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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第二章 お散歩デートは要注意

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後ろから見てる

事故現場に残った記憶

女性の霊がいる、という場所は交差点の傍らだ。私は路傍の草むらに座り込んだ。クローバーが潰れちゃう。ごめんね。

その隣に、しょーちゃんが胡座をかいて座った。

なんでもない顔して、んっ、と私に左手を出してきた。


……わー。こんな時なんだけど、手がつなげる。嬉しーい。


なんて思ってるのは、私だけだよね。

知ってるよー。独りよがりだよー。

いーじゃないか、好きなんだから。


私はしょーちゃんと手をつないだ。一応、ウキウキがバレないように神妙にしている。

カイトさんが目をつぶるように言ってきた。

カイトさんの低い単調な声が、耳に流れてきた。



なるべく、何も考えないように。

頭を空にして。

暗闇に集中する。

音はしない。

何も見えない。

自分の呼吸を感じる。

誰もいない。

何も無い……



感情のこもらない声で、意味のなさそうな言葉をずっと囁かれた。

暗闇が私を包んでいる。

聞こえていた風の音も、なんだか感じなくなっていた。

はあ、とため息がもれた。

私がもらしたのかな。

もう一度、はあ、とため息をついた。

私であって、私ではなかった。

誰かのため息が、私の口から漏れていた。



※ ※ ※



――後部座席の子供は、静かに座っていた。

バックミラーを確認すると、寝ているわけではなさそうだった。ミラー越しに目が合うと、子供は慌てて目を逸らした。腹の立つ仕草だが、泣き喚かれるよりマシだ。

五歳になる息子は自分に懐かない。つねにおどおどびくびくしている。

自分を窺うように見る視線にイラついて、手を上げることもしょっちゅうだった。


こんなはずじゃなかった。

暗い農道を車で走りながら、女性は唇をかみしめた。


子供が生まれた時は単純に嬉しかったのに。

すぐにそんな喜びは消え去って行った。

授乳、オムツ替え、沐浴、授乳、家事、オムツ替え、授乳……。

自分の時間はないに等しかった。どうやっても泣き止まない子供を抱いて、何度途方に暮れたかわからない。

黙ってと言っても聞いてくれない。せっかくあげたミルクを吐きこぼす。しょっちゅう熱を出しては病院に通い……。


……疲れた。


そんな矢先に元旦那の浮気が発覚した。

子育てに忙しくて構ってやれなかったのが原因らしい。

そんな余裕があったわけがない。

そんなことも元旦那は分かっていなかった。

すぐに離婚が成立した。


子供を保育園に預けて働き出した。

言葉が話せるようになってきたが、意志の疎通がほとんどできない。自分の子供はバカなのかと思う。

わけのわからないことで泣き喚き、ちょっと転べば泣き喚き、出来ないことに直面しては泣き喚く。

……子供に手を上げ始めたのはこの頃からだ。


保育園にバレないように、アザがつかない所を叩く。大きな音を立てておどす。黙らせる。

その時だけは溜飲を下げるが、後で落ち込むのだ。


こんなはずじゃなかった……。

子供は大事にするつもりだった。

もう手を上げるのは止めようと、思っているのだ。

なのに、また手を上げてしまう。怒鳴ってしまう。


どうしたらいい。

私はどうしたら、普通のママになれるの。


考え込んだまま運転をしていた。

突然、右方向からライトが差し込んできた。

どんどんライトは大きくなっていく。

交差点の、右方向からの車のライトだと理解した時にはもう、ワゴン車を運転する男の驚愕した顔まで見れる位置にいて――


※ ※ ※



「りーり!」


肩を揺さぶられて、私は我に帰った。

目の前には、真剣なしょーちゃんの顔。

路傍で座り込んでいる私。

黙って見下ろしてくるカイトさん。


……そうか。

女性を憑依させたんだっけ。

あれは、あの女性の記憶だ……。


もう一度、強く肩を掴まれた。

しょーちゃんは、意外と力が強い。

あ、そうか。

しょーちゃんは、男だ。

私の肩を掴む手は、しょーちゃんという男の人の力だった。



「りーり、間に合った?」

「?

間に合ったって、何が?」

「事故には合わなかった?」


しょーちゃんは本当に真剣だった。

しょーちゃんは私と同じく、女性の記憶を見ている。

私は事故が起きる寸前まで、記憶を見ていた。右からワゴン車が追突してくる寸前で、女性はあの事故で死亡……



「……しょーちゃん。もしかして、あそこで記憶を見るの、止めないとさ……」

「事故に合った時の記憶も見ることになる」

「それって……」

「車がひしゃげて圧迫される。死ぬ時の、痛みとか苦しさとか、体感する」

「マジで?」

「マジで」

「……。

…………おい。

おい、テメエ……カイトー!!!」

「ぐわっ!」


私は傍に立っていたカイトの脛を蹴りつけた。

不意打ちにあって、カイトが脛を抑えてうずくまった。


こいつは、こいつは、こいつは!

何でそういうことを先に言わないんだ!

てか、止めろよ!

安全な所でおまえが止めろよ!


