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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第二章 お散歩デートは要注意

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そこを踏み抜いた

おデートの続き。

気を取り直したしょーちゃんに連れられて、小さな神社に立ち寄った。

しょーちゃんが拝殿に一礼したので、私も慌ててそれに倣った。しょーちゃんて、ちゃんとしてるなあ。


小さな神社だけど、雰囲気はいい。

大きな欅が爽やかな影を落としていた。



私たちは境内に置かれていたベンチに腰をかけた。

しょーちゃんがボディバッグからビニールの包みを取り出した。私に1つ渡してくれる。

中身は、いなり寿司とかんぴょう巻きだ。すごく素朴な風情である。

しょーちゃんはアルコールウェッティーを取り出している。女子力が高い。



「朝、大正浪漫の通りにある和菓子屋さんで買ってきた。僕のおすすめ」

「おおおー。小腹空いた時ちょうどいい。

いただきまーす」

「いただきます。

そこは和菓子ももちろんおいしいんだけど、なんだかいつもお寿司買っちゃうんだよねえ」

「このかんぴょう巻き、おいしーい! 何これ、いくらでも食べられる!」

「気に入ってもらえてよかった。

カイト、基本的に買い食いにいい顔しないけど、ここのいなり寿司は黙認してる」

「キツネだけに?」

「そうそう」


あはははは。キツネが油揚げ好きって、お約束!



木漏れ日が落ちる中で遅めのお昼ご飯を、二人っきりで食べてるって、すごく良くない?

雰囲気最高っ。

完成度高いっ。



「……りーり。

こういうのも、デートっていう?」


しょーちゃんは紅しょうがを器用にいなり寿司に乗せて食べている。手つきが慣れているから、本当に普段から利用しているお店のものなんだろう。


「バリガチのデート。

こんなデートしたことないっ。すごくいいっ」

「歩くのダルいとか、花が咲いてるから何? みたいな反応だったらどうしようかと思ってた」

「そんな女子なんて……まあ、いるか。いるな」

「これがダメなら、僕には打つ手がなかったよ」

「私は好きっ。こんなデートだったら、いくらでも食べられるよ」

「あははは。かんぴょう巻きみたいに?

りーりは面白いね」


声を上げて笑うしょーちゃんを初めて見た。

胸がズキュン、てなる。

禁句だけど、禁句なんだけど…………かわいいー。

いいのか、こんなかわいい男子、野放しにしていて。

絶滅危惧種として保護対象にしないと誰かに捕獲されそうだ。

もちろん、今回は私が捕獲した訳だけど。

でも首輪とリードつけてるわけじゃないし、檻に閉じ込めてるわけじゃないし……ああ、違う。しょーちゃんは野生動物じゃない。


頭がぐるぐるして考えがまとまらない。

えーと、何を言いたいかというと!

私の悪い癖だ。言いたいことを思いついたままに喋ってしまう。



「あああああのねしょーちゃん」

「う、うん」

「楽しいからって、他の女子とこれ、やっちゃダメだからね!」

「うん」

「お散歩くらいいーじゃん、とか思って他の女子としょーちゃんが仲良く歩いてるの見たら、私の人生は終わるからね」

「うっ……くくくっ……うん」

「いい? 私なんて簡単にゼツボーできるんだからね。うっかり、闇堕ちしちゃうんだからね」

「ぶふっ……うんうん」

「なんでこんなこと言うかっていうと、しょーちゃんがいい人で優しくて顔がいいことがバレたら、肉食系女子にいいように狩られる予感しまくりなのです。それは割と現実味に溢れててだから今私はかなり焦りの絶頂で……」

「りーりしか誘わないよ」


しょーちゃんが笑いを堪えながら言った。

目の端に涙が溜まっている。そこまで笑ってたの?

しょーちゃんが私の手元の空き容器と自分の分を纏めて仕舞っている。ゴミは持ち帰る。当たり前のことを当たり前にやっている仕草に、またズキュンがきた。


「りーりは僕のカノジョなんでしょ」

「お、おおー……」

「何、その反応」

「ちゃんと私の事、彼女だと認識してくれてたんだと思って」

「さすがに疎い僕でも、デートはカノジョしか誘わないよ」

「……今日イチの言葉、きたー。

録音しておけばよかった」

「大袈裟。

……りーり、まだ歩ける? 帰りはバスも使えるけど」

「よゆー。体育会系舐めんな」

「じゃあ、もう少し歩こうか」

「あ、お昼代。払うよ」

「いいよ。今日は僕が持つ」


次はワリカン、と言ったしょーちゃんが眩しい。

ううう、キュンが、キュンが過ぎる。

なんなのこの人、ええ男過ぎない?

えげつないキュン攻撃の数々、しょーちゃん、パネェな。

私の心臓は重症だ。痛い痛い痛い甘い甘い甘い。

この人が私の彼氏。はあああ、幸せ。


しょーちゃん、次はって言ったよね。

次もあるって事だからね。

私と! デートだからね。

言質、取ったー!!!





