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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第二章 お散歩デートは要注意

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デートの終わり

ばいばい。

男の子はカイトが出した狐火に連れられて、黄泉の国へ行くことになるそうだ。

しょーちゃんからの指令は、男の子を黄泉の国へ行きたくなるように誘導すること。黄泉の国へ行く手段はこちらに任せろ、という事だった。



まったくさあ、このズブの素人に、よくもこんな無茶ブリするよね!

上手くいったからよかったものの!



無表情のカイトが、ポワッと青白い炎を生み出した。あれが狐火か。辛気臭いな。


ちょいちょいと手招きすると、カイトが嫌そうな顔で近づいて来た。嫌そうな顔すら美形は見れる。いらんわ〜、この要素。

カイトの耳元で要求を囁くと、無駄な仕事させるなと毒づいてきた。うるさいな、いいから言われた通りやれよ。


しょーちゃんの目力もあって、カイトが渋々狐火を変化させた。

赤い風船だ。

私はふわふわ浮かぶ赤い風船の紐を、男の子の手にしっかりと握らせた。

男の子は目を輝かせて風船を見つめている。


「この風船が君をママの所へ連れていってくれるよ。風船について、歩いていってごらん」

「……おねえちゃんは、いっしょに行ってくれないの?」


右手に風船、左手に私の手を握った男の子が、不安そうに私を見上げてきた。孤独な瞳が揺れている。

不安な気持ちは、とてもよくわかるんだけどね――


「……お姉ちゃんは、まだこちらでやることがあるんだ」

「……そっか。

そうだね。おねえちゃんは、生きてるんだもんね」

「……」

「ぼくはママのところに行かなくちゃね」



……ああ、やっぱりね。

そんな気はしてたんだ。


この子は、自分が死んでいることを、ちゃんと分かっていたんだね。

自分の居場所はここではないことも、うっすら分かっていたんだね。

どうしていいか分からないまま、ずっと一人でここにいたんだね。


ちょっと潤んだ私を、男の子が見て笑った。



「おねえちゃんが泣いたらだめだよ」

「……そうだね。おねえちゃん、君より年上なのに」

「ぼくは男の子だから、ひとりで行けるよ。だから、見ててね」

「うん。見てる」

「ぼく、行くね」



男の子は私の手を離した。

赤い風船は男の子を連れて、ふわりと浮いた。

男の子は空を歩いて行くんだ。

赤い風船に連れられて、男の子は歩き出した。

途中、私を振り向いて「ばいばい」と口が動くのが見えた。

それからは真っ直ぐに風船と共に歩いて行った。


男の子と赤い風船が見えなくなるまで、私はずっとその姿を目で追っていた。





「……よし、任務完了」


カイトのキッパリさっぱりした声で、私は我に返った。


なんだろう。

チラッと、イラついた気分になった。なんでだろう。あの綺麗な顔、引っぱたきたい。そう思ったのは、なんでだろう。

しょーちゃんは完全に白けた顔をして、カイトを横目で見ていた。


「これを報告書にまとめて提出して、完全に完了だがな。早期に解決できてよかった」

「……カイト、あんたね……」

「ところで、いつからりーは俺を呼び捨てするようになったんだ?」

「……」

「お前に呼び捨てされる筋合いはないな。所詮お前は小娘から一ミリだけ昇格したに過ぎない存在だ」

「…………」

「さあ、しょーちゃん帰ろうか。

りーはその辺のバス停に捨てていこう。あとは帰巣本能でなんとかするだろう」



……この、性悪キツネっ!


しょーちゃんがニッコリと笑顔でカイトを手招きした。

しょーちゃんの笑顔につられたカイトが、デレっと相好を崩して近付いてきた。

しょーちゃんがさらに満面の笑みで手招きするので、カイトはそのデレ顔をしょーちゃんに近付けた。


すかさず、しょーちゃんと私がカイトを同時にシバいた。

スパーンという綺麗な音がした。

頭を抱えてうずくまるイケメン。

このキツネは本当に……キツネだ!