「痛いだろうが、りー!」

「何がちょっと異形を憑けるだけだ、バカ! 死ぬ所まで引っぱる必要ないでしょーが!」

「別に実際に死ぬわけじゃない」

「死にそうな目にはあうんだよっ! それぐらい分かれ、バカキツネ!」

「……ホント、想像力足りないんだよな、キツネって」


しょーちゃんもうずくまったカイトを、ベシッと叩いている。

カイトは絶句していた。

しょーちゃんからも叩かれるとは、思っていなかったようだ。


「しょーちゃん……」

「僕も一緒に見てて、本当によかった。りーりが危ない目にあう前に止められた。

カイトは死にそうな目にあうって、どんな気持ちになるか分からないのか?」

「……」

「痛みとか絶望とか、リアルでは起こらないにしろ、体感したいものなのかどうか、想像できないか?」

「それは……」

「僕もそんな目にあうところだったってこと、覚えておいてね」


静かに話すしょーちゃんが、逆に怖い。

無表情なのも拍車をかけている。

カイトが息を詰めているのがわかった。

やーいやーい。



しょーちゃんが元気な私を見て嘆息した。

とても心配してくれたみたいだ。

死ぬ瞬間の記憶なんて、見たくないもんね。危うかったね。

しょーちゃんが止めてくれなくったら、疑似体験してたんだ。

改めてカイト、反省しろ。



しょーちゃんと、今見た記憶を検証してみる。


「……子供を虐待している母親の記憶、だったね」

「うん。手を上げるのが止められないみたいな」

「イライラしてるけど、反省している。でもやっぱり手を上げてしまう。その繰り返し」

「カイト、これが事故を誘発する原因につながるだろうか」


カイトは立ち上がって腕を組んだ。

形の上では立ち直ったようだが、顔はまだ青白かった。

それでもしっかりイケメンだ。なんだこいつ。

しょーちゃんの問いに深く考え込んだ。


「……事故にあう寸前にハンドルを逆方向に切りたかったから、ここを通る車のハンドルを切らせた?」

「それなら、もう少し事故の件数が増えそうだけど。この交差点を利用するどの車も対象になるな」

「事故の対象にはある程度心当たりがある」


カイトがスマホで確認を取った。事故のデータがそこにあるらしい。


「ここ三ヶ月で起こった事故の被害者の内訳だ。

一件目の運転手は三十五歳女性。五歳と三歳の子供を乗せていた。

二件目は四十歳女性と、十歳と六歳の子供。

三件目は二十九歳女性と、五歳の子供。

四件目は三十二歳女性と、四歳の子供」

「運転手は全て女性で、必ず子供だけが同乗している……?」


カイトは頷いた。

スマホをスワイプして別のデータも見ているみたいだった。


「女性親と五歳前後の子供が乗っている車がターゲットだ。母子家庭は三件目の親子だけだな」

「虐待の可能性は?」

「そこまでデータは送られてきていない。児童相談所に問い合わせしてみるか」

「その線から事故の原因が掴めるかな」

「だといいんだが」


しょーちゃんとカイトが議論している所に、私は恐る恐る割って入った。なんせ、私は部外者なんで。専門家に意見するのは気がひける。

ほら、カイトが冷たい目で見てくるしさ。


「あのー。一つ気づいたことがあるんだけど、いいかな?」

「なんだ、りー。下らない事なら張り倒すぞ」

「気に食わないことがあると手を上げるって、キツネって野蛮だと思う。ちょっと改めた方がいいと思う!」

「それで、どうしたの、りーり」


くう、しょーちゃんの優しさが心に染みるわ。

もう、いい。しょーちゃんに話そう。


「女性の記憶を見てた時、ずっと視線を感じてたんだよね」

「視線?」

「後ろからずっと見られてたよ。意志を持った視線」

「……?」

「私が女子だから気づいたのかな。お母さんを見るみたいな目だった」

「お母さんを見る……」

「後ろからの視線だよ。しょーちゃん、気づかなかった?」


しょーちゃんは軽く目を見開いて私を見た。

女性がいる、と言っていた位置に移動して、そこから振り向いた。交差点の手前から、後ろの私を見るような位置関係だ。

しょーちゃんが、ゆっくり目を見開いた。

いる、と硬い声が聞こえた。


「しょーちゃん?」

「カイト、いる。多分、事故の元凶だ」

「さっきの女性じゃ……!」

「女性じゃない。女性の影にうまく隠れて姿をぼやかしてた。

視点を変えなければ見えないんだ。女性の視点からならはっきり確認できる」

「どういうことだ?」

「元凶は子供だ。しっかりした意志を感じる。

七年前に事故死した、子供の異形だ」



私の背中に、何かの重みが乗ってきた。

体重の軽い子供が肩に手をかけて、甘えてきたみたいだった。

だけど、冷たい。服越しに感じる手は、体温を全く感じなかった。

ぷんと、血の匂いがした。


耳元で囁く声がした。柔らかい髪が私の頬に触れた。

小さな男の子の声は、切ないくらい甘かった。



「……おねえさんでもいいよ。ぼくのママになって。

ぼくのママはしんじゃったから」



しょーちゃんが私の腕を掴んで引き寄せた。

私を背中に庇うようにする。

しょーちゃんに触れているせいか、私にも異形が見える気がした。



五歳くらいの、がりがりに痩せた男の子だ。

右半分が無惨なまでに、血塗れだった。

事故直後の姿だろうか。

むごい姿のまま、血に塗れた頬を歪めて、私に笑いかけてきた。



「ママ」





事件の内容がほぐれてきました。

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