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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第四章 ホップステップジャンプで!

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変化

夏の川越は暑いです。

ハンパねえ、です。

気を抜いたら熱中症一直線です。




一応、雛ちゃんは自分のこと以外にも話すことは話していたようで。

というか、しょーちゃんが細かく聞き出したんだろうな。

雛ちゃんの、おばあちゃんの部屋にいる夢は、少しづつ変化してきているという。


「ここで初めに話してくれた時、宮野さんは祖母の部屋の入口から部屋を見ていたと言っていたよね」

「ああ。送られてきているデータにも、部屋の入口とあるな」


カイトがタブレットを確認している。

しょーちゃんは頷いた。


「今宮野さんが見ている位置は、部屋の真ん中だそうだ。

少しづつ部屋の中に入ってきている」

「……どういうことだろう」

「わからない。そして、祖母の部屋の夢の中では、必ず視線を感じるんだって」

「溶ける夢はあれから見てるの?」

「一昨日話しを聞いた。宮野父の会社が入っているビルが溶ける夢だ」

「ビル? じゃあ、ビルが壊れたの?」

「ビルには異常なかったけど、ビルの駐輪場で小火があった。放火の疑いで調べられている」



カイトがしょーちゃんに目を向けた。

解決の糸口すら掴めてないので苛立っているようだった。顔が険しい。


「キツネからの報告では、宮野家のマンション、及び今回のビル近辺で、綻びは見つかっていないようだ」

「僕も宮野さんを送っていくついでにマンション付近は見たけど、あの辺に綻びはないね」

「綻びはなく、異形の気配もないのに、事象は明らかに異形の仕業に近い。しかも頻発している」

「雛ちゃんは大丈夫? 怖がってない?」


私がしょーちゃんに聞くと、しょーちゃんは首を傾げた。宙を見上げて思い出しているようだ。


「怖がってはいないと思うな。ね、カイト」

「どちらかというと、しょーちゃんと話せることが嬉しくてたまらん、という風に見受けられるが」

「こんなに変なことが頻繁に起きてるのにねえ」

「彼女に実害はあまり無いんだ。恐ろしい夢を見るだけで。具体的に現実で怖い目に会ったことはないから」

「溶ける夢を見るとしょーちゃんがしっかり話を聞いてくれるから、それはそれは楽しそうに話してたぞ。

何度も同じことを繰り返して、怖かったアピールを忘れず」

「……僕は辟易したよ」


しょーちゃんがゲンナリしている。

本当に、グイグイ話す子なんだなあ。そしてグイグイ来れば来るほど、しょーちゃんは引いているんだろう。噛み合わなさが酷い。



「視線もずっとあるってことは、しょーちゃんのお守りは効いてないってことだよね」

「枕元に僕のシャーペンを毎晩置いて毎晩僕を思い出してるって、ちょっとキショいこと言われた」

「しょーちゃん。苦手とはいえ一応ね、女の子から言われてるんだよ。キショいとか言わないの」

「じゃあ、キモイ? エグイ? クサイ?」


全部だめー!

……しょーちゃん、伊達にカイトの上司じゃないな。可愛い顔して、毒吐かせると結構黒い……。


カイトが八方塞がりだと言うように肩を竦めた時、お客様が来店した。カイトの完璧爽やかスマイルが炸裂する。うちの店長、切り替え早い。



さすがに第三者がいる場で、こんな異形関係の話はできないので。


この日はそのまま散開となった。

雛ちゃんに異変が見られたのは、その四日後のことだった。





カイトから留守電が入っているのに気づいたのは、バレーの練習が終わった後だった。すぐに来いと言う。


今日はバレー部の体育館使用が午前までだから、早朝からみっちりしごかれてきた。今日はスパイクとブロックの精度を上げる練習だ。


うちのバレー部のブロックは、相手のトスがどこに上がるか見極めてから飛ぶリードブロックが中心なんだけど、相手のスパイカーがストレートで打ってくるかクロスでくるのか、私には読めない。

そのスパイクの方向によってブロックに飛ぶ位置が変わるんだけど、私は完全に当てずっぽうだ。先輩はなんとなく読めるとか言ってるから、さすがだよ。


あとは相手チームのスパイカーがストレートとクロスどっちが得意か、頭に叩き込んでおく、だそうだ。相手チーム、スパイカー何人いるんだ? 背番号で覚えていいんだよね?





