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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第一章 小江戸のキツネが護る街
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烏頭坂

取り憑かれた子が縋るもの。

お札とかの方がアジがあるよねー。

「ねえ、新しくカフェができたの、知ってる?」

「最近、いろんなとこでカフェばっかできてるじゃん。どこもおしゃんだけど、すぐ潰れそうな感じー」

「マジ、あそこは一回行った方がいいって。店長がガチでイケメン」

「そういうことは先に言って!興味、爆上がったわ。

どこにあるカフェ?」

「あのねえ……」



同級生たちのおしゃべりを尻目に、私は自分の席に突っ伏して、安堵のため息をついていた。


……昨日ネクタイを拾って以来、視線はまったく私につきまとわなくなっていた。

もちろん、牡丹の着物も見当たらない。



昨日、息も絶え絶え状態で帰宅した私に、叔母さんはびっくりしたようだったが、「何よ、ずいぶん早いマラソン大会?」と笑ってお風呂を勧めてくれた。

夕食を終え、自室に戻るまで、こっそりネクタイをポケットに忍ばせていたのだが、何事も起きないとなると、原因はこのネクタイにあるように思えてくる。


自室でまじまじとネクタイを見ると、うちの高校の男子の制服のネクタイにそっくりだった。私は女子の制服で、同じ柄のリボンをつけている。エンジに紺色の太い縞模様。

ネクタイには特に名前などはついていない。ごく当たり前の、新品ぽいネクタイだ。

使い古し感がないので、一年生のものかな。



もちろん登校した今も、そのネクタイはカバンに忍ばせていた。



朝のホームルーム前のざわざわした空気の中、廊下で先生の声がしている。担任ではないようだ。なんかあったかな?

先生にぺこぺこ頭を下げているのは、男子の割りに小柄な生徒。ずっと謝っている。注意してるのは生活指導の先生かも。なんだかネチネチと言い募っていた。

小柄な男子は、ようやく先生から解放されて私のクラスに入ってきた。

クラスの男子たちが、さっそく彼を取り囲んでいじっている。身長が低いので彼の姿は見えなくなった。

「朝から何やってんだよ」「……失くしちゃって」「馬鹿? 昨日してたじゃん」「よく昨日の今日で失くせるな」「管理能力ゼロ」なんて会話が聞こえてきた。

彼は……加藤くんだ。加藤史生(ふみお)くん。

高校生には見えないような童顔で、パッと見中学生くらいに見える男子だ。細い黒縁の眼鏡をかけている。大人しそうな子で、まだ喋ったことはない。


加藤くんは背の高い学生服の集団から離れて、廊下側の前から二番目の自分の席についた。やっぱり、ちんまりしている。高校に紛れ込んじゃった中学一年生の風情だ。

その小さな加藤くんは……ノーネクタイだった。




放課後、意を決して加藤くんの元へ行った。

今は仮入部の期間中なので、部活希望者はいろんな部に顔を出している最中だ。加藤くんはそもそも部活には興味無いみたいで、まっすぐに下駄箱へ向かっていた。制服がダボついて見えるのは、高校三年間で伸びるはずのノビシロを、誰かが期待しているかのようだった。その小さな背中に声を掛ける。


「あの、加藤くん」


きょとんと振り返る表情は幼い。この顔は、小学校六年生と言われたら信じてしまうかもしれない。まだランドセルが似合いそうだ。本人には言えないけど。


身長は私の方が高い。そもそも中学時代バレーボールを、しかもアタッカーをやっていた私は、女子の中でも背は高いほうだ。加藤くんは160センチないだろうな。本当に小柄な男子である。

