キツネ遣いの力
なんか、みつけた。
雛ちゃんが、自分がフラれたと気づいて呆然としている所へ、宮野父が駆けつけてきた。
雛ちゃんから連絡を受けて、仕事の合間にやって来たのだろう。朝の雛ちゃんの夢の事もあるし、それは心配にもなるよね。
だが、その前に、ちょっと……
「宮野父、どうしました?」
「……はい?」
思わず私は声をかけてしまった。
だって、宮野父の容貌が変わりすぎている。
会ったのは十日くらい前か?
あの時と比べて目の下の隈はひどいし、頬はコケてるし、白髪増えた気がするし。
疲れにしたって、ここまで人って変わるもんか?
カイトもちょっと驚いたようで、体調でも崩されましたか? と話しかけていた。
とりあえずお社の神様について、カイトが細かく話している。
お社を何もせず放置しているから、このような事態が起こったこと。神様は宮野一族が自分を祀ってくれるものと思っていること。神様を別の社に移しそのまま祀るか、天にお返ししなくてはならないこと。
宮野父は目を見張って話を聞いていたのだが。
しょーちゃんが眼鏡を取って宮野父を観察していた。青みがかった目を少し眩しそうに細めている。ちょうど太陽の光が斜めに降り注いでいた。
しょーちゃんはそれでも、宮野父の頭の上の方をじっと見ていた。
私には何も見えないが。
「しょーちゃん? どうかした?」
「……この前は見なかったと思うんだけど」
「何が?」
「宮野父の頭上に、何かいる。異形ではないと思うんだけど……りーりは見えない?」
「私は全く」
「では、異界のものではないのか」
私は思いついてしょーちゃんの手を握ってみた。
しょーちゃんはちょっとびっくりしたみたいだけど、反対の手で宮野父の頭上を示した。意図は伝わったみたいだ。
しょーちゃんに触れていれば、私でも異形が見れる。宮野父の頭上のもの、しょーちゃんが見えるなら私もしょーちゃんの力を借りて見えるかと思って。
案の定、見えた。
茶色と白の何かだ。
二十センチくらいかな。
背中にイボイボっぽいものがついてるような。
お腹は白っぽい。
そして、全体的にぬめっとしている。
てか、動いてんじゃん。気色悪ぅ。一歩ずつべたりと動く。なんだあれ。
「……カエル?」
「僕の知識によれば、ヒキガエルっぽいんだけど」
「なんでカエルよ?」
「わかんないよ。
でも、あのカエルはぴょんぴょん飛ばずにああやって歩いて移動する」
「だからべたって動いてるの? ていうかあのカエル、私たちに見つかったことに気づいて逃げてない?」
「……逃げてるね」
「捕まえる? 宮野父と関係ありそうだよ」
宮野父の頭上1メートルくらい。
割と高い。届くかどうか微妙なとこ。
「りーり、どうやって捕まえるの」
「助走距離さえ確保できればなんとか届くかなと思って」
「僕と手を繋いでないと見えないのに?」
ううっ、そうだった。
しょーちゃんが飛んだとしても……無理だ。
百五十ウンセンチじゃ届かない。
カエルを見上げると、明らかに逃げている。さらに高みに行こうとしてる気がする。
捕まえるなら、今しかない。
「しょーちゃん、しょーちゃんの力、私にちょうだい。そうしたら、手を離しても見えるかも!」
「どうやって?」
「ほら、カイトたち遣うみたいにやれば……」
「絶っっっ対にダメ!
りーりはキツネじゃない! りーりは使役をわかってない!」
「でもほら、カエル逃げる!」
カエルの動きが速くなってる。一歩一歩が速い!
このままじゃ逃げられる。せっかく何かのヒントになりそうなのに!
「しょーちゃん、ほら、しょーちゃんの力、炎みたいなやつ、いつも力使うとき纏ってるじゃん。あれ私に渡して!」
「……りーり、あれ見えてるの?」
「熱のない炎みたいのでしょ! なんとなくだけど見えてるよ!」
「だけど」
「早く! 届かないとこ行っちゃう!」
「……できるかどうかは、わかんないよ」
覚悟を決めたような顔して、しょーちゃんが私に抱きついてきた。しょーちゃんの体から熱のない炎が吹き出した。
キツネ遣いの力。
しょーちゃんが私に抱きついたまま、囁いてきた。
「……全身に炎を纏うイメージして。小手先じゃ操れないんだ。体の全てが燃えるつもりで」
「うん」
「全部が燃えたと思ったら……行って!」
炎が全身を巡る。表面じゃない、体内を巡っている。熱くないけど、ごうごうと燃えている。
私の表面からもちらちらと炎が見える気がする。
足先も指先も頭の上まで燃え上がって、一旦炎が落ち着いた。
今だ!
宮野父の頭上、ちゃんと見える! 見えてるよ! 茶色い両生類。
助走距離確保。バレーボールのスパイクと同じ要領で。
助走しながら後ろに腕を引いて、腕を思い切り前に振り出す。
高く、もっと高く!
行けえええええええ!!!
練習の時よりちょっと高い位置。
そこにいた何かを掴んで、私は地上に飛び降りた。
事情を知らないカイト、宮野父、雛ちゃんが、冷たい目で私を見ている。
そりゃあね。私って今、唐突に走りよってきてジャンプして着地しただけに見えるよね。不審者だよね。
雛ちゃんに至っては、しょーちゃんに抱きつかれたところから私を見てるので、ひじょーにシビアな目をしていた。
あの、色々と事情があるのですよ?
それでも、私が突然差し出したヒキガエルを見て、カイトの雰囲気が急変した。私が掴んで地上に引き摺り下ろしたら、カエルは実体を露わにしたようだった。宮野父も雛ちゃんも、気味悪そうにカエルを見ていた。
「なんですか、これ……」
「宮野父の頭上一メートルほどのところで蠢いてました。普通の人には見えないし、触れなかったと思います」
「やだ、気持ち悪い……」
カエルの後ろ足を掴んで佇む私を、雛ちゃんが気持ち悪そうに見ていた。
カエルだけじゃなく、私ごと気持ち悪いんかい。
カイトがその辺に転がっていた植木鉢にカエルを入れてくれた。じっくり観察している。
見た目、ただのヒキガエルだけど、カイトの目の色は深い。
鋭い眼差しで宮野父を見やった。
「……宮野さん。人から恨まれたりなど、身に覚えはありますか」
「私は市議会議員も勤めていますから。
味方はもちろん多いですか、敵対する方もいらっしゃるでしょう」
「そうですか……」
「それが、何か?」
「わかりました。
……今回の依頼は、ただ今決着がついたようです。
後日報告書を提出いたします」
「なんですと?」
「それと、先程お話しましたお社の件、できるだけ早く対処された方がいいですね。できれば今日明日にでも」
これ貰っていきます、とカイトはヒキガエル入りの植木鉢を持ち上げた。
解説は、次回!




