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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第三章 緊急事態発生! 異界からの侵入物

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キノコと喧嘩

喧嘩の花道。

痴話喧嘩はほとんどのカップルの間で繰り広げられていた。女性のキンキンした声と、男性のがなり立てる声がモールを交錯している。

喧嘩をしていないカップルは逃げるようにその場を去って行った。賢明だと思う。



私はカイトの腕にしがみつきながら、喧嘩のモールを歩いていた。

巻き込まれたわけじゃないけど、喧嘩だらけの中歩くのって、怖いよ? 周りの人達殺気立ってるからね!



「お前、二股かけてんだろ、ふざけんなよ!」

「マジでマンネリ。一緒にいてもつまんないし」

「この貧乏デート、なんとかなんないの?」

「お高く止まってんじゃねえよ! テメェ、ナニサマだよ」

「話、クソつまんね。頭悪すぎ。語彙力なさすぎ」

「化粧濃すぎだろ。朝見ると誰かわかんねえ!」



喧嘩って声が大きくなるから、まる聞こえなんだよぅ。

……あー、もう、聞きたくないー。

心が疲れる。ささくれる。



カイトはざわめくモールを平然と歩いていた。私がしがみついている腕を振りほどかないあたり、本当に僅かにちょっとだけ、優しくなったと思ってあげよう。だからここで一人にしないでね。超怖いからね。


「……りー、どう思う?」

「怖い」

「お前の直接的な感想はいらん。

この状況について」

「……みんなさあ、普段口にしない事を口に出しちゃってない?」

「ふん?」

「いつもなら心の中でちょっと不満なんだけど、言えないようなこと。気にしないようにしてればなんてこてないけど、気にし出すと止められないようなこと。

そういうのがなんでだか口から出ちゃって収拾つかなくなっちゃった、みたいな感じ」

「ほう、そういうものか」


カイトが道の脇に私を誘導した。

喧嘩するカップルたちを少し距離を置いて見る。


「綻びは、ないのか?」

「ないと思う。てか、ここはキツネたちもすごーく注意して見廻りしてるんでしょ? 人が多い所は危ないから」

「まあな。

だが、綻びを見つけることに関しては、りーの目はキツネよりいいからな」

「綻びっぽいものは見てないなあ。

……ねえねえ、カイト」



私はカイトの袖を引く。

私たちのすぐ側に、居酒屋の看板があった。

お酒の値段とかおつまみの写真とか載ってるやつだ。

その看板の端っこに、丸みを帯びたフォルムの見慣れないものがある。直径三センチほどの小さなもの。なんでこんな所に。



「こんな所に、キノコって生えるんだね」

「ああ?」

「珍しいなって思って。うわ、このキノコ向こう透けてるね。変なキノコ。初めて見た」

「はあ?」


カイトが変な目で私を見ていた。

こんな時に何言ってんだこいつ、という目だ。

それにしても私の見つけたキノコに目も向けないのはどういうことだ。私はほれほれとキノコを指さした。さすがに触るのはなんか気持ち悪いんで。


「これだよ、これ。珍しくない?」

「?

寝ぼけてんのか?」

「ギンギンに起きてますけど?

てか、見えないの?」

「見えない……キノコ」


カイトが私の顔を鷲掴みにした。正確には目の辺りだ。

唐突に視界を塞がれて私は慌てる。

やめろ、離せ!

暴れる私をカイトがぎゅっと締め付けてくる。

じっとしてろ、と耳元で囁かれた。


「……今、お前の目を借りてる」

「!!!

……なんか、キツネの術的なもの?」

「そんなもんだな」

「そういうことは先に言って! 急に目を塞がないの!」

「ああ、りーが言っているキノコはこれか」

「ちょっと、話聞いてんの?」

「もう、俺でも見える」


そう言ってカイトは私の目から手をどけた。

私の目の前に、非の打ち所のない美貌が、ほんのすぐそばにあった。

無駄に綺麗な白い肌。前を向いている目は凄い切れ長。うわ、まつ毛、長っ。

美貌のチャラ男の髪が、私の顔にかかりそうなくらい近くて……。


って、近い近い近いっ。

ていうか、体がくっついてるっ。

カイトに抱きしめられてる!

いらんから、そういうのっ!