加藤くんは不思議そうな顔で黒縁メガネの向こうから私を見ていた。なんで話しかけられたのかわからない、という表情だ。


「えと、ごめん、突然」

「……何?」

「あのね、これ……」


私は恐る恐る自分のカバンからネクタイを取り出して見せた。

学校指定のネクタイだ。加藤くんの物かはわからない。

でも、加藤くんは今日、ノーネクタイだ。生活指導の先生にも怒られてた。


一かバチか、当たってみるしかない。



「……昨日、烏頭坂のお社の下で拾ったの」

「それ、僕の!」


ネクタイに飛びつく加藤くん。

それをさっと避けて、わたしはネクタイを掴んだ手を上に掲げた。背の低い加藤くんは届かない。

イジワルなようだけど、聞き出さなくてはいけない。

なんせ、私のこれからが掛かっている。

ネクタイを見上げてムッとしたような加藤くん。同い年なはずだけど、やっぱり小学生か中一くらいに見える。



「……絶対僕のなんだけど。昨日烏頭坂でなくしたんだ」

「このネクタイについて、聞きたいの。

これって、何ていうか、ご利益的なものついてない?」

「ご利益?」

「なんて言ったらいいか……魔除けみたいな、ありがたいお守りみたいな」

「……?」

「悪いものを遠ざけるというか、排除するっていうか。

これさえあれば、変なものもひいいぃぃとか言って逃げていくみたいな」



加藤くんの目が、眼鏡の向こうで徐々に大きくなっていった。黒縁の眼鏡を取ってまじまじと私を見てくる。

私の事を上から下までじっくり見て、さらに背後に目を凝らした。

見開いていた目をぱちぱちさせて、加藤くんは眼鏡をかけ直した。さっきと違う目で見られているような気がした。



「……佐伯さん、でよかったよね?」

「うん。佐伯莉々香」

「うち、烏頭坂の上でカフェやってるんだけど。そこでちょっと話さない?」

「えと……」

「ここじゃ、人も多いんで」


加藤くんはにこやかな童顔で、私の心中を読み取った。


「人に聞かれたくない話、でしょ?」





現在の烏頭坂は、国道254号から16号に繋がる坂道で、川越街道の旧道の事を指す。緩やかではあるが長い上り坂だ。昔は難所で、追い剥ぎなんかも出たらしい。

江戸時代は川を使った船運が盛んで、川越から地元の商品が江戸に向けて大量に送られていた。もちろん江戸からの物資もたくさん届いたそうだ。その船が着く河岸から川越市内を往復するにはこの烏頭坂を通らなくてはいけなかったらしく、昔の人は大変な思いをして通過した場所、ということになる。



加藤くんはそんな話をしながら前を歩いている。私は低い位置にある彼の肩を見ながらついて歩いた。

烏頭坂を少し下って歩道から右に逸れると、細い参道に繋がった。桜の古木の脇の緩い傾斜を登ると、お社の姿が見えてきた。

お社の右手奥に、こじんまりとしたカフェが営業していた。古民家をリノベーションしたような造りで、建物は古いが清潔感がある。看板には『古狐庵』と書いてあった。

ここが加藤くんちらしい。



入口の引き戸を開けると軽やかなベルの音がした。中は木製の四人掛けテーブルが四席、カウンターが五席の本当に小さなカフェだった。壁に狐のお面が飾られている。小さくジャズが流れていて、雰囲気はいい。お客さんは誰もいなかった。



カウンターの中に背の高い男性がいた。この店のマスターかな。白シャツに黒いエプロンをしたマスターが、私たちに目を向けてきた。


うわ、すっごい、イケメン。


長い黒髪は無造作に後ろで束ねられているが、男の人には勿体ないような艶やかさだ。白皙の頬に少し吊り上がった黒い瞳。年齢は二十代後半くらいか。少し前まで仮〇ライダーで主役やってました、と言われたら信じてしまうかもしれないくらいの、イケメン俳優バリのお顔である。


そのイケメンが、カウンターからつかつかと無言で近寄ってきた。すごい、背が高い。間近で見ても非のつけどころのない顔面。首には白金のネックレスをしている。


イケメンは、私の隣でぼやっと立っていた加藤くんの前に立った。迫力のある瞳が加藤くんを見下ろしている。

イケメンは唐突に、彼をぎゅうぎゅう抱きしめ始めた。イケメンの方は感極まった感があるが、加藤くんは仕方なさそうな顔をしている。



「しょーちゃん、おかえり! 店の方に来るなんてどうしたの?! 俺に会いたかったんだね?!」

「ただいまー。暑苦しいから離してね」

「だめだ! ちゃんと無事を確かめないと!

どこも悪くしてない? クソガキ共に変なことされてない?」

「カイトのバカ力で、今現在ひねり殺されかかってるけど」

「誰だ、しょーちゃんをひねり殺そうとしてるのは………………俺かっ!」


イケメンは加藤くんを離して、加藤くんのほっぺをぐにぐにし始めた。加藤くんの眼鏡が斜めにズレている。イケメンの顔がでれでれに崩れているのを見て、私はうわーってなる。

イケメンて顔が崩れると、こういう風になるのか。残念感がすごい。あんまり見たくなかった。


されるがままになっていた加藤くんは、黙ったまま自分のほっぺをいじる手を、払って捨てた。怒ったりしてないから、満更でもないのかな………………ちょっと、迷惑そうな顔はしてるけど。



ああ……うんうん。そうかそうか。

そんな彼らを見て、私は思った。


……なんだっけ。最近はこういう人たちのこと、LGBTって言うんだっけ? 障害ではなく、そういうものだと認識しよう、っていう。


男が男を好きになっても、いいじゃない。

好きになったのが、たまたま同性だった、ってだけで。愛というのは、異性も同性も区別なく存在するの。

うん。そうだ。今はそういうのが認められている時代なんだから。


性的マイノリティに対する偏見を無くそうという運動が世界各国で起きていて、もちろん日本でも盛んに議論されていて、そんな人達が身近にいたら優しく見守るつもりでいたし、クラスメイトがそうだったとしても私は偏見なく、曇りなき眼で見つめようと…………



