呼び出し
第三章始まりです!
高校の休み時間て、楽しすぎて短かったなー。
私は突撃隊長だ。
必要であるならば、率先してターゲットに突撃する。
周囲に害のないようには、考慮する。
だが、突撃はタイミングだ。
その瞬間を逃すと、攻撃そのものが空振りに終わってしまうこともある。真に必要なのは、その時を感じること。
慎重に見極めろ。
タイミングを掴め。
今日、いまこの時が、突撃する最高の瞬間――
「しょーちゃーん、お弁当一緒にいい?」
「りーり? ……いいよ」
「やったねー。中野ちゃん、こっちこっちー」
「加藤、女子と飯かよ。俺も混ぜろ」
「渡邉、真っ先に座ってんじゃん」
「俺もー」
「わたしもー」
なんとなくその場の雰囲気で、六人の弁当集団ができた。
……じーん。やった。
しょーちゃんとのお弁当タイム狙ってたのよ。
二人きりはさすがに敷居が高いが、集団なら行けるんじゃないかと。昨日の夜から計画を練って、獲物を狙う鷹の目で四時間目の終わりからギンギンに目を光らせてたのよね。目、乾いたわ。
しょーちゃんの隣! は両方とも男子が囲っている。
くそー、なんだよ。渡邉、角田、邪魔すんなよ。どっちか譲れ。
中野ちゃん……は実は角田狙いなんだよね。きっちり隣キープねー。あすかちゃんは、大きい男子好きよねー。柔道部アメフト部をきらきらしながら見てるもんねー。知ってたわー。
しょーちゃあん、正面てなんだか一番遠いんだけど!
正面のしょーちゃんは、カバンからお弁当箱を取り出している所だった。
幼げなしょーちゃんの弁当は……でかい。
いや、でかいって。相撲部の弁当かって。
蓋を開けると、色鮮やかな手の込んだおかずの数々。眩しい。なんだこれ。作り込みが職人技。
私は弁当の製作者の顔を思い浮かべていた。
頭の中でも、無駄に美貌を振りまいているあいつだ。
……カイト、おまえ、毎日こんな弁当作ってんのか?
しょーちゃんは自分の弁当を席の真ん中に押しやった。
「みんな、好きなの取っていいよ。食べきれないから」
「加藤くん、ホントにいいの?」
「すっごい、おいしそう!」
「どうぞ。いつも渡邉たちに食べてもらってる」
「毎日こんなに豪勢なの?」
「うらやましー」
中野ちゃんとあすかちゃんは一個ずつ、男たちはもりもりとしょーちゃんの弁当を攫っていった。
渡邉、君はごはんも三分の二はもっていくのか。それが通常運転か。
渡邉が、豪快にご飯をかっくらいながら喋る。
「加藤んちの同居してる爺さんが、元料理人なんだってさ。だからこの弁当のクオリティ」
「高校の昼は弁当だって言ったら、爺さんすごい張り切っちゃって」
「加藤の弁当毎日もらってるけど、すげーうまいよ。この前の筍ご飯とか、サイコーだったな」
「それはよかった」
ぶっ。
爺さんて、しょーちゃんちの爺さんて………………カイトじゃん。
しょーちゃん、しれっとホラ吹いてるし。
そういえば、あのキツネ、八百歳以上の超高齢……。
カイトの顔思い出して笑いを堪えている私に気づいたしょーちゃんが、一瞬きらりと目を光らせた。
「うちの爺さん、孫の弁当作るのが生き甲斐になっちゃってね。何度も量を減らしてって頼んでるんだけど、聞いてくれなくて」
ぶふーっ!
カイト、話聞かなそう。
「何を言うんだ、しょーちゃん。この完璧な栄養バランスの弁当のどこが悪い」とか言ってそう。
しょーちゃんも何度も頼んでそう。
「カイトぉ、栄養バランスの前にさあ……」とか言ってる、絶対!
場面が目に浮かぶ。ウケる。
「ほら、爺さんだから老い先短いし、弁当生活だってあと数年じゃん?」
「だよなあ。俺たちはマイ弁当にプラス加藤弁あるって、ありがたい話だけど」
「僕は爺さん孝行のためだと思って我慢しないといけないよね」
「孫のカガミだな、お前」
「弁当箱空にするだけで、それはそれはいい顔で笑ってくるんだから。あれだけできっと寿命伸びてるよね。
……どうしたの、佐伯さん。震えてるよ。
もしかして、爺さん孝行の話に、感極まって泣いてるの?」
箸を握ったまま突っ伏して震えている私に、しょーちゃんが畳みかける。
……泣いてるよ。笑いすぎて涙出るよ。
頭の中のジジイカイトが、不憫でたまらん。
顔を上げてしょーちゃんを見ると、私にだけ分かるように、人の悪い笑みを浮かべていた。
お弁当後もだらだら六人で話をしていた。
角田はバスケ部、渡邉は柔道部。
中野ちゃんはバレー部であすかちゃんは吹奏楽部だ。
帰宅部は私としょーちゃん。
角田はさっき、バスケ部の先輩に呼ばれて廊下に出ていた。先輩が一年の教室来るなんて、珍し。
中野ちゃんが私を見て口を尖らせた。
「りっちゃんは絶対バレー部に入るべきだったって。多分、即レギュラー取れたよ」
「やだやだ。先輩差し置いてレギュラーなんて、どんなイヤミが飛んでくるか」
「確かにあの先輩たちはやりづらい。二年と私ら、超仲悪いもん」
「佐伯、中学はバレー部だったん?」
「二年までね。三年から私、引きこもりだったから」
「はあ? マジでか?」
「マジマジ。メンタルやられて家から出れなくて」
「えー、初耳。りっちゃんが?」
「毎日布団かぶってブルブルしてた」
「「「似合わねー」」」
声を揃えて言ってくれるな。
唯一事情を知っているしょーちゃんを見る。
にこにこと笑顔で話を聞いてくれていた。
ね、しょーちゃん。あの異形の件は、笑い話にできるまで、私の中で片が付いたよ。
怖かったことが、ちゃんと過去のことになって、振り返っても平気になった。
ちゃんと目の前で解決したからだ。
全部、しょーちゃんのおかげなんだよなあ。
しょーちゃんが私に目を移した瞬間に、口パクで気持ちを伝えてみた。
しょーちゃんは軽く首を傾げてる。
もう一回繰り返して、やっと伝わった。
『だ・い・す・き』
しょーちゃんが、ばっと下を向いた。
耳が赤い。
よし、なんか、勝った気がする!
