神は知らない
雛ちゃんの以前住んでいた家は、田んぼと畑に囲まれた一軒家だった。敷地はとても広い。コンクリートの塀からおうちの建物までわりと距離があって、そこ一帯は畑にしていたのだという。
時々雑草を刈る作業員を入れているとは言っていたが、季節柄、人の住まない家の雑草は自由奔放に生えていた。
しょーちゃんが虫除けスプレーを持参していた。しょーちゃんは時々、女子力が高い。
おうちは二階建ての和風建築で、立派なお宅だった。まだ充分住めるのに引っ越したんだね、もったいない。
庭の方に廻ってみた。植え込みや大きな石で和風の立派なお庭だったんだろうが、いかんせん雑草がすごい。おうちから庭に面したところだけが石が敷き詰められていて、そこは雑草よけのシートでも引いているのか、草の侵食は免れていた。
目的のお社は建物の一番奥にあった。
さっきお店で見た映像のように、木製でぼろぼろのお社だった。先程と違うのは、扉が開いていないこと。視線を感じないこと、だった。
カイトとしょーちゃんがしゃがんで手を合わせている。私も雛ちゃんも慌ててそれに倣った。
カイトが立ち上がってお社を見下ろした。
「……未だ、御座します」
「?
どういうこと?」
「神がいらっしゃる。この社は神を上げていないな」
「??」
「さっき、中のものと目を合わせてないか聞いただろう? お社の中に神がいらっしゃる。目を合わせては不敬にあたる。高い確率でバチが当たる」
「???
ますますどういうこと?」
「個人や会社などの敷地に作られる社の事を邸内社というんだが、これを移動または廃棄するなら、それなりに儀式が必要になってくる」
「儀式?」
「神がいらっしゃるまま社を壊してみな。確実に祟られるぞ」
……げえっ。
神様って、そっか。
願いを聞いてくれるだけじゃないよね。
祟り神、って話も聞いたことあるもんね。
しょーちゃんも深く頷いている。
「お社の維持ができないようなら、神様を天に戻す祭りを行わないと。神主さんを呼んで天にお帰りいただく儀式をするんだけど。
宮野さん、そんなことした記憶ある?」
「……ないです。
ばたばた引っ越ししただけで」
「では、神様はまだここに残っていらっしゃる。
そして、自分を祀らなくなった一族に働きかけている」
雛ちゃんの顔から血の気が引いた。
このお社にいる神様を祀る一族というのは……ここに住んでいた宮野家のことだ。邸内社を管理していた宮野家だ。
神様は宮野家の引越しの事情なんか知らない。
神様は修復も掃除もされず、祀りを行わない一族に腹を立てた。自分を祀るよう働きかけた。
祀らないと痛い目にあう。嫌がらせのようなものから命を奪うものまで。
一連の騒動は、神様の仕業だったんだ。
カイトが少し眉を寄せている。
「しょーちゃん、それにしては、ターゲットが偏ってないか」
「そうだね」
「神を祀る者が対象であるならば、宮野一族誰もがターゲットとなるだろう」
「あまりにも宮野父に偏ってると」
革靴の底が抜けるとか、選挙ポスターが傷つけられるとか、車が傷つけられるとか、大体の現象が宮野父に纏わるものばかりだった。実際、雛ちゃんが怪現象に悩まされながらも、しょーちゃんにうつつを抜かすくらい余裕があったのは、雛ちゃんに実害がなかったからだ。
雛ちゃんはぶんぶんと首を振ってその言葉を否定した。
「私も祟られました! 今朝ですよっ。
私、祟られている当事者ですから!」
「夢には出たね。でも実害はまだない」
「ロミはっ? 愛犬のロミは死にました!
私、すごくショックで……」
「宮野父が大切にしている物、となると辻褄は合う。愛犬と、娘」
「私はお父さんのついでってこと?
