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【完結】川越妖狐怪異譚 ~小江戸のキツネが人の恋路を邪魔してくる~  作者: 工藤 でん
第一章 小江戸のキツネが護る街
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視線

他県出身の、埼玉県川越在住民でございます。


川越の出身の人たち、川越舐めすぎ!

自分とこのブランド、ショボイとか言わないの!


という、アンチ川越・アンチから生まれた物語です。


ミステリアスな雰囲気を出そうとしたら、うっかりホラージャンルになってしまいました。

別に心霊スポットじゃないですから!

よいとこ川越、お楽しみください。


桜の花が終わり、誰もが底冷えすることを忘れた春の夜であった。

烏頭坂を下りながら、私は家路を急いでいた。

緩い風がショートボブの髪を騒がせる。



部活の説明会が長引いてしまったせいで、暗い時間に帰宅することになってしまった。

ちょっとまとまりのない話しぶりや先輩たちの様子から、バレー部はやめておこうかなと思う。中学の部活はバレーだったので覗いてみたのだが、人間関係で苦労しそうな予感がした。ブランクもあるし、どうしても続けたいほどの情熱を持っているわけでもない。


東京からこの春引っ越してきた私に、埼玉の友達はまだ少ない。同じ中学(オナチュー)の子に気兼ねする、とかもない。



埼玉県の川越という町は、田舎と呼ぶほどではないが、都会と呼べるほどでもなかった。

最近は小江戸を名乗って、観光都市として盛んに取り上げられているようだが、私は越してきてから観光名所と呼ばれる所へは行ったことがない。


私の川越の町の印象は、郊外は畑と田んぼで覆われていて、駅周辺は主にチェーン店とマンションと戸建てでできている町、であった。人口はそれなりに多いため、時間によって駅はかなり混雑する。

駅からほど近い烏頭坂も、人通りはそれなりにある。国道254号と16号が繋がる要所のすぐそばで、旧川越街道にあたる。16号への抜け道として、車の通行もかなりある場所であった。


それが、なぜ今この瞬間だけ、人も車も途絶えたのだろう。



――私は、視線を感じていた。



ここ一年、この視線に悩まされて続けていた。背後から自分をじっと見つめる視線がやってくる。いつも感じるわけではない。誰もいない時を見計らうようにして、執拗に私を狙っている。

私は覚悟を決めて振り向いた。薄暗い坂道とマンション、花を落とし若葉でいっぱいになった桜の木しかない。いつもそうだ。視線を感じるが、その視線の主はいない。

――いや、一瞬だけ、見えた。



気のせいだと思わせるくらい、一瞬だ。

翻る着物の袖のようなもの。

私が振り返るのに気づいて、姿を隠すかのような動き。


見えることがあるのだ。黒地に赤い牡丹柄の着物だ。一瞬で消えてしまうにも関わらず、何度も見て覚えてしまった。



――ああ、まただ。

私の心臓がドクンと跳ね上がった。



視線を感じる。振り返ると誰もいない。時々着物の袖が見える。

そう両親に相談しても、気のせいだと相手にされず、友達に話しても首を傾げられるばかりだった。

初めの頃は、一人の時を狙って視線がやってくるので、なるべく人の多いところで過ごすようにしていた。しばらくすると、人がいる所でも、私にだけ分かるように視線を投げかけてくるようになった。もちろん、誰に聞いても何も感じず、何も見えないという。


私は外出を嫌がるようになった。幸い、家の中で袖を見たことは無い。窓の外を見れば袖が翻ることがある。だから窓に近づかず、自室のカーテンは閉じっぱなしになった。視線は相変わらず気まぐれに私を刺していた。


この時点で、さすがに両親が慌てだした。まず、学校に行けなくなったため、母が毎日車で学校まで送ってくれた。保健室や、不登校の子のために開かれた相談室に通ったが、予測不能に現れる視線と袖が私を追い詰めた。

カウンセリングや診療内科にも掛かった。だが、原因は分からなかった。当たり前だ。カウンセラーや医者は、視線も感じず袖も見えないのだから。



引きこもって家から出られなくなった私に、川越の叔母が声をかけてくれたのは、さすがに進学先を決めなければいけない、一二月のことだった。


叔母は叔父を三年前に亡くして、一人暮らしをしている。住宅街の小さな一軒家だ。今は郵便局の職員をしながら、悠々と暮らしていた。



うちには部屋に空きがあるし、川越は田舎過ぎず都会過ぎず、莉々香(私のこと)に合ってると思うよ。高校もたくさんあるから、こちらに進学すればいいわよ。まずは環境を変えてみるって、試してみるのも手なんじゃない?



