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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第四章 ホップステップジャンプで!

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毎日来てる

こてんぱんにやられてるりーり。




久々のバレーの練習は、非常にキツかった。

とにかく、色々キツかった。

レシーブ、下手になってる。

スパイクの到達点が、下がってる。

タッチネットだのドリブルだのラインオーバーだの、細かいミスが出るわ出るわ。


中二の頃より身長伸びてるのに、理想通りにボールに手が届かないっ。絶対現役の時は打てたのにっ。

女子バレーはスパイカーだろうがレシーブ上手くないと使い物にならない。サーブレシーブでセッターに上手く返すパスをAパスと言うが、まずAパスが返せない。この五日間はスパイク練習よりレシーブばっかりやっていた。


同時進行で攻撃サインを暗記する。セッターから次の攻撃の指示を指のサインで知らされるのだ。これも瞬時に理解しないと話にならないので、ひたすらノートに手書きして頭に叩き込んでいる最中だ。



二年の先輩たちは、仮入部からバレー部を蹴った私が気に入らないらしく、陰でこそこそ文句を言っている。背が高いだけでレシーブはロクにできないじゃん、あのタッパの割にスパイク低いしさ、監督マジであの子使うの? などなど、言いたい放題ありがとう! 聞こえてるよ! 全部その通りだと思うよ!


中野ちゃんたち一年生は私をフォローしてくれていた。一年生はスパイカーとして活躍できる子がまだいないみたいで、それで私を頼ってくれたみたい。二年が頼りないからりっちゃん連れてきたのに、あの人たち分かってないよね! りっちゃんがブロック立ったらあの人たちスパイク抜けないじゃんね、などとこちらも言いたい放題。

一年と二年、仲悪ぅ。



部外者の私はその辺のやり取りには一切関わらないようにして、ひたすらレシーブの精度を高めることにした。

三日目くらいで、ようやくAパスが返せることもある、くらいになってきたよ。

五日目の今日はスパイク練習も混ぜこまれた。足がパンパンで膝ががくがくする……。



体バキバキの筋肉痛で帰宅途中、私は『古狐庵』に立ち寄ることにした。

夏の川越は、暑い。べらぼうに、暑い。

東京より暑い気がするよ。


嘘かホントか、東京で冷房を使った際に出た室外機の熱が、風に乗って川越にやって来ている、なんて噂も聞いた。熱帯夜も随分続いてるもんね。最近は夜になっても気温がなかなか下がらない。早朝の一瞬だけ熟睡できる感じだ。



「……カイトー、水くれぇ」


店内のお客様には爽やかに「いらっしゃいませ」を言った後、私はカウンターにいる超絶イケメンに水をおねだりした。イケメンは綺麗な顔を嫌そうにしかめながら、それでも氷の入った水のグラスを置いてくれた。

お、グラス大きいやつだ。ありがたいありがたい。



「……用もないのに立ち寄るな、りー」

「暑かったんだよう。今、死ぬほど暑い時間なんだよう。帰宅途中に涼しいバイト先があったら立ち寄りたくなるだろー?」

「水飲んだらさっさと帰れ」

「少しくらい休憩させてくれよう。体もバキバキなんだから」

「……例の、バレーボールか?」

「そうだよ。見て見て、レシーブやり過ぎの腕」


私はカイトに真っ赤になっている両腕を見せた。肘から下の皮膚は全体的に赤く、ポツポツと内出血の青い点が見える。治りかけの紫と黄色もある。色とりどりの腕だ。美しくないけど。

バレー初心者あるあるの腕である。


カイトが眉を寄せて私を見た


「よくそんな腕になるような依頼、引き受けたな」

「もうちょっと上手くできるかと思ってたけど、甘かったわ」

「やめてもいいんじゃないのか?」

「やめないよ。引き受けたからには」

「それ程の義理があるのか」

「うーん、私を頼ってくれた人がいる、と思うとね。中途半端なことはしたくないし」


カイトが何か言いかけた時、ちょうどお会計が入った。

カイトが接客の時だけ見せる、完璧爽やかスマイルで対応した。女性のお客様は大抵これでポッとなる。

うちの店長は、見てくれだけは凄くいい。

性格は全く伴ってないけど。



お客様と入れ違いで、しょーちゃんが帰宅したみたいだ。母屋からカフェに顔を出して、私を見つけて目を和ませた。しょーちゃんが優しく笑ってくれるだけで、寄ったかいがあったってもんだ。はあ、今日も良いお顔。



「りーり、来てたんだ」

「しょーちゃあああん、五日ぶりー」

「うん。

なんだか、大変そうだね」

「そう見える?」

「顔が疲れてるよ」


私は自分の顔を触った。

顔まで疲れが出てたのか。

でも、そういうしょーちゃんも、なんだか疲れたような顔してる。

しょーちゃんは冷蔵庫から麦茶のポットを取り出して私の隣に座った。自分のグラスと私のグラスにも麦茶を注いでくれた。



「今回の依頼の件、情報擦り合わせておこうか。今、お客さんもいないし」

「雛ちゃんの件だね」


雛ちゃんの名前を出したら、しょーちゃんがなんとも言えない顔をした。甘いと思って口に入れたらしょっぱかった、みたいな顔だ。

疲れがどぱっと出てきたみたい。

お? どうした?