「まずは第一功労者に礼が先だろうが!」

「カイト、仕事を手伝って貰った挙句に、それはないよ」

「あんたはね、人の感情に疎すぎっ。今までなんとかなってたのは、そのお綺麗で完璧な顔使って、ゲタ履いてただけだからっ」

「自分本位にもほどがある。今回、まざまざと見せつけられた」

「……ちょっと待って、しょーちゃん。俺そんなに悪いことしたか?」

「自覚なしかよっ!」

「反省しろよっ!」


私たちに同時に噛みつかれて、カイトはたじろいだ。

何が悪かったんだか、考えているようだ。

沈痛な面持ちで眉間を揉んでいた。


しょーちゃんはカイトを放置して、私に向き直った。私を眩しそうに見ている。

いや、そんな目で見られると照れますがな。


「りーり、ありがとう」

「いや。いやいやいや。

私のわがまま通しただけだから。どうしてもあの子を消したくなかっただけで」

「……僕だってそう思ってたよ。でもできるとは思ってなかった。初めから諦めてた」

「私、異形に関して素人だから。何も分かってないからさ。暴走しただけだよ」

「でも、それであの子の魂は救われたんだよ」



……魂は救われた。

それなら、嬉しいなあ。

黄泉の国がどんな所かわからないけど、あの子がもう辛い思いをしない所だと信じたい。

あの子のママも優しくなってて、あの子を迎えてくれてると信じたい。



私を見つめるしょーちゃんに、私はえへへと笑ってみせた。


そして、実はさっきから気になっている疑問を投げかけてみた。


「しょーちゃん、あのさあ」

「何?」

「キツネの護りが綻んで、異界の空気が流れ出ると異形が活性化する、だったよね?」

「そうだね」

「例えば、その辺で地縛霊的なカンジでただそこにいるだけだった霊が、異界の空気に触れて異形化しちゃうなんてことも、ある?」

「……ありうる話だけど。

なんで?」

「そこさあ、さっきから歪んで見えるんだよね」

「?」

「すごく分かりにくいけど、そこの、多分田んぼに水を送る水路? おかしくない?」


しょーちゃんが、慌てて私が指を指した箇所に顔を向けた。カイトも覗き込んできた。



今は水の通っていない細い水路だ。枯れた下草と新しく生えてきた緑の葉で覆われている。

その一部分、直径十センチほど。


草が変だった。まっすぐに伸びていない。

うまく表現できないけど、そんなハズない、という生え方をしている。枯れた草もそう。そんな風にはならない、という倒れ方をしている。


しょーちゃんとカイトが揃って私を振り向いた。

驚愕、とはこんな顔のことをいうんだな、とぼやっと思った。



「……綻びだ」

「間違いない。しかも、こんな小さくて分かりにくい綻び」

「カイト、すぐに埋めて。あの男の子はこの綻びから活性化したんだ」

「了解」


カイトが綻びに向けて何か作業を開始した。

キツネの仕事、と呼ばれる分野なんだろう。


しょーちゃんが信じられないと言うように首を振った。


「りーり、ああいった歪みを見たのは、初めて?」

「ううん。昔から。

何なんだろうなーとは思ってたけど。誰に聞いても分からないって言われるし。

気のせいか、視力でも落ちたのかなって」

「僕でもあんな小さな歪みには気づけない。相当注意して見ないと」

「でもさあ、あんなのわりとあるよねえ」

「わりと、はないよ」

「あるよー。川越は少ないけど、東京なんてそこら中に」

「………………。

……りーりは、綻びを見つける才能があるんだな」

「……はい?」

「綻びを見つける、という能力だけが特化してる。

異形を見たりはうまくできないみたいだし」

「え? 何? よく分かんないんだけど」

「君は、異能を持っている能力者、だってことだよ」


のーりょくしゃ。

頭の中で漢字に変換できなかった。

能力者。

異能を持つ能力者、ってか?!


はあああ?

私、なんだか普通と違う人なのっ?



