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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第一章 小江戸のキツネが護る街
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追いかけられて

追い詰められて。

加藤くんと連絡先を交換した翌日。

私はあのしつこい視線に悩まされることも無く、普通に登校していた。



もちろん、加藤くんのお守りハンカチは手洗いして、アイロンかけて乾かして、持参している。

さすがに、あれだけ泣いて、こっそり鼻水も拭いているハンカチを、そのまま持ち歩く訳にはいかない。

身につけた方がいいかと思って、ブレザーのポケットにしまっていた。



ちゃんとネクタイを締めて登校した加藤くんは、生活指導の先生に捕まることなく教室に入ってきた。

相変わらず、学校で見ると幼いなあ。

紛れ込んだ中学生、ここが高校であることにまだ気づいていないの図、という感じだ。

加藤くんは私の姿を見つけると、すぐに寄ってきてくれた。心配そうに顔を曇らせている。ホントにこの人はいい人だなって思う。



「佐伯さん、昨日は平気だった?」

「大丈夫だったよ!

全然なんともなかったよ」

「よかった~。相手がどの程度力を付けてるかわからないから、心配してたんだ」

「ありがとー。加藤くんのハンカチのおかげだね」

「今日も持ってる?」

「もちろん! もう手放せないよ~」


加藤くんがほっとしたように微笑んだ。

加藤くんは、優しいなあ。



そんな優しい加藤くんは、クラスで一定の男子にモテている。

がしっと、加藤くんの肩を無理矢理抱く男子がいた。

加藤くんとよく話している大柄な男子だ。

確か、柔道部の渡邉くん、だったかな。


「……加藤、俺の命は風前の灯火だ。恐らく、三時間目で事切れてしまうだろう」

「三時間目の数学の宿題をして来なかったね、渡邉。

さらに今日、当てられる順番だよね」

「俺は恐ろしい呪いにかかってるんだ。晩メシ食うとすぐ眠くなっちゃうという強烈な呪い」

「そうだねー。高校生の男子はみんな呪われてると思うよ」

「それだけじゃねえんだ! ゲームをすると時間が消えるという、えげつない呪いも受けていてだな」

「それ、世界規模で起こってる呪い。世界中のお母さんたちのマジギレ案件だよ。

ほら、数学のノート。いるの、いらないの?」

「加藤、お前、神!」


加藤くんは渡邉くんに肩を抱かれて、元気よく拉致られて行った。

体格差からしてカツアゲに合ってるかのよう。現金じゃなくて、数学のノートだけど。

そしてカツアゲしてる方が、崇めちゃってるけど。



私の背後から、どしんと何かが覆いかぶさってきた。バレー部へ一緒に見学に行った中野ちゃんだ。

縮毛矯正かけたサラサラの長い髪が、私の顔にかかった。私の髪はショートボブくらいだけど、本当はもう少し切りたい。バレー部時代はずっとショートだったから、少し髪が伸びると気になってしまうのだ。


「リーちゃん! なんで今日、バレー部の朝練来なかったの。せっかく参加OKになったのに!」

「ああ、ごめん。私、あの先輩方、ムリだわ」

「先輩たち、めっちゃ期待してたよ、リーちゃんのこと。バレー経験者で、何より背が高いからさ」

「すいませんって、言っといて」

「やだあ、今日も一緒に行こうよー。

さっきまで、なんで連れてこないんだって、私が目付けられたんだからー」

「そういう先輩っぽいから、やなんだよ」

「わかる~。女子学部女子学科の典型みたいな先輩多いよね~。

……そうか、私もバレー部にこだわる必要ないのか。あの女子女子した先輩の相手、確かに面倒そうだな」

「まだ仮入部だし」

「じゃあさ、奇をてらって、華道部とかワンダーフォーゲル部とか、どうよ?」

「……そもそも、そんな部あったっけ?」



……加藤くんともう少し、話したかったんだけどな。

でも、学校で異形だキツネだなんて話せないから、込み入った話なんてできないか。



それにしても、こうして見ると私と加藤くんて接点無さすぎ!

加藤くんの友達と私の友達は、全然リンクしてなかった。私たち、クラスの正反対の場所で友達枠作ってた。

加藤くんもちらっとこっちを見てくれたりしたけど、結局学校ではその後、話す機会に恵まれなかった。





結局中野ちゃんに付きまとわれて、二つほど部活を見学させられた。

ロボット研究会と囲碁将棋部をはしごして、中野ちゃんは結局バレー部に決めたらしい。見に行った部活の選択に難があった気もする。



帰り道は暗くなりかけた時間帯だっだ。

夕暮れ時の、明るくも暗くもない時間。

現実感が少し薄れる、景色の変わる数分間。

逢魔が時、っていうんだっけ?


