事故現場
現場けんしょー
事故多発地点、なんだそうだ。
ここ三ヶ月で四件の交通事故が起こっている。
いずれも運転操作を誤って、田んぼに突っ込むという事故だ。重傷者一名、軽傷者六名。その内、子供が四名。
見通しのいい交差点で、しかも事故は全て単独事故。車の故障の疑いもないという。
運転手の証言では、ハンドルが勝手に切られたというのだが。
「……なんで警察が調べるようなこと、カイトさんがやってんの?」
カイトさんがしょーちゃんに説明する内容をついでに聞いて、私が疑問に思うのも仕方ないだろう。
だって、交通事故だもん。キツネ関係ないじゃん。
当たり前の顔して、何やってんの?
カイトさんはきれーな顔して、私をガン無視した。
こいつっ。
私に説明するのが面倒なんだ。このキツネは必要ないことは本当に何もしない。
しょーちゃんが代わりに説明してくれる。
しょーちゃんは丁寧で優しい。よくできている人だ。
そこの顔だけいいキツネは見習って欲しい。
「警察や市役所で抱える案件の中で、常識で図ると解決できないような問題が出てくることがある」
「常識……?」
「目には見えないけど、それが存在とすると仮定するならば説明できるようなこと。警察官や市役所職員には分からないけど、僕たちだったら簡単に分かるようなこと」
「ああ……異形が関わっているかもしれない件?」
「カイトの別の仕事というのが、そういう仕事。
異形が絡んでいることを前提に調べ直してみる。解決できるなら、そこまで請け負う。
カイトは行政から、未解決の案件の調査を委託されているんだ」
カイトさんはカフェのマスターだけじゃなかったってこと? ていうか、カフェがサブなのか!
当のカイトさんは涼しい顔してスマホを弄っていた。
「カイトがカフェをやっているのは、こういった案件の、ちょうどいい窓口になるから。当人から直接話を聞くこともあるんだけど、霊感商法手がけてそうな怪しい事務所だと入りづらいでしょ」
「確かに」
「もともとカイトは、昔から料理得意だし。
ていうか、凝り性だからやり始めると止まらなくて。趣味と実益兼ねてこの形に落ち着いた、って感じかな」
「はあああ」
因みに、今凝ってるのはタイ料理。定期的に激辛がやってくるから、定期的に僕は死んでる。としょーちゃんがカイトさんをジト目で見ていた。
カイトさん、しょーちゃんが大事ならそこは加減してやれよ。
カイトさんはスマホで必要な情報を見つけたようだ。
しょーちゃんの可愛いジト目に、麗しい微笑みを返していた。
「しょーちゃんがそこの交差点で視認した女性は、七年前の事故の被害者だ」
「七年前……随分前だな」
しょーちゃんが眼鏡を外して見た交差点には、椅子に座ったような姿の女性がいた。
かなり薄らとしていて、カイトさん達にも影があるとしか認識できなかったそうだ。
もちろん、私の目にはまったく映らなかった。
「七年前、女性とその子供がここで事故にあった。単独事故ではなく衝突事故だ。女性の運転する車の右から、一時停止を無視した車が突っ込んだ。女性と子供は死亡。突っ込んだ車の運転手は重傷。かなり酷い事故だったようだな」
「その、亡くなった女性がここにいる?」
「椅子に座っているようだ、というしょーちゃんの証言から、まだ車を運転しているつもりなんだろう」
「事故にあったことを、わかってない?」
「そこまでは断定できないが」
しょーちゃんが、交差点をじっと見つめている。
しょーちゃんだけが女性を認識できているのだ。
眼鏡を取ったしょーちゃんは、やっぱり綺麗な顔立ちだと思った。
「しょーちゃん、女性から話は聞けるか?」
「難しいな。話しかけても応答しなかったし、存在が希薄で感情も読めない」
「そもそもそんなに弱い力で、交通事故を引き起こすようなことができるだろうか」
「この女性が事故原因ではない、となると。
他に事故を誘引するようなものがある?」
「それが、わからない」
カイトさんが顎に握った指を当てて考え込んでいる。イケメンはなんでも絵になる。見てくれだけはホントにいいな、この人。
ぼーっと見ていたら、カイトさんが私に目を移してきた。カイトさん的には、そういえばこいつもいたな、くらいの視線だ。
そのまま、じーーーーっと見てくる。
無駄に緊張するから、ガン見やめてくんない。
普段お目にかかれない秀麗な容貌からのガン見は、一般庶民には負担かかるんだぞ。
「……しょーちゃん、りーを使おう」
「は?」
「はあっ?」
しょーちゃんと私の声がハモった。声のトーンは全く違うが。
私を使うって、どういうことよ?
私、ただの人だよ。何の役にも立ちません。
今現在、しょーちゃんのおまけでしかないんだよ。
カイトさんは淡々と計画を口にした。
「あの女性をりーに憑依させる。りーを通じて女性の内面を見る」
「ダメ」
しょーちゃんがきっぱり却下した。
すごく不機嫌そうだ。取り付く島もない様子だ。
カイトさんが軽く眉を寄せた。ここまで綺麗に却下されるとは思っていなかったらしい。
「しょーちゃん、事態を打破する最短方法だぞ」
「りーりを使うなよ。他の方法考えてよ」
「今現在手詰まりだ。りーは以前、異形に憑依されてた経験もある。馴染みはいいだろう」
「りーりを道具として考えるな、って言ってんの」
「道具ではない。有効な人材の活用だ」
カイトさんがにこやかに私を振り返った。
私に笑顔を向けるなんて初めてではないだろうか。
きらきらすんな、黒キツネ。
「りー、協力してくれ」
「そんな怖そうなこと、はいいいですよー、とか言うと思った?」
「ちょっと異形くっつけるだけだ。この間までやってただろう」
「私その時、めちゃくちゃ怖がってませんでした?! ちゃんと見てた?」
「別に今回はお前を狙っている異形ではないし」
「そこは、精神的な壁ってやつがあってね……!」
カイトさんが、ちょいちょいと私を手招きしてきた。
なんだよ。とって食う気かよ。
恐る恐る近付くと、しょーちゃんに背をむけるようにしてスマホ画面を見せつけてきた。
なんだ? 何を見せる気?
スマホには写真が表示されていた。
短パンTシャツでアイス食べてる、しょーちゃん。
うっ。
カイトさんが画面をスワイプする。
次の写真は。
勉強したままかくんと寝落ちしてる、しょーちゃん。
ううっ。
カイトさんがにやーりと笑いかけてきた。
「……りー。
お前は、可愛いしょーちゃんをいくらでも愛でていたいという、俺の同士だろ?」
「なんで、バレたっ」
「俺がしょーちゃんを見てるからだ」
「まんまだな! でもわかっちゃう自分もいるなっ」
「類は友を嗅ぎ分けるんだ。
今手伝えば、俺の持つ厳選普段着しょーちゃん写真を、五枚セットでくれてやる」
「卑怯なっ。真っ黒な手段じゃないのっ」
「いらないのか?」
「……後でSNSを交換してください。そして、速攻で送ってください」
「商談、成立」
我々はがっしりと握手を交わした。
マジで、すぐに送れよ。
状況に置いてかれたしょーちゃんが、慌てて私の服を引っ張った。
「りーり?! なんで引き受けてるのっ」
「大丈夫大丈夫、ちょっと心霊ホラー体験するだけだから」
「危ないかもしれないだろっ」
「専門家監修の元、安全確認を徹底して行っております」
「カイトは思いつきでやろうとしてたよね!」
「ここで解決しておかないと、また交通事故が起こるかもしれないし。条件はそろっているんだから、片付けておきたい」
「カイトぉ……」
しょーちゃんはわしわしと頭をかきむしった。
憤然とカイトさんの前で仁王立ちになった。
小さいけど。
ぷんぷん怒ってる小学生みたいだ。癒されるー。
「じゃあ、僕からも条件を出す。
僕もやる」
「しょーちゃんっ?!」
「僕がりーりと手を繋いだ状態で憑依させる。りーりが見た光景は、僕にも見えるようにできるだろ?」
「だめだ! 危ないよ、しょーちゃん!」
「……危ない、だあ?」
しょーちゃんがカイトさんの胸倉を掴んだ。身長差があるから、カイトさんが大きくかがみ込む形になった。
「しょーちゃん、苦しっ」
「そんな危ない事をりーり一人に押し付ける気だったのか、お前はッ」
「違うっ。りーには経験があるが、しょーちゃんにはないだろうっ」
「僕はもう何年も、キツネに憑かれてるようなもんだよっ!」
「俺たちは慕ってるだけで、取り憑いてるわけじゃないぞっ」
「四六時中僕に付き纏ってるのは、どこのキツネだ!」
「わかったよ、しょーちゃん! わかったからっ」
しょーちゃんがカイトさんを解放してあげた。
カイトさんが首の辺りをさすっている。
しょーちゃんのお怒りはまだ解けてないみたいで。
嫌~な空気のまま、現場検証が行われることになった。
カイトの使う裏取引は、りーりにはとても有効です。




