チャラ男の来訪
第五章始まります。
童謡って、意外と奥が深い?
「ねえ、カイト。
私って、かわいい?」
「……突然訳のかわからんこと言い出すりーに、敢えて与える一言があるとすれば」
「うん?」
「お前頭沸いてんのか?」
カトラリーをクロスでキュッキュと磨きながら、壮絶に綺麗な顔したカイトに聞いてみたら、予想通りの答えが返ってきた。うん、カイトならそうくると思ったよ。
そして、その答えに安心したよ。
『古狐庵』でのバイトの最中だ。
お客様は二組で、それぞれのテーブルで話に花を咲かせていた。
カイトは鶏ガラと香味野菜と香草を煮込んだ寸胴鍋のアクを取っている。
『古狐庵』の味のベースはだいたいこのスープからできている。このスープでカレーも作るしパスタソースも作るし、なんなら味と具を足してスープとしても出せる。材料も手軽に手に入るものだし万能に使えるし、家でも真似できるじゃん! と思ったら、火加減と徹底的なアク取りが難しくてめんどくさい。おばさんちで自分で試してみた結果、店でいいやと結論づけた私である。
私は磨いていたフォークを置いてナイフを手に取った。この前力加減を間違えてクロスをズタズタにしてカイトにシバかれたので、ちょっと慎重になっている。
「二学期に入ってから、妙に呼び出される頻度が増えてさあ」
「呼び出される?」
「……まあ、告られるために」
「目立つような事したからだろう」
「この前のバレー?
でも、今はバレーしてないよ」
「男の印象には残ったんだろ。りーという目立つ女がいる、と頭に残るくらいは」
「……そういう目的で助っ人したんじゃないのに」
お陰様で女子バレー部は先輩後輩の壁がかなり崩れたらしい。中野ちゃんはレギュラー目指して元気に部活に行っている。
アウトサイドヒッターは候補が四人いるらしくて、熾烈な戦いになると言っていた。中野ちゃんはそれ程背が高くないので、技術を磨いていくのが一番だろう。休み時間にボールの打ち分けとか話してるうちと、時々バレー部への勧誘もちゃっかり入ってくるから、注意は必要だ。
カイトがシニカルな笑みを浮かべて私を見た。
「しょーちゃん似の奴から告られればいいのにな」
「しょーちゃんは唯一絶対無二の存在なのです。
似たような人には出会ったこと、ございません」
しょーちゃんはしょーちゃんただ一人だからね!
……ていうか、カイトにはナイショだけど。
私たち、付き合ってますから!!
……言えないよ。
私もまだ、命は惜しい。
カイトに食い殺されるわけにはいかないのだ。
カイトは喉の奥で笑っている。
「お前なんぞに、フラれる男どもは哀れだな」
「お前なんぞ、とか言うなや。
しょーちゃんが、私は告りやすそうな女子の条件揃えてる、って言ってた」
「まあ、フラれても後腐れは残りそうにないか。
告られた翌日から普通に挨拶して、下らない雑談始めそうだよな、りーは」
「うわー、ガチでやってるわ、それ。
そんでしょーちゃんに引かれてる」
「まんまだな。目に浮かぶ」
噂のしょーちゃんは今出かけていて不在だ。
一昨日の大雨で寺尾地区に軽い水害が起こった。水害が起こるとキツネの護りの綻びも出やすいので、しょーちゃんが呼ばれたのだ。
畑に被害が出たりもしているので、お見舞いも兼ねているんだろう。しょーちゃんが向かっただけでキツネたちの気持ちは上がるのだ。
店の入口でカランとベルが鳴った。
お? お客様だ。
珍しいな、男性一人のお客様。
入店して来た男性を見て、カイトが軽く首を傾げた。いらっしゃいませも言わないなんて、どうした?
カイトは接客に向かおうとした私の腕を掴んで止めた。接客は不要だと言うことらしい。
男性は勝手知っる風情でカウンターに近づいてきた。割と背が高い。私より高いな。
人好きのする笑顔を浮かべてカイトの真ん前に陣取った。
「カーイト、久しぶり。
しょうは? いる?」
「……」
「ねー、無言で見下ろしてくんの、やめてくんない。
君のお綺麗な顔の無表情はそれだけで攻撃力あるからね? 無駄にこっちはHP削られるからね?」
あ、わかるー、その気持ち。
カイトの顔はたまに無駄な攻撃力発揮する。
向けられるだけでなんかが削り取られる気がする。
普段気にもしてないのにカイトを前にすると気付かされるもの。
おそらく、そんなに高くもない自尊心だ。
カイトは無表情のまま片方の眉を上げた。
「……何しに来た」
「何しにって、遊びに来たっていいじゃん」
男性は無表情のカイトとは対称的に、ひたすらにこやかである。カンジの良い笑顔は誰からも好かれそうな雰囲気だ。服装は原色を取り入れたちょっとチャラい感じで、さらに髪はパーマがかかっている。にこやかなチャラ男である。
どうしてカイトはチャラいとはいえ、こんなにカンジの良い人を警戒しているんだろう。
「カイト、俺、今日はちゃんとお客さんだからさ。外まだ暑いんだよ。
アイスコーヒーちょうだい」
「……ただ遊びに来たんじゃないだろう」
「あ、わかった?
