そこを踏み抜いた
おデートの続き。
気を取り直したしょーちゃんに連れられて、小さな神社に立ち寄った。
しょーちゃんが拝殿に一礼したので、私も慌ててそれに倣った。しょーちゃんて、ちゃんとしてるなあ。
小さな神社だけど、雰囲気はいい。
大きな欅が爽やかな影を落としていた。
私たちは境内に置かれていたベンチに腰をかけた。
しょーちゃんがボディバッグからビニールの包みを取り出した。私に1つ渡してくれる。
中身は、いなり寿司とかんぴょう巻きだ。すごく素朴な風情である。
しょーちゃんはアルコールウェッティーを取り出している。女子力が高い。
「朝、大正浪漫の通りにある和菓子屋さんで買ってきた。僕のおすすめ」
「おおおー。小腹空いた時ちょうどいい。
いただきまーす」
「いただきます。
そこは和菓子ももちろんおいしいんだけど、なんだかいつもお寿司買っちゃうんだよねえ」
「このかんぴょう巻き、おいしーい! 何これ、いくらでも食べられる!」
「気に入ってもらえてよかった。
カイト、基本的に買い食いにいい顔しないけど、ここのいなり寿司は黙認してる」
「キツネだけに?」
「そうそう」
あはははは。キツネが油揚げ好きって、お約束!
木漏れ日が落ちる中で遅めのお昼ご飯を、二人っきりで食べてるって、すごく良くない?
雰囲気最高っ。
完成度高いっ。
「……りーり。
こういうのも、デートっていう?」
しょーちゃんは紅しょうがを器用にいなり寿司に乗せて食べている。手つきが慣れているから、本当に普段から利用しているお店のものなんだろう。
「バリガチのデート。
こんなデートしたことないっ。すごくいいっ」
「歩くのダルいとか、花が咲いてるから何? みたいな反応だったらどうしようかと思ってた」
「そんな女子なんて……まあ、いるか。いるな」
「これがダメなら、僕には打つ手がなかったよ」
「私は好きっ。こんなデートだったら、いくらでも食べられるよ」
「あははは。かんぴょう巻きみたいに?
りーりは面白いね」
声を上げて笑うしょーちゃんを初めて見た。
胸がズキュン、てなる。
禁句だけど、禁句なんだけど…………かわいいー。
いいのか、こんなかわいい男子、野放しにしていて。
絶滅危惧種として保護対象にしないと誰かに捕獲されそうだ。
もちろん、今回は私が捕獲した訳だけど。
でも首輪とリードつけてるわけじゃないし、檻に閉じ込めてるわけじゃないし……ああ、違う。しょーちゃんは野生動物じゃない。
頭がぐるぐるして考えがまとまらない。
えーと、何を言いたいかというと!
私の悪い癖だ。言いたいことを思いついたままに喋ってしまう。
「あああああのねしょーちゃん」
「う、うん」
「楽しいからって、他の女子とこれ、やっちゃダメだからね!」
「うん」
「お散歩くらいいーじゃん、とか思って他の女子としょーちゃんが仲良く歩いてるの見たら、私の人生は終わるからね」
「うっ……くくくっ……うん」
「いい? 私なんて簡単にゼツボーできるんだからね。うっかり、闇堕ちしちゃうんだからね」
「ぶふっ……うんうん」
「なんでこんなこと言うかっていうと、しょーちゃんがいい人で優しくて顔がいいことがバレたら、肉食系女子にいいように狩られる予感しまくりなのです。それは割と現実味に溢れててだから今私はかなり焦りの絶頂で……」
「りーりしか誘わないよ」
しょーちゃんが笑いを堪えながら言った。
目の端に涙が溜まっている。そこまで笑ってたの?
しょーちゃんが私の手元の空き容器と自分の分を纏めて仕舞っている。ゴミは持ち帰る。当たり前のことを当たり前にやっている仕草に、またズキュンがきた。
「りーりは僕のカノジョなんでしょ」
「お、おおー……」
「何、その反応」
「ちゃんと私の事、彼女だと認識してくれてたんだと思って」
「さすがに疎い僕でも、デートはカノジョしか誘わないよ」
「……今日イチの言葉、きたー。
録音しておけばよかった」
「大袈裟。
……りーり、まだ歩ける? 帰りはバスも使えるけど」
「よゆー。体育会系舐めんな」
「じゃあ、もう少し歩こうか」
「あ、お昼代。払うよ」
「いいよ。今日は僕が持つ」
次はワリカン、と言ったしょーちゃんが眩しい。
ううう、キュンが、キュンが過ぎる。
なんなのこの人、ええ男過ぎない?
えげつないキュン攻撃の数々、しょーちゃん、パネェな。
私の心臓は重症だ。痛い痛い痛い甘い甘い甘い。
この人が私の彼氏。はあああ、幸せ。
しょーちゃん、次はって言ったよね。
次もあるって事だからね。
私と! デートだからね。
言質、取ったー!!!
