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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第三章 緊急事態発生! 異界からの侵入物

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発熱

りーりはこれでも、カフェ店員。


烏頭坂の坂の途中にある、『古狐庵』。

古民家をリノベーションした風情のあるカフェだ。

しょーちゃんの自宅であり、私のバイト先でもある。


キツネの護りで護られているこの川越で、護りが緩む綻びを見つける、という特殊なバイトをしている私だが、名目上はカフェの店員だ。

カフェの仕事も週に二~四日ペースでやっている。


この一ヶ月はお茶をいれる訓練を続けた。

腐ってもカフェ店員なんだから、茶ぐらいいれられるようにしろという、壮絶に整った容貌の店長のお達しだった。


お湯の温度、茶葉やコーヒー豆の量、カップの種類と温度、いれる時間、それぞれをきちんとしないと、お店の味にならない。

練習に使ったお茶やコーヒーをしょーちゃんが飲んでくれたけど、にこにこしながらきちんと正直な感想をくれた。

「これは罰ゲーム用のコーヒー?」「色がついている白湯だね」「お茶って香りあるの知ってる?」



普段からカイトの茶が標準の人は、お茶に、ものっそうるさかった!



それでも全部飲みきってくれるしょーちゃんに、またきゅんを重ねていたのだが。


性悪店長は口が悪かった。

「また茶葉がムダに」「温度が違うだろ、アホ」「お前、茶の練習だけで店潰す気か?」


少しは黙って見守れ! これでも頑張ってんだろーが! だから入ったバイトすぐ辞めちゃうんだよ!



なんとか一ヶ月お茶をいれまくって、ドリンクだけは私も出せるようになった。

次は簡単なスイーツの盛り付けに入るらしいが、

うるっせえ店長が嫌いになりそうなので、今の所逃げ回っている。



私がバイトの日はしょーちゃんもお店から帰宅する。裏にも玄関があるんだけど、私に付き合ってくれてるのだ。

しょーちゃんに気づいたカイトが、爽やかな笑顔を振りまいてしょーちゃんを抱きしめに来たのを、私は冷静に止めた。いつものことなんで。肩をぐいぐい押してカウンターにねじこんだ。

もちろんカイトは不満気だ。綺麗な顔面を不快そうな色に染めて私を斜めに睨んでくる。


「りー、何しやがる」

「そう簡単にしょーちゃんに抱きつくな」

「しょーちゃんの無事を確かめるのは俺の役目だって、前から言ってんだろ」

「目視でよくない? しょーちゃん元気って、見たら分からない?」

「ダメだ。俺が納得できない」

「単なる我儘か!

てか、今日はお客様もいらっしゃいますので、控えていただけますか。()()

「う……」


テーブル席の二人の女性が、わくわくしながらカイトを見ていた。

週二ペースでやって来る常連さんだ。遅いランチの時に利用してくれているらしい。

そして私の見立てによるとこの二人。


腐女子である。


この前うっかりカイトの動きを捕らえ損ねて、しょーちゃんが抱きしめられたことがある。それを見たあの女性客たちの喜びよう。

……心の悲鳴が届きましたとも。

それ以来、カイトとしょーちゃんの動きは注目されている。私は邪魔な女子店員である。



「りー。さっさと着替えてこい」

「今行くっての。じゃね、しょーちゃん」

「うん」

「隙ありっ!」


カイトがしょーちゃんの頭を抱きしめた。すぐに顔が蕩けている。あーあ。

もちろん客席で無音の悲鳴が炸裂していた。



カイトがふいに真面目な顔でしょーちゃんを見直した。額に手を当て始める。

え? どした?


「……しょーちゃん、熱あるな」

「そう? そんな気はしないけど」

「いや、少しある」


カイトはしょーちゃんの眼鏡を外して自分の額をしょーちゃんの額にくっつけた。

壮絶に整った美貌の男と、幼いながらも綺麗な顔立ちの少年が、お互いの額をくっつけあっているのである。

お客様、悶死している。



カイトは親指を奥に向けてしょーちゃん入るよう促した。店の奥の階段から二階に上がると自宅になる。


「やっぱり熱高いよ。しょーちゃん、すぐ着替えて寝て」

「えー、熱なんて出てるかなあ」

「りー、今日はもう店閉めよう。終了の看板出して来い」

「……あれ。閉めるのはまずくね? 今日って予約入ってなかった?」

「あっ」

「七時から、例の」


例の、異形関連の疑いがあるお客様だ。

『古狐庵』は通常のカフェと並行して、異形が絡む事件の窓口もしている。紹介制で、こちらの業務を把握している先からの依頼となる。異形が絡んでいることを前提に事件を調べ直すのだ。

そんなに頻度があるわけじゃない。私がバイトに入って初めての依頼だった。



カイトが嫌そうに顔を歪めた。

依頼時に、来訪の時間は前後する可能性があると聞かされていた。連絡は入れるとのことだったが、店自体を閉めているのは、よくはない。あくまで私的にカフェに寄った、という建前が欲しいお客様もいる。

しょーちゃんはそんなカイトの肩を叩いて言った。


「僕のことはいいから、仕事しなよ。寝れば治るよ」

「しょーちゃんの熱は油断できないから。唐突に急変するだろ」

「きつくなったら呼ぶよ」

「そう言って呼ばなかったことが何回あるんだ、しょーちゃん!」

「今回はちゃんと呼ぶ」

「俺はもう騙されない」



軽く言い争いになってしまった。

話しているしょーちゃんが、ほんのり上気してきている気がする。本当に、どんどん熱上がってるのかも……。

私はカイトの袖を引いた。



「私が七時まで店番するから、それまでカイトは看病してなよ。今からドリンクのみオーダー受け付けるって、貼り紙つける。

ドリンクだけなら、私でもできるから」

「りー……」

「七時のお客さんは私じゃ無理だから、そこでカイトと看病を交代する」

「しょーちゃんの部屋にお前は入れんぞ」

「私にもしょーちゃんを看病させてくれー」

「却下だ」

「……じゃあ、依頼は手早く終わらせて。

私、店閉めはできるから、その辺はやるよ。

依頼をこなしたら、すぐ看病に戻ってね」

「いいだろう」

「……そこまですることないと思うけどなあ」


ボヤくしょーちゃんをカイトが自宅に追い出して、自分も二階へ上がった。

私は制服の上に黒いエプロンを付けて、頭には黒いバンダナを巻いた。本当は黒パンツに白シャツに着替えるんだけど、今日は急ぎだし。この格好で。



レジへお会計に来た先程の腐女子なお客様二人が、帰り際にぐっと、親指を立ててお帰りになられた。大変にこやかな微笑みを浮かべておられた。


……ご堪能いただいたようで、何よりです。

腐女子のお客様、またのご来店を心よりお待ちしております。

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