加藤くんが真面目な顔して私に向き直った。


「……まずは、確認しよう。

僕たちの関係は?」

「クラスメイト」

「っ! クラス、メイトか。

……百歩譲って、そうだとしよう。

なんで仲良くなったかな」

「仲、良かったっけ?」


そう言ったら、加藤くんがものすごく傷ついた顔をした。

さっきからなんだろう。

いじめっ子みたいな気分にさせられる。

そんなつもりは、ないんだよ?



加藤くんは一度深呼吸して、私に向き合った。


「君に憑いた、異形のことは覚えてる?」

「当たり前。あんな怖いことそうそうないし……ああ、それで川越に来たんだったね」

「……川越に来たきっかけを忘れてた?」

「そう……なのかな。なんで川越にいるかわからなくなってた」

「キツネのことは?」

「もちろん知ってるよ。

川越の護りをしているのがキツネでしょ。たまに護りに綻びができることがあって、私はそれを見つけるのが仕事」

「そこは分かってるんだ……。

カイトのことは?」

()()()()の保護者代理。キツネの頭。カイトも三つ子も妖狐で本性はキツネ」

「僕のことは?」

「キツネの守護者でキツネ遣いの力の持ち主。キツネにめっちゃ慕われてる。

……ねえ、私変じゃないよね? ちゃんと覚えてるよね?」



加藤くんは躊躇うように口をつぐんだ。悲しげに瞳を曇らせている。

悪いことしてないのに罪悪感を覚えるのはなんでだろう。私、思ったままを口にしてるだけ、だよ?

でもやっぱり、これではいけないような、焦りがあった。



加藤くんが思い切ったように口を開いた。


「……りーりの中で、きれいに抜けている部分を話すね」

「う、うん。私、なんか抜けてるの?」

「多分、君にとっても僕にとっても、かなり重要な部分」

「重要な部分……?」

「僕たち、付き合ってます」

「………………?」

「君に憑いてた異形の件が解決した直後から、付き合ってます」

「……!!!」

「カイトには内緒で。りーりが言い出したんだけどね」



いや、いやいやいや。


加藤くんを見てみる。

すごく真面目な童顔だった。

いやいやいや。

加藤くんと、私が?

付き合ってる?


いやいやいやいやいや。



「ないわー」

「りーり……」

「ないよ。ないない。それはないわー。

そりゃね、見た目はね、ずっと拝んでいたいようなビジュではあるよ、()()()()は。

クラスの片隅から『はあ、今日もいいお顔』とかって眺めて、小さな喜びをいただく存在、て感じ?」

「……それって、どんな存在」

「ほら、私っていい加減でテキトーで頭が体育会系なズボラ女子だから。

真面目で堅そうな()()()()と付き合うとか、無理だと思うよ。性格が合うわけないじゃん」

「……」

「あと、身長差もあるしねー。

元彼にね、お前もうちょっと縮めとか言われたことあってさあ。次に付き合うなら絶対私より背が高い方がいいなって思ってたし」



加藤くんがメッタ刺しにあったような顔をした。

ものすごく痛そうだ。

メンタルの流血量としては致死量に到達してそうだ。

あれ、ちょっとヤバい……?


()()()()、大丈夫?」

「……エグるよね。自覚ないとはいえ、一番痛いところエグるよね……」

「身長差のこと?」

「ガチで血、吐きそうだよ」


おおおー、確かに顔色悪い。持病でもある?

握りしめてる拳が白いよ。辛いの? 痛いの?