カイトが私を上から下までジロジロ見てきた。

あげく、「まあ、ギリ及第点」と分からないなりにカチンとくるセリフを呟いていた。

今絶対、私の見かけの評価だよな……。

さらにスマホを操作して、私に見せつけてきた。



時給〇〇〇〇円、職種カフェ店員、職務内容キッチン・ホール全般、勤務時間週三以上二h~、雇用形態アルバイト……


「……カイト、これは何よ」

「バイトの募集要項」

「カイトのカフェ?」

「そう。今バイト募集してるが、ロクな子が来ない」

「はーん……それってさ。

カイトみたいな見かけだけは華やかで素敵な店長のもとおしゃんなカフェで働きたいって女の子たちが、底意地の悪い愛想のない素の顔のカイトに触れてしかもしょっちゅうお店は休むし稼げないしでこんなんじゃなかったって心底ガッカリしてすぐに辞めてく、ってパターン?」

「わー。りーり、まるで見てきたかのよう」


しょーちゃんが私に拍手を送ってくれている。

苦そうな顔のカイトは何も言わない。

これは、完全に的を射たな。


「……りーをカフェ店員として雇う。だがそれは表向き。

実質は綻びを探索する要員として、働かないか?」

「……今みたいな、キツネでも見つけにくい綻びを探すってこと?」

「そうだ。今日のような案件の捜査にも役に立つだろう」

「憑依は、もう嫌なんだけど」

「そこは、随時相談で」


カイトが画面をスワイプした。


中学校入学式校門前しょーちゃんの、学ラン写真。


……うぉぅ。



「……よかろう。バイト、受けて立つ」

「りーり、大丈夫? 別にカイトからの挑戦状じゃないんだよ?」

「しょーちゃん、ご心配なく。我々はホワイトな雇用契約を結ぶよ」

「カイトってこういう時、ものすごく胡散臭くなるよね」



呆れ顔のしょーちゃんを尻目に、私とカイトはSNSを交換した。しょーちゃんの貴重な写真は、すぐに送れ。直ちにだ。


部活に入らないつもりだったから、バイトしたいと思ってたし。しょーちゃんと会う機会も増えるだろうし。ちょうどいいんじゃない?




唐突に、車のクラクションが鳴った。

黒塗りの高級車だ。高そうな車だ。

農道を走っている違和感がすごい。


高級車はハザードを出して停止した。

降りてきたのは、ハゲ頭に黒いサングラスのじいさんだった。シャツがど派手である。黒光りしている。

金じゃなくて白金のネックレスしてるのが意外であった。


じいさんは年齢を疑うような素早さでしょーちゃんに走り寄り、抱きついた。サングラスの下部分見ただけで分かる。でれでれに溶けていた。


これはもう、間違いなく。

キツネだね。



「しょーちゃん、連絡ありがとう! 迎えにきたよ!」

「鯨井のじーちゃん、早かったね。しかもまさか、じーちゃん本人が来たの……」

「近くで寄り合いがあったんだよ。このタイミングでしょーちゃんから、家出相談が入るなんてっ」

「「家出っ?」」


私とカイトの声が重なった。

カイトに至っては血の気か引いて、頬の白さに拍車がかかっていた。

じいさんはさっとサングラスを取った。

つり上がった両目が、ドヤ顔でカイトを見下していた。


「よう、烏頭坂。

やらかしたようじゃのう」

「頭と呼べ、鯨井。

だが、なぜここに……」

「しょーちゃんからLINEがきてのう。しばらく鯨井で過ごすとな」

「しょーちゃんっ?!」


しょーちゃんは平然とカイトを見て肩をすくめた。

カイトはしょーちゃんに手を伸ばして、軽く弾かれていた。いつものことだが、受けたショックは段違いのようだ。弾かれた手が固まっていた。



「僕はね、あんな形でりーりを異形関係に巻き込んだカイトのことを、まだ許してないからね」

「しょー……」

「りーりもね、もう少し慎重になった方がいいよ。

今回は上手くいったけど、いつも上手くいくとは限らない。相手はこの世の者ではないんだから」

「しょーちゃーん……」

「多分僕も今は冷静じゃないから、家出する。頭冷やす。

お陰様で、川越だったらいくらでも家出先はあるんで」


鯨井のじいさんは、それはもう嬉しそうにしょーちゃんの手を取った。

多分普段はすごく威厳のある人だと思う。睨まれると怖い人だと思う。ヤ〇ザ関係の人と言われたらやっぱりね、と思うような見かけだ。


それがここまで笑み崩れると、その片鱗は一切無いな。



「しょーちゃん、よく鯨井を選んでくれたねっ!

