episode8.世界調和同盟Ⅰ
休日はおやすみです。先日も書いた通り、来週から主人公の話に戻ります。
ここは秘密の場所。サイバー的にも物理的にも孤立した場所。そして魔法的にも情報を遮断している場所。全ては魔法によって生み出された仮想世界。数多の存在を排したこの場所は本当に何もない。光さえも排除され、漆黒の闇に包まれている。
そんな精神世界にひとつだけ灯る光。それは妖しい紫光を纏う円卓だ。そしてそれを囲む七つの堅牢な椅子。空席を残しつつもその席に老若男女が静かに座っていた。
しばらくして年若い男性が暗闇からすっと現れる。
「やあ。遅れてしまってすまないね」
気さくに挨拶する彼に、紅茶の香りを楽しんでいた老婆が応える。
「テリーよ。時間など律儀に守る必要もあるまい。守る方が世界のためにならん」
「それもそうだな。では、謝罪はなかったことにしよう」
テリーと呼ばれた男性、ウェスプカ合衆国影の最高権力者は苦笑しながら席に座る。そして揶揄うように続けた。
「だが、良いのかい? 王族は時間に厳守でなければならないのだろう? 女王陛下」
「やめろ。ここでは身分など意味がない。それに、私はそうやって縛られるのが嫌いなのさ」
「自由を知った鳥は鳥かごを嫌う。そんなところかな?」
「ふん」
気さくな雰囲気を崩さないテリーに対し女王と呼ばれた老婆は機嫌悪そうに顔を顰めて紅茶を口に含んだ。そして一息吐くと彼女は言葉を続けた。
「加えて、お前より遅れている者がおる」
老婆は一つの空席を顎で示して見せた。
彼女はアルビオン王冠連合国の現国家元首。そしてエレブ州を元首たちをコントロールしている権威者である。しかし彼女は自由の身でもある。連合王国国民のほとんどが彼女が元首であることを知らないほどに。
すると今度は読書で暇をつぶしていた三十路ほどの男性が茶を啜りつつ言葉を発した。
「珍しいこともあるものだ。彼女は早く来る質だとばかり思っていたが」
「確かに。この170年。最後に来るということはなかったらしいな」
ふと思い出したようにテリーが未だに手元の本から目を話さない男、豈皇国天帝に語りかける。
「ところで最近の皇国は如何様ですかな? 陛下。近年は兵器開発に躍進が起きているとか」
しかし読書をしているその天帝は嫌そうな顔を浮かべて、それでも最低限のことは応えるつもりなのかポンっと本を閉じる。
「私が外に出られないことへの皮肉かい? それはスパイから得た情報だろう?」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。純粋に気になっただけです」
「まあ、いい。兵器の性能は他国より進んでいるようだ。だが、貴国も同じくらいは技術を育ているだろう?」
「まあ……技術は、あるな……」
テリーは何か後ろめたいものでもあるのか視線を逸してしまった。
不意にカタカタと音が木霊する。その場にいる全員がそちらに目を向けると手を震わせ、今にもカップから茶を溢しそうになっている老人がいた。彼はダウンアンダー連邦のお偉いさんだ。ある意味ダウンアンダー連邦の最高権力者の地位にある人物だが、どうにも上手くいっている話を聞かないほどに腐った組織でもあるらしい。
実際、彼が国を上手く動かしている話を聞かない。
「どうした? 何かあったか?」
「……」
法衣を纏い、柔和な笑みを浮かべている初老の男性が気遣うように彼に問いかける。この初老の男性は世界最大宗教の教皇である。だが、今の彼が手にしているのはその宗教ではかつて禁書に指定されている書物で近年また禁書に指定されたものである。
そして彼はそういう禁書を好んで読みふけっている。本当にどうして教皇になれているのか、甚だ疑問な人間でしかない。
しかし震える老人はずっと顔を俯かせたまま何も返さなかった。
「きっと彼女が来れば全て話してくれることでしょう。待てはいいだけです」
この場の議長であり、何者でもなく、名前すらもない女性がそのように言った時だった。