「宮野娘、毎日来てるぞ」


カイトが表情を動かすことなくそう言った。



は?

夢で見た内容の報告は、一日ごとって言ってなかったか?

毎日来てるの? 必要ある?



「勉強にかこつけて毎日来てるな。しかも勉強は僅かな時間で、しょーちゃん相手にずっと喋ってる」

「……しょーちゃん、一日ごとにって、言ってたよね」

「……なんだか、僕はちょうどいい話し相手にされたみたいで」

「一方的に自分のことを話してる。何が楽しいんだか」

「勉強も伝わってる気がしないんだよね。英単語とか、ザルのように抜けてんの、どうすればいいの」

「あの娘、しょーちゃんの話聞いてないからな」



何、それ。

私がバレーやってる間、しょーちゃんはずっと雛ちゃんの相手してるの? もう五日連続でそんなことになってるの?



私の五日間て。


筋肉痛になって痣だらけになって、体育館で転げまわってます。しょーちゃんにも会わずに、ボール追っかけてます。

床のラインとネットの高さと、攻撃のサインと……。

体育館とボールの景色しか出てこない。

私、何やってんだろ。

バレー部員でもないのに。



なんだかずどーんと、落ち込んでしまった。

なんか、やらんでもいいこと頑張ってないか、私。

無駄なことしてないか?

大事なもの失ってないか?



しょーちゃんがチラッと私に目を向けて、カイトに頼み事をした。


「……カイト、依頼データの確認がしたい。タブレット持ってきて」

「ああ。二階で充電中か」

「うん。頼むよ」



カイトが二階へタブレットを取りに上がった。とんとんと足音がしている。

その音を確認したしょーちゃんが、すっと私の手を握ってきた。


え、何?


しょーちゃんが横目で私を見ていた。疲れを湛えた表情が、幼いけれど年相応に見えた。しょーちゃん、弱ってる?



「……僕は、りーりがよくできた人だと実感中」

「と、突然なんですかっ」

「同じ女の子なのに、なんでこんなに違うんだろうね」

「……雛ちゃんのこと?」

「自分のことしか話さない女の子は、疲れる。

話してる相手がどう思っているかとか、どんな反応するかとか、そんなことは何も考えずにずっと話してる」

「……ああ、そういう子なのね」

「りーりなら、ずっと話していたいのに。どんなに長く話しても楽しいままなのに。

正直五日で、かなり苦痛」


しょーちゃんが深くため息をついた。



……本部より、各乙女へ通達。

緊急事態、解除。緊急事態、解除。

総員、待機。しょーちゃんを補充せよ。



私の中の乙女信号が、ピンク色に点灯した。

しょーちゃん、今すごく嬉しいこと言ってくれたよね? 空耳じゃないよね?



しょーちゃんの握ってくれた手を恋人繋ぎにする。

私に向いたしょーちゃんと目が合ったから、笑った。


「バレーとこの依頼、終わったらいっぱい話そうね! しょーちゃんの話も聞きたいし、私も話したいこといっぱいあるし」

「うん」

「こうやって、手繋いで歩こ! しょーちゃんと歩くと話が弾むから。それだけで楽しい。凄く楽しみ!」

「りーり」

「ん?」

「ありがとう」

「……何が?」

「ここにいてくれて」


しょーちゃんがちょっとだけ私に近づいてきて、私の髪にそっと触れた。目元が優しくてきゅんてなる。

あれ?

なんだか、いい雰囲気ぽくない…………?

…………しょーちゃん。



「しょーちゃん、依頼データどの部分が必要?」


そういうタイミングでカイトが二階から降りてきた。無駄に整っている綺麗な目は、タブレットに落としているからこっち見てないだろうけどっ。



私たちは繋いでた手を離して素知らぬフリをした。

緊張感が漂っている。危ねぇ、カイトいるの忘れてた。

私は麦茶をがぶ飲みする。麦茶と共に口に入ってきた、小さな氷を噛み砕いた。



……カイト、こいつ、邪魔っ。

ワザとか? 天然か?


どちらにせよ、あんたの罪は今増えたなっ!

リア充はジャマするのがお約束。

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