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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第四章 ホップステップジャンプで!

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夜の一番街

きゅん狙い




バレーボールの練習試合はつつがなく終わった。

うちの学校の体育館での試合である。


2ー1でうちの勝ち。

早く終わったんで、もう一試合やったのだが。

2ー0のストレート勝ち。

へっへっへっへ。

あー、気持ちいい!



1セット目は取られたが、2セット目からちょいちょい相手ブロックの上からスパイク決めてやった。

しょーちゃんのキツネ遣いの力を借りた時、今まで以上に飛べたと思った。

その感覚のまま、トスの高さを上げてもらったのだ。ボール一つ分くらい。それだけで見える世界が全然違った。



3セット目には私が打たなくても、相手チームは総崩れになっていた。ブロックのマークが私に偏っていたので、先輩たちのアタックが決まる決まる。

私が飛べば相手ブロックが釣られて飛ぶんだもん。その間に先輩がきっちり決めてくれる。これほどやり易い試合はない。

私のヘッポコレシーブをなんとかするために、二年も一年も関係なく私をフォローしてくれる。おかげて私狙いのサービスエースは最低限で済んでいた。ありがたや~。



どこから噂が流れたのか、体育館の入口どころかキャットウォークまで、観客が大勢来ていた。

満遍なくうちの応援団なわけだから、バレー部のテンションもかなり上がっていた。スパイクが決まる度に歓声が上がる。これもまた、気持ちいい。

雰囲気がいいせいか、一年と二年のコミュニケーションがスムーズになっていた。あの中野ちゃんが先輩と話して笑ってる。これはすごい。



二試合目の1セットの前半で、私はキャットウォークにしょーちゃんがいることに気づいた。角田と渡邉に囲まれて、ちんまり見ているしょーちゃん。相変わらず、うっかり中学生が紛れ込んでいる風情だ。



……うそうそうそ。

来るなんて聞いてないし。今夏休みだし。

ていうか制服久しぶり。近くで見たい。だめだ試合中だ。



昨日の夜もLINEで「明日頑張って」しか入ってなかったのに。勝敗の報告にこじつけて『古狐庵』に寄ろうと思ってたくらいなのに。



嬉しくて飛び跳ねて手を振ってたら、審判に怒られた。イエローカード出るかと思った。危ねえ。



しょーちゃんは眼鏡を外して片手で顔を覆っていた。




勝利に酔いしれながら試合が終わり、後片付けが終わった後、延々とバレー部からの勧誘が行われた。

女子バレー部(じょバレ)総出で、私を勧誘にかかっている。

埼玉県大会(けんたい)目指せるとか、一緒に春高行こうとか。

攻撃の軸を私に定めてゲーム戦略を練るとか、監督も言い出してきた。


ありがたい話なんだけど。

運動部の楽しさとか、分かってるつもりだけど。

今日は目いっぱい楽しかったけど。



私は他に、自分の時間を使いたいんだよね。





着替え終わって外に出たらもう空は暗くなっていて、西側の山並みだけがほのかに稜線を描いていた。秩父連山が川越からはよく見える。

あちゃー、遅くなったなあ。


いったい何時だよとスマホを見ると、LINEが入っていた。

しょーちゃんからだ。

LINEでは一言。


『待ってる』



うわ、うわ、うわー。

どんだけ待たせてんの?

もう帰っちゃった?

でも、帰るなら帰るって入れるよね。



待ち合わせ場所は多分あそこだ。

本川越の駅ビルに入ってる本屋さん。


参考書のコーナーにはいなくて、マンガにも小説コーナーにもいなくて。

専門書のコーナーで経済学の本、立ち読みしてる背の低い童顔な高校生。制服姿久しぶりだよね、しょーちゃん。やっと近くで見れた。

どんだけ待っててくれたのーっ。


「……しょーちゃん、ごめんっ。LINE気づくの遅すぎたっ」

「大丈夫だよ。僕が勝手に待ってただけ」

「一旦家に帰れるくらいの時間待たせたよね! 何時間待たせたの、私っ」

「だから、平気だってば。

……行こ」



しょーちゃんがいつもみたいに私の肘を引いて、すぐに手を離した。


……あー。


今日は、なんだかそれが寂しい。スマートな仕草が物足りない。

なんだかもうちょっと。


くっついてたいんだけど。



……なんて、言えるか!

恥ずかしいわ、私。

どの面ぶら下げてそんなこと思ってんだ。




しょーちゃんはどんどん先に進む。

駅ビルを出て、右方向が帰り道だ。

それをしょーちゃんは左に曲がった。


あれ?


