バレーの助っ人
第四章、突入しまーす。
バレーボール、好きっす。
クレバーなプレイ見ると、どきゅんてなります。
「バレー部の助っ人に行くことになりました」
夏休みに入ってすぐ、私はバイト先の『古狐庵』でフルーツのカットの練習をしていた。今はオレンジを同じ大きさにカットしてバット缶に並べている。見本にしているオレンジは、カイトがさっき面倒くさそうに切ってくれた。
どうやったら全部同じ厚みで切れるんだ、くっそぅ。
ある程度切った所で、お店で出せるものとそうでないものをカイトが仕分ける。
勝率、五割。
つまり、半分は廃棄だ。
廃棄と言っても、ランチで出すソースに転用するからいいんだけどさ。店長厳しい。
カウンターで英語の問題集を開いてたしょーちゃんが、手を伸ばして私の切った不格好なオレンジをつまみ食いした。もぐもぐしてる姿が可愛い。
ほわん、となっている私の横で、カイトがデレッデレに溶けている。この顔で接客したら、このカフェはすぐに潰れるに違いない。
「りーりが呼ばれたの? なんで?」
「練習試合があるんだけど、スパイカーが二人捻挫しちゃったんだって。一人は軽いんだけど、監督がストップかけたみたい」
「他に部員はいないの?」
「いるよ。でも、バレー部の中野ちゃんが私を激押ししてて。
練習試合といっても、因縁の相手らしくて、どうしても勝ちたいんだって。インターハイ予選の時、フルセットで僅差で敗れたって聞いた」
「そっかー」
「三年生引退した後も、打倒〇〇高! くらいのモチベで練習してたんだってさ」
「それは、力入ってるね」
「だから、カイト。二週間くらいバイト入れない。
さすがにトス合わせしないと、スパイクなんて打てないし」
「構わん。むしろロスが少なくて済む」
カイトは私の切り分けたオレンジを選別した。
使えるのはやっぱり半分だった。うおおぉぉ。
次にソースに使うオレンジの皮と実を分ける作業だ。これはグッチャグチャになっても使えるから、不器用さんでも大丈夫。
「それにしても、なんで現役退いてるりーりに声かかるんだろ」
「うぅ、それは……」
「バレーやってたの、中学の二年まで? 三年はほとんど部活出てなかったんだよね。
しっかり練習している部員の方が普通は上手いと思うんだけど」
「……体育のバレーの授業の時、うっかり面白くなっちゃってうっかり本気だして、へなちょこトスからバレー部の中野ちゃんをスパイクで吹っ飛ばしたから、かな……」
「……なにやってんの、りーり」
「だって、中野ちゃん、全部拾うんだよ! いいコース狙って打っても拾ってくるから、それなら思い切り吹っ飛ばしたれと思って」
「それで、今回、声がかかったと」
「……はい……」
実と果汁の入ったボールはラップして冷蔵庫へ。
使った調理道具は洗っておく。
次はサラダにする葉っぱを切ろう。
これは食べやすければどんな形でもいいから楽。
逆にこの前デカすぎて怒られた。
店長、めんどくさい。
「……あとねー、怪我した先輩抜けたら、レギュラーの平均身長低いんだよね。あれじゃスパイク抜かれやすいだろうな」
「へえ」
「だからでかい私に声がかかった、ってのもあるかな」
「バレーボールって、そんなに身長関係あるのか」
カイトが鍋にスパイスを入れながら口を挟んだ。
夏季限定の黒ビーフカレーだ。辛さは強めだけど、コクがあってすごく美味しい。ランチは七割これが出る。
「カイト、そもそもバレー知ってるの?」
「うーん、東洋の魔女がどうたら言ってた、アレだろ?」
「知識が、昭和っ」
「一回目の東京五輪っ」
「俺にとっては、つい先日だぞ」
齢八百歳越えの先日って、昭和かあ。
昭和レトロとか通用しないだろうな。