両親はその言葉に飛びついた。母の姉である叔母は、小さい頃から私を可愛がってくれた人で、私としても気安い相手である。お茶目な性格で、堅苦しいところの無い、おおらかな人だった。

出席日数はギリギリ足りていたので、学力の合う高校へなんとか願書を提出することができた。

入試の数日前から叔母の家に泊めて貰ったが、川越に入ってから視線を感じることはなくなった。

入試の最中も視線を感じることなく、余裕で問題を解き、晴れやかな気分で学校を出た。



川越、合ってる。

環境を変えるってすごい。



私の言葉に両親は狂喜し、合格発表がされた途端にいそいそと引っ越しが進められた。叔母さんも嬉しそうに私の部屋を整えてくれたりしていた。

川越だったら、忌まわしいあの視線や、目に焼き付いた翻る着物の袖を見ることは無い。散々私を追い詰めた、アレから逃げられた。私は開放された!

そう、思っていたのに――



烏頭坂を一歩下りると、また視線が絡みついてきた。

川越に引っ越してこの一ヶ月、ずっと影をひそめていたくせに、また私を狙い始めた。私を安心させて、怯えさせて、それを楽しんでいるのだろうか。

引っ越しを済ませ、人間関係を一からやり直し始めた矢先に、私を陥れようとしているのか。


振り返れば、いる。

きっとまた、あの着物がちらつくのだ。

早く視線を振り切って叔母さんちに帰りたい。

でも、動けない。

久々の視線に、私の足は竦んでいた。



……怖いよ。

怖い。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。



気配がした。

絶対に、いる。

確実に、私のすぐ後ろに、いる。

今まで感じたことの無い濃厚な気配が、私にしがみつくかのようにべったりとまとわりついていた。

突き刺さる視線が、ちりちりと痛みを与えているようだ。

私は硬直したまま、身動きが取れないでいた。

カバンのベルトを掴む手に力が入った。


ふっと、息がかかった気がした。

気配が、私の耳元で囁いた。

湿った女の声だった。



「逃げ切れるとでも、思ったの?」




……初めて、あいつの声がした。


――ああ。

もう、だめだ。捕まってしまった。ついにたどり着かれてしまった。

また同じことの繰り返しだ。それどころか、声が聞こえるなんて初めてのことだ。

もっと悪いことが起きる。取り返しのつかないことが起きる。生きていることを後悔するようなことが起きるに違いない。

もうだめだ。

詰んだ。

得体の知れない何かに追い詰められて、心が耐えられないような酷い目にあって、そのまま辛い思いをしながら、私は死ぬんだ。



これが絶望というやつかと、真っ黒に染まった意識を、手放そうとした時だった。



空から何か、長い布のようなものが降ってきた。

エンジと紺色の太い縞模様。

ネクタイだった。

それが私に向けて降ってくる。



後の何かが「ひいぃぃぃっ」と叫んで気配を消した。

私は振り返った。

何も、いない。

エンジと紺の太い縞模様のネクタイが、落ちているだけだった。



同時に頭上から声が聞こえた。

烏頭坂には小さなお社がある。坂の途中で道の脇に急な階段があり、登れば奥にお社が見えてくる。

お社への道はもうひとつあり、烏頭坂の上の方に軽自動車一台が通れるくらいの緩い坂道があって、それもお社に続いている。声はその細い参道から聞こえているようだった。



「もー! 僕のネクタイ!」

「しょーちゃんには、必要ない。あんな、しょーちゃんの首を絞めるような、余計なシロモノ」

「校則なんだってば。そろそろ理解しようよ。もう、何回目だよ」

「しょーちゃんを縛るものは、この俺が許さん」

「あのねえ。学生は校則に縛られるものなの。逆に校則の内側では好きにしていいの。そうやって世間を学ぶんだよ」

「人の世間など、俺には必要ないからな」

「僕は人だから!

もう、いいよ。ネクタイ取ってくる」


人が近づく気配を感じて、わたしは咄嗟に降ってきたネクタイを掴んで走り出した。


明らかに私を狙う何かはこれに反応していた。

もう、ネクタイだろうがゴミだろうが、私を守ってくれる物ならなんでもいい。



引き篭って体力の落ちた私には到底考えられないようなスピードで、私は烏頭坂を掛け降りていった。




この物語はフィクションです。人物や団体や名称などは架空であり実在のものとは関係ありません。


本当に実在する地名だの通り名だの使っちゃってますが、あくまで物語ですよー。他意はないですよー! どちらかというと愛してますよー!


ほんのちょっぴり現実と重ねてお送りしています。ノミの心臓がバクバクしてます。


中途半端に田舎で都会。それって割といいポジです。住んでみたら分かります。

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