川越運動公園は大きな体育館と陸上競技場、テニスコートなどが備えられていると同時に、広場と遊具も併設されている、多目的な公園だ。広い敷地の外周をぐるっと回る事ができる。

ランニングする人もいるが、私たちみたいにただ歩いている人もいた。

普通に歩いているだけだけど、しょーちゃんと歩くのは楽しい。なんだか話も弾むしね。



「しょーちゃんは、なんで高校あそこに決めたの?」

「んー、電車通学してみたかったから」

「一駅じゃん」

「一駅でも。川越以外の高校はキツネたちに大反対されて。徒歩圏内をゴリ押ししてきたけど、彼らと少し距離を置きたくて」

「……うん、あれが四六時中って、なかなか大変だね」

「自転車でも通えるけど、せっかくだから電車で」

「なるほどー」

「あと、徒歩圏内の一番上の高校が、制服じゃなくて私服でさ。

僕は私服だと幼く見られるから、どうしても制服のある高校にしたくて」

「あー。川越市内の私服の高校……うん。

あの超有名な男子校ねー……」


………………カワタカじゃん。

あの高校、制服だったら入ってたの。

つか、そんな頭いいの、しょーちゃん……。

県下でも有数の進学校だよ。

入ろうと思っても、中々入れない高校だってば。



歩いているうちにカーブにさしかかった。

片側に八重桜が咲いている。

しかもずっと並んでて、満開で。


「うわあ……」


カーブからその先の直線まで、ピンクの長いカーペットが敷かれているみたいだった。落ちた濃い色のピンクの花弁が、舗装された道を一面に覆っていた。今も絶え間なく風に揺られて花びらが舞い続けている。

見える範囲は、全てピンクだ。


声も出ない私を見て、しょーちゃんが小さく笑った。


「ちょっと凄い、でしょ」

「凄い……」

「ここじゃなくてもこういう場所はあるんだろうけど。季節が過ぎると忘れちゃうじゃん?

今日はたまたま思い出したから」

「……しょーちゃんはエンターティナーだねえ」

「どういうこと?」

「トリを飾るに相応しい演出。これ以上の場所が他にある?」

「あるかもしれないけど、僕には思いつかないな」

「じゃあ、ここを今日のイチバンに決定!」



私はピンク色の世界に足を踏み出した。

ソメイヨシノより濃いピンク色。

下を見ても上を見てもピンク。

桜の枝はまだまだたくさんの花をつけている。こんなにたくさん花びらが落ちているのに、道路がカーペットに見えるくらい降り注いでるのに、枝で咲いている花はたっぷりある。桜ってすごいなあ。

私たちを追い抜いていくランナーの足も、心なしゆっくりな速度になっている。分かる! その気持ち分かるよ、ランナー君!



地面には風に煽られて吹き溜まりが出来ている。そこはより強いピンク色だ。

悪戯心で吹き溜まりを踏んで歩いた。重なった花びらでふわふわしている。独特の踏み心地が楽しい。

足元の濃いピンクから道路に向けて薄くなるピンクのグラデーションがすごくて。

しょーちゃんと写真撮りたいなあ。


ねえしょーちゃん、写真撮っていい? と先を行くしょーちゃんに声をかけようとした時だ。



左足が何かを踏み抜いた。

そのまま、ずぼっと足がハマる。

膝の下まで足が埋まった。

何? 何なのっ?!


「しょーちゃん!」


振り返ったしょーちゃんが、目を見張って駆け寄ってきた。

私は左足を抜こうと、両手と右足を踏ん張った。その、右足も地面が抜けた。

がくんと腰まで落ちてしまった。

穴? 穴が開いてるの? こんなところで?


しょーちゃんが私の脇に腕を入れて引っ張り上げようとする。思いの外強い力で引き上げられたと思った途端、私の足首を何かが掴んだ。


思わず振り返ると、穴から引き出された私の足を、青白い手が掴んでいるのが見えた。血の気のない、死んだ人みたいな色の手……。

その手に力が入り、私を穴に引きずり込もうとする。


「やだ! しょーちゃん!」

「りーり!」


しょーちゃんが私を胸に抱いて、抵抗する。

私はしょーちゃんにしがみつくしかない。

でもじりじりと穴に引き込まれる私。


……穴に飲まれる。

足を飲まれて、身体を飲まれて、そのあと私どうなるの? 穴の底には何があるの? 何がいるの?

……やだ。

やだー!やだよ!

しょーちゃん!




しょーちゃんの体から何かが湧き上がった。

なんだろう。例えて言うなら、熱。

触れても熱くは感じない、皮膚感覚に訴えない熱というか。


その熱がしょーちゃんの身体から湧き出て渦巻いて、穴から出ている青白い手に絡みついた。

実際に見えてはいないんだけど、そうなっているように感じたのだ。


しょーちゃんの声がした。

凛と張り詰めた、強い声だった。



史生(ふみお)の名において命じる。

……消滅せよ」



おおおおぉぉぉぉぉぉ………………



低い声が聞こえた気がした。

私の足首を掴んでいた青い手は消えていた。そこに穴など開いていなかった。


一体何が、どうなったんだろう。

そこにはただ、踏み荒らされた桜の花びらが散らばっているだけだった。




川越運動公園はちびっ子時代は遊具やら広場でサッカーやら、学生になったら大会参加してみたりなど、ご縁の深い場所です。

大人になってバレーボールのマネッコして、激筋肉痛になったいい思い出の場所ですね。

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