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キリールとシュノーリンネの”デート”の翌日、諸用でシュノーリンネを訪れたツィネルは、いつにも増して研究室が散乱状態であることに慄いた。
そこかしこに書類が散らばっており、唯一扱いに困ったように高級そうな青いドレスがソファにかけてある。
「おうい、シュノーリンネ……?」
姿の見えない妹を探して、恐る恐る足を踏み入れる。
「わっ!」
我が妹は部屋の奥、卵のような形の椅子に丸まって座っていた。白衣を被り、じめじめとした雰囲気でうずくまっている。
「どうしたんだシュノーリンネ」
驚いて話しかけると、シュノーリンネはジトッとした目で見上げてきた。
「あのクソ野郎は」
地を這うような低い声で聞かれる。
「……師団長のことか?」
視線を動かさないまま肯定の意を示す。
「師団長は今日は演習の指揮だ」
「あのクソ野郎、今度ツラ見せたら吊るして魔薬の業火で炙ってやる」
ぶつぶつ恐ろしいことを抜かす。
「なにされたんだ?」
「口に出すのもおぞましいから言いたくない。あとドレス持ってってくれ」
ふいっと顔を背けて取り合わない。そこでツィネルは気づいた。
白衣を被っているのは、少し赤らんだ顔を隠すためか。
ツィネルは大体のことを悟って天を仰いだ。やっぱりこうなったか。
「シュノーリンネ。とりあえず、ドレスはもらっておきなさい。師団長からのプレゼントだから」
諭すように言うツィネルを、シュノーリンネは不満げに見上げるが、また下を向いた。
「……ここにあっても管理の仕方がわからない。サテンレフの屋敷に送ってくれ」
ツィネルは苦笑して頷いた。
その後、手短に口頭で用事を済ませ、ツィネルは研究室をあとにした。
「ヴェルアトリー魔法師団長!」
昼過ぎに演習から戻ってきたキリールに、ツィネルは詰め寄った。目が据わっている。
「シュノーリンネに何したんですか!」
妹のことになると強気なツィネルである。
「どうした、血相変えて」
キリールは相変わらず涼しげな顔である。
「シュノーリンネは今日一日使い物になりませんよ。研究室の奥で白衣を被って丸まってます」
「なんだそれ、見たいな」
キリールのこぼした笑いに、既に愛しさのようなものが混じっているのに気づき、ツィネルは戦慄した。
「……どこまでやったんですか」
「そう言っても、キスまでだ」
ブーッとブライアンが紅茶を吹き出す。
「なっ、会って二回目の女性に、いきなりキスなんて、非常識も甚だしいですよ!?」
「俺もそう思ったが、彼女、恋愛沙汰にとことん疎そうだからな。手っ取り早く直接行動に出た」
まるで悪びれない様子のキリールに、ツィネルはギリギリと歯軋りする。
「安心しろ、あっちはそんなに嫌がってなかった」
「そういう問題じゃないんですよ……!」
大切な妹に不貞を働く輩は、上司だろうがぶん殴ってやろうと思っている。
が、結局こうやってキャンキャン吠えるしかないのは、やはりシュノーリンネが完全に拒否していないからだ。
そもそもシュノーリンネは3年前まで、治安の悪いところを柄の悪い連中と転々としていた。自分の身を守るくらいは朝飯前だろうし、相手に致命傷を与えるくらいの魔法具は開発している。
つまり、そういうことだ。
「ついでに求婚してきた」
ゴホッゴホッとブライアンが紅茶を詰まらせて咳き込む。
ツィネルはぶっ倒れそうになった。
「っ、おい、キリール。流石に事が早過ぎるんじゃないか?」
「何言ってんだブライアン。この俺が妻にしたいと思うほどの女だぞ?早く手に入れたいと急くのは当たり前だろが」
「それにしてもだ。お前は魔法師団長である前に公爵だ。アレクシス嬢は貴族令嬢としての教育を十分に受けられていない上、今は研究に専念したいんだろう。そんな彼女にお前は、公爵夫人としての負担を強要するのか?」
「相変わらず堅いな、お前は」
キリールは呆れたように息をついた。
「俺は俺の気持ちに正直に生きてきた。邪魔するものは徹底的に叩き潰すまでだ。
俺が妻にしたいと本能で乞うた女は彼女だけ。だから即求婚した。別に強要するわけじゃない。第一、アレクシス家には正式な令状を回していないしな。答えは彼女が決める事だ」
そしてニヤリと笑った。
「ま、YESしか言わせねぇがな」