また妄想
飲食業って、唐突に激混みすることある。
理由は誰にも分からんが、どうにもならん。
カフェ店員のお仕事。
入店したお客様をお席へご案内します。
お冷をお出ししてオーダーを聞きます。
ドリンクを作成して提供します。
お会計をします。
テーブルを片付けます。
お皿を洗います。
一人や二人のお客様ならどんと任せてください。
私だってちゃんとこなせます。
なんで今日に限って十一名の団体様がいらっしゃるんだろうね!
今日はドリンクのみで、閉店も七時なんですが、と言っても、大丈夫よーおばちゃんたち気にしないわーと元気に仰られ、狭い店内をみしっとおばちゃんたちが占領した。婦人会がどうのとか言っているので、ランチ会の後の二次会なのかもしれない。
全員オーダーがコーヒーで統一ならよかったなー。
ホットコーヒー四、ホットカフェラテ二、アイスコーヒー二、ジャスミンティー一、ダージリン一、ココア一………………お湯の温度がっ、カップの用意がっ、茶葉がっ、豆がっ。
プチパニックに陥りながら一杯ずついれていく。一杯ずつしかいれられないから、時間がかかる。ねえ私のお茶まだー? なんて声もかかる。ひいいいい。
そのうち三名様が先に帰られるという事で、先にお会計。入れ替わりで2名様ご来店でカウンターへご案内。ドリンクのみと閉店時間の説明している中、ちょっとぉ帰った人のカップ下げちゃってよ、お冷ちょうだい、などと言われて、またパニック。
さらになんだか、たくさん話しかけてくださるお客様だったりして、どうしていいものか……。
ねえねえいつものイケメンお兄さんはいないの? 店長は用事で出てます、ねえ店長のフルネーム教えてー、それは個人情報的に良いのか悪いのかわからないんで、ちょっと定員さんお会計! ここカード使えないの? 現金のみですすみません、お姉さん店長の歳はいくつ? 知らねっす、お姉さん言葉素に戻ってるよー、すいません…………
カイトが二階から降りてきたちょうどその時に、カウンターのお客様が帰った所で。
私はレジに頭を突っ込む形のままで燃え尽きていた。頭がぱしゅっとなっていた。
誰だよ、ドリンクならできるからとか言ったやつ。
ちゃんとできたのかもわかんないよ。
まだテーブルの片付け残ってるよ。
カイト、これをドリンクだけじゃなくてフード付きでこなしてんのかよ。
どんだけ激戦だよ。
本当にわずかにちょっとだけ、カイトを尊敬してやった。
「……りー。お前、短時間で老けたな」
「うるせー。
しょーちゃんはどう?」
「熱、下がらないどころかまだ上がってるな。言わんこっちゃない」
「……よくあるの?」
「しょっちゅう、だった。最近は減ってきたが」
綺麗な顔が憂鬱そうだ。
カイトが小さな土鍋を火にかけた。
お粥を作るみたいだ。
「おそらくだが、キツネ遣いの力は人の体には合っていないんだろう。しょーちゃんの力は歴代よりかなり強いしな。
発熱の原因は不明なんだ。しょーちゃんはもともと健康だ。ただ、小さいだけで」
「……カイト、しょーちゃんが最も気にしてる余計な一言ついてんぞ」
「熱の原因はいくら調べても分からなかった。考えられるとしたら、通常は人が持たない力のせいだろうと」
「解熱剤でなんとかするしかないってこと?」
「そうだな。
あとは、精神面を安定させることか。前にも言ったが、しょーちゃんは落ち込むと長いんだ。そこから発熱したこともある」
「へー」
「りー、今日学校でしょーちゃんに何かあったか?」
しょーちゃんになんかあった?
学校で?
いや、別に。
何かあったかといえば、私が巻き込み事故にあったくらいだ。
階段での場面が思い起こされる。やけに近い先輩の顔だの、一方的な言い草だの。いまだにあの言い方は腹が立つんだが。鵜野森先輩め、嫌な記憶を残しやがって。
……おおっと。
ちょっと、待て。タイム。
自分の彼女が他の男に告られる、というのは事件なんだろうか?
ぬーん。
どうなんだろう。
ヤな感じ、と思うかな。そういうこともある、とか思うかな。
……ちょっと、わかんねーな。
よし、置き換えて考えてみよう。
しょーちゃんが誰か女子に告られました。
どうする、私?
……事件だ。大事件だ!
誰だそいつ、どこの女だ、まず顔見せろ、どういうつもりだ、サシで話そう、テメエかコノヤロウ、そして潰す!
と、私は鼻息荒くして実力を行使するだろう。
しょーちゃんが誰かに告られるなんてことがあったら、私的には全く冷静になれる気がしないわけだが。
それってわたしがしょーちゃんを好きだから冷静になれないだけで、しょーちゃんがそこまで私の事好きかというと……そんなでもない気がする。
付き合ってって言われたから付き合ってるけど、好きかって言われるとちょっと。とか思ってないか?
つまりなんていうかその………………精神的な波風はさざ波すらも立ってないので、しょーちゃんの発熱とは無関係です。終わり。
うぅ、自分で言ってて胸が痛い。痛いよう。私、自主的に大怪我負ってない?
でも、しょーちゃんはびっくりしたって言っていたから、心の乱れは少しくらいはあったのかなあ。
それにしたって。
こんなのカイトに言えるわけないじゃん。
付き合ってるの内緒なんだから。
バレたら食い殺されるんだから、私。
だから私は思い切り顔を歪めてカイトを振り返った。
「学校デハ、何モ、ナイデスヨ?」
「……お前は腹芸ができない奴だな」
カイトはただそう言って、特に追求してこなかった。
なんでか聞いたら、思春期真っ只中のガキ共に囲まれて、毎日何も無いことはないだろう、それくらい織り込み済みだ、って返ってきた。
八百年、人と関わってきたキツネはそこら辺は達観していた。見かけが若いイケメンだけど、こいつはじーさんなんだった。
改めて肝に銘じとこう。
りーりの腹芸。わかりやすっ。




