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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第五章 キツネとタヌキと化かしあい

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仙波での綻び探し

はい、移動だよ。



目的地は仙波河岸史跡公園という水の流れる公園だ。烏頭坂から歩いて二十分もないところだそうだ。


柳井さん……しょーちゃんに合わせてヒロさんと呼ぶことにした……が先を歩きながら私を振り返った。

コウタは私と手を繋いでご機嫌で歩いている。さっきしょーちゃんからご褒美の飴をもらったので、片方のほっぺが丸く膨らんでいた。



「……しょうと俺の関係、気になる?」

「そりゃあもう」

「だよねー。本来あまり接点無いはずだから」

「守護者同士でも、ですか?」

「うん。護りの祭祀や綻びの情報のやり取りは頭同士でやってるみたいだし。タヌキもキツネも、その辺あまり話したがらない所をみると、もうちょい上から何かの指示が出ているみたいだな」

「もうちょい上、ですか」

「そうそう。いわゆる、神様、だよねー」


……妖狐は神の遣い。だから神様は身近なんだよ。

しょーちゃんが以前そう言ってた。

神様からの指示で、キツネもタヌキも動いている部分がある、らしい。


「だからご近所とはいえ、守護者同士が接点持つの、あまりないはずなんだけど。

しょうは特殊な環境下にあったから、かなりガキの頃俺の元に連れてこられたんだ」

「特殊な環境下?」

「あ、聞いてない? しょうは両親不在で育てられたって件」


……どこかで聞いた。

そうだ。

初めて『古狐庵』で話した時だ。

キツネに育てられたって。


「聞いてます。キツネがいたから不自由はなかったって言ってました」

「不自由はないけど、人の関係性とか細かな機微を教えるには、キツネには荷が重いだろ。

俺ん家は普通に両親や兄弟のいる人間の一般家庭で、タヌキ要素はほぼなかったからね」

「……ご両親は、ヒロさんがタヌキの守護者だってこと知らないんですか?」

「知らないね。やけに大人の知り合いが多いねお前、くらいに思われてたかな」

「はあああ」

「あれは、十年くらい前かな。キツネの重鎮のじーさんに頼まれてさ。しょうに人間の付き合い方を教えてやってくれないかって」

「へえ」

「それでしょうが俺ん家に遊びに来ることになって。ガキの洗礼をたっぷり味あわせてやった」

「……何やったんですか?」


ヒロさんは涼しい顔で肩をすくめた。


「別に。

俺、しょうより四つ上なんだけど、俺の友達とドロケイやってしょうばっかドロ役とか、サッカーだってキーパーやらせてボールで蹴り倒すとか」

「イジメじゃないですか!」

「初めはそんな感じだったな。

少ししてから怒っていいんだって気付いたしょうが殴りかかってきて、それを返り討ちしたりした」

「ちょっとー」

「あいつ、連れてこられた時、人形みたいで気持ち悪かったんだもん。喜怒哀楽がなくてさー。だからキツネのじーさんもガキの俺を頼ってきたんじゃねえかな」



キツネに育てられて、なんの不自由もない。

………………なんて、ある訳がないよね。


私は目の前で過保護なキツネたちを見てる。

しょーちゃんが困らないように先回りして世話を焼いていただろうことは、想像がつく。

だけど人間て集団で生活するから、自分で主張できないとどうにもならないことがある。色んな人がいるんだって知らないといけないこともある。


理不尽なこととか悔しいこととかどうにもならないこととか、嬉しいこと楽しいこと夢中になることとか、人間の子供同士の中でたくさん触れて色々覚えていくんだなあ。



ヒロさんは笑顔のまま私を見た。


「だから俺は、しょうに感情を教えてあげた、言わば人間の師匠なわけ。尊敬して?」

「一緒に遊んでただけですよね」

「そうとも言う。ケンカしてるうちに面白いやつになってきたしな。

しょうを使って賭けしたりとか」

「……何やったんですか」

「あいつ、俺ん家でマリカーにハマってほぼ無敵になってさ。自分ちにゲームないくせにだぜ?

