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「今日はキリールはアレクシス嬢とデートか」
「でっ」
主のいなくなった魔法師団長室で、ふとブライアンが漏らした言葉にツィネルは喉が詰まった。
キリールはわざわざ有休を取って、シュノーリンネを連れ出している。ただでさえクソ忙しいのに、と愚痴りたいが、ちゃんと仕事は片付けているので余計むかつく。
「兄の視点から見て、あの二人はどうなんだ?相性は」
書類をさばく手を止めて、ブライアンは手元の紅茶を啜った。
「……すこぶる良いかと存じます」
ブライアンは驚いたように眉を上げた。
「あのキリールがか?」
ブライアンとキリールの付き合いは長い。
ブライアンは、史上最年少の14歳で騎士団に入団したキリールの当時の先輩騎士だ。
ブライアンは32歳にして魔法師団の副師団長を務める出世頭。ここからも21のときに師団長に抜擢されるキリールの凄まじさがうかがえるだろう。
ブライアンは若き鬼才・キリールの有能な右腕である。穏やかな性格で、決して目立たず、常にキリールを立てる。あの能力に容姿で、憧れの的となると同時に敵も作りやすいキリールの身辺を整える、人畜無害そうな顔をしてなかなかにやり手な男だ。
ちなみに愛妻家として有名である。
「師団長、実は美人系よりも可愛い系の方がお好きですよね?」
「よくわかってるじゃないか。付き合う相手はどうしても、経験豊富な美女が多いけどな」
「中でもキレイめの美少女がどタイプでしょう?」
「……お前すごいな。お前を選んだキリールの目は正しかったか」
「うちの妹、いつもはあんな身なりですけど、ちゃんと磨けばものすごい美少女なんですよ」
断じてシスコンの偏見ではない。
事実、シュノーリンネは当代一の美女と謳われた母と瓜二つで、綺麗に泥を削ぎ落とせばそこらの令嬢など目ではない美少女がおでましになるのだ。
……そして恐らく、妹の顔は師団長のどタイプ。
終わった。終わったな。
「しかも師団長、べたべた甘えてくるタイプはお嫌いでしょう。程よく罵られるくらいが一番良いんですよね」
「俺は今、お前の観察眼が恐ろしいよ……」
ツンデレ美少女。師団長のストライクゾーンはそこだ。
…………うちの妹じゃん!
正確には、ツンデレ美少女をにこにこしながら組み敷くのが好きなのだ。
あのサドめ……!!
「まあ、お前がキリールの性癖をかなり正確に把握しているのはわかった。じゃあ、妹君の方はどうなんだ?なかなかに防御力が高そうじゃないか。キリールのような胡散臭いタイプには特に警戒しそうだけどな」
ブライアンもなかなか毒舌な男である。
「それがですね……」
現在進行形で頬が痩けていくようなツィネルに、ブライアンは気の毒に思って紅茶を勧めた。ツィネルは礼を言って、酒のように一杯飲み干した。
「シュノーリンネは、女の子扱いに慣れてないんですよ」
「あー……」
「他の部分ではオフェンス・ディフェンス共にカンストしてるんですが、長らく男のように生活してきたせいで、普通の令嬢にとっては慣れっこなエスコートにドギマギしちゃうんです」
あと恐らく、シュノーリンネはキリールの顔面が相当好みだと思われる。ツィネルの勘で言えば、彼女は結構面食いな気がする。
第一、あの説明の時に、表面では嫌そうにしながらも内心は結構楽しんでいたのだ。
「もう何もかも手遅れですよ……!」
ツィネルは呻いた。それをブライアンは笑いを堪えながら、気休めでしかない慰めの言葉をかけた。
ツィネルは凡人である。だが、たった一つだけ異様に優れているものがある。
どんな者の本質も見抜く観察眼。
ちなみにツィネルをスカウトしたのは、キリールのただの勘である。
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昼食にはちょうどいい時間帯で、私は師団長に連れられ、王都を一望できるカフェで軽食を取ることになった。なんでも、女性人気ナンバーワンの有名店らしい。
メニューを食い入るように見る私を、師団長は笑みの混ざった目で見つめた。
「なんでもお好きなものをどうぞ」
「ほっ、ほんとに?」
「ええ」
じゃ、じゃあ、野いちごのパフェにしようかな……いやいや、紅茶のプリンアラモードも捨てがたい。あぁあっちのケーキも……。
うんうん悩んでいると、師団長がさっと手を上げ、候補のメニューを全部注文してしまった。
「え、いや、さすがに申し訳ないですよ」
慌てて言うが、師団長は「お構いなく」と微笑むだけで、私は黙り込むしかなかった。
こいつ、私のペースを崩すのが目的なんじゃないか?
そう訝しむも、スイーツの誘惑には勝てない。
十分後、大量のカラフルなスイーツに囲まれた私は、至高の幸せに浸っていた。
「ん〜〜、うま〜〜〜!」
頰に手を当ててうっとりする。
野いちごの甘酸っぱさとふわっふわの生クリームの相性が抜群。こっちの紅茶プリンは甘さ控えめで口の中でとろける。柑橘類ベースのケーキはいくらでも食べられそうだった。
ドリンクはクリームソーダを注文した。炭酸の爽やかなシュワシュワ感がたまらん。
長らく盗賊として貧乏生活(収入がない時はそこらへんの雑草でしのぐ)をしていた反動と、研究で糖分を欲しやすい生活を送っていることで私はひどい甘党になっていた。
スイーツに夢中な私は、師団長にじっと見られていることに気づかない。
「アレクシス嬢は、普段はどんな食事を?」
真昼間から優雅にワインを飲みながら師団長が尋ねてくる。やっぱりろくでもない男だな。
「実験が中心の生活を送っているので。食事らしい食事も取りません」
素っ気なく返す。パフェの底のコーヒーゼリー、うまっ。
「それはいけないな。栄養が偏るでしょう。今度うちのシェフ特製のサンドイッチでも差し入れましょうか」
そ、それはなんとも魅力的な申し出だが。
「あの」
ことりとフォークを置き、私は畏まって相手を見据えた。
「珍獣を面白がってるつもりなんでしょうけど、私も暇じゃないんです。今日はありがたくお誘いに応じさせていただきましたが、今後私を揶揄うのはやめてください。返せるものもないし」
スイーツは全て平らげた。
私は手をあげて店員を呼び、代金の半分は魔連のシュノーリンネ=アレクシスにつけておくように言って、さっさと席を立って店の外に出た。
言いたいことは言ったぞとドキドキしながら店の前で待っていると、まもなく中から師団長が出てきた。
「女性に金を払わせるなんて格好悪い真似、させないでくださいよ」
「女も男も同じ人間です。あいにく、私は上流階級の考えを持ち合わせておりませんので」
あくまで冷たく返す。
師団長はため息をついた。
「貴方の気を悪くさせてしまったのなら申し訳ない。揶揄うつもりはなかったんだ」
真剣な声色に思わず顔を上げると、整った顔がまっすぐこちらを見つめていてドキリとした。
「頼む。俺が払いたい。どうかここは俺の顔を立ててくれないか」
美形って真顔になると迫力がすごい。
「まあ、そこまで言うなら……」
結局私が引き下がることになった。悔しい。
「次は宝石店でしたよね。行きましょう」
気恥ずかしさを紛らわそうと馬車に乗り込もうとしたが、先回りされてちゃんとエスコートされてしまった。悔しい!