川越運動公園は大きな体育館と陸上競技場、テニスコートなどが備えられていると同時に、広場と遊具も併設されている、多目的な公園だ。広い敷地の外周をぐるっと回る事ができる。
ランニングする人もいるが、私たちみたいにただ歩いている人もいた。
普通に歩いているだけだけど、しょーちゃんと歩くのは楽しい。なんだか話も弾むしね。
「しょーちゃんは、なんで高校あそこに決めたの?」
「んー、電車通学してみたかったから」
「一駅じゃん」
「一駅でも。川越以外の高校はキツネたちに大反対されて。徒歩圏内をゴリ押ししてきたけど、彼らと少し距離を置きたくて」
「……うん、あれが四六時中って、なかなか大変だね」
「自転車でも通えるけど、せっかくだから電車で」
「なるほどー」
「あと、徒歩圏内の一番上の高校が、制服じゃなくて私服でさ。
僕は私服だと幼く見られるから、どうしても制服のある高校にしたくて」
「あー。川越市内の私服の高校……うん。
あの超有名な男子校ねー……」
………………カワタカじゃん。
あの高校、制服だったら入ってたの。
つか、そんな頭いいの、しょーちゃん……。
県下でも有数の進学校だよ。
入ろうと思っても、中々入れない高校だってば。
歩いているうちにカーブにさしかかった。
片側に八重桜が咲いている。
しかもずっと並んでて、満開で。
「うわあ……」
カーブからその先の直線まで、ピンクの長いカーペットが敷かれているみたいだった。落ちた濃い色のピンクの花弁が、舗装された道を一面に覆っていた。今も絶え間なく風に揺られて花びらが舞い続けている。
見える範囲は、全てピンクだ。
声も出ない私を見て、しょーちゃんが小さく笑った。
「ちょっと凄い、でしょ」
「凄い……」
「ここじゃなくてもこういう場所はあるんだろうけど。季節が過ぎると忘れちゃうじゃん?
今日はたまたま思い出したから」
「……しょーちゃんはエンターティナーだねえ」
「どういうこと?」
「トリを飾るに相応しい演出。これ以上の場所が他にある?」
「あるかもしれないけど、僕には思いつかないな」
「じゃあ、ここを今日のイチバンに決定!」
私はピンク色の世界に足を踏み出した。
ソメイヨシノより濃いピンク色。
下を見ても上を見てもピンク。
桜の枝はまだまだたくさんの花をつけている。こんなにたくさん花びらが落ちているのに、道路がカーペットに見えるくらい降り注いでるのに、枝で咲いている花はたっぷりある。桜ってすごいなあ。
私たちを追い抜いていくランナーの足も、心なしゆっくりな速度になっている。分かる! その気持ち分かるよ、ランナー君!
地面には風に煽られて吹き溜まりが出来ている。そこはより強いピンク色だ。
悪戯心で吹き溜まりを踏んで歩いた。重なった花びらでふわふわしている。独特の踏み心地が楽しい。
足元の濃いピンクから道路に向けて薄くなるピンクのグラデーションがすごくて。
しょーちゃんと写真撮りたいなあ。
ねえしょーちゃん、写真撮っていい? と先を行くしょーちゃんに声をかけようとした時だ。
左足が何かを踏み抜いた。
そのまま、ずぼっと足がハマる。
膝の下まで足が埋まった。
何? 何なのっ?!
「しょーちゃん!」
振り返ったしょーちゃんが、目を見張って駆け寄ってきた。
私は左足を抜こうと、両手と右足を踏ん張った。その、右足も地面が抜けた。
がくんと腰まで落ちてしまった。
穴? 穴が開いてるの? こんなところで?
しょーちゃんが私の脇に腕を入れて引っ張り上げようとする。思いの外強い力で引き上げられたと思った途端、私の足首を何かが掴んだ。
思わず振り返ると、穴から引き出された私の足を、青白い手が掴んでいるのが見えた。血の気のない、死んだ人みたいな色の手……。
その手に力が入り、私を穴に引きずり込もうとする。
「やだ! しょーちゃん!」
「りーり!」
しょーちゃんが私を胸に抱いて、抵抗する。
私はしょーちゃんにしがみつくしかない。
でもじりじりと穴に引き込まれる私。
……穴に飲まれる。
足を飲まれて、身体を飲まれて、そのあと私どうなるの? 穴の底には何があるの? 何がいるの?
……やだ。
やだー!やだよ!
しょーちゃん!
しょーちゃんの体から何かが湧き上がった。
なんだろう。例えて言うなら、熱。
触れても熱くは感じない、皮膚感覚に訴えない熱というか。
その熱がしょーちゃんの身体から湧き出て渦巻いて、穴から出ている青白い手に絡みついた。
実際に見えてはいないんだけど、そうなっているように感じたのだ。
しょーちゃんの声がした。
凛と張り詰めた、強い声だった。
「史生の名において命じる。
……消滅せよ」
おおおおぉぉぉぉぉぉ………………
低い声が聞こえた気がした。
私の足首を掴んでいた青い手は消えていた。そこに穴など開いていなかった。
一体何が、どうなったんだろう。
そこにはただ、踏み荒らされた桜の花びらが散らばっているだけだった。
川越運動公園はちびっ子時代は遊具やら広場でサッカーやら、学生になったら大会参加してみたりなど、ご縁の深い場所です。
大人になってバレーボールのマネッコして、激筋肉痛になったいい思い出の場所ですね。




