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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第三章 緊急事態発生! 異界からの侵入物

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キノコの苗床

世界で一番楽しくない、キノコ狩り。


翌日、またカイトに呼び出された。

さすがに午後二時も過ぎてからだったけど。

カフェは昨日言った通りお休みにしたんだけど、キノコ狩りが大変なんだそうだ。川越の手の空いたキツネを総動員して、それでも間に合ってないみたいだった。



モールに着くと、清掃業者が街灯の清掃作業を行っていた。業務用の脚立に乗って高い所にある街灯を掃除して……いや、よく見ると、キツネだ。手の届かない所に生えているキノコの除去作業中だった。うわー、これは大変だ。土曜日で人出もすごい中、街灯の掃除のフリしてキノコ取ってる……。


何組かいる清掃作業の指揮を取っているが、カイトだ。さすがのイケメンも疲れで顔が曇っている。あいつ、寝てんのかな。


「カイト、お疲れ様」

「りー、か」

「ねえ、あれから寝てないの?」

「寝る暇なんぞあるか。数と手間が多すぎる」

「ですよねー」

「手の届く範囲のキノコの除去はいいんだ。高所のキノコ除去のために清掃業者に偽装して作業する手筈をモールの組合に持ちかけ、そしたら土日は避けられないかと生ぬるい返事が帰ってきたから、数人で直接怒鳴り込みに行って承諾を得て、高所作業開始したそばから通行の邪魔だとクレームが入って、交通整備用に警備員入れてようやくまともな仕事が始まったところだ」

「……モンスターでも買ってこようか?」

「もう、四本飲んだ。しばらく見たくもない」

「マジでお疲れ様です……」



私が呼び出された理由は、手の届く範囲で見つけたキノコを取り除くこと。手の届かない所にあるキノコを見つけたらその場所を写メ撮ってカイトに送ること、だった。

私の目はキツネよりキノコがよく見えるらしい。なんだろう。この楽しくないキノコ狩り以外に使い道のないハイスペックな私の才能。

もっとなんかさあ、見ただけで英文が即座に日本語訳できるとか、触れただけで数学の公式が浮かび出すとか、そういう才能欲しかったわ。テスト勉強しなくていいようなヤツ。




キツネが見落としたキノコを見つけ次第取り除いて歩いた。店の看板とか街灯の柱とか、気の向くままに触って歩くイタイ女に見えてるんだろうなー、と思いつつキノコをぶちぶち取って捨てる。このキノコはもぎ取ると消えてなくなるので、遠慮なくポイポイ捨てた。

不思議なことに、このキノコはお店の中には入り込まないみたいだ。お店の中までキノコ生えてたら、こんなんじゃ済まないくらい面倒な作業になっていた事だろう。


見上げた薬局の看板にキノコ発見。あーあ、あんなにデカいの見逃して。まあ、高所はそんなに繁殖してないみたいだから、まだよかったね。これで高所もびっちりキノコ生えてたらもっと大変だったな。

写真撮ってカイトに送ろう。写真にはキノコは写らないけど、場所が特定できればいいんだね。



スマホを看板に向けてかざした時だった。

私の手首を掴む手。

ギョッとして横を向くと、そこにいたのはあんまり会いたくなかった人だった。

百八十越えの身長で、私を見下ろしている。ガタイがいいので威圧感のある……


「……鵜野森先輩」

「佐伯じゃん。なにやってんの?」

「いや、ちょっと……」

「連れがいるのか?」

「えーっと、まあ……」

「その反応は、いないな。

ちょうどいい。付き合えよ」


鵜野森先輩は私の手首をつかんだままぐんぐん歩き出した。力が強い。

相変わらず、自己中心的で強引だ。

いや、私、一緒に行くとは言ってませんよ? 手離して!