「……加藤くん。私は陰ながら、応援してるよ」

「佐伯さん、絶対に何かしら誤解してるからね!!!」



加藤くんは、自分に向けて再び伸びてきた手をもぎ取り、即座に捨てながら言った。

イケメンは非常に残念そうである。

そして加藤くんのそばで一部始終を見ていた私に、鋭い目を投げかけてきた。さっきまで、でれでれしてたくせに。


「で、そこの小娘。しょーちゃんについて来たお前は何者だ」

「カイト、言い方が悪い」

「しょーちゃんの周囲を警戒するのは、俺の役目。

うちのかわいいしょーちゃんに手を出すようなら、この場で食い殺すぞ、小娘」

「だから、なんで初対面の子に脅しかけるんだよ。佐伯さん、ドン引きしてるよ」

「しょーちゃんに仇なす者は、ぶっ殺す。それが不文律だ。小娘とて、容赦はしない」



……そうね。ドン引きくらいするよね。



加藤くんは今にも噛みつきそうなイケメンの様子を見て、困ったように首をかしげた。イケメンの方は私を遠慮なく威嚇している。

加藤くんがつんつんと、イケメンのエプロンを引っ張った。

加藤くんに向けるイケメンの顔は途端にでれっとなる。

うわぁ。



「カイト、カモミールティー。ゆーっくり、じーっくり淹れた香りのいいやつ」

「しょーちゃん、今は茶を淹れてる場合じゃ」

「カイトと飲みたい」

「……任せろ。最高の一杯を淹れてくる」


イケメンは店の入口に『ただ今休憩中』の看板をいそいそと出し、外に出た。すぐに花を摘んで戻って来る。なんとフレッシュハーブティーらしい。カウンターの中で細々と作業を始めている。



茶を飲みたいと言ったら店閉めて、生の花から茶を淹れるって、なんたる甘やかしっ。



加藤くんは一つ小さなため息をついて、私に顔を向けた。


「これでしばらくおとなしいと思うから」

「あー………………っと。いつもこうなの?」

「そうだね。面倒臭いくらい、いつもこうだね」

「……彼氏、じゃないんだよね?」

「やめて。その誤解だけは、絶対やめて」

「うん。信じる」


とりあえず、今んとこ。



「でもって、なんでしょーちゃん?」

「僕の下の名前、知ってる?」

「あー、史生(ふみお)くん?」


イケメンが立ち上がる気配がした。

それを加藤くんが目で制する。

イケメンの怒気がここまで届いていた。すごい目で見てくるんだけど。

何? 私、何か悪いことした?


「後で理由は話すけど、僕の下の名前はカイトの前では呼ばないほうがいい」

「……そうなの?」

「僕の名前の漢字をなんとなく読むと」

「しょう?」

「そう。だからそう呼ばれてる」



加藤くんはカフェのテーブルの席をすすめてくれた。お互い対面に座る。


そこで改めて、何を話したいかを思い出していた。

加藤くんの、ネクタイ。

私にだけ刺さる視線。

翻る、黒地に赤い牡丹の着物。

逃げられない恐怖。



思い出して、すっと表情の固まった私。それを見て、加藤くんは顔を引き締めた。


加藤くんの瞳は黒いけど、ほんの少しだけ、蒼い……。



「僕は今から荒唐無稽なことを言うよ。信じないならそれでいい。

だけど佐伯さんも、荒唐無稽な出来事を抱えているんじゃないかと思うから」


返事をしない私を、話し続けていいと認識した加藤くんは、親指で背後を指した。

加藤くんの背後には、カフェのカウンター。そこには黒いエプロンをしたイケメンが、噛みつきそうな目で私を見ながら、水洗いした花を一つ一つむしっていた。


「彼は、橋場界人。今はそう名乗っているけど、実は人じゃない」

「……?」

「八百年以上生きている、黒狐の化身だよ。もののけとか、妖怪とか、あやかしとか、化け物とか、そんな風に呼ばれるモノ」

「……はあ?」

「妖狐、とも言うかな。妖しい術を使う。必要な時だけだけど」

「はああああ?」


私はとっさにイケメン、加藤くんの言うカイトさんに目をやった。

カイトさんはちょっと嫌そうな風情で加藤くんに目を移している。正体をバラされたくなかったのだろうか。



カイトさんは、どう見ても人間に見える。

キツネって、動物の狐だよね。尻尾、ない。耳だって人間の耳だ。そもそも毛だらけじゃない、ふわふわもふもふしていない。

そういえば、キツネは人を化かすんだっけ。

それはおとぎ話?

加藤くん、キツネの化身て言ったっけ。

じゃあ、あのイケメン、本物じゃないってこと?!

キツネが化けて、イケメンのフリしてるってこと?!?!?!


うわ、なんか騙された感が半端ない……。



イケメンのフリしたキツネのカイトさんが、私の脳内の言葉に反応したかのように睨みつけてきた。

えー、だって、イケメンに化けてるだけじゃん。



私の前に現れたイケメンは、偽物のイケメンでした。

イケメンに騙された?

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