「しょーちゃん、こっち?」

「今日はこっち。少しだけ遠回り」

「この方向って、少しかな?」

「あ、割と川越分かってきたね」



明るい通りをしょーちゃんと歩いた。

広い歩道が、途中でちょっと狭くなる。

歩道にアーケードがついて、昔ながらのお店と新しいお店が混在している、雑多な通りを通り過ぎた。

その先へ進むと――


「……うわ」

「一番街、来たかったんでしょ」



川越一番街は、川越観光の主軸。

蔵造りの街並みだ。

道の両脇を蔵造りの建物が並んでいて、江戸の風情を今に残している。重厚な黒い壁と屋根瓦がずらりと並ぶ通りは圧巻だ。


夜の帳が下りた一番街は、暖色の街灯に照らされて幻想的な雰囲気になっていた。江戸時代にタイムスリップしたと言われたら一瞬信じそうなくらいだ。

観光名所の一番街だが、お店が閉まるのは早い。

なので観光客の姿はちらほらで、蔵の街は静かな夜の中に佇んでいた。



「……しょーちゃん、実は。

ここへは明るい時間に友達と来たことがあって」

「そうなんだ」

「だって川越の名所じゃん? 川越といえばこの蔵造りの通りだからさ。友達が連れてきてくれたんだけど。

でも、その時は人の数がすごくて、なんだかよく分からないうちに終わっちゃった」

「そうだろうねえ。

日中は近寄りたくないもん」

「夜は、いいね。もしかしたら、昼間よりいい」

「僕は夜の方が好きだな」

「もったいないなー。こんなに綺麗なのに、観光客あんまりいない。

みんな川越来たら、コレ見て帰ればいいのにね」



私が蔵造りの街に見とれていたら、しょーちゃんが手を繋いできた。

指先を絡めて繋いでくれる。

暑いからお互いの肌は汗ばんでいた。


うわ、なんだか改めてドキドキするよ。



歩こ、としょーちゃんに促されて私たちは歩き出した。

傍から見たら私たち、ちゃんと恋人同士に見える……かな?



「……りーり、格好よかったよ」

「バレー?」

「うん。今日のために頑張ってたんだな、ってわかったから。

カイトに、引き受けたからにはちゃんとやるって、言ったんでしょ。ちゃんとやるってそういうことか、って思った」

「……しょーちゃんには、どこまで読めているのでしょう」

「さあ、どこまでかな?

バレーボールの試合見たの初めてだけど、りーりがすごい選手だってことはわかった」

「あれは、先輩が引き立たせてくれたからだよ。バレーボールってスパイカーに目が向かいがちだけど、正確なトスを上げるセッターとか、ちゃんとレシーブが返せる守備なしには始まらないし」

「あれ。意外なほど謙虚だね」

「しょーちゃん? 君はいったい、私をどんな目で見ているのかい?」

「さあね」


さらっと受け流すしょーちゃんの横顔を見た。

暖色の街灯に照らされたしょーちゃんは、すごく楽しそうだった。

私も楽しい。もう、他とは比べられないくらい、楽しい。私の中ではこの時間が一番楽しいんだ。



バレーやると、この時間が削られてしまう。

女バレの上下の不仲は、今日でかなり解消されただろうし。中野ちゃんの部活の愚痴もかなり減るだろう。


やるだけやったから、これから私は私のために時間を使いたいんだ。

しょーちゃんと過ごす時間、『古狐庵』で過ごす時間の方が、私には貴重で大切なのだ。



有名な時の鐘をしょーちゃんと横目で通り過ぎた。川越のシンボルを眺めながら、「あれ、実物ショボくない?」「ショボイ、言わないの。川越生まれの在住民くん」「川越の観光ポスター見ると別物だもん」「そこはカメラマンの腕を褒めてっ」なんて下らないことを話しながら歩く。どうでもいい会話が楽しい。

繋いだ手が暑い。でも嬉しい。



東京ではすっかり、江戸時代の町の風情はなくなってしまった。

江戸時代の町の風情が偶然残って、小江戸と称した街が川越だ。

地元の人としてここを恋人同士で歩けるって、なんだか幸せなことな気がする。



蔵造りの通り沿いに小さく設けられた休憩所で、しょーちゃんは足を止めた。

私を可愛い笑顔で見上げてくる。

うー、今日もいいお顔っ。



「りーりは、川越で他に行きたい所あるの?」

「えーとね、いくつかあるよ!

……いきなり聞かれると、すぐに出てこないけど」

「前に、調べたって言ってたよね」

「そうなんだよー。

時の鐘と一番街は見たし、この前喜多院行ったでしょ。あとは」

「目、閉じて思い出してみなよ」



しょーちゃんに言われて私は目を閉じた。

なんだっけな。

菓子屋横丁行ってみたくて、川越氷川神社の風鈴の飾りも興味あって、川越祭り会館もいいかなって思ってたけど、中野ちゃんが川越祭りの日に山ほど見れるからいいとか言ってたし……。



私の肩に手がかかった。

軽く体重がかけられて、しょーちゃんの気配がすごく近くて。

私の唇に何か触れた。


目を開くと、イタズラに成功したような煌めく目の、童顔な彼氏が私を見つめていた。

しょーちゃんの唇を、思わず見つめてしまう。

あれ、触れたよね? 私の唇に?


薄くて小さな唇は、にっと弧を描いて笑った。



「りーりのキス、もーらいっ」



……うわああああああああ!!!


完全に血が上って目の焦点が合わなくなった。

くらっとした私を支えて、しょーちゃんが「目標は、背伸びしなくてもできるようになる」と呟いてたとかなんとか。


いや、そうじゃなくて、あなた、中学生に見える童顔で、そんな風な、キスの仕方とか、わああ、なんていうか………………キスされちゃったよ、私!



動揺激しい私を見て「真っ赤なりーり、かわいい」とあどけない笑顔を向けてくる男子って、割とタチ悪いというか手に負えないというか勝ち目ないっていうか……。


認めるよ。完敗だよ。

そもそも勝ったことなんかないけど。

だからなんていうか。



お手柔らかにお願いします。

第四章、完結です。


蔵造りの通りは日中ほんとにヤバい人です。歩道が確立してなくて(なんせ昔の通りのままだから。道幅広げるわけにもいかず)車もバシバシ通ってます。路線バスとか普通に通るんです。観光の際はお気をつけて。

一方通行にしようとか、色々あったみたいですが、生活道路だから難しいみたいですね。

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