これで午後も乗り切れる気になってきた!
「佐伯ー、ちょっといい?」
角田が私に声をかけてきた。
振り向くと、角田が教室の入口から、ちょいちょいと手招きしている。後ろにいるのは、角田の先輩かな。角田より背が高い。
なんだよー。今、勝利の余韻に浸ってたっていうのに。
しょうがなく角田の方に向かう。
角田は背後の先輩に、「佐伯っす」と私を紹介した。
角田の先輩は「鵜野森だ」と名乗って、私を上から下までじっくり眺めた。
初対面でそれって、失礼ですよ、先輩。
鵜野森先輩は恐らく百八十センチ以上、かなり背が高い人だった。角田の先輩だから、バスケ部だよね。この身長はバスケでは武器になるだろうな。バレー部だったら、ブロッカーとして活躍できそうだ。
話がある、付き合え。と言って、先輩は先に歩き出した。
いや、私、行くとは言ってないんだけど?
昼休み終わっちゃうよー。
戸惑っている私に向かって、角田が黙って拝んできた。両手を合わせて頭を下げている。手がぷるぷるしている。
行けってか。行かないとマズイのか。大分立場弱いんだな、角田。
しょうがなく先輩の後に続いた。
先輩は人気の少ない階段の方へ行ってる。
人が途絶えたところで、鵜野森先輩は振り向いた。
スポーツやってるっぽい、精悍な感じの人だ。
バスケとかサッカーに多いね、こういうタイプ。
先輩は少しだけ笑って私を見た。
「……悪いな、付き合わせて」
「いいですけど。用件はなんでしょう」
「お前、女子バレー部じゃなかったのか?」
「仮入部だけです。一日で辞めました」
「その時に見かけたのか……」
「なんすか?」
「いや……」
鵜野森先輩は口をつぐんだ。
私を斜めに見下ろしてきた。
「その身長だったら、プレイヤーとして活躍できそうだが……」
「女子バスケ部の勧誘ですか?
やんないすよ。球技違いで何の役にも立たないですよ」
「いや、そうじゃなくて。
お前さ、男子バスケ部のマネージャーやらないか?」
「やんないす。バイトしてるんで」
「……キッパリしてんな」
「そういう性格なもんで」
それでは、と立ち去ろうとした所を、鵜野森先輩の腕が立ちはだかった。先輩の手が壁に、ドンと突いている。先輩の顔がほぼ真上にあった。
……ふおおおお、これがかの有名な壁ドンですかぁ?
世の中の女子、キュン死続出っていう、一時有名になったあれですね!
ほうほう、どれどれ、再確認。
目の前の長い腕。
真上に真面目な顔の鵜野森先輩。
いやあ……近いな。
一歩二歩と、下がってみたら、先輩もそのまま付いてきた。
壁ドン、ただ今私自身に確認中。
――確認終了。
……壁ドン、ないわー。
距離取れないし。
やけに近いし。
鼻息分かるし。
もう帰りたいんですけどー。
鵜野森先輩が私の耳に顔を近づけて来た。
「回りくどいことするのやめた。
以前、女子バレー部の仮入部のお前見て、ちょっといいなと思ってた」
「はあ」
「その後、女子バレー部見てもお前いないし。もう見つからないかと思ってたら」
先輩が私の髪を一筋引っ張った。
うわ……キモ。
「さっき、見つけた。
まさか後輩の友達だったなんてな。運命かよ」
「違うと思います」
「佐伯、俺と付き合えよ」
「付き合いません」
「警戒してんの? ははっ、可愛いな」
「先輩と付き合う気ないんで」
「俺、割と条件いいと思うぜ。基本、彼女大事にするし」
「関係ないです。付き合いません」
「俺、前カノと別れたばっかだからさ。
珍しく今、完全フリー。お前だけを構ってやれる」
「ノーサンキューです。
そもそもですね。私、かれ………………!」
……彼氏いるって公言してもいいのかな?
学校ではどうするか、しょーちゃんと打ち合わせてなかったわ。
とにかくカイトにバレたら面倒だって、それしか考えてなかった!
うわ、どうしよう!
「わ、私、好きな人いるんで!」
「誰だよ」
「先輩の知らない人です!」
「どんな奴だよ。言えよ」
「先輩には関係ないじゃないですかー!」
「俺の上をいく男なんだろ。見定める」
「やめて下さい!
とにかく、私はその人が好きなんで!」
ちょうどチャイムが鳴り響いた。
私はここぞとばかりに走り出し、一応先輩だから深々と一礼して、教室に逃げ込んだ。
早くも教室に来ていた英語教師に、またもや深い謝罪の一礼をして席に着く。
しょーちゃんが心配そうな顔を私に向けていたのが分かった。
だー、もう!
妙なもんに絡まれた!
しょーちゃんと過ごす楽しいお昼休みの時間を、台無しにしやがった!
鵜野森先輩。もう、恨みしかねえっす。
壁ドンはもう古い?
石器時代くらいの遺物?