私が両手でカイトの体を突っぱねると、カイトはするっと離れていった。



……こちら、乙女一号。たった今男の体は離れた。

こちら、本部。了解。一定の距離を保て。


脳内でわけのわからん通信が行われた。

たぶん、乙女の体内信号だ。


やめて、ホント、マジで。

キツネの距離感おかしいから。



カイトはドギマギしている私には構わず、キノコをじっくり観察していた。

実際、変なキノコだ。形はシメジのずんぐり型で、色は白っぽい。特筆すべきは向こうが透けて見えること。こんなキノコあるんだなー。


……いやいやいや。

カイトが見えないキノコが、普通のキノコのはずが無い。私の目を通してみたら見えたって、なんだかおかしなキノコでしかない。

私はキツネの護りの綻びを見つけることが得意だ。綻びの向こうは異界に通じているという。

そんな私の目に映る、この奇妙なキノコって……


「……異界のキノコ?」

「だろうな」



カイトはキノコをもぎ取った。キノコはすぐにふわっと、霧みたいになって消えた。


「異界の植物がこちらの世界に紛れ込むことは、ないこともないんだ。見ての通り生育には向かない環境だから、刺激を受ければなくなってしまう」

「無害ってこと?」

「ただ紛れ込んだのなら」

「そうじゃない場合もある、ってことみたいだね」

「今回の騒動の原因は、これだな」


カイトがモールの方へ顎をしゃくって見せた。


私はあらためて、うわあとなった。

今までなんで気づかなかったんだ、というくらい、モールはキノコだらけだった。

一度認識すると、目につくようになるらしい。

お店の柱だとか壁だとか道のタイルや照明など、小さいものは一センチ、大きいものは五センチくらいのキノコがポコポコと生えていた。


「……おそらく、このキノコにとって生育しやすい苗床があったんだろう。この騒動からすると、一定の感情か何かか」

「感情が苗床になんてなるの?」

「異界の植物だぞ。何がどうなるか、理論的なものはあてにできん」

「……うわあ、やりづらい……」

「そういうのを相手にしてるんだ、俺たちは」


カイトと話している間にも、痴話喧嘩は増えていく。仲裁に入ると我に返ってすぐに仲直りするケースが多いみたいで、モールの職員さんたちはひたすら宥めにかかっている。ただ、何せ数が多いので事態はヒートアップとまでいかないが膠着状態に陥っていた。

この状況が、キノコの影響で起きているかもしれない、ってことなんだね。



私は近くにある少し大きめなキノコに近づいた。五センチくらいの、周囲のものに比べると大きいキノコだ。シメジに似たカサが他のキノコに比べて広がっている。

なんでだろう。

そう思って見ていたら、唐突にキノコからパッと煙みたいなのが広がった。なんだ、これ……。


いきなり、すぐ側にいたカップルが口論を始めた。


「……あんたさ、音楽詳しいってよく言ってるけど、上っ面だけだよね」

「は? はあ?」

「いわゆるメジャー系の音楽しか話に出ないし。歌ってみたとか、ボカロPとか全然知らないでしょ」

「な、何言ってんだ! 俺、割とそういう系も拾ってるし」

「知らないなら知らないって、言えばいいのにさあ」

「おい、お前のそういう言い方、前から気になってんだけど」


あわわわわわ。

……急すぎる。なんでこんな事で喧嘩になるの!



カイトが私の腕を引いた。

喧嘩してるカップルから距離を置いてくれる。

ありがたいありがたい。ホントにマジで苦手な環境。

カイトが仲裁に入ると、二人はやはりキョトンとしてそのまま去って行った。


「りー、うろちょろするな」

「……ごめん、カイト。

でもなんとなく、わかったかもしれない」

「なんだ?」

「一週間毎に喧嘩が起きる理由」

「言ってみろ」

「あくまで私の想像だよ? そんな気がしただけだよ?

……キノコって子孫を残すために、成熟すると胞子をばら撒くよね」


カイトが私を訝しげに見ている。

今更キノコ談義、いらんと思ってるよね。

そうだよねー。


「このキノコが胞子をばら撒くと喧嘩になるみたい」

「……!」

「今のカップル、キノコから出た煙みたいなの吸って、喧嘩が始まったの」

「確かか」

「見た感じはね。

そこからさらに想像してみて。

ばら撒かれた胞子が成長するのに一週間。キノコが成熟して胞子をばら撒いてまた一週間。それを繰り返してるんじゃない?」

「……そこは、キノコの生態そのままか」

「そして、どんどん増えてるんじゃない?」


だって、いっぱい生えてるもん。

そこら中、半透明のキノコだらけだ。



カイトが無言で天を仰いだ。

何考えてるか、一発でわかった。


めんどくせー!!!