私、こんなに可哀想なのにっ?」
「……」
「私、不安で怖くて仕方ないんです! だから加藤さんを頼ったのに! 私、可哀想じゃないんですかっ。守ってくださいよっ」
ねえ加藤さんっ、としょーちゃんに飛びつきそうな雛ちゃんを、私は止めた。雛ちゃんは涙目で私を睨んてきた。
こんなことで泣けるのか。これが女の泣き技かあ。私にもできるかな。……できる気しないわ。
――そしてここにきて、本音がダダ漏れたね。
私は雛ちゃんにしっかりとガンを飛ばした。
やりたくてもできなかったんで、それはもうしっかりと。
「安い同情押し売りすんな」
「!」
「可哀想な自分を構ってほしい、可哀想な私を放っておけないでしょ、とか思ってんなら、確実に戦術ミス」
「なんで……」
「しょーちゃんはあんたの同情を買うためにいるんじゃないんだよ」
雛ちゃんはしょーちゃんを縋るように振り向いた。加藤さんならわかってくれる、とか思ったんだろうが。
しょーちゃんは残念そうな顔で雛ちゃんを見ていた。
「加藤さん……!」
「もちろん、可哀想だとも思うし、同情もするよ。
だけどその前に、僕らは君のお父さんから調査依頼を受けた、調査機関の調査員だよ」
「加藤、さん……」
「僕らの仕事は、君の夢と現実の現象がリンクする理由を調べて、原因を突き止めること。できれば解決に導くこと」
「なんで? あんなに優しくしてくれたじゃないですか! 私の事気にしてくれたじゃないですか!」
「しょーちゃんはみんなに優しいんだよ。あんただけじゃない。
しかも雛ちゃんは依頼人。依頼の内容を聞くのは調査員の仕事でしょ」
「なんで佐伯さんが加藤さんのことしょーちゃんなんて呼ぶのっ。あなた、橋場さんの彼女でしょっ!」
唐突に話がぶっ飛んだ。
典型的な、八つ当たりだ。
びっくりするほど自分本位に考えてるわあ。
ところで、橋場さんて誰だっけ?
あ、橋場界人って、名刺見たな。
無表情に見えてしっかりと引いている、壮絶な美貌のカイトを私は見た。
私がカイトの彼女?
……ふ・ざ・け・ん・な。
「カイトの彼女じゃないし! ……てか、金積まれたってカイトなんか選ぶか」
「嘘つかないでっ。あんなに仲良く喧嘩してるくせに、何言ってるのっ?」
「……どこをどう見たら、仲良く見えんの?」
「なんでよ! 恋人同士じゃないの、お似合いなくせに!」
「その誤解、ものすっご、迷惑」
「そっちはそっちでくっついててよ。
私は加藤さんと付き合うんだから……!」
「……いい加減にしようか」
しょーちゃんが雛ちゃんの言葉を制した。
しょーちゃんの顔には、雛ちゃんが見たことの無いだろう、冷静な表情が浮かんでいた。ヒンヤリとした硬質な気配が漂う。
多くのキツネを従えている威厳が、しょーちゃんの影から沸き立つようだった。普段は出すことの無い、しょーちゃんの違う一面だ。
冷たい視線が雛ちゃんを刺した。
「僕らの関係を君が邪推したところで意味がない。
そして僕らにとって、君は調査を依頼した依頼人で、それ以上ではない」
「……加藤、さん」
「君にもそのつもりでいて欲しかったんだけど。
そうでないなら、わきまえて欲しい」
しょーちゃんはこちらが惚れ惚れするほどキッパリと線を引いてきた。
「君に調査依頼以外の目的があるんなら、それは僕にとって必要のないものだ。
全てお断りする」
雛ちゃんは完全に凍りついていた。
冷たくあしらわれたことにショックを受けているようだが、言われた意味はわかってる?
対するしょーちゃんは雛ちゃんのことなど、全く気にかけてないみたいで。カイトと仕事の話をし始めた。
……しょーちゃん。
なんつーか、すごく………………男前。
こんな童顔であんな事言ってくれるんだから。見てるこっちがメロメロです。
……もう一回惚れ直すっての。
あー、もー、好きっ。
ねえ。私の彼氏、すごくない?
またりーりを射抜いたね、しょーちゃん。
スナイパーか。