鯨井にずっといればいいんだよ。一族郎党みんなそう願ってるよ」

「うん。でも、一族勢揃いで挨拶するのは、もうよそうか。二十人くらいが一斉に頭下げてる現場、近所の人が見たら何事かと思うよ」

「それが鯨井流のもてなしだからな。はーっはっはっ」

「やめてって、言ってるんだけどなあ」

「さあさあ、しょーちゃん、車乗って! もう学用品や着替えは、烏頭坂からかっ攫ってきたから」

「仕事早いなあ」



しょーちゃんは黒い高級車に乗せられて、あっという間にいなくなってしまった。


残されたのは、反省を促された、カイトと私。

二人の影が長く寂しげに伸びていた。

太陽が傾いてきて、少し風も冷たくなってきたみたいだ。

なんだか、心に吹き付ける……。





その後、烏頭坂の『古狐庵』でカイトの愚痴に付き合ってやった。


カイト、もうワイン二本目開けてるんだけど……。



白い頬がほんのり赤くなって、いつものカイトに色気が上乗せされていた。胸元ははだけていて、白金のネックレスがしっかり見えている。カウンターにだらしなく体を預けて、目は虚ろだ。でもグラスは手放してない。

ちょっとお目にかかれないような美形の乱れっぷりだった。写真撮ってインスタに上げればバズるかもしれない。


もちろん私はお茶とジュースですよ。カイトは当然お茶なんていれてくれないから、勝手に冷蔵庫開けてます。

ついでに作り置きっぽい惣菜を適当に皿に乗っけて、適当に食べてます。愚痴長いし。お腹空いたし。どっかにご飯もないかなー。


酒だけじゃ体に悪そうだから、カイトの前にも惣菜を並べてあげる優しいりーりです。

作ったのは、どうせカイトだけどね。



切り干し大根とゆで卵のサラダうまー。マヨ合うんだなー。なんだこの、溶き卵の寒天みたいの。出汁が効いてるー、初めて食べた。バンバンジー、隠し味は柚子胡椒かよ。搾菜がいい仕事してんじゃん……



「りー、聞いてんのか!」

「おー、聞いてんぞ。しょーちゃんのここがいいとこ、第二十七位な」

「もー、しょーちゃんはさ、俺が一番わかってるからさ」

「うんうん、そうかそうか」

「そんな、俺のしょーちゃんがっ……家出っ」

「カイトー、ウェットな方向に向くなー。立ち直れなくなるぞ。

しょーちゃんのいいとこ、言ってみよー」

「しょーちゃんは全てがいい! だが敢えて二十七番目を上げるとしたら……」



LINEが鳴った。

しょーちゃんからだ。


カイトにバレないようにこっそり画面を盗み見る。

短いけど、ちゃんと文章だ。

……うわ。

…………うわ。

………………うわわわわ。



私もお酒飲んだみたいになってるかな。

カイトにバレるかな。

顔が熱い。

熱いよ、しょーちゃん!


どんな顔してこれ書いたの。



『さっきはごめん』

『君には腹が立ったけど、それ以上に尊敬したのも事実』

『僕のカノジョはとても優しい人だった』

『今日はありがとう』

『楽しかった』



………………画面スクショして永久保存!!!



はあぁぁぁ。

最後にLINEでキュン攻撃。

しょーちゃんのとどまることを知らない、攻撃力。

あの人、本当に、私が初彼女?

初デート、この完成度?

ヤバい、レベルが高すぎる……。



「おい、りー!」

「聞いてるってば! 今どきのキツネは気が利かないんだろっ」

「気が利かん! 頭を立てん!

今度一匹ずつぶん殴って回るか」

「頭、怖っ」

「それぐらいしないと、俺の威厳が……おい、りー、酒つげよ」

「やだよ」

「お前も気の利かない女だな」

「そういう女子が必要なら、そういう店に金落として来い」


嫌~な顔して再び手酌で飲み始めたカイトに、私はそっと背を向けた。バレないように、手早く返信。

すぐに既読になったので、ニンマリする。



『またデート、しよーね♡』

第二章完結です。

春の初め、川越の農道散歩は本当にオススメ。

三時間くらいてくてくしてます。

農道じゃないと、川越は歩きづらいんだよな。車多くて。


第三章の舞台は、川越の大きな商店街です。

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