……嫌な単語だな。


自分の置かれた状況を考えると、そんな単語を思い出した自分に腹が立ってくる。

自分で自分を追い詰めてどうする。



烏頭坂を下って家路につく。

つい、お社の下の階段から、上を見あげてしまった。

この階段を上がって少し行けば、加藤くんちのカフェがある。異形に強い加藤くんと、なにがしらの術が使えるイケメンキツネがいる。


立ちよれば心強いけど、だからってあの視線から逃げ切れるわけじゃない。今日は何も感じないし何も見えていないんだし。

眼鏡をかけた童顔と、非の打ち所のないイケメンの顔が脳裏をよぎった。

安心が欲しいっていう私の甘えが、彼らを頼ろうとしているんだ。やだなあ、私、意地汚い。

事が起こったらもちろん頼るけど、何にもないのに安心させてくれ、というのはちょっと違う気がする。

だから今日は、そのまま烏頭坂を通り過ぎた。



少しだけ後ろ髪を引かれながら坂を下りきって、脇道に入った。

ここら辺は、道によっては交通量が結構あるので、普段からなるべく車の通りの少ない道を歩くようにしていた。


古い住宅と新しい住宅がごちゃ混ぜに建っている区画である。時々畑があったりする。こんな住宅街でも農業ってできるんだな。

その先の十字路を右に曲がれば、もうすぐ叔母さんちだ。庭のつつじがほころび始めて、少し色合いが明るくなってきている。ちゃんと剪定するの大変なんだから、と叔母さんはちっとも大変そうに思えない口調で話していた。

少しづつ、夜の帳が落ち始めてきた中を歩く。

十字路まであと少しのところで――




――着物がいた。

目の前の十字路の角から、黒地に赤い牡丹の袖が覗いていた。



……嘘だ。


思わず立ち止まった。

私は目の前の十字路を凝視した。

いつも、振り返ると見える着物の袖が、正面に見えている。

翻って消えることも無く、そこにいる。


――あいつだ。

あいつが目の前にいる。

後ろからではなくて、前から現れるなんて!



ドクンドクンと心臓が早鐘を打っていた。

ヤバい。

怖い。

これ以上近づけない。

でも着物の方に行かないと、家に帰れない!



袖がゆっくりと姿を現し始めた。

少しづつ道路の方に移動して、全貌が見えてくる。

長い袖は振袖だ。何度も見た牡丹の柄が揺れていた。

襟と下前が見えて、着物の右半分が顕になった。下前の裾から腰の辺りまで、見事な牡丹が描かれていた。咲き誇る、真っ赤な牡丹だ。


そして、左半分は……闇だった。


着物の形をした闇はじっとりと湿り気を帯びた漆黒で、まるで着物がなびくように闇が風になびいていた。全体の左半分の黒い輪郭は絶えず蠢いていて、まるで生き物のようだった。

着物の中身はない。だが誰かが袖を通しているかのような布の形をしている。帯は絞めず、ただ羽織っただけのような。


ふいに着物が風をはらんだ気がした。

着物がこちらに向かって来ている。

私に向けて走り出してる。

着物と闇が、私を捕まえに来る。

私は声にならない悲鳴を上げて、着物と反対方向駆け出していた。




住宅街をひたすら走った。

左に曲がろうとするとそこに牡丹の柄が見える。

真っ直ぐ走り抜けたその先に、蠢く闇色の着物がこちらに向かってくる。

右を向けばその道の向こうに風になびく黒と赤の着物。



どうしたらいいの。

私はどこを走っているんだろう。

ここがどこだかわからない。

とにかく着物の見えない所へ。

あいつのいない所へ。



振り向いたら、いる。

右の道の先に赤い牡丹。

左の脇道に黒い闇。

もう、どこにも逃げ道がない。

まっすぐ行くしかない。

全速力で交差点へ飛び込んだ。



――ほんの鼻先を、トラックが走り抜けて行った。



派手に鳴るクラクション。

運転手の怒声も聞こえた気がした。

この道は、いつも車通りの多い、最も気をつけなければいけない交差点だった。

ひっきりなしに車が通り過ぎていく。

今まで聞こえていなかったエンジン音が、強く耳についた。



………………危なかった。


瞬発力が足りなかったら、轢かれていた。

全身から冷汗が吹き出していた。

死にかけた。追い詰められて、殺されるところだった。この危険な交差点に飛び込むなんて。誘導されたとしか思えない。

肩で大きく息をしながら、私は後ずさった。



助かった。

まだ生きてる。

まだ私は、生きていて大丈夫。

私の口から、安堵の長い息がもれた。



「……っ」


私の息に紛れるように、耳元で女の舌打ちが聞こえた気がした。前に一度聞いた、湿った女の声だった。



「……あーあ。

死ねばよかったのに」




傍らに、黒地に赤い牡丹の花が見えた。

……嘘でしょ。

こんなに近くにいる!


ヤバい。

どうする。

どうしたらいい。

私は、どうしたらいい?!



ふと思い出した。


加藤くんのハンカチ!


私はブレザーのポケットから加藤くんのハンカチを取り出して、そのまま着物を殴りつけた。

着物はなんの手応えもないまま、その場から消えた。何もない空間がそこにあるだけだった。



私は、加藤くんの紺色のハンカチを握りしめたまま、呆然と立ちすくむしかなかった。

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