「ん? 既に集まっていたか」
再び闇から一人の人物が現れる。彼女の髪や瞳は銀色に輝き、紫のドレスに金作の太刀を佩いた少女だった。あまりにも異質な存在に、唯一の人間ではない彼女に、しかしこの場にいる皆は気にした様子もなく向かい入れる。
「君が遅れるとは何かあったのかな?」
豈皇国天帝に問われた彼女、神聖ルオンノタル帝国皇帝は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「遅れてすまない。唐突にこちらが核攻撃を受けたものでね。その事実確認をしている間に時間が過ぎてしまった」
その言葉と共に神聖皇帝は震える老人を冷たい目で見つめる。対して老人はその場で肩を跳ねさせた。その反動で紅茶がカップから漏れて闇の中へと消えていく。
そしてこの場にいる全員がなぜ彼がそんなに震えているのかを理解した。そんな彼を可愛そうな者を見るようにテリーが言う。
「それはそれは……。200年前であれば世界滅亡だな。一体どうしたというのだ。このままでは我々、世界調和同盟の陰りとなろう」
「テリー。それは私に対して言ってるのか? 相変わらず皮肉が好きなことで。言っておくが、我が神聖帝国は既に行動を開始している。世界が滅亡しなければいいな?」
「冗談はよせ。笑いごとにもならない」
「もちろん冗談だ。だが、その前に、我々の取り決めを破った理由をお聞かせ願えないかな? アラン総督閣下?」
神聖皇帝の言葉にダウンアンダー連邦のお偉いさん、アラン総督はなおも頭を抱えたまま言った。
「俺の所為じゃない俺の所為じゃない俺の所為じゃない! 軍が勝手にッ!!」
「やはり、どこの国家も軍ばかりを優先するとおかしくなるのか」
神聖皇帝は呆れ顔で嘆息し、続いて宣言した。
「我々は報復措置を取るべく北上中だ。それで国が無くなったとしても、責任もって再び復活させてやろう。もちろん、君が同じ立場にいられるかは分からないがね」
しかしそれに反対意見を述べた者がいた。ウェスプカ合衆国のテリーだ。
「いや、それでは人間側が困ってしまうよ。陛下。君の国家が存在しているだけで人間側は緊張を強いられているのだ。勢力圏を拡大させればこちらとしても抑えなければならない」
「その人間側が勝手に瓦解しているくせに、何を偉そうに。いつかは我が神聖帝国が表舞台に出て同盟の目的を達しなければならない」
しばし二人の間に沈黙が降りる。そして先に口を開いたのは神聖皇帝だった。
「ふむ。では、ダウンアンダー連邦の暴走は誰が抑えるのだ? 自国の管理もできない国家など危険極まりない。我々を止めるなら、外征能力のある貴国に頼みたいが……それもできまい。それとも他の国がどうにかしてくれるのかな?」
「そこは問題ない。ダウンアンダー連邦には”人類を守るための防衛戦に勝利し国土を守り切った”という称号を与えればよいのだ。ダウンアンダー連邦の軍部には我がウェスプカの優秀なスパイも常駐している。勝利に酔った過激派は戦争終結とともに我が国がすべて排除させていただく」
「こちらの見返りは? こちらは核攻撃を受けているのだぞ?」
この時代、核兵器は神格化されているが、それは世界の破壊者たる想像生命体を排除できるからである。その矛先が想像生命体ではなく自分たちに向けられる。それが意味することは、”お前たちはヒトではなく化け物だ”とレッテルを張っているのも同然なのである。
だからこそ、核攻撃を受けるということは屈辱以外の何物でもない。
「ふむ。では、再び技術供与を行おう」
そう発言したのは豈皇国天帝だ。
「連邦と神聖帝国はどうぜ裏で講和条約を結ぶのだろう? その講和会議を我が豈皇国が催そう。その際に新たな技術供与を行う。それで如何かな? ヨテラス陛下」
「……今回は少々深い所を頂くぞ」
「問題ない。朕個人が出せる範囲だがな」
そんな会話が誰にも知られずに続けられる。これは、世界の裏側の一部でしかない。本日の会合は、合意に達したのだった。
世界の裏で密約を交わす神聖皇帝——。