しかしこう見てみると、カイトって背高い。この身長でブロック立たれたら抜ける気しない。カイトがバレーやってる姿なんか、想像もつかないけどね。
「カイトって、身長どのくらいあるの?」
「さあな。測ったことない」
「確かに、キツネに健康診断の習慣はなさそうだね」
「りーはどれくらいあるんだ?」
「私は、百七十一センチ……」
がんっ。
しょーちゃんがカウンターに頭をぶつけていた。
すごく、いい音したな、今。
そのまま頭が上がってこない。なんかぶつぶつ言っている。
「ひゃくななじゅういち? ……十六センチも、違うのか……」
「しょーちゃん?」
「しょーちゃん、大丈夫かっ?!」
「……僕の目標値より高い……無理だ……」
「しょーちゃん!」
「……ほっといて。しばらく僕のことはほっといて」
カイトが慌ててしょーちゃんを介抱に行った。
背の高い奴は僕に触るな、とか言って振りほどかれてるけど。
しょーちゃんのメンタルが瀕死の重症を負ってしまった。
身長と童顔の件は、やっぱ地雷だなあ。
カイトがしょーちゃんに構っては振りほどかれてるその向こう、店の入口の外に、人影がある事に私は気付いた。
開店前に来客があるからと、カイトに聞かされていた。例の、異形疑いのある相談者だ。
今回は、なぜかしょーちゃんも同伴で話を聞くことになったらしい。
来客は中年男性と、私たちと同世代の女の子だった。面差しに似たところがあるから、親子だろう。
女の子はしょーちゃんを見つけて、嬉しそうに笑った。
「加藤さん!」
ん?
しょーちゃんの知り合い?
女の子はしょーちゃんに駆け寄ってぺこりと頭を下げた。椅子から降りたしょーちゃんはちょっと思い出す風だったが、すぐに破顔した。
「……ああ、宮野さんか」
「はい! 図書委員でご一緒だった宮野です。お久しぶりです」
「うん。久しぶり。
……今回僕が呼ばれたのは、宮野さんからのリクエストだからかな」
「すいません。『古狐庵』が相談場所だと聞いて、お父さんに無理言ってもらいました。絶対加藤さんのおうちだと思って。
私、不安だったから。知っている人、しかも加藤さんに相談できるんなら、すごく心強くて」
「……本来、うちの代表が表に出ることはないんですよ」
カイトがギラリと中年男性に釘を刺した。
男性が僅かに顔を強ばらせた。
壮絶なイケメンの不愉快顔、それだけで迫力あるからね。
あと、『古狐庵』の娘の知り合いが、まさか得体の知れない異形関連機関の代表だと思ってなかった感じ? しかもその代表が、娘より幼いカンジにすら見える少年じゃ、混乱するよね。どんな顔していいか分からない、って顔してるよ、おじさん。
宮野さんが片手で口を押さえて上目使いでしょーちゃんを見た。
もともと小さくて可愛い子なんだけど、女の子らしい可愛い仕草が似合う。
「……私、かなりなワガママ通しました?」
「別に。
うちに相談に来るってことは、話すだけでもかなり勇気のいることでしょ。知り合いがいるんなら、頼りたくなるのは当たり前だよね」
しょーちゃんがにっこりと笑った。
無垢で優しい、光るような笑顔。
宮野さんの顔がぽーっとなっている。
……わかる。
それ、私もやられた。
弱ってる時に優しい言葉とその笑顔、大変危険です。
なんせ、私を恋の底なし沼に嵌めたのは、その笑顔だ。今現在、ズブズブに嵌ってます。抜け出せる気配ないです。抜け出す気もないけど。
しょーちゃんその笑顔。私に見せてるわけじゃないのに、こっちまで心臓バクバクになるからっ。
しょーちゃんはさ、優しさでできてる人なんだけど、誰にでもって考えもんよね!
しょーちゃんは優しさでできている。
でも最近ちょっと崩れてきてるよね。