加藤くんがなんとか気力を振り絞って、立ち直った。



「……農道を散歩したり、子供の異形を黄泉の国へ送った件は、覚えてる?」

「覚えてる。というか、バイトのきっかけはそこだよね?」

「モールのキノコ事件は」

「当然。ギャルにさせられたし。カイト、許さねえし」

「宮野家の呪詛の件」

「なんか腹たったよねー。私なんてバレーしながら事件と関わったから、腹立つこと多くて」

「この前のタヌキの件は」

「一昨日、仙波に綻び探し行ったよ。ヒロさん、彼女できて超ノロケてくるから、今ウザいよ?」

「りーりと僕は、常に一緒に事件に関わっているんだけど。

そこは覚えてる?」


加藤くんと一緒に。


そういえば、いつも加藤くんがいた。

パラパラと映像が浮かんできた。



空から落ちてきたネクタイ。

眼鏡を取った加藤くん。

私を救った黒いキツネと、佇む小さな影。


春の農道、まっすぐ続くたんぽぽの黄色い線。

桜のカーペット。ピンクの世界で、先を歩く男子。

加藤くんと手をつないで見送った、赤い風船と異形の男の子。


壁ドンで先輩に告られてから、加藤くんと帰った道。

熱を出した加藤くん。

商店街でのキノコ狩り。

私を守る、小さな背中。


一個下の女子と加藤くん。

馴れ馴れしい女子とイラつく感情。

木の祠。

一番街の蔵造りの夜景。

私に触れた唇が、にっといたずらっ子のように笑った……。



「わああああ!」

「何っ?」

「私っ、()()()()と、したのっ?」

「何を?」

「………………キス、した?」

「したね」

「ひやああああ」

「思い出したの?」

「……映像だけが思い出されて、びびっている」



くっ、と加藤くんが笑った。

無防備な笑顔が私の胸をきゅんとさせた。

……あれ? 加藤くんに、きゅん?

だけど、なんだか馴染み深い……。

絶対、知ってる、この感覚。

でも繋がらない。確証がない。



「りーり?」

「……ファーストキス忘れてるあたり、やっぱ私変なのかもしれない」

「え? ファーストキス?」

「だって。元彼とはキスする前に終わってたもん。

……私、キスしたことないもん」

「へええええ」


加藤くんがにやーりと笑った。

こんな顔でも拝めるなんて、ホントに私のツボの顔だ。なんていい顔するんだろう。ずっと見てられる。

少しだけ、加藤くんが近づいてきた。


「行掛けの駄賃というか、海老で鯛を釣ったというか」

「何よ」

「あれがりーりのファーストキスだなんて知らなかったから。なんだかちょっと得した気分」

「わ、私は覚えてないんだからね! 覚えてないってことはノーカンで、私のファーストキスはまだなんだから!」

「ああ、そうなんだ。

じゃあさ……」



加藤くんが悪戯っぽく笑った。きらきらした目で私を覗き込んできた。

あ、加藤くんの目、少しだけ蒼い。

そして私は、そのことを知っている。いつも綺麗だなって思ってた…………


「……今から記憶に残るキス、してみる?」

「……!!!

だだだだダメだって! それはいかんて! 私の心が追っつかないって!」

「……冗談だよ。無理強いなんてしないよ」



加藤くんがくすくすと笑った。

間近でこの顔が見られる特権、私は持ってたの?

今も持ってるの?

というか、目が離せないんだけど。

気持ちが混乱して私は慌てた。


「か、()()()()のことは、いい人だと思ってるし、顔もツボなんだけどっ」

「ゆっくり思い出せばいいよ。

なんなら思い出せなくてもいいよ」

「……そうなの?」

「無理に思い出そうとしても、ダメなものはダメでしょ。焦らなくていいよ」

「……()()()()は、優しいんだね。

でも、()()()()はそれでいいの?」

「うん。僕はりーりの隣にいると決めているから。僕の気持ちは揺るがないから、そのつもりで」



うわ。

うわー。

うわあああ。


ズキュンがきた。

まさかこんな、童顔で私より背の低い男子に胸ズキュンだなんて。

だけど、この痛み知ってる。何度も味わってる。

多分加藤くんに、だと思う。


なのに、なんで確信が持てないんだ。

頭のなかのモヤが晴れない。

決定的な何かが、足りてない。



なんだろう。何が足りないんだ。





しょーちゃん、泰然としてるけど、焦ってるから。

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