隣に立つっていうことは
キュン場面な回。
いよっ、現役高校生!
『古狐庵』に戻る頃には、すっかり日は暮れてしまった。日はどんどん短くなってきている。もうすぐ秋だ。
しょーちゃんは無言でいつもより足早に歩いていた。さっきヒロさんに何を言われたかも話してくれない。なんだか怒ってたけどなあ。
『古狐庵』に到着する寸前の桜並木で、しょーちゃんは歩みを止めた。
くるっと私を振り返った。
思いつめたような表情が街灯に照らされていた。
「りーりは」
しょーちゃんが私の目を見て、すぐに逸らした。
自信がなさげな様子で下を向いている。
黒板の前で数学の回答書かされたけど、今いち不安な中学生、の風情だ。
「りーりは僕のカノジョなんだよね」
「そうじゃないと、私が悲しいんですけど」
「うん。そうだよね。いや、そうじゃなくてね」
しょーちゃんが、珍しく言い淀んでいる。こんなこと実に珍しい。
どう考えてもこれは……
「ヒロさんに何言われたの?」
「!!!
いや、別にっ、なんでもないっ」
「んなわけないよね。しょーちゃんおかしいもんね。
ほれ、洗いざらい吐きなさい」
「い、言いづらいっ」
「吐けーっ」
「目力っ。りーり目力やばっ」
顔近づてけガン見したら、しょーちゃんが折れた。
いつの間にか桜の木に背中を預けるところまで後ずさっていた。あ、私迫りすぎた?
しょーちゃんがしぶしぶ口を開いた。
「……ヒロ兄ぃが、『なあ、お前ら付き合ってんだろ。どこまでやった? 俺のキスの方が早かったか? 悪いな、先にもらっちゃって』って」
「!!!
別に先じゃないけどさ!
ヒロさん、あのジジイ……付き合ってるの分かってて……」
「ヒロ兄ぃって、そういう人。そしてりーりはヒロ兄ぃが好きになりそうなタイプ。
……もっと警戒しておけばよかった」
しょーちゃんが私の左頬を見ている。
不意をつかれて奪われた箇所だ。
しょーちゃんが上書きしてくれたから、なんにもいないけど!
「それで、『お前の隣、ちゃんといるじゃん』って言われた」
「あ……」
「言われたけど、実感なくてね。
りーりは一緒にいてくれるけど、隣で対等だと思ってくれてるのかわからない。キツネと同じテンションだったりするし、たまに言語が不明なことあるし」
「それはしょーちゃんが神ってるのが原因だから」
「何?」
「……そこの自覚ないところが、またよし。私に提示された最適解」
「……だから、言語が不明で……」
「うーん?
じゃあさ……」
私はしょーちゃんの前に立った。
しょーちゃんの空いてる手を両手で握った。
しょーちゃんはキョトンとしている。
手を握っても、以前みたいに赤面したり照れたりするようなことはなくなった。それくらいにはお互いに慣れたんだけど。
うー。
改めてだと、緊張する。最初に告った時みたいだな。
「私はしょーちゃんが好き。大好き。今まで出会った人の中で一番好き。
多分、これからもっと好きになる。その準備は十分できてる。だから私は容赦なく『しょーちゃん大好き』に溺れるつもり」
「りーり?」
「はい、ゲットバックトゥミー」
「……え?」
「え? じゃないって。
お返事は?」
しょーちゃんがぱっと赤くなった。
暗くてもわかるくらいの赤い顔だ。
しょーちゃんがこんな顔するの、久しぶりかもしれない。拝みたい。
「……い、言うの?」
「言うの。そこ重要」
「あ……好きだよ」
「言わされた感、ナシで」
「何そのハードル!
えーと……」
しょーちゃんが荷物を地面に置いた。
おずおずと私を抱きしめてきた。
すごく緊張してるのが伝わってきた。
「りーりが好きだよ」
「……」
「わりと前から、ずっと好き」
「…………」
「あの、これでいい?」
体を離したしょーちゃんが私の顔を見てびくっとなった。
私は泣いていた。
ボタボタ涙が溢れてきた。
自分でも思ってみなかった。
泣いちゃうくらい嬉しいなんて、そんなことあるって思わないじゃん!
しょーちゃんから、初めて言葉で「好き」を貰えた。
しょーちゃん、言ってくれないんだもん。
私ばっかり好きなんだって、思ってたもん。
そうじゃないって思っても、根拠がなかったんだもん。
私、ずっと好きって、言って欲しかった。
しょーちゃんが慌てたように両手で私の顔を包んだ。
「なんで泣いてんのっ?」
「うれ……嬉しくて」
「こんなことでっ?」
「こんなことって……今まで言葉でくれなかったのはしょーちゃんじゃんかー」
「あ……そうか。そうなんだ」
「気付くの遅えんだよう。不安なこっちの身にもなれってんだよう。今まで一方通行をひた走ってると思ってたじゃんかぁ」
「ごめん……」
しょーちゃんがしみじみと、泣いている私の顔を見ていた。涙と連動で鼻水出そうだから、まじまじ見るのやめて欲しい。すぐにでも垂れそうよ?
りーり、と呼ぶしょーちゃんの声は感慨深そうだった。
「……隣に立つって、お互いに歩み寄ることをいうんだね」
「細かいことはどうでもいい。今はよくわかんない」
「そう?」
「私は今幸せの絶頂にいるので、幸せオーラしか出せない。たぶん他人から見たら胸焼けしそうなウザい生命体」
「あははは」
「なんだよう。笑い事かよう」
「違う違う。
僕も他人から見たらそう見えるんだろうな、って話」
うわあああ、しょーちゃんが同調してきた!
普段冷めた口調で「何言ってんの」とか言って来るのに。
しょーちゃん、どうした?
『りーりワールド』へようこそ、ですかっ?
しょーちゃんはふと野太い表情を浮かべた。
さっと荷物を持ち上げると私を振り返った。
「混乱を引き起こした犯人をおびきだそう。すぐに終わらせてやる」
「しょーちゃん?」
「さっさと片をつける。
そして、二度とできないようにする」
しょーちゃんが優しい目で私を見つめた。
「それから、りーりと過ごす時間を増やす。
いいね?」
わー………………
ズキュン。
しょーちゃんの心に一区切りついたかな。
りーりは……もともとお花畑の住人だから。