てことで、みっちり練習して足を引き摺りながら『古狐庵』へ向かった。

今日はかなり飛びすぎた。足の裏痛いし。相変わらず太ももパンパンだし。気のせいか頭も痛い。

そして、今日の川越も暑い。

日差しが刺さる。日差しが痛ぇ。

無風って、湿度上げるよね。汗が蒸発する気しないわ。まとわりついて垂れていくだけ。



『古狐庵』には本日貸切の札が出ていた。

あれ? 貸切なの? 聞いてないな。

そもそも私、バイト入ってないから聞けるわけないか。

ぼんやりしたまま入口の引き戸を開けた。



店内にはカイトとしょーちゃん、それから雛ちゃんの三人。入ってきた私に一斉に目を向けてきた。


私はぐわっと目を剥いていた。

視線が一点に集中してしまう。



雛ちゃんが両手で握ってるの、しょーちゃんの手だよね? 涙目の雛ちゃんがしょーちゃんの手を握ってるって、どういうシチュエーション?

私だって両手でしょーちゃんの手なんて握ったことないんだけど。私、しょーちゃんの彼女なんだけど。



なにやってんの?



雛ちゃんがしょーちゃんに目を移した。なんとなく、不満気だ。


「あ、佐伯さんも呼んだんですか……」

「りーりは調査員だよ。当たり前」

「でも、最近いないから。私の事なんてどうだっていいんじゃないかと思って」

「情報は共有してる。ご心配なく」

「いえ、加藤さんがいれば、安心だし」


雛ちゃんが女の子らしく恥ずかしげに俯いた。

しょーちゃんの手は握ったまま。



あのう、女の子に手握られたまま座ってるけどさ。

しょーちゃん、なにやってんの?


さっきまでAクイックの特訓とかって、汗だくで早いトス打ってたんだけど。

私、なにやってんの?


汗ドロドロのジャージの私。

少し背伸びした大人っぽいオリーブ色のワンピに、髪もゆるふわアレンジした雛ちゃん。

私、本当に、なにやってんの?



頭に一気に血が上ったんだと思う。くらくらする。言葉が出ない。

頭の中は疑問でいっぱいだ。


なにやってんのなになやってんのなにやってんのなにやってんのなにやってんの……?



バシャっと頭から冷水を浴びせられた。

比喩じゃない。

カイトが水差しの水を一気に私の頭にかけたのだ。

髪からボタボタ水が滴っている。

氷の入った非常に冷たい水である。飲むと美味しいやつである。

その向こうに、無表情で私の前に立つ背の高い美貌の男。片手に銀色の水差しを持っていた。



「……なにやってんの、カイト」

「こっちのセリフだ。明らかに熱中症だろ、りー」

「……だからって、乙女の頭に水ぶっけたりする?」

「効率優先」

「あんたねー!」


しょーちゃんが私の手を引っ張った。

店の裏、階段の方へ連れて行ってくれた。その奥にお風呂と洗面所があるのだ。

しょーちゃんがタオルを渡してくれる。気の利く人である。



「シャワー使って。バカカイトがごめん」

「全くだ。バカカイトは後でシメる」

「着替え持ってくる。カイトのだけど」

「……くそう。彼シャツは私の体で無理なのか」

「何?」

「なんでもないっ。ありがと、しょーちゃん」



突然しょーちゃんが、くっと私を引っ張った。私の肩先に額を寄せた。うわ、近い! 私、汗臭いのにっ。

しょーちゃんは私の動揺に構わずボソッと呟いた。


「……りーり来てくれて、助かった」

「しょーちゃん?」

「あの子ずっと、あの調子で。不安なのは分かるんだけど」

「……何か起こったの?」

「後で話す。

それにしても、距離が近すぎる。カイトも殺気立つし」

「ああ、カイトはね……」

「少しくらいなら仕方ないかと思う。でもずっと手を握ってるのはおかしい。相手のことを考えてほしい」

「うーん……」

「僕は、そういう人は苦手だ。

僕はりーりがいい」



しょーちゃんはそれだけ言って二階へ上がって行ってしまった。



私は洗面所のドアを閉め、ロックをかけた。

洗面所の前でしゃがみこむ。

しばらくそのままでいたんだけど。

声にならない悲鳴が上がった。



聞いた? 聞いた?

僕はりーりがいいって、言ったよね?!

しょーちゃんが言ったよね?!

りーりがいいって、言ったんだよね!

ヤバい、頭おかしくなりそう。

くらくらしてきた。さっきもなったな。



あ、熱中症……。


シャワー、冷たいシャワーが必要だっ!

頭冷やせ、私っ!

きゅんより先に早めに身体を冷やせ、りーり。

熱中症舐めんな。

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