俺の友達連中に、しょうに勝てたらレアなポケモンカード、負けたらお菓子かジュースで賭けて、俺が総取りした。いやー、いい賭けだった」

「それ、しょーちゃんにちゃんと渡ったんでしょうね?」

「俺ん家のゲームで俺の友達なんだから、やるわけないじゃん。つったら、しょう怒ったねえ」

「……割と最悪ですね、ヒロ兄ぃ」

「お陰様で。

それ見てたオフクロに俺は殴られたけど」



完全に、キツネもタヌキもない、普通の人間の子供の世界だ。

確かに、キツネには与えてあげられない時間だ。

おかげで今のしょーちゃんがあるんだな。

そう思ったけど、口にはしなかった。

口にしたらヒロさんはものすごく調子に乗りそうだ。



ヒロさんはここだよ、と神社を経由して公園に入って行った。

木道が張り巡らされていてちょっと木の生い茂った、雰囲気のある公園である。昔、船がここで荷卸をする場所だったらしく、その跡を残しているのだそうだ。


水場のある所は綻び出やすいんだよねー、とヒロさんが言う。カイトもそんなこと言ってたな。

公園内をくるっと一周してみた。夕暮れが近づいて、園内は薄暗くなってきていた。木道をコツコツ音を立てて歩くのは楽しい。コウタが木道の真ん中の金具を踏みながら「落ちたらワニに食べられる」とか言いながら歩いている。



公園内は特に何もない。

綻びらしきものは見当たらなかった。

端から端まで歩いて、小さな駐車場に出た。

公園の目の前は道路でその向こうはコンクリートのブロックで覆われた壁があり、その上に木が生い茂っていた。コンクリートブロックは崖崩れを防ぐものだろう。

そのブロックが変だった。なんだかブロックではないような。

もうこのバイト始めて四ヶ月以上経つ。見つける速度も上がるというもの。



車に注意して道路を渡り、ヒロさんにここ、と指を指した。


「はい、みーっけ」

「……そこかよっ。ずっとなんか変だなーとは感じてたんだ」

「分かりづらいところにありますよねえ。間違い探しみたいだもん」

「りりちゃん、よくこれが分かるな」

「あー、キツネにもよく言われてます」


大抵のキツネは「これっ?」「こんなん気づくかっ」「これを見極める、りーさんが変っ」などと逆ギレする。

でも、綻びは綻びだから。

チャキチャキと埋めて欲しい。



ヒロさんはベルトにぶら下げていたストラップみたいな太鼓をポンと叩いた。見かけより高く響く音がした。すぐに丸顔の男女が現れた。ヒロさんに近づくとポンとタッチした。にこにこして感じがいい。

タヌキ顔、はこんな顔ってことだな。


ヒロさんの指示で綻びの補修が始まった。これは、キツネと同様だった。



「いやー、りりちゃん、ほんとにすごいねえ。ほんとにこんな、小さな綻び見つけるんだねえ」


道路は危ないので、公園に移動してヒロさんが手放しで褒めてくれた。本気で感心してくれている。

はいどうも、仕事で褒められるのはこれだけです。

カフェでは時々やらかして、カイトのきれーな顔のしかめ面もらったりしてます。



にっこにこのヒロさんがスマホを出して振って見せた。


「りりちゃん連絡先教えて。後で連絡するよー」

「あ、はい」

「短い時間なんて言わずに、たくさん来てね。

りりちゃん、可愛いし大歓迎」

「お世辞いらんす」

「お世辞じゃないよー」

「じゃなくても無用です。この仕事、見かけ関係ないし」

「俺のモチベーションが上がるじゃん」



ヒロさんが私に近寄って来た。

背が高いから私を見下ろす感じになった。

さりげなく私の片頬に触れて、そのまま流れるように唇を押し付けてきた。

え? 嘘。ほっぺにキス……?

すぐ目の前に、にこやかな笑みのヒロさんが私を見つめていた。


「だって、りりちゃん、ホントに可愛いんだもん」



……ぎゃああああ!!!



思わず平手でヒロさんを思い切りぶん殴った。

手首がバキとかいったが、気にしてる場合じゃない。

そのまま手の甲で頬を拭った。


何すんだ、こいつ、ふざけんな。

乙女のほっぺ、何だと思ってんだ、このやろう!



ヒロさんは私の全力ビンタで地面に転がっていた。

あ、乙女の全力、ちょっときつかった?

いや、これくらいで丁度いい。



「二度と、二・度・と! こんなことしないで」

「はあい、しません。りりちゃん、怖い。強い」

「反省して! じゃないと今後あなたのことクズ男と呼ぶから!」

「クズ男、やだー」

「ねえ、りー。今のはさ、おれ噛めばよかったか?」

「そうだねコウタ。次あったら思い切り噛んでいいからね」

「わかったー。おれ、噛むよ。

多分手くらいなら噛み千切れるよ」

「子狐も怖ーい」


ヒロさんが胡座をかき、殴られた頬に手を当てながら笑った。

それでもなんだかこの人は、楽しそうだった。



綻びを直すタヌキたちは私たちの騒動を見て、自分たちの守護者を呆れたように眺めていた。夕暮れの色のついた光が二人の影を濃く照らしていた。

隙を見せるな、りーり!

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