鵜野森先輩は人気の少なくなった所で路地に入った。モールからは見えない所だ。そこで立ち止まり、また私を見下ろしてきた。同級生の女の子たちがキャーキャー言う、端正な顔だ。整っている、方だとは思う。


残念だけど、私はそんなに好きな顔じゃないんだよ。

大好きな顔ってのが、私の中では一択しかないんで。近づくのやめてもらっていいですかね。



「この間は、ゆっくり話せなかったからさ」

「……私の中では、すべて話し尽くしたと思ってましたが」

「なんで俺を拒否るんだ?」

「タイプじゃないんで」

「周りから俺の変な噂とか聞いたのか? あんなの、デマだからな。浮気とかしねえし」

「だから、前も言ったじゃないですか。私、好きな人いるんです。その人意外無理ですから」

「俺じゃ、駄目だということか?」

「駄目です。先輩のこと、好きになることはないんで。

手、離してもらっていいですか」



鵜野森先輩の形相が変わった。

カッと赤くなったかと思ったら、どす黒さが増してきた。眉を寄せた目の焦点が、だんだん合わなくなってきている。

おかしい。この人、何かおかしい。



私を掴む手にさらに力が入った。ぐいぐい体を寄せてくる。焦点の合わない目が、怖い。

鵜野森先輩が私に問いかける。

呂律が回っていないようだった。



「なんで、俺を、拒否する?」

「先輩、手、痛いです」

「俺が、付き合うって、言ってんだから、付き合えよ。お前も、女なら、俺に、惚れん、だろ」

「先輩、離して」

「女は、なんでみんな、付き合ってすぐ、触らせ、ねえんだ」

「やめてください。大声出しますよ」

「すぐに、キス、させろよ。俺のこと、好き、なんだろ。好きなら、舌くらい、入れんだろ」

「やだっ……」


声を出そうとした私の口を鵜野森先輩の手が塞いだ。

壁に押し付けられて逃げ場がない。先輩が体をピッタリと寄せてきた。手首も握られたままだ。額がくっつきそうなくらい、顔が近い。焦点の合わない目を見たくなくて、私は視線を落とした。



鵜野森先輩の首筋から、キノコが生えていた。



カイトは言ってなかったか?

キノコが生育し易い苗床があった。痴話喧嘩の様子から、感情を苗床にしているのではないか。

鵜野森先輩の感情……。



情景と感情が同時に流れ込んできた。



手をつないで歩いて上機嫌な彼女。恥ずかしそうに軽いキスをする彼女。キスが深くなって戸惑ったような彼女。胸を触られて嫌がる彼女。無理やり服を脱がされて泣きながら怯える彼女……。

何人も、彼女が変わって、同じような事が繰り返される情景。


付き合ってんだろ。キスくらいすんだろ。

早く触らせろよ。胸揉ませろよ。早く脱げよ。

ヤラせろよ。

なんで拒否んだよ。なんで泣くんだよ。ふざけんなよ。彼女のくせに俺を拒むな。言った通りにしろよ。俺の思い通りになれよ。

……お前、俺の、女だろ?



――苗床だ!

鵜野森先輩の感情。

付き合った相手を思い通りにしたい、だけど思うようにならないイラつきが、キノコの好む苗床になったんだ!

だからカップルばかりが、ほんのちょっとのすれ違いからイラつきを増幅させて、痴話喧嘩に発展したのか。



鵜野森先輩の焦点の合わない目が、私の顔からゆっくりと下がって行った。

私の胸でピタッと止まった。

私の口を塞いだ手に力がこもった。

――ぞわぞわした。

見てる。

私のささやかな胸で、欲情してる。



「佐伯、ヤラせろよ」

「んー! んんー!」

「お前も、色んな男と、ヤってん、だろ」

「んーーーー!」

「俺にも、ヤラせろ」



……ふざけんなっ!



その時、どんっと衝撃があって、鵜野森先輩が吹っ飛ばされた。大きな体が道路に転がった。

誰かが体当たりしたのだ。

私より小さな背中が、私の前に立っていた。



「……しょーちゃん?」

「りーり!」


しょーちゃんしょーちゃんしょーちゃん!



私は思わずしょーちゃんの肩を掴んだ。

しょーちゃんだ!

しょーちゃんが助けに来てくれた。

安心して嬉しくて、腰抜けそうだ。



道路に転がった鵜野森先輩が立ち上がった。

あ、でかい。

あの人、バスケ部の主将だった。

対するしょーちゃんは小さい。

たぶん、中学生男子の平均より小さい。



あれ、普通に喧嘩じゃ、勝ち目なくね?




ピンチからのピンチ!

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