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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第二章 お散歩デートは要注意

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綻びから妄想

りーりわたわたする、の回。

しょーちゃんから溢れた不思議な熱は消え、その場は何事も無かったような静けさが戻った。

ピィーイっと、野鳥の声が響き渡った。桜の花びらだけは相変わらず、盛んに降り続けていた。



私の足首には、まだ捕まれた感触が生々しく残っていた。冷たい、死人のような手が思い起こされる。

この世のものでは無い、異質な者の気配。

あれには、覚えがある。つい先日まで執拗に私を狙っていた、あの気配によく似ていた。



「……しょーちゃん。

今のあれは、異形?」

「間違いない。

りーりが嵌ったあの穴は、綻びだと思う。こんな所にあるなんて。

僕も慌ててよく見なかった」


眼鏡外せばよかった、としょーちゃんは悔しそうに言った。

ぶるっと怖気が走った。

異形が、こんなに近くにいるなんて……。


「りーり、大丈夫?」

「うん。びっくりしたけど。

……しょーちゃんの、さっきのあれは」

「うん。キツネ遣いの力。

異形を消滅させたのは初めてだけど、カイトたちを遣うやり方と変わらない。命じる内容が違っただけで」

「しょーちゃん、自分の名前、言ってたよね」

「僕の本名はそれだけで力を持つんだ。異形が嫌う性質もある。

キツネを使役する時にも使うんだけど、名前を使うことで爆発的なエネルギーを与えることになるんだって。カイトが言ってた」

「エネルギー?」

「キツネが授かる力の度合いだろうね。

僕の名の元に命を下すのと、ただ命を下すのでは意味合いが違うらしい。

だからカイトは、りーりが僕の本名を呼んだ時に、強く反応したんだ」


力の源、命令の根源を気軽に呼ぶな、ということか。人にとっては当たり前の名前呼びだけど、力を授かるキツネにとっては意味がかなり異なってくる。

キツネにとっては、一大事だったんだ。



私は大きく息をついた。

さっきみたいなのは、しょーちゃんの能力がなければ、危うかった。

私はあのまま、得体のしれない穴の中に引きずり込まれてたかもしれない。

川越は異界に近いって言ってたよね。こんなの頻繁にあったら、行方不明者多発じゃない?

……いや、だからこそ、キツネが働いて護ってくれてるんだっけ。


それにしても私、こんな短期間に、異形に襲われるって、どういうことよ。めちゃくちゃ怖かったよ。てか、まだ足首痛いし。


しょーちゃんも、深い息をついたのがわかった。



……ん?



……しょーちゃんが、近くね?

息使いが分かるって、どゆこと?


こちらに向けて走ってきたランナーが、不自然に回れ右してどこかへ去った。

んん?



私たちは座り込んでいる。しょーちゃんの手が私の背中にあって、私はしょーちゃんに体重預けてて、顔なんてすごい近くで………………これって、傍から見たら抱きしめられてる風に見えませんか?

今私は、抱きしめられてる風ですか?

現時点で、私は抱きしめられて、マスカ?



私は四つん這いのまま後ろに下がりまくった。

二メートルほど下がったまま、その場に伏せをした。

わんこの伏せです。

顔は地面と、お友達です。



恥ずかしー!

はしたなーい!

何やってんだ、私ー!



「りーり……?」

「しょーちゃん、ごめん! ホントにごめん!

なんか、近かった。てかしょーちゃん潰してた。

私って、ほら、でかいから重かったでしょー?!」

「いや、あの、大丈夫。

こっちこそ、ごめん」

「咄嗟とはいえ、女子としてあるまじき振る舞いをしてしまいました!

反省してます! 苦い唾出てます!

ホントにごめんなさい!」

「いや、違うし。僕のフォローが遅かったからで、りーりは悪くないし」

「異形に襲われたからといって、助かったんならさっさと離れろよって感じだよね!

ニブイにも程があるよね! 調子に乗るにも限度ってもんあるよね!」

「そこはお互い様、だよね?

なんて言うか、りーりは、その……とても柔らかくて」

「何? なんて言った?」

「なんでもない! なんでもないから!」


珍しく、ものすごくしょーちゃんが慌てている。

そうだね、お互いにすごく慌ててたからしょうがないんだよね!



しょーちゃんが立ち上がってスマホをいじりだした。私に背を向けて顔が見えない。



ああ、しょーちゃんの顔が見えない。しょーちゃんの顔が見えないということは……しょーちゃんは私の顔なんて見たくもないってことよね。

こんな、付き合って間もない初々しいはずの彼女が、力一杯自分の体を締め付けて、あげくいくら経っても離さないとか、何の試練かと思うよね。


なんて小っ恥ずかしいことしちゃったんだろ、私。

しょーちゃんは私の事なんてもう見限ったに違いない。


もうダメだ。

このまましょーちゃんと別れて、しょーちゃんは私と付き合ったことなんてなかったことにして、私は孤独になってそのまま一人で死んでいくんだ。

詰んだ。

人生最高のデートが、まさか人生のどん底に繋がるなんて。

運命って、どう転がるかわからないのね……。



「りーり?」


唐突に麗しのしょーちゃんが目の前に現れて、私は慌てた。どん底からの、仏の素顔だ。

背骨の限界に挑戦するほど仰け反った。

昔鍛えた腹筋と背筋を駆使して元に戻る。

あぶねえ、派手にすっ転ぶかと思った。



「なななな何かな、しょーちゃん。

別れ話はもうちょっと冷静になって、お互いにちゃんと話す事決めてからにしようね」

「?

なに言ってるの?

今からカイトの現場に向かいたいんだけど、りーりも来てくれる?」

「え? カイトさんのとこ? 私も行くの?」

「りーりを一人にするわけにいかないでしょ。

今連絡があって、カイトの現場が滞ってるらしい。僕の目が必要みたいだから、手伝いに行きたいんだけど。

ついでにここへキツネを派遣して、綻びを確認してもらうから。さっきので大丈夫だとは思うけどね」

「私、ここで捨てられるんじゃないの」

「?

りーりは時々、思考がどっか飛んでいくよね。

僕はカノジョを置いて、どこかに行ったりしないけど」

「!!!

ワタシ、マダ、アナタノ、カノジョ、デスカ?」

「なんで片言。

りーりは僕の、カノジョでしょ?」


心底不思議そうなしょーちゃん。

ぐあ、純真が眩しい! 腐れた魂が潤うっ。

そんなしょーちゃんを見て、私の自尊心は臨界点を軽く超えた。周りのピンク色の桜も、私を調子付けているとは思う。



なんだー、私しょーちゃんの彼女じゃん。

割と気を使ってもらって大事にされてる、ぴっかぴかのリア充女子じゃん。

えへへへへ。



「しょーちゃん。

他者を省みることなく、我々は末永く幸せになろう」

「えーっと、そこは詳しくツッこんだ方がいい?」

「もー、そこは感じて。エモーションで。

考えるな、感じろってやつ」

「全っ然、わかんないんだけど」

「あ、ども。私、しょーちゃんの彼女やってる、りーりっていいます。

私の心はフルコンボでしょーちゃんが制してます」

「だから、りーりはいったい何を言ってるのっ?」



しょーちゃんの呆れた声が嬉しい。

構ってもらえるシアワセ。

だってほらー。


私、しょーちゃんの彼女だから。


わたわたの後は事件現場に向かいます。

りーりの頭はお花畑だけど。

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