ステキな噂を聞いたから、様子を見に」
「噂?」
「なんかー、すっごい子が現れたんだって?
今、俺の周りがめっちゃ騒いでるんだよ」
男性はより一層笑みを深くしてカイトを見た。
楽しげに小声で囁いてきた。
「キツネよりも細かな綻びを見つける、稀有な人間が現れたって」
……綻びを見つける目の人間って、私の事じゃん!
目を見張る私に気づいた男性が、それはそれは楽しそうに破顔した。
私にぴかぴかの笑顔を向けてきた。
「あー、やっぱり君のことだったんだね!
どんな子かと思ったら、超可愛い子じゃん」
「ヒロ!」
カイトがお客さんのいるテーブル席に目をやって、男性を睨みつけた。ヒロと呼ばれた男性は肩をすくめて見せた。
一般のお客様の前で話せないこと。綻びに関連することならそういう事だ。この人も、普通の人ではない?
男性は、柳井皓貴さんと名乗った。東京の大学に通う大学生だ。
しょうとカイトとは仲良しこよしなんだよ、と柳井さんは自己紹介した。カイトの反応を見るに、ちょっと信用置ける情報じゃなさそうだけど。
柳井さんはその後、私のことを根掘り葉掘り聞いてきた。嫌なカンジじゃなく、カンジ良くだ。
なんだろう、この人話しやすい。屈託がなくて話題の間口が広くて、何より聞き上手。
隣の黒キツネとは雲泥の差だな。
ちなみに私は柳井さんからすでに「りりちゃん」と呼ばれていた。
「で、最近のりりちゃんのブームは何よ?」
「チョコミント克服ですかね」
「何それー」
「友達がハマって色々くれるんだけど、私にはチョコの入った歯磨き粉味にしか思えなくて」
「りりちゃん、ほんとにJK? ウケんだけど」
「ミント蒸しパンとかほんとヤバくて。でも私以外は美味しいって言うから、数を摂取して体を慣れさせようかと」
「すっごい、無駄な努力してる気がする。でも俺は応援するよー」
「あざーす」
このような、くだらない話題に延々と付き合える人だ。初対面でこれはすごくないか?
店内のお客様がお帰りになり私が後片付けしていると、カイトは本日終了の札を出してしまった。柳井さんときっちり話そうということなんだろう。
洗い物をしている私に柳井さんは話しかけてきた。
「りりちゃんはさ、童謡の『あんたがたどこさ』って知ってる?」
「知ってますよー。手鞠歌じゃなかったですか?
あんたがたどーこさ
ひーごさ
ひーごどーこさ
くーまもーとさ
くーまもーとどーこさ
せんばさ
……ですよね」
「お、上手上手。
その歌に出てくるせんばって、あるでしょ」
「ありますね」
「せんばって、なんのことか知ってる?」
「そういえば、何なんでしょうね。気にしたこともなかったな」
「それって、俺んち」
「…………?
はい?」
柳井さんはやはりにこにこしたまま私を見ていた。頬杖をついて楽しそうだ。
「喜多院の山門の前に日枝神社っていう小さな神社があるんだけど、そこの敷地が昔の仙波山の名残。その一帯が仙波だね」
「日枝神社って、東京の赤坂にある大きな神社ですよね? 行ったことあります。すっごい広くて立派な……」
「あ、赤坂のあれは川越の日枝神社の分社だよ。本社は川越」
「うそっ?」
「川越でも知らない人いるね。小さいけど重要文化財なんだけどな。
あと、喜多院に隣接する仙波東照宮って、日本三大東照宮の一つだよ。日光東照宮、久能山東照宮、仙波東照宮」
「えええええ………………」
「諸説あるけどねー」
……ああ、これって。
川越あるあるだ。
なんでそんなすごいの持ってるのに、宣伝しないの。アピールしないの。なんで街中で埋もれてんのよ。
信じられない……。
柳井さんはやはりにこやかに笑っていた。
「話逸れちゃった。
『あんたがたどこさ』の歌の続きは、
せんばやーまにはたーぬきがおってさ
ってなるじゃない?」
「そうですね」
「だからね、タヌキなの」
「……んん? はい?」
「仙波は、タヌキが護りをしてるの。護りの祭祀から綻びを埋めるところまで、全てタヌキが請け負ってます。
そのタヌキの、統括と守護者を務めてますのが、わたくし柳井皓貴です。
改めて、よろー」
笑いながら手を振るにこやかなチャラ男、イコール、柳井さん、イコール、タヌキの守護者?
え? 守護者って、しょーちゃんと同じ?
キツネじゃなくて、タヌキの守護者?
柳井さんは「あんたがたどこさの、その後のタヌキの扱い酷いよね。鉄砲で撃たれて煮て焼いて食われるからね」とボヤいている。
いや、まずその、キツネとタヌキが川越護ってるとか、聞いてないし。タヌキの守護者が、こんなチャラ男なんて聞いてないし。
私の混乱度合い、分かってくれるだろうか?
キツネがいるなら、タヌキもいるじゃん。