と、思っている。



おもむろにカイトが指笛を吹いた。

しばらくすると、五人の男女が集まってきた。

全員目が釣り気味の細面。

もう分かってきたよ。みんな、キツネだね。


カイトが一人一人の目に手を当てていく。

みんなキノコが見えた途端、ぎょっとしたように目を見開いて辺りを見渡していた。


「今回の任務はキノコ狩りだ。ひとつ残らず取り除け」

「なんだ、それ。久々に集合かかったと思ったらキノコ狩りだと?」

「俺だってこんな任務言いたかないわ。大元がないから対症療法しかない」

「ひとつ残らずって、無茶な話じゃない? すごい数よ?」

「ひとつでも残せば、一週間後にまた増える。それを放置すればさらに増える」

「ネズミ算かよ。やっかいだな」

「手の空いてる奴は呼び出して任務に当てろ。『目』を移せる奴はいるか」

「俺、できるよ」

「では、頼む。俺は一旦外すが、すぐ戻る」



カイトが私を促した。

私が続こうとすると、女性のキツネが私の手を取った。スタイルのいい大人な感じのお姉さんだ。興味津々で私に近づいてきた。


「ねえ、しょーちゃんが連れてきた人間て、君?」

「???」

「キツネの事情を織り込み済みの人間が増えたって、芳野のキツネから連絡来てるのよ。こんな若い女の子だと思わなかった~」


女性は手を取ったままぴょんぴょん飛んだ。元気なキツネである。


「なんでこんな所にこんな時間出歩いてるの? 根っこからギャルなの?」

「……あー、カイトの手伝いでこの格好させられて」

「ああ、あんたたちバカップルっぽいもんね!

ガチのバカップルじゃないでしょうね?」

「冗談じゃないです。カイトと恋人とか、想像もしたくもないです。本気でやめてください」

「カイトぉ、あんたの(ツラ)が通用しない珍しい人間ね! 気に入ったわ」


女性はきゅっと私に抱きついてきた。

やっぱりキツネの距離感は近いと思う。

カイトは苦い顔して女性を見ていたが。


「しょーちゃんとはどういう関係?」

「……クラスメイトです。異形関係で助けて貰って」

「異能を持っているんで、雇っている。今回のキノコを見つけたのもこいつだ。ヤタ、離れろ」

「だって気になるんだもーん。

ねえ、しょーちゃん元気?」

「あ、今、熱出してて……」

「テメェ、カイト! しょーちゃん熱出してるってのに、なんでテメェがここにいるんだ!」


ヤタと呼ばれた女性がくわっとカイトを睨みつけた。他のキツネたちの目も怒りを孕む。

しょーちゃんの影響力、すごいな……。

カイトは冷酷な表情のままヤタと呼ばれた女性を見た。


「頭と呼べ、ヤタ。

いつもの発熱だ。三つ子を張り付かせてる。先程も異常なしの連絡が入った。抜かりは無い」

「本当でしょうね?」

「異常があったら、ここを放り出してとっとと帰っているが? お前ら新富町のキツネの仕事は、さらに厄介な事になっただろうな」



しょーちゃんに異常なくてよかったな、というカイトは嫌味な奴だ。馬鹿にしたような綺麗な顔がさらにキツネたちの怒りを煽っている。綺麗な顔も考えものだな。角が立ちまくってるじゃん。



不満そうなヤタさんを私は手招きした。さっき撮った写真をスマホの画面に出す。

ヤタさんの顔が見る間に輝いて見えた。

カイトに聞こえないように、こっそりと耳打ちしてきた。


「これ、どうしたの?」

「先程、盗撮に成功しました。容態の安定しているしょーちゃんです」

「送って! LINE交換しよっ」

「らじゃ!

拡散しないでくださいねっ。バレたら私がしょーちゃんに怒られる」

「こんな可愛い寝顔、どこにも出さないっ。ああ、もうっ。母性本能くすぐられるっ」



ヤタさんとLINEの交換をした。

キツネの知り合いが増えた。

なんだか、人ではない世界が広がってきてるぞ。

こんなJK、他にいるかな?


キノコ